馬主になるということ

「えー、ただいま桜花島の旅館である、桜花旅館さんで臨時の生放送を行っております内藤浩二です。あ、オイッス!」


「内藤さん自分の持ちネタ忘れてる」


 カメラの外から町下が笑う。

 内藤は今日の一連の流れを整理し、内藤と町下だけでは考えが煮詰まってしまうと急遽WeTubeで生放送を開始しリスナーに意見を求めることにしたのだ。

 チャンネル登録者数が五万人をオーバーしたチャンネルでは無告知だというのに既に四千名近くが視聴していた。


「はい、ということで。皆さんの意見をお聞きしたく突然の生放送となりました。既に視聴者数四千人越えということでリスナーの皆様、本当にありがとうございます」


『突然でビックリした』

『夜勤途中でトイレに駆け込んで見てる』

『いや仕事しろやw』


「ごめんなさいね、いきなりの配信で。先程まで桜花牧場に伺ってたんです」


『馬買うって言ってたもんね』

『内藤の稼ぎで馬主になれるの?』

『流石に家買えるぐらいは稼いでるだろ』


「えー、勘違いしている方もいらっしゃるので説明しますが、馬主になるのには二通りの方法があります。地方資格と中央資格です」


 カメラを見ながら指を折って説明する内藤。たまに目線を資料に落としてカンニングするのはご愛敬。ちなみにその資料を作ったのは山田だ。


「中央は通年で二年間の千七百万以上の収入と資産が七千五百万円以上必要です。はい、僕は無理ですね」


『塚本興行じゃな』

『むしろそれだけもらってたら驚くわ』

『千七百万とかアウトロータウンの二人とかそこらへんの年収じゃろ』


「あの人たちは年収億超えてるでしょ…。じゃなくて、僕の年収じゃとてもじゃないけど手が届かないので地方の資格を取りました。こっちは年収が五百万を超えていれば比較的簡単に取得することができます」


『あんだけ頑張ってんのにな』


「心に来るから同情するのやめて。町下さんも笑わないで」


 ゴメンゴメンとジェスチャーを送る町下だったが、肩は震えたままだ。


「それでね、地方の馬主資格を取ったので鈴鹿さんからお誘いを受けて牧場のほうにお邪魔させていただいたんです。

 いや、凄かったですよ。僕の目で見ても分かるぐらい走るなって思うのよ」


『いいなー。地方の馬主やってるけど桜花牧場の馬が欲しいもん』

『そういや庭先しかしないって明言してたな社長』

『内藤さんに声かけたってことは実績がないから知名度が欲しいんだろうな』

『社長だけでいいじゃん』

『インフルエンサーではあるけど関係者の発言はイマイチ信用されないから外部の宣伝は必要だぞ』

『つか内藤さん馬買える金あんの?』


「あ、はい。なかったです」


『草』

『だよなぁ』

『一頭いくらだよって話だし』


「ですがね。鈴鹿さんのご厚意で一頭格安で譲っていただける事になりました、拍手ー!」


『おぉおおおおおおお!』

『すごい!』

『は? は? 地方で出すのはもったいなくね!? 中央行こうぜ!』

『サイアーラインはよ』


「はい、というわけで。実は馬がまだ決まっていません。真剣に悩めって鈴鹿さんに釘刺されちゃった」


『それはそう』

『生き物を買うんだからあたりめーよ』

『桜花牧場は零細血統だけど良血馬ばっかだからそっちでも悩むよな』


「それでね、まず地方で戦うか、もしくは中央の認定レースに出て中央に挑むか先に決めろって言われたのよ。馬はそれからだって」


『? 馬を決めてから選ぶんじゃないの普通』

『中央に挑むなら芝向きの脚の子を売るべきだし、地方でドサ回るならダート向きのほうがいいからでしょ』

『地方で芝のコースは盛岡しかないからな』

『初めての馬主だから思考があっちこっち言って馬に無茶させないためでしょうよ』

『預託料とか輸送費考えたら鈴鹿社長の言いたいこと分かるよ。地方の厩舎でも預託料だけで二十から四十万かかるし、認定レースに出るために門別所属にしてちょっと調子がいいからとか思って船橋へ出走とかだと輸送費で内藤さんの財布が持たんべ』


