繋がる競馬の輪

 結局、内藤さんは馬を買わずに帰っていった。覚悟が決まらないのでこのまま買うと確実に後悔してしまうとのこと。真面目だねぇ。

 町下さん曰く、渡辺さんが先輩として至極冷静に初めての馬を持つことについて経験則を語ってくれたらしく、どこか急いで決めなくてはいけないと思っていた内藤さんの焦りを落ち着かせてくれたようだ。ありがたい。


 というわけで、商談も一区切り。二月頭にウィルさんたちがやってくるまでは牧場はゆったりムードである。

 

「社長、ちょっとお時間いただけます?」


「ん? なにかあったの?」


 事務所にて仕事を終えて始祖三頭と戯れていると、外から帰ってきた山田君がコートを脱ぎながら俺に話しかけてきた。急ぎの要件はなかったはずだが?

 内藤さんの腹内が決まったのなら俺に電話かかってくるはずだし。


「いえ、あー、申し上げにくいんですが」


 いつもはっきり言う山田君がやけに言葉を濁す。


「地方の競馬場からお電話がありまして…」


「ゲストに来てくれって話なら断っといてよ? 一つ受けるとキリがないから全部断ってるんだから」


「そうでなく、あー、ナツヒヨリってご存じですよね?」


「うん、百十四連敗中の馬でしょ? 高知所属の」


「ですです。その厩舎の方から連絡を頂いて、社長とお話をしたいと」


 ? なに用かな。とりあえず話してみないとわからんな。


「理由は聞いてる?」


「切羽詰まってるみたいで…。どうやらナツヒヨリの事に関してらしいですけど喋り方が土佐弁きつくてよくわからなくて」


「ああ…。なるほど、わかったよ。折り返してみる」


「お願いします。僕はホースパークで打ち合わせがあるので、これが先方の電話番号です」


「あい了解、頑張ってきて」


 いってきまーす、と慌ただしく外に駆け出していく山田君。忙しいのにわざわざ高知競馬の人たちの連絡を取り持ったのか、律儀なやっちゃ。


「さて、電話電話…」








ーーーーーーーーーーーー





 疲れた。土佐弁バリバリで会話の内容を理解するのが大変だった。アプリのおかげだが外国語のほうが簡単に分かるっておかしいよ。


 彼らの電話の理由はとても分かりやすいものだった。絶賛大連敗中のナツヒヨリを一度だけでも勝たせたいと陣営は願っているのだ。

 以前、吉騎手を乗せたがダメだった。なるべく走るのが得意じゃない馬が集まったレースでもダメだった。もうグリゼルダレジェンを優駿二連覇に導いた俺の手腕に縋るしかないと言われてしまったよ。

 陣営には彼女を管理する調教師もいる。それなのに俺に意見を求めるということは藁にもすがる思いで連絡をしてきたのだろうし、手を貸すことにした。

 もっとも、対応できるのはウィルさんとの取引が終わった後だがな。桜花島から指示するわけにはいかないし、現地入りすることになる。大塚さんと山田君と相談してスケジュールを管理しといてもらおう。


「おっとどけものでーす!」


「ん、ありがとう牧島」


「花蓮って呼んでくださいってば!」


 ゴドルフィンの前足をふにふにしていると、頼んだ出前を持った牧島がやってきた。


「はーい、マスター謹製ナポリタンと生姜焼き弁当とハムエッグトーストサンドです! あと鈴鹿さんの好きなコーヒー!」


 牧島からビニール袋に入ったお弁当とコーヒー入り魔法瓶を受け取る。


「ん、これ代金ね」


 万札を牧島の手に握らせる。


「んもー、またこんなにたくさんのチップを」


「貰えるもんは貰っとけって」


「私は嬉しいですけどマスターが遠慮するんですよー」


「店の前を札束で埋められたくなかったら大人しく受け取っとけって言っといてくれ」


「あー、はいはい。いつか金目当ての強盗に襲われますよ鈴鹿さん」


 溜息を吐きながら配達車に戻っていく牧島を見送って、事務所にある内線で診療所に電話する。


「はいはい、診療室」


「メシ来たよ」


「了解、すぐ行くわ」


 実は今日、大塚さんが身内の不幸事でお休みしている。一週間ぐらい休んでいいと言ったんだが適当に通夜に出て、絶縁状叩きつけてくるだけですからと、物凄くいきたくなさそうな顔で港に向かったのを鮮明に思い出せる。

 そんなわけで普段彼女が世話をしている犬たちと一緒に過ごしていたわけだが、俺一人では三頭の面倒を見ることができない。なので、手が空いているスタッフに散歩やら餌やりの手伝いを頼んでいる。昼メシ時は尾根さんがフォローしてくれると約束していたのでついでに出前を注文していたのだ。


「おー、外は寒いわね。こらゴドルフィン、白衣を噛まない」


 尾根さんの周りをきゃうきゃう吠えながらグルグル回るゴドルフィン。すぐに捕まって冷えた手でかいぐりされるのはご愛敬。

 席に着いてゴドルフィンを解放した尾根さんに生姜焼き弁当を渡す。 


「そういえばマスターのとこで出前って珍しいわね? やってたこと知らなかったわ」


「オーナー特権で無理矢理頼んだ」


「権力の使い方!」


 俺はスターホースのオーナーだからこんなことができるのだ。ドヤ。ナポリタンを頬張る、うん美味しい!

 

「英国紳士は購入予定は二頭だけ?」


 生姜焼き弁当のキャベツをモグモグ食べながら突然尾根さんが聞いてくる。俺も口に含んだナポリタンを飲み込んで答えた。


「ええ、ロドピス≪モウイチドノコイの38≫とウェスコッティの38を以前に掲示された計三億円でお買い上げです。これで一気に牧場は収益安定街道ですな」


「牧場はね」


 ホースパークは今のところ十桁レベルで帳簿が真っ赤っかだからな。笑える。


「まぁ、下手を打つのだけはやめてよね。この牧場は居心地いいんだから」


「もちろんですとも、最近反省して五ヵ年計画を立てましたので」


「普通は金使う前に予定を立てるんだけどね」


 それはそう。

 そんな他愛もない話をしつつ、食事を終える。ゴチですわ。


「御馳走様。そうそう、柴田さんから娘ちゃんが遊びに来たがってるので今度連れてきていいか聞いといてって言われてたわ」


「梨花ちゃんが? 馬を好きになってくれたのかな?」


「そうだといいわね」


 弁当ガラをビニール袋に捨てて、魔法瓶に詰められたコーヒーをカップに注ぎ尾根さんに渡す。


「あー、美味しいわ。これからも出前してくれないかしら」


「ただでさえ一人で店回してんのに手が回らないでしょ」


「花蓮は一応学生だものねー」


 今回はたまたま牧島が学校が休みでバイトに入っていたから出前してもらえただけだ。

 ちょっとの間、尾根さんに三頭を見てもらって午後からの仕事に備えて準備をする。そんなに時間もかからずに用意が終わった。


「さてさて、アタシは城に戻るわ」


「午後もよろしくー」


 さぁ、仕事再開だ。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る