新たなる芽吹きと伝説の幕引き ー6ー

クラブ代表と調教師との顔合わせ

「新馬戦の日程が決まりました」


「オーナーの納得する距離だぜ」


 俺は栗東トレーニングセンターに来ている。クラブ馬の出走確認のためだ。

 今回は顔合わせのためにクラブの代表であるスタッフの市古≪いちご≫さんにも同行してもらっている。今後クラブ馬の出走管理は彼に任せる予定だ。

 俺個人所有の馬はもちろん俺が管理するが、これでかなり牧場にかかる負担は減る。今までは放牧や帰厩の予定なんかは俺と妻橋さんが全部やってたからなぁ。


「俺が預かっているオウカサードとオウカショートは函館の新馬2000メートルに出す。同時出走だな」


「ほう、挑戦的ですね」


 新馬で2000メートルは珍しい。しかも二頭出し。


「クラブとしてはあまり納得しにくい提案ではありますね。説明をしていただいても?」


 市古さんはこのローテに否定的か。主にクラブの金銭管理がメインだから競馬はあまり詳しくないそうだからな。もっとも頭は固くないのですぐに納得してくれるだろう。


「いいか、市古のアンちゃん。まずな、競馬ってのは一勝するのが大事だ。それは知ってるか?」


「それは知っていますが、だからこそ別々のレースに出走するべきでは?」


 うむ、素人百点満点の解答だ。だが世の中にはレジェンみたいなモンスターホースばかりじゃないんだよ。


「そこがミソでな。俺が言った距離覚えてるか?」


「函館の2000メートルでしたね。それが何か?」


「2歳新馬での2000メートルは長いんだ」


 不意に口をはさんだ俺の方を向く市古さん。


「そう、オーナーの言った通りだ。2歳馬の八月に2000メートルは走るにはちと長いんだ。だから大体の調教師はマイルからスタートして様子を見る」


「つまり?」


「出走する馬が圧倒的に少ないのですよ。それもローカル競馬場ならなおさらです」

 

 羅田さんが続ける。それにローカルに行くには遠征費が結構かかるからね。

 だから多くは美浦と栗東のトレセンがある東京や阪神で新馬戦を出したがる。


「今回も俺らから出す二頭を含めて六頭立てだ。どういうことかわかるか?」


「…? 勝ちやすくなるってことですか?」


 ピンポーン。ちなみに羅田さんのところから出るオウカファーストは新潟1800メートルは十一頭立て、オウカセカンドの新潟1600メートルに至っては十八頭フルゲートだ。これを示せばわかってくれるかな?


「そうだ、とりあえず一勝しないと競走馬としては始まらないからな。だから三分の一で勝てる二頭出しをすることにした」


「なるほど、理解しました」


「勝負は水ものだから両方負けることもあるけどね」


 まぁ、今回は大丈夫だろう。見たところぶっ飛んだ記録を持っている馬はいなかった。


「逆に俺の考えとは違って羅田は両方勝ち上がらせるつもりだ」


「ええ、彼らならいけると思います。結構な時計も出てますので」


「まー、市古さんは羅田さんと海老原さんを信用しなせぇってことだね」


「…。私の勉強不足だったようです、疑うようなことを言ってしまい申し訳ございません」


「いいってことよ」


「説明するのも我々の仕事ですから」


 笑顔で市古さんを見る羅田さんと海老原さん。最初の頃の俺もこんな感じだったかなぁ。

 いや、羅田さんに説教してたわ。クソやんちゃだったわ俺。


「この中だと一番きついのはオウカセカンドのマイル戦かな。良さそうなのが結構いる。なんなら渡辺さんのドゥスタリオンも出走予定だったらしいし」


 ドゥスタリオンとはカンノンダッシュの38、フィンキーのことだ。ますます身体のバネが良くなってきていると聞いたから出ていたら強敵だっただろうな。抽選で外れてくれてよかったよ。

 それよりえらくかっこいい名前を貰ったなフィンキー、似合ってるぞ。


「強敵と戦わずに済むに越したことはありません。特にクラブ馬の場合は配当に関わってきますからね」


 羅田さんが真剣な表情に戻って言う。そうなんだよなぁ、お金が関わるんだよなぁ。


「あの、ざっとでいいのでG1に最速で向かうのはどういうローテになるのでしょうか。会報誌に載せておきたくて」


「オウカセカンドが新馬、新潟2歳、アルテミス、阪神JFかな。結構きついローテだけど」


「オウカファーストは新馬、札幌2歳、東スポ杯2歳S、朝日とホープフルのどちらかですかね」


「うちの二頭は新馬、オープンで使って京都2歳Sからのホープフルだろうな。マイルは短い感じだ」


 概ね俺らの意見は一致してる。議論を交わしてもセカンドの新潟2歳が変わるぐらいかな?


「一瞬で考えつくものなんですね」


 感心したように頷く市古さん。


「こればっかりは決まってるからなぁ」


「オープン街道でホープフルに向かう。でもいいんだろうけど、サラブレッドの脚は消耗品だから歓迎されないね」


 無理を重ねると簡単に折れちゃうから。

 しかも重賞以外は一着を取らないと取得賞金に加算されないから除外の危険がある。


「難しいですね…」


「まぁ、わからないことがあれば俺が教えるから。とりあえずはクラブ運営の事を考えてくれればいいよ」


「承知しました。微力を尽くします」


 やめろ。微笑ましそうな目で俺を見るなオッサン二人。


「納得してもらえたところでだ。騎手を決めたいんだわ」


「ああ、そういえば決めてませんでしたね」


「こちらは足立君を乗せようと思っていますがよろしいですか?」


「だってよ、市古さん」


「え? ええ、お任せします」


 責任者は君だから市古君が決めないとね。


「うちはどうする? 所属騎手がいないから声かけとかないといけないんだ」


「あー、社長? オススメの方とかは…」


「うーん。こればっかりは相性があるからなぁ。見習騎手や女性騎手なら斤量減があるけど…。ハンデ戦ならともかく馬齢戦なら誤差だし」


「あの、ハンデ戦とは? 聞いたことはあるのですがよくわかっていないのでお教えいただけますか?」


「ハンデ戦は文字通りハンデが設定されて全頭が一位を狙えるようになっているレースのことだね。このレースでの斤量差は人による計算で設定されてるから軽ければ軽いほど有利なんだ。

 逆に馬齢戦は年齢で一律斤量だから成績関係なしなんだよ。遅い馬が多少軽い斤量でもそれを簡単に上回る速度だす馬なんていくらでもいるからね」


 ソースはレジェン。レジェンがプラスで5キロ背負ってもギリギリオープンの馬相手ぐらいなら軽く踏みつぶすからな。

 

「ようは最初は適当に頼んでいいよ。ある程度の成績になったならリーディングジョッキーに乗り換えなんてザラだし」


「厳しいようだがG1初挑戦と吉の奴なんかと比べたら腕が段違いだからな。勝負なんだ、勝ち目がある方法へ乗り換えるのは当然。若手の浅井を乗せ続けたオーナーのアンちゃんが異質とも言える」


 やめろ、笑いながらファイルで頭をトントンするな海老原のオッサン。

 新田騎手をレアシンジュに乗せ続けた螺子山さんも大概やろがい。


「海老原さんにお任せします。勝ち進めたら…。その時に悩みましょう」


「よし、じゃあ適当に見繕っておくわ」


 決まったみたいだな。アイツらの顔見に行くかぁ。


「羅田さん、うちの子の顔見たいんですがいいですか?」


「ええ、きっと喜びますよ」


 五月末以来だ、俺のこと忘れてないだろうな?


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