夏の一日

 レジェンドジョッキーレースも盛況のうちに終わり、牧場には穏やかな日常が戻ってきた…。

 ンなわけない。


「申し訳ございませんがVR装置の販売はただいま行っておりません」


「申し訳ございません。当牧場の馬はセリに出すことはございませんので」


 地獄の電話対応が始まっております。はっはっは、ごめんね? ボーナス出すから許して。

 中央からの提案で年末にもう一度レジェンドジョッキーレースが組まれることになったため、企画書を書かなくてはいけなくなり俺もかなり忙しくなった。

 山田君に投げると大掛かりになりそうだし、他の広報の担当者もまだルーキーだから流石に厳しいだろう。故に俺がやるしかないのだ。

 そんなこんなで俺が事務所で仕事をしていると。 


「こんちは! 鈴鹿さんいらっしゃいますか?」


「お、音花ちゃん。練習かい?」


「はい! 鍵を借りてもいいですか?」


「どうぞどうぞ、気をつけて使うんだよ」


「はーい」


 年末のレジェンドジョッキーレースに牧場推薦枠として参加してくれる谷野音花ちゃんだ。以前、桜花島に遊びに来てくれた時にVR装置で好成績を出した少女が彼女だ。

 彼女はジョッキーを目指しているらしいので、その時にうちの装置を使っていいと声をかけていた。

 彼女も高校生になり、自分自身で責任が取れるということになったのでこの島での寮生活。まぁ、俺の住んでるアパートの空き家で生活することになった。

 平日は本土の学校に行き、帰ってきたら牧場のシミュレーターで夜遅くまでクタクタになるまで練習する。これが若さか。

 失礼しますと音花ちゃんが外に出ると大きな声が事務所の中まで聞こえてくる。


「音花ー! 鍵借りられたー?」


「借りられたよ、ほむら」


「じゃあ行きましょ! 今日は勝ち越すんだから!」


「ははは、無理だって」


「なんですってぇ!?」


 相手はライバルのほむらちゃんのようだな。彼女は高校で音花ちゃんと友達になって、彼女自身もジョッキーを目指している娘≪こ≫だ。

 彼女も音花ちゃんの隣の部屋を寮代わりとして生活している。二人で料理なんかもするみたいだ。たまにおすそ分けしてくれる。初めて来てくれた時は書籍まみれの部屋で引かれたけど。


「若い子は元気だねぇ」


「社長もまだギリギリ若いじゃないですか」


 ギリギリは酷くない?


「世間一般では三十路はオジサンですよ」


「はーっ、つっら。お昼ご飯食べよ」


「でしたら音花ちゃんたちの分も頼みましょうか」


 夏休みだからまだ食べてないかな? 聞きに行ってみるか。


「ちょっと聞いてくるね、みんなは何にする?」


「桜花のり弁で」


「私はハンバーグ弁当ですかねー」


「チキン南蛮がいいです!」


「あい、了解。そのまま頼んでバイクで取りに行ってくるよ」


「お願いします、休憩室の準備をしておきます」


「よろしくー」







ーーーーーーーーーーーーーー




 桜花島のVR装置は打ちっぱなしのコンクリートの施設に設置されており、クーラーをガンガン回しても結構暑かったりする。

 ガラガラと大き目の入り口の引き戸を開けて中に入る。レースの途中みたいだ。


「GoGo!」


「アタシたちが一番よォ!!」


 ゴーグルを装着して前が見えない彼女たちは俺が入室してきたことに気づいていないのだろう。レースが終わるまで待つことにする。

 とはいえ、手持無沙汰なのでターミナルを操作してどの条件下でレースをしているのか確認する。どうやら2008年の天皇賞(秋)で戦っているらしい。

 音花ちゃんが府中の女王で、ほむらちゃんがミスパーフェクトか。大人顔負けの騎乗技術だ、どっちが勝つかな?


「行け! 行けぇえええ!」


「オォオオオオオオオ!」


 女子高生が出していい声じゃない。雄たけびじゃん。

 当然のように写真判定か、並び的に音花ちゃん優勢かな? 数秒待って答えが分かる。音花ちゃんの駆る府中の女王が勝った。


「シャアッ!」


「クソォッ!」


 親御さん、なんか口がものすごく悪くなってきてますごめんなさい。

 俺が懺悔をしているとゴーグルを外した二人が下馬をする。連闘して怪我や熱中症になられると困るので一戦ごとにターミナル受付をしないといけないように設定しているのだ。


「あ、鈴鹿さん。なにかありました?」


「二人ともお昼ご飯はどうかなって思ってね」


「アタシはお昼ご飯持ってきてます!」


 ふんすふんす、と鼻息荒く誇るようにほむらちゃんが言う。


「私は寝過ごしちゃって…」


「ならちょうどいいね、俺たちも弁当を頼むから一緒に頼もう。どれを食べたい? 奢りだよ」


「高菜弁当がいいです!」


 若いのに渋くない?


「アンタお肉食べないの?」


「体重管理しないといけないから」


「うわ、高校生なのに意識高い」


 俺が学生の頃なんてあるもの全部食ってたぞ。

 

「癖をつけていないと騎手になった時に苦労しますから!」


 うーん、もうその思想が一流じゃん。


「じゃあ高菜弁当ね。事務所の休憩室で大塚さんたちが麦茶用意してくれてるから先に行っててね」


「わかりましたー」





ーーーーーーーーーーー




「おまたー」


「ありがとうございます社長。暑かったでしょう? 麦茶を用意してます」


「ありがとねー」


 原付で数キロしかない弁当屋に食事を取りに行っただけで汗でだくだくになってしまった。馬房の温度管理をもう一度チェックしないといけないな、例年より大分暑い。

 海がそばにあるからそこまで暑く感じないはずなんだがなぁ。


「はい、音花ちゃん」


「ありがとうございます! 隣どうぞ!」


 元気いっぱいだなぁ。音花ちゃんの横の長机にセットされたパイプ椅子に腰掛ける。


「じゃあ、お邪魔して。味噌汁あるからほむらちゃんもどうぞ」


「ありがとうございます」


 いただきますの合図とともにみんなで弁当に箸を伸ばす。うん、いつもの弁当だ。ちなみに俺はオムライス。

 モグモグと女性に囲まれながら食事をとる、コスメやら女性にしかわからない話題でオラっすっげぇ疎外感だぞ。


「鈴鹿さん、VR装置の入力鞭なんですがアレって替えても作動するんですか?」


「うん? するよ。極論素手でぶっ叩いても入力するし」


「ではでは自分の鞭を使ってもいいんですか?」


「いいよ」


「私あとで家に帰って取ってきます!」


「あ、ズルいアタシも!」


 二人ともバイトとしてホースパークの馬の世話係で働いてくれてるから馬具は持ってるんだよな。乗馬用の馬に乗って教えるために。


「はいはい、まずご飯を食べましょうね」


 無言で弁当を食べていた大塚さんが二人に注意する。

 食事中に騒ぐのがあまり好きじゃないからな、俺と山田君は喋るときはさっと食べて喋るようにしてるし。


「二人とも、ちゃんと飲み物は準備してますか? あの施設にある冷蔵庫の飲み物は好きに飲んでいいので水分補給だけは忘れないようにね?」


「「はーい」」


 子犬、もう成犬だが。彼らが牧場にやってきて大塚さんも柔らかくなったなぁ。


 古くからのスタッフが成長しているようで何よりだよ。



 さぁ、この夏も明けたらクラブ馬たちの新馬戦だ。

 頑張ろう。


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