チーム桜花牧場の挑戦・ナツヒヨリを勝たせるのだ
山田君からもたらされた情報は想定される中で一番最悪のものだった。
『セイジ、酷い顔よ』
『おう、帰ってきたかい』
事務所でどうすっかなーっと、背もたれに全身を預けて椅子をギコギコしていたらオリビアと大塚さんが厩舎から帰ってきた。
「39世代の仔馬はとりあえず見送りとなりました」
『ピンとこなかった?』
『逆よ、良さそうな子がいたから私の財布じゃ追いつかないわ。近いうちにパパが来るハメになりそうね』
『おう、いつでも来ていいって伝えといてくれ』
『ありがとう、そうするわ』
はにかむオリビアに、事務所で昼寝していたダーレー、ゴドルフィン、バイアリーにタオルケットをかける大塚さん。
うーん、平和だ。
『で? なにを悩んでいたの?』
『さっき話した連敗中の馬がな…』
『あら、アナタならどうにかできるんじゃないの?』
別に俺は不思議なポッケで何でも叶えられる訳じゃないんだぞ。
『勝てない要因を洗っていった結果、致命的にその馬の脚が遅いでファイナルアンサーだからさ…。どうしようかなって』
『んー、それは諦めるしかないんじゃない? 競馬はブラッドスポーツなんだから資質はかなり大きいわよ』
『それはできない。真摯に競馬に向き合う人から助けを求められたら最大限手を貸すのが主義だ』
断言すると、オリビアはとても驚いた顔で俺を見た。
『損な性分ね』
『周りに恵まれてるからそうでもないさ』
『……ちょっと待ってなさい』
そう言ってオリビアは事務所の外に出た。寒いけど大丈夫か?
「大塚さん、厩舎ではどんな感じだった?」
「オリビアさんは結構悩んでいたようです。カンノンダッシュとリリカルエースの仔馬が気になっていたみたいですね」
フィンキーの弟か。目の付け所は親父さんに劣らないんだな。
おそらく39世代の仔馬で一番走るのはカンノンダッシュの39だ。脚の肉付きが一歩秀でているからな。それを見抜けるならアムス厩舎も安泰だ。
『戻ったわ』
『おかえり、どうしたんだい?』
『パソコンを借りるわよ』
『? 構わんが』
帳簿なんかは大塚さんのラップトップだから、俺のパソコンに重要のデータは入っていないからな。
俺のパソコンを立ち上げたオリビアは手際よく打鍵し、少しして接続しているプリンターが動き出した。なにか印刷しているのか?
しばらく待っているとプリンターが稼働を終えて最後の一枚を吐き出した。
『これ、お父さんからよ』
オリビアから渡された紙には細かな英語が書かれていた。読み進めると、なんとアムス厩舎の調教記録だ。
『未勝利馬の調教記録をまとめたものよ。もちろん最終的に抜け出せた馬だけのね』
『おま…。極秘資料だろこれ』
『そーよ、お父さんに感謝しなさいね。セイジなら有効に使うって言って許可くれたんだから』
ウィルさん…。
これはナツヒヨリを意地でも勝たせないといけなくなったな! 燃えてきたぞ!
『ありがとう。絶対に勝たせてみせるよ』
『頑張んなさい。ニューマーケットから見ててあげるから』
ーーーーーーーーーーー
翌朝、束の間の桜花島を楽しんだオリビアは購入した二頭を連れてイギリスに帰っていった。
それと入れ替わるように山田君が高知から戻ってきたので、桜花牧場チームでの作戦会議が始まった。メンバーは俺、山田君、妻橋さん、尾根さんだ。
「確認するけど、ナツヒヨリ陣営はこちらの指示に従ってくれるんだね?」
「はい、それは確約していただきました。船頭はこちらに譲り、ただの漕ぎ手として全面的に協力するとのことです」
「それはいいけど、結局どうするの? 脚を速くする薬なんてないわよ? …ないわよね?」
疑わしそうに俺を見ないでくれ。流石にないよ、つかアプリには身体強化系の薬はないんだ。
「ありませんよ。なので、順当に鍛えるしかないです」
「お言葉ですが、それができないからこその現状では?」
「そうです。ですが言い方はきつくなりますが、地方の調教師より設備の揃ったこちらのほうが調教において取れる手段は遥かに多いです。尾根さんが付きっきりで馬体の状態を見てくれますし、手前味噌ですが育成に関しては俺も相当なものです。なにより、マンツーマンで取り掛かれるのが大きい」
どうしても自厩舎の他の馬のために時間を割く関係上、一頭にそこまで時間をかけられないからな。
「ナツヒヨリは気分屋で調教を嫌がることも多いらしく、体重を絞るのも一苦労とのことです。それでも餌を少なくして絞ったりして馬体重自体はそこまでオーバーしているほどではなく、また走ることは好きなようで調教外での運動は多い方とのことです」
「難しいですね。調教が嫌いということは筋肉自体が適正な付き方をしていないかもしれません」
「それはこちらに連れてきて確認するしかないね。山田君には陣営にお願いして、桜花牧場での約四十五日のパワーアッププランを施すことを了承してもらったから」
「ナツヒヨリは次走を引退レースにするので無理のない範囲でよろしくお願いしますと頼まれました。最終戦のエントリーは三月の三十日の10Rです。ナイター開催ですね」
「よし、そういうわけで各自協力よろしく。尾根さんは明後日にナツヒヨリが来るから馬体検査を。妻橋さんはスタッフと連携して栄養管理をお願いします。あちらと違って食事が美味しいので食べ過ぎてしまうかも知れません」
「了解よ」
「わかりました、全員に通達しておきます」
「山田君は陣営の代表、多分調教師の人だよね? 連絡を密にしてあちらに情報がきちんとわたるように頼むね。ホースパークの件で忙しいと思うけど」
「大丈夫です! 僕はお馬さんのためなら死ぬ気で頑張れます!」
君は死んでも頑張りそうだから怖いよ。
「俺はオリビアからもらったウィルさんの調教記録を元にトレーニングプランを組むよ。ドリンクも発注しないといけないし、事務所の作業室に籠りきりになるからなにかあったら事務所によろしく」
さて、こっから本番だ。絶対に勝たせてやるぞナツヒヨリ!
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