「うわ、みんな思ったより真剣に考えてくれてる」


『たりめーよ』

『これも人望よ内藤さんの』

『真面目に悩んでるのに茶々入れんよ』


「み、みんなありがどう…」


 感動して涙声になる内藤。町下は優しい表情でそれを見守る。


『候補の馬のサイアーライン見せてくれたら一緒に悩めるんじゃね?』

『はよ見せて』


「はいはい、これですね。見えてる? 鈴鹿さんからもらったコピーだから少し見にくいかな?」


≪ロストシュシュの39・牡・母父ブラックボート・父クーアリイ≫

≪ジェネレーションズの39・牝・母父ニューウェイブ・父クーアリイ≫

≪ウェスコッティの39・牡・母父レコードフラジャイル・父リンガンナーティ≫

≪カンノンダッシュの39・牝・母父カケルニーヨン・父シャルロウショック≫

≪モウイチドノコイの39・牝・母父サナダクリストフ・父オジョーナガヤマ≫

≪リリカルエースの39・牡・母父セイカイハシャ・父スピードエース≫

≪センガンドリルの39・牝・母父マッコウドリル・父テスニントップ≫

≪タッチダウンの39・牝・母父カケルニーヨン・父ジャパニーラグ≫


『良血馬の見本市かよ!』

『内藤さんこれ買えないんじゃない? 一頭一千万とかじゃきかないよ』

『ロストシュシュの39とか短距離血統の王者になるべくして付けられてんじゃんw』

『種付け料だけでクーアリイ、リンガン、シャルロウショックは一千万超えてるぞ。一番安い障害馬のオジョーナガヤマでも四百万とかだったはず』


「鈴鹿さんから提示された値段言っちゃっていいのかな? え? 基本的に庭先取引の値段は伏せたほうがいい? 了解です。割引プラス分割でいいって言ってもらったから冒険もありかなって思ってる」


『オメー嫁と子供がいるだろw』

『立場的に借金しちゃいけないって!』

『良血馬の子供が走らないってのはよくある話だしね』


「家族の許可はね、取ってます。一応ね。想定の数倍お馬さんの値段が高くて悩んでるだけであって」


「内藤さん、アレは鈴鹿さん気を遣って相当安くしてくれてますよ。ジェネレーションズの39があの値段はありえません」


『町下さんキタ!』

『値段相当気になるな…。ジェネレーションズの39なら億超えるでしょ』

『クーアリイも種付け料が千六百万するし、ジェネレーションズ自体もG1勝利こそないけどG2やらG3やらはかなり取ってる名馬だからなー』

『内藤さんの顔見てるとトンデモない値引きされてたなこれ』

『社長はそういうとこある』

『んだ』


「町下さん、みんなが言ってることマジ?」


「大マジです。鈴鹿さんの意を汲んであの場では言いませんでしたが、あそこまで安いと逆に怖いですね。鈴鹿さん相手じゃなければ肩叩いて帰ってますよ」


『マジでどんだけ安くしたんだよw』

『あの人なら桁一つ二つ削っても驚かんぞ』

『大塚さんに蹴り食らうまでが流れ』

『数千万単位で赤だしたらそりゃ蹴るわ』


「なので、内藤さんのこれからやることは明日の朝までに全力で答えを出すことです。生放送も使って皆でディスカッションしましょう」


「うん、みんなの知恵を貸してください。よろしく!」


『ウォオ! 任せろ!』

『金はないけど知識はあるからな』

『馬主の先輩として必要なことは全部教えてしんぜよう』




 生放送は未明まで続き、内藤は満身創痍の中、自身の納得する答えを出したのだった。



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