そして40年度が始まる

「いやぁ、大塚さん怖かったですねぇ」


「あ、裏切り者」


「裏切り者って…。そもそも社長の不手際でしょう?」


 それはそう。だけど庇ってくれたっていいじゃない。


「それより何故まだ牧場に? お休みでしょう?」


「せっかくだし、どんな感じにVR装置が配備されてるか見とこうって思って」


「あ、お供します」


 鍵もってるの俺と大塚さんしかいないからビビッて声かけられなかったんだな山田。




「おお、壮観だね」


「凄い…」


 だだ広い空間にポツンと二台だけ配備されていた装置が、互い違いに二列に九台ずつ鎮座している。

 これで総金額が八億円とは恐ろしい。十六台で八億だから一台五千万かつ古い二台よりパッと見でもアップグレードしているからな。安すぎて逆に不安だが。

 昇降の補助用の踏み台や入力装置の鞭も綺麗にセットされているし、市販されているものとは違いVRゴーグルも百グラムの軽量品だ。


「ちょっと乗ってみてもいいですか?」


「うん、試してくれ」


 よっ、と台を使って軽く機械馬の鞍上にまたがる山田君。手慣れた様子でゴーグルを装着し右手に鞭を装備する。


「どれいくー?」


「1999年の凱旋門で!」


 VR装置にも操作パネルはあるが操作しにくいからな。ちょっと離れた場所にあるターミナル装置で入力する。ゲーセンのアーケードカードゲーム機みたいな大きさの奴だ。乗ってない人間はVR装置正面に投影される映像のほかにこちらで見ることも出来るし、レース映像も録画もできる。


「よし! いきます!」


 お、山田君はスタートを決めると同時に鞭入れてハナを取ったな。ロンシャン競馬場は日本の競馬場と違いコースに癖がある。2400メートルのコースはいわゆる釣り針型になっており、向正面では最大斜度2.4パーセントの上り坂から3コーナーを超えると逆に下りになる。これがまたきつい。1000メートルから600メートル進む間に10メートルの下り坂になっているのだ。これは日本の競馬場で一番険しい中山の高低差の倍に当たる。

 それからロンシャン名物の『偽りの直線≪フォルス・ストレート≫』、文字通り最後の直線に見える偽物のラインを越えて本物の最終直線に入る。山田君は最後方、ボロボロじゃん。


 結果は十八頭中の十六着。惨敗だな。


「どうだった?」


「ゴーグルは前に配備されていた物よりもかなり軽いですね。首の負担も少なく乗りやすくなっています」


「それは重畳。吉騎手たちも喜ぶな」


「ですね、じゃあ僕もうちょっと試運転します!」


 再び乗りなおす山田君に溜息をついて外にでる。休むって感じじゃなくなったな…。






ーーーーーーーーーーーーーーー





 散歩していると放牧地に妻橋さんがいた。


「おや社長、お休みだったのでは?」


「さっきまで大塚さんに雷落とされてた」


「ああ…」


 納得がいったように苦笑いを浮かべる妻橋さん。


「妻橋さんも今日休みじゃなかったっけ?」


「独り身なので馬の世話をしていた方が気持ちが楽なんです」


 ワーカーホリックだ。


「別にいいけど…。休める時に休まないとキツいよ?」


「社長がそれを言いますか」


 そうだったわ。俺も大概だったわ。


「五ヵ年計画が明日から始まるからさ、休んでる暇ないなって」


「五月には人が入ってきますから余裕はできると思いますよ」


「だといいねぇ」


 余裕ができたらアプリからの指令が飛んできそうなんだよな。


「考えたら、種付けの会議もあるし明日から忙しいな…。やはり家でゆっくりするべきか?」


「その方がいいと思いますよ、私たちはなにかあったら勤務を替わってもらえますが社長はそうはいかないので」


 そうだよな、帰って寝るか!


「よし! レジェンに会って帰って寝よう!」


 スッパリと決めた俺はレジェンが放牧されている柵に向かって歩き出す。


「あぁ、それレジェンに構いっぱなしになって結局休めない奴ですよ社長…」


 後ろからなんか聞こえたけどヨシ!








ーーーーーーーーーーーーー





 翌日。


「はい、じゃあ種付け会議を始めます」


「えらく人数が少ないわね」


 俺と大塚さんと尾根さんしかいないからな。


「妻橋さんと柴田さんは厩務で無理。山田君は終生会議出禁。ジョッキーたちも今年は呼んでませんからね」


「海老原の旦那は? もしくは羅田さん」


「海老原さんは英2000ギニーに挑戦するから声をかけてません。あの人は義理人情で動くタイプなので無理してきそうですからね。羅田さんはクラブ馬の押し付けで溺れかけてるので不可能だと判断しました」


「あらら、天王寺さんは?」


「あの人も皐月賞に三頭出す予定なので」


「知り合いが優秀な調教師ばかりってのも困ったもんね」


「まぁ、外部の人に頼りすぎるのもいけませんから」


 大塚さんが至極真っ当なことを言ったところで会議に移る。はずだったが。


「ちょっと待って、その前に聞いておきたいわ。今年二歳馬になった仔馬たちはどうするの? 牧場所有で出走するの? それとも社長個人で? 39年の世代も控えているのに買い手もつかない状態でいたずらに産ませるのは反対するわよ」


「ああ、それは大丈夫ですよ。クラブ法人申請しているのでフレー、リトルエース、ラグ、ヘルスはそちらから競走馬登録します。五月に許可が下りるので新規スタッフはクラブ運営にも割り振ります」


「そう。ちゃんと考えているのね、だったら私から言うことはないわ」


 流石に命を預かっているからそこだけは手を抜いてない。


「やはり牧場全体の情報共有がイマイチですね。事務所前に掲示板でも設置しますか?」


「そうだね、今度作っとくよ。牧場設立から今更って感じだけど」


「最初期は人が少なかったですから…」


 そうなんだよなぁ、傘下のホースパークとか今度入ってくる牧場の新人とか含めると百人スタッフが越えるんだよな…。その総合責任者が俺? 胃が痛くなってくるわ。


「とりあえずさっさと誰に何を付けるか決めましょ。あまり時間をかけると寄ってくるわ」


「山田君をゴキブリみたいに言うのやめてあげて」




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