出走前 各々の陣営

「ウィル、どう出る?」


 イッツソーラックの主戦であるロッチがウィルに問う。


「差し追い込みが多い、先行寄りの中団に控えたほうがいいだろうな。

 だが他の陣営もそう考えるだろう…。ロッチ、君はどうしたい?」


 彼は一般的な返答をして、ロッチの意見を促す。


「グレイトフルエリーが怖いな」


 ロッチはそれに答えず、自身の思ったことを言う。


「ん? ああ、ダービー男が騎乗する馬か。なにか気になるのか?」


「いや、なんというか…。第六感ってやつかな。妙に意識が向くと言うか…」


「直感は大事にしたほうがいい。グレイトフルエリーは…。先行馬か、ちょうどいいな。作戦はさっきいった通りにしよう」


「了解」


 イギリス陣営の作戦はまとまった。

 彼らは王道を貫く。





「リッド、どう見る?」


 アメリカ陣営のトッドはレターオブサンクスの主戦で自身の息子であるリッドに意見を求めた。


「親父の見立て通りじゃないか? 逃げがいない、先行馬は一頭で残りは差し追いの偏った構成だからペースを刻みながらケツから捲り差すのがベストだろ?」


「正道ではな」


 頭をガリガリと掻き、トッドはリッドに忠告した。


「舐めるなよ。グリゼルダレジェン…。いや、あの陣営は何を仕掛けてきてもおかしくない」


「反則するってのか?」


「違うわ戯け! お前が綿密に作戦を立てている陣営の邪魔をするなら何をすることが効果的だと思う?」


「はぁ? …そりゃ考えてることを出来なくすることだろ」


「そうだ、お前の言った捲り差しなど読めるに決まっている。盤面をひっくり返されるかもしれん。注意して冷静に挑め。よいな?」


「分かった分かった、動揺しないようにするさ」


「本当に分かっとるのか…?」


 トッドはレースが近づくにつれて不安が増していくのだった。






「シーダ、アルバの調子は?」


 アルバコアの主戦騎手のルイージが尋ねる。


「あぁ、最高潮だ。ミスター鈴鹿には足を向けて眠れないな」


 満面の笑みで答えるシーダ。


「そいつはよかった、足止め食らったときは終わったと思ったが…。神様ってのは真面目な奴に良くしてくれるみたいだ」


「女を引っかけまくってるお前を助ける神なんて邪神だろ?」


「ちげぇねぇ」


 二人で笑い合い、ひとしきり笑った後でルイージが問う。


「いけるか?」


「厳しいな。状況が不利だ。体格がよろしいのが右左に二頭ずつ、おまけに外側ときた。やったことはないが先行で動いたほうがいいまであるな」


「なるほど、大逆境ってわけだ」


「燃えるだろう?」


「当然さ」


「なら勝ってこい。愛しのエカチェリーナが待ってるぞ」


「そりゃ二つ前の彼女だ」


 大きな笑い声が厩舎に響いた。




「どうどうどう、落ち着けシースタイル」


 厩舎で興奮するシースタイルを落ち着かせるジョアン。


「大変そうですね」


 苦笑しながら落ち着かせる手伝いをしたのは、乗り替わりでシースタイルに騎乗するロメール騎手。同郷のフランスの騎手ということとお手馬が出走しないために空いていた彼にお鉢が回ってきた形だ。


「毎回こうなんだよ…。気性が荒いほうがレースで活躍できるとは言っても限度があるってのに」


「好きな物で釣るとかは出来ないんですか?」


「出来るが…。ここでは無理じゃないかな」


「どうしてです?」


 困ったようにジョアンが笑う。


「東京競馬場で高級レモンなんてないだろう?」


「レモン!? 人参とかではないんですか?」


「変わり者だからね…」


 嘆息し、一向に落ち着かないシースタイルに困り果てるジョアン。


「あ! ちょっと待っててください」


 走って厩舎の外に出ていくロメールに疑問をうかべていると、ロメールが黄色いものを持って戻ってきた。レモンだ。


「ほら、お食べ」


 目を輝かせて半分に切ったレモンに齧りつくシースタイル。


「いやはや助かった。どこでこれを?」


 ロメールは苦笑し。


「グリゼルダレジェンの厩舎ですよ。レモンを入れた水が彼女の大好物だと聞いたことがあったのでもしやと思ったら」


「はー…。強い馬ってのは食べ物の好みも似るのかねぇ」


 





ーーーーーーーーーーーーーーーー





 パドック周回も終わり、返し馬を行っている最中。

 吉は拭えない違和感に襲われていた。


(ずっと間近で見てきたが、浅井君の動きがおかしい…。怪我ではなさそうだが…)


 仕掛けてくるな。この世界で生きて培われた勘がそう告げてくる。


(今回は後方脚質がかなりの数いる。グリゼルダレジェンは前も行けるからな…。逃げもありえるぞ)


 彼が思い出すのは大逃げで四頭競ったチューリップ賞。


(あれをやられたら? 先行で行くであろう俺がペースキーパーになるだろうと考えていたが、あの馬に主導権を握られる?

 勘弁してくれ、チューリップ賞はレアシンジュがハナを譲らなかったから勝負になったんだ。グリゼルダレジェンの単独大逃げは試合にならない大崩れになるかもしれないぞ…!)



 一抹の不安を抱えながら、ゲートに向かってグレイトフルエリーを動かす。

 グレイトフルエリーは18番、最後にゲートに侵入する。


 グリゼルダレジェンは4枠8番。既にゲートインしている。


 仕掛けてくるのか? それとも勘違いなのか?


 ふーっと大きく息を吐き16番のアルバコアが収まったのを確認して、グレイトフルエリーにゲートインを促す。

 大人しく収まった彼女がグッと足に力を溜めているのを理解して、吉は本能的に察知した。


 バタン、ゲートが開く。

 吉はグレイトフルエリーの腹を蹴る。

 ロケットスタートを決めたのは。


 青色の帽子で8番の黒鹿毛。グリゼルダレジェン!


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