毎度あり!

『遅いわよセイジ!』


 厩務員室から出てターフに向かうと既に大塚さんとオリビアと柴田さんの三名が準備を終えて待っていた。


『悪い悪い』


「社長、目元が赤いですけど」


「これは花粉症だ」


「二月ですよ今」


 流してよ、なんで真実を追求しようとするんだよ。


「まぁまぁ、先にお仕事しましょう? 社長、オリビアさんに二頭の紹介をお願いします」


『オリビア、この二頭が君たちの新しいパートナーだ』


 ターフを駆けている二頭を口笛で呼び寄せる。


『こっちの栗毛はウェスコッティの38。女王陛下の臣下の娘だ』


『いい馬体ね。繋ぎもいい』


『体重は昨日計測で440キロ、今日の朝調教は坂路を一本。脚の筋肉の質もなかなか、距離はマイル、中距離はいけるだろう。逆に短距離は厳しいな、速度をあげるのが得意な子じゃない』


『あら、随分と詳しく教えてくれるのね』


『そちらに限って間違いはないと思うが、取引をした陣営にはこれくらいの説明はしている。育ち切った時に適性が変わってるかもしれないし、あくまで参考程度にしてくれ』


 購買対象の馬なので魔法の手帳で情報を調べてないから、本当に私見だしな。


『なるほどね、いい心がけだと思うわ。私たちならともかく馬主は分からない人も多いもの。調教師によって得意な距離と性別は別だったりするしね』


『ウィルさんに得意不得意があるのか?』


『得意はあっても不得意はないわ』


 軽やかに笑うオリビア、しかし、その目は絶対の自信を宿していた。


『はいはい、パパが大好きで何より。次行くぞ』


『ちょっと! なによその言い草!』


 プンプン怒るオリビアをスルーして、次はロドピスを紹介する。


『この子はモウイチドノコイの38、俺たちはロドピスって呼んでる』


『はぁはぁ…。ロドピス? どんな意味なの?』


『シンデレラの元になった人物の名前さ。零細血統から産まれたのに女王の僕になるなんて、まさしくシンデレラストーリーだろ?』


『なるほどね、いいセンスだわ。沙也加が決めたの?』


『名付けはワシじゃい!』


 え? マジ? みたいな顔をするな! ちょっとオシャンティーな名前つけただけやろがい!


『顔に似合わないことするのね』


『ブリーダーだからロマンチストなんだよ』


『それもそうね』


 この馬にこの馬を付けてみたいって理想が無けりゃブリーダーなんて普通はやらないからな。


『うーん、私からしたらイマイチ良さがわからないわ』


『そうかい、ならちょっと走ってもらうか。ターフの内柵の中に障害物があるんだ』


 ロドピスをおいでおいでし、生垣の障害物があるターフの柵内に誘導する。大人しく従ってくれるいい子だ。


 設置されている障害物の生垣は、高さ1.6メートル・幅2.4メートルの中山で使われるものと一緒だ。彼女はこれを背に誰も乗っていないとはいえ軽々と飛び越すのだ。


 ピュイっと口笛を鳴らし、ゴーの声を俺があげるとロドピスは楽しそうに障害に向かっていき、軽やかにジャンプした。

 踏切り位置、高さ、着地全てが満点の出来だ。戻ってきたロドピスを撫でる。


『どうだい?』


『私もまだまだね』


『普段の動きを見ていないのに見抜いたウィルさんが異常なだけなんだけどね』


 俺たちは日常的にぴょこぴょこ跳ねるロドピスを見ているから身体のバネが優れているって知っていたが、ウィルさんはすぐに察知したらしいから流石だよ。


『うん、この子ならグランドナショナルを取れるかもしれないわね。お父さんの言っていた通りに二億円でも安いわ』


『気に入ってもらえたようで何より。お買い上げで?』


『ええ、二頭とも連れて帰るわ。よろしくね』


『あいよ。39年の仔馬も見ていくか? まだ誰も売れてないから唾つけ放題だぞ』


『本当? 見るだけ見てみるわ!』


 取引決定! 毎度あり!


「大塚さん、オリビアについて柴田さんと39世代の仔馬を見学に連れていってくれ。妻橋さんは他のスタッフを一緒に明日の輸送の準備をお願いします」


「了解です。大塚さん、俺は先に厩舎に行って準備をするのでオリビアさんをよろしくお願いします」


「わかりました。繁殖牝馬をちょっと覗いてからそっちに向かいますね」


「それがいいかもね」


「では、私はお先に失礼しますよ。かかりきりになるので柴田さんは手が足りなくなるかもしれないので気をつけてください」


 妻橋さんと柴田さんが軽快な動きで各方面へ散っていく。大型取引だからな、気合十分だ。ちなみにうちでは一頭でも購入が発生するたびに寸志が出る。故に取引の時のやる気は段違いだ。


「それじゃあ、大塚さん後はよろしくお願いするね」


「? 社長はどちらに?」


「さっきスマートフォン見たら山田君から着信があってね。そっちの対応をするよ」


「了解です。こちらはお任せください」


 頼りになるぜ。件の葬式から帰ってきたから大塚さんのやる気が違うんだよな。なにがあったんだろ。


『つーわけで、オリビアは大塚さんについていってくれ。俺はちと急用だ』


『えー? 買いたい仔馬がいたらどうするのよ!』


『大塚さんも決裁権もってるから彼女に言ってくれ。俺もなるべく早く戻るから』


『もー、なるべく早く頼むわよ』


 苦笑いを浮かべてスタスタと事務所の方へ歩きながら山田君に折り返す。さぁ、あちらはどうなっているのかな?






ーーーーーーーーーーーーーー





「やぁ、山田君。そっちはどうだい?」


『社長、考えうる限り一番難しい状態ですね。帰ったら報告書を上げますが、なかなか厳しい状況です』


 あー、聞きたくねぇ。


『まず、勝てないのは陣営の誰のせいでもありませんでした。ナツヒヨリは調教も順調に行われていておかしな点もありません、記録も見せてもらいましたが多少緩いぐらいですね。地方馬だとありえる程度のものです。

 次に馬主の方ですが、前の馬主、今の馬主の弟らしいですがナツヒヨリに対して禄でもないことをしようとしていたので力尽くで権利を奪い取ったらしく、かなりまともな馬主です。少なくとも金儲けのために無理な出走をさせていません』


 よし、それならいいが。前の馬主はブラックリストに載せとこう。


『騎手の方、緒川賢一さんですが。彼も高知ではリーディングに乗るぐらいには上手なジョッキーです。敗戦は彼の騎乗ミス等ではありません』


 調教師、馬主、騎手、全てが悪くないとなると、つまり。


『先程申し上げた通り、陣営の誰にも責任はありません。ナツヒヨリが勝てない理由は』





 ーーーただ単純に、致命的に彼女の脚が遅いだけです。



 あー、一番聞きたくない答えだったわ。


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