ナツヒヨリのこれから

「おめでとうございます…。大丈夫です?」


 出走も終わり、関係者としてナツヒヨリの馬房に通してもらうと山本さんと弐戸さんと緒川さんが号泣していた。


「ええ、ええ、大丈夫ですとも。こんなに素晴らしい日を迎えられたのだから」


 まぁ、百十四連敗からの引退レースで初勝利だからな…。俺は経験していないからわからないが、この連敗の末のナツヒヨリの一勝は望外の喜びなのだろう。


「本当に、本当にありがとうございます」


 馬主の弐戸さんが俺の両手を取って強く握り、涙声で感謝を伝えてくる。

 愛されてるなぁナツヒヨリ。


「おや、鈴鹿さんもいらっしゃいましたか」


「吉騎手。お疲れ様です」


「いやぁ、ギリギリでしたね」


 あっはっは、そう笑う吉騎手だが顔は真っ赤で右手は軽く痙攣している。かなり頑張ってくれた証拠だ、ありがたい。


「山本先生、緒川騎手、鈴鹿さん、吉騎手。重ねてお礼申し上げます。これで思い残すことなく彼女を引退させてあげられます」


「それなんですがね。彼女の身の上は今後どうなさるつもりで?」


 気になっていたことを弐戸さんに尋ねる。


「それが困ったところで…」


「臆病ですからね…」


 弐戸さんと山本さんが顔を見合わせて言う。


「レース中だとそうでもないんですがね」


「無理矢理に併せられない限り怯みませんね。走ることが楽しくて周りの馬に気づいていないだけでしょうが」


 鞍上を担当した二人からの意見は集中していれば臆病な側面は出ないと。


「正直、どれだけの馬を付けても産駒に買い手は付かないでしょう。これは経営者としてハッキリと助言させていただきます」


「まぁ…、ですよね」


 苦笑いを浮かべる一同。ちなみに妻橋さんは成田さんにインタビューさせてくれないかとお願いされて、近くの喫茶店で取材を受けている。周りから見た俺の印象の話が欲しいんだってさ。


「これは馬主の弐戸さん次第ですが道は大きく三つあります。あくまで助言ですが」


「お願いします」


「一つは乗用馬・誘導馬に転身。まぁ、乗用馬はナツヒヨリの性格からいってまず無理です。誘導馬も鹿毛の彼女は歓迎されないでしょう」


 誘導馬は大体葦毛だ。目立ちやすいからな。


「二つ目は繁殖牝馬入りです。これも先程述べた通りに百十四連敗の牝馬の産駒は買われないでしょうね、オススメはできません。このような馬の産駒が走ったりするのも競馬の妙でありますが」


 ナツヒヨリも血統だけは純日本のものでよくはあるしな。


「三つ目、隠棲です。もう十歳ですし引退馬牧場…、なんならうちでも構いませんがそこで余生を過ごす。これまで頑張ったんです、私としてはオススメはこちらです」


「なるほど…」


「よくお悩みください。ナツヒヨリのこれからを決めることですから」


「私は繁殖入りかなって考えていたんですが…。山本先生ともう一度相談させていただきます」


「納得いくまでお話しください」


 踵を返し、厩舎の外に向かう。後ろから誰かが付いてきているがおそらく吉騎手だろう。




「優しいですね」


「四つ目の方法は絶対に私の口からは言いませんよ」


「でしょうね、わかってますとも」


 人が帰りつつある高知競馬場のスタンドで吉騎手と並んで馬場を眺める。


「まったく我ながら儲けにならんことをしたもんです」


「後悔が?」


「いえ、まったく」


 苦笑いを浮かべ、レースが終わり馬場のメンテナンスをしている作業員に心の中でエールを送りながら答えた。


「この後は山本さんオススメの居酒屋で宴会ですが、吉騎手はどうされますか?」


「ちょっとだけお邪魔してホテルに帰るつもりですよ、明後日は騎乗予定がありますから」


 ナツヒヨリに乗るために土曜日の騎乗を他のジョッキーに乗り替わり頼んでくれたんだもんな…。本当に皆で掴んだ勝利だ。


「うちの酒と地鶏もお願いして料理してもらうことになってますからお楽しみに」


「鶏にまで手を出してたんですか」


 笑いながら聞いてくる吉騎手。


「これから牧場を大きくしないといけないんでね。そうそう、相談があるんですよ」


「相談ですか?」


「もう少し先ですがVR装置配備の目途が立ったのでジョッキーを集めて大会でも開こうかとおも」


「本当ですか!」


 俺の言葉を遮り大きな声を出す吉騎手。ビックリした作業員や残りのお客が俺らの方を見る。


「マジですマジマジ。落ち着いて」


「あ、ああ。失礼しました。十八機配備されるってことですか?」


「ですです。なんでお友達の騎手の方を誘っていただければ」


「全員喜んで来ますよ、早速明後日話して見せます」


 ウキウキしながらスタンドの柵を離れて競馬場出口に向かう吉騎手。


「早く飲みに行きましょう!」


 






ーーーーーーーーーーーー





「社長、何故高知から帰ってきてお休みの中で牧場に呼ばれたかわかってますね?」


「はい、鈴鹿反省してます」


「私言いましたよね? 機材を導入するときは先に相談してくださいって」


「はい、鈴鹿猛省してます」


「なのに一体全体なんです? あの高級なVR装置がいきなり二台から十八台に増えて! ああ! いったいいくらしたんですか!」


 そっと八を指で示す。


「八千万!? 嘘でしょ!?」


 首を振る。


「まさか…」


「八億です…」


 あ、待て山田! 俺を置いて逃げるな!


「いい加減にしなさーい!!」


 うーん、俺が怒るより大塚さんが怒ったほうが怖いわ。

 宴会で飲みすぎた結果、そのままホテルでアプリを弄ってしまった。いつの間にか複数ミッションをクリアしており、VR装置の購入権がショップに現れているのをナツヒヨリの調教に使うアイテムを揃えていた時にそれに気づいたんだが…。

 べろんべろんに酔っぱらった勢いで買っちゃったみたい。てへぺろ。

 翌日起きて大塚さんからの鬼電に青ざめたよね。うんうん、どう聞いても俺が悪い。


 これから説教始まるんだろうけど、ゆずはちみつドリンクとカツオのたたきで許してくれないかなぁ。



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