わがままヒヨリ

 ナツヒヨリの調教がなかなか芳しくない。

 ここに来て六日経つが、事前の情報通りのかなりの気分屋だ。スタッフ三人がかりで坂路走らせたり手間が凄くかかっている。


 やんちゃガール極まれりって感じだな。それでいてこちらが怒ると愛想振りまいてスタッフをメロメロにするのもご愛敬。なんとも扱いにくい馬だ。


「山田君、あちらの状況は聞いてる?」


「はい、メディア対応ですが武者修行に出ていると誤魔化してくれていますね。どうせなら情報は絞って一気に驚かせようって魂胆みたいです。

 引退レースの鞍上ですが吉騎手に乗り替わりを主戦の緒川さんも認めてくれました。俺のプライドよりヒヨリに白星をあげたいとのことです」


「いいジョッキーだね」


「長年一緒に戦ってきたからこその思いってことでしょうね。

 結論として、当座の問題は今のところありません。ヒヨリが全然調教に真面目じゃないってくらいです」


 その言葉に胃がキュッてなる。それが一番の問題なんだよ。


「どうしたもんかねぇ…」


「とは言っても真面目に調教に取り組まないんじゃ…。併せをすると多少は頑張りますが」


 併せをすると…。そうか、そうだな!


「山田君」


「なんでしょう」


「併せをすると多少は効果が出るんだね?」


「そうですね、本当に多少は真面目に走ります」


「うちには切り札がいたね」


「? あー! そうですね! 早速手配します!」


 これでダメならもう手の打ちようがないぞ。

 頼むぞ、レジェンとレアシンジュ。







ーーーーーーーーーーーーー




 約三十分後、ターフにやってきたのはナツヒヨリとレアシンジュにレジェン。

 うーん、無敗のクラシック三冠馬とそのライバルと生涯無勝の地方馬。レアじゃん写真とっとこ。


「久しぶりに鞍上に跨りましたが…。やはりいいですね」


 レアシンジュのジョッキーは新田騎手。月曜の休日で島にVR装置に乗りに来たのだがレアシンジュに乗って併せ馬をしてくれないかと頼むと全力でOKしてくれた。狂信者怖い。


「よしよし、相変わらず臆病だね君は」


 ナツヒヨリの鞍上には引退レースで乗る予定の吉騎手。彼も月曜の休みを利用してVR装置の利用にやってきた口だ。


「グリちゃん、乗りやすいよありがとねー」


 最後にレジェンの鞍上はなんと牧島。乗馬によく通っているようで、馬に乗るのは得意とのことで不承不承ながら了承した。他に候補がいなかったのもある。

とはいえジョッキーと同じ騎乗を求めるのは間違いなのでレジェンの馬なりについていけるように乗ってくれればいいと伝えている。


「社長、何本行きます?」


「とりあえず一本で様子を見ましょう。レアシンジュとレジェンは手加減よろしくお願いしますよ」


 わかってますよと、笑顔で答える新田騎手に一抹の不安を覚えながらもスターティングゲートに三頭を押し込める。

 ゲートが開いた!

 好スタートを切ったレアシンジュ、全盛期に負けないぐらいの走りだ! 手を抜けつってんだろ!

 番手にはナツヒヨリ、半馬身ほど後ろにいるレジェンから鬼のマークを受けてダバダバと走っている。結局走り方なんだよな、脚が遅いのは使い方が悪いのが明白だ。言ってわかるわけでもないしどう矯正するべきか…。


「これは厳しいですねぇ」


「困ったねぇ…。うーん、奥の手を使うか」


「奥の手?」


 柵の外から見ている俺と山田君で話すが共に厳しい評価だ。これ以上の改善が見込めないので魔法の手帳に聞いてみようと思っていると。


「あ、ああ! 見てください社長! ヒヨリが!」


 視線を馬場に戻すと、ヒヨリの走り方が多少矯正されている!? なんで!?


「どどどどどいうことなの山田君!?」


「わかりませんよ! 段々と走り方がシームレスに変わってきたんです!」


 俺と山田君でわーきゃー言っていると走り終えた三頭がこちらに戻ってきた。スタッフがフォローし三人とも下馬する。


「ふぅー、やっぱりパル子は最高ですね」


「いや、君は話を聞いてた? なんですっ飛ばしてんのさ」


 苦笑いを浮かべながら新田騎手を注意する吉騎手。気づいていないのか?


「吉騎手、走っていて違和感はありませんでしたか?」


「? いえ、特には」


「走り方変わってましたよヒヨリちゃん」


「よく見てるな牧島」


 花蓮って呼んでくださいってば! っと憤慨する牧島を尻目に吉騎手へ調教様子を録画したビデオを見せる。

 吉騎手が目を見開き、アゴを擦る。


「これは…」


「どう見ます?」


「レアシンジュの逃げを見て、本能的に学習したのかもしれませんね。あれだけの距離が開けば余裕のある状態だと真似してみる気にもなったのかも」


「それならとりあえずもう一本併せてみますか。ダートに変えて」


「そうですね、実際に走る馬場で見てみるのもいいかもしれません」




 というわけで二本目はダートの馬場で併せ馬だ。疲労を考えると今日はこれで最後かな。


「俺がビデオを回すから、山田君はタイムをお願い」


「了解しました!」


 ゲートに三頭を収め、開いた!

 レアシンジュやはり大逃げ! もうあきらめたぞ新田ァ!


「どうだ山田君!」


「やはり、少しですが歩調がよくなってますね。レジェンのマークを怖がってちょっとでも前に出ようとしているのがそうさせてるのかも?」


「なるほど、脚運びを見せながらプレッシャーを与える事で自然に正しい脚の使い方を教える形になってるのか。興味深いな」


「資料としてかなり価値がありますね、これは」


 興奮しながら山田君と話していると走り終えた三頭がこちらにやってきた。レアシンジュとレジェンはケロっとしているが、ナツヒヨリは見て分かるほどにバテバテだ。


「どうです?」


「かなり改善されましたね。歩様はマシになりました」


「屋根(ジョッキーのこと)からすると速度自体は変わったと感じませんね。改善はできていますが速度の出し方がわからないんでしょうか」


「タイム的にも大きく改善されてはいませんね」


 なるほどなるほど、フォームはよくなってきているが筋肉の使い方が悪い状態か。


「休憩を挟みトレッドミルで歩かせましょうか。なにかわかるかも」


「中央競走馬総合研究所と同じやつですね」


「ですです。金かかってますから詳細なデータが取れますよ」


 トレッドミルは俺の自費で購入したものだ。使うことがあまりなくて塩漬けになってたけどな。





「うん、少し筋肉の付き方がバランス悪いわね」


 トレッドミルで歩かせて、尾根さんに軽く診察してもらう。


「左前足の筋肉が厚いわ、軸脚はこっちね。地面を蹴った時に踏ん張る力は結構あるのね、でもこのままだと怪我に繋がるわ」


「やっぱり?」


「軸脚に頼りすぎよ。前に進むのにそこしか使ってないからスピードが出ないの、筋肉がそう言ってるわ」


「こりゃあ身体を作り直すのが先かな」


「ええ、一週間ぐらいかけて均等な筋肉に持って行かないと負荷をかけたら折れるわよ」


「うん、わかったよ。ありがとう尾根さん」


 さて、筋トレからやり直しか…。間に合うといいが。


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