イギリスからの帰島

 帰ってきた…。

 目の前にあるのは見慣れた事務所! 厩舎! 放牧地!


「うぉおおおおおおおおおお! 桜花島よ! 私は帰ってきたァ!」


 六日間空けただけなのにひどく恋しかったぞゴラァ!

 ウキウキしながら事務所に入る。


「おーっす、ただいまー!」


 事務室の引き戸を開けると、勢いよく茶色の弾丸が。


「がっふ」


 お土産を渡しに来ただけの俺にダーレーがステップを刻みながらタックルを仕掛けてきた。元気だなオメー。


「あ、社長お帰りなさい。今日はお休みするのでは?」


 大塚さんがキッチンからヒョコっと顔を出して挨拶してくれる。

 そう。帰国したばかりだし時差ボケもあるのでアパートで休むつもりだったが、お土産だけでも持ってこようと帰りしなに立ち寄ったのだ。


「ちょっとね。お土産だよ」


「わーい。イギリス土産は初めてです」


 片付いている俺の事務机の上に、犬の形をしたショートブレッド、ヘーゼルナッツ入りのファッジ、有名なお店のウェルシュケーキ、老舗百貨店で山盛り買ってきた紅茶、親父がパイにされたウサギのグッズ、ロンドン・パディントン駅が名前の由来のクマのグッズにお辞儀系ラスボスと戦うファンタジー児童書のグッズ。グッズばかりだな…。

 

「す、凄い量ですね…」


「島の人たちの分も買ってきたからね。これでも持ちきれないから配達にしてもらったんだよ?」


「それは買いすぎでは?」


 お財布に厳しい大塚さんの目が光る。


「そう思うかい? 大塚さん」


「ええ、無駄遣いは身を滅ぼしますから」


 足元の三頭もキャンと吠えて同意する。


「予定になかった女王陛下との会食をいきなり詰め込まれても? ストレスから爆買いしないと誓える?」


「え?」


「晩餐の席には皇太子殿下も王配殿下もいたよ? 食事は素晴らしかったけど味なんて分かったもんじゃなかったよ? これでもストレス感じずにいられる?」


「わ、わかりました! すみませんでした!」


「やっと解放されて帰り際になんて言われたと思う? また是非招待させてくれってさHAHAHA☆」


「しゃ、社長! 戻ってきてください! 妻橋さーん! 柴田さーん! 助けてくださーい!! 社長が変なんです!!」


 事務所の玄関を開けて大塚さんが外に走り出す。

 いつものことではー? と大きな声で返ってきた。失礼すぎひんか?






ーーーーーーーーーーーーーーー





「あっはっはっは! ひー、ひー、ひー…。

 アンタも凄い人たちに好かれたもんねぇ!」


「笑い事じゃないんだが?」


 お土産を渡しに診療所へ赴くと休憩中だったのか、尾根さんはコーヒーを啜っていた。ビーカーで。マンガの科学教師か己は。

 お土産は横に置き、ついでに淹れてくれたコーヒーを俺も啜る。ビーカーは飲みづらいぞ。ファッジを齧りながら思う。


「いやー、行動するたびに厄介ごと抱えるのは才能よ、才能。

 やっぱり、事を成す一角の人物ってもってるのね」


「んまー! 畏れ多くも女王陛下の寵愛を厄介ごとだなんて許されないザマス!」


「いや、どこの人よ…」


 尾根さんも同じくファッジをかじりながら呆れたようにため息をつく。

 ノリ悪いなー。


「そういや土産を持ってきてくれたのよね?」


「ええ、これが欲しかったんでしょう?」


 横に置いていたお土産の塊を診療所の休憩室に広げていく。

 えー、スタンプシールにレッドワックスのセットでしょ、チャーチワーデンパイプに鹿打ち帽、コスプレテディベアと拡大鏡とレターオープナーのセット。いやぁ、尾根さんのお土産が一番お金かかったわ。


 ドヤ顔で尾根さんを見ると何故か大粒の涙を瞳に貯めているではないか。

 こわっ。


「ありがどう…」


「え、どうしたのねぇ怖いんだけど」


「ありがどー…」


 泣き止まぬ尾根さんにビビッて大塚さんに援軍を頼み、なんとか聞き出した情報によると。

 どうやら尾根さんは大層なホームズフリークらしく、俺の買ってきた素敵なお土産に興奮して耐え切れずに泣いてしまったとのこと。泣くレベルのファンなのか…。


 俺の買ってきたテディベアは結構大きなものだったのだが、それを胸内で抱きしめる尾根さんという物珍しいものを見た。大塚さんも眼鏡のズレを直さなかったあたり相当動揺していたな。わかる。


 




ーーーーーーーーー



 結局、あの場は大塚さんに任せて逃げてきた。どないな対応せっちゅうんじゃ。

 アホなやり取りでお腹が空いたので家に帰るのをやめて、喫茶スターホースにやってきたのだ。

 スターホースのドアを開けて、カランカランと鳴るベルを背にガラガラのカウンターに座る。


「おや、お帰りだったのですね」


「今日の朝早くね。コーヒーと…、生姜焼き定食貰える?」


「はい、少々お待ちを」


 マスターが注文完了と同時に、焙煎機に豆を入れてローストし始める。

 そのままマスターの姿を見ながらゆっくりしていると。

 

「あー! 鈴鹿さん! 戻ってこられてたんですね!」


 うるさいのが来た。


「うるさいよ牧島」


「花蓮って呼んでくださいってばー」


 彼女はニコニコしながらカウンターの奥に入り、エコバックから食材を取り出して冷蔵庫に入れていく。

 この喫茶のウェイトレスである彼女は十九歳の大学生、牧島花蓮。福岡市内の大学に通っているが、親御さんが桜花島の筆職人であるために不便を強いられているかわいそうなやつでもある。

 と、以前までは思っていたのだが、市内の家賃が高いから島から出ずに住んでいるのと喫茶店のバイトの時給を聞いて同情するのをやめた。

 それに、玉の輿狙いなのか俺に擦り寄ってくるのが非常に面倒だ。

 島の大人たちからは愛されて可愛がられてるらしいけどな。


「今日は水曜だぞ牧島。大学じゃないのか?」


 俺がそう問うと、苦笑をうかべながら俺の前にマスターがコーヒーをコトリと置いてくれる。

 うん、美味し。


「水曜日は午前中だけなんですぅー。この前教えたじゃないですかー!」


 俺はお前に対しての脳領域を割いていないぞ。

 右耳から入って左耳から出てるからな。


「はいはい、黙って床磨いてろって」


「ひっどーい!」


 ブツブツ言いながらモップを片手に床を磨きだす牧島。真面目ではあるんだよな。


「お待たせしました。生姜焼き定食です」


 うっひょー。テラテラに輝く豚肉、粒の立った米粒、やっぱりプロの作る生姜焼きは最高だぜ。


「そういや、みんなのお土産は公民館に届くようになってるから適当に取っといて」


 生姜焼きの付け合わせの沢庵を食べながら、二人に思い出したことを言う。


「おや、すみませんね。ありがたくいただきます」


「わーい! イギリスのお菓子あります?」


「あー、チョコ以外なら腐るほどあるぞ。比喩でなく」


 面倒だから店舗行ってガバッと一抱え買ったからな。店員さん正気かって目で見てたけど。


「チョコはなんでないんです?」


「そりゃオメー…」




 いえねぇ。

 陛下たちとの会食後のティータイムで見たチョコのせいで、あの緊張感を思い出して気分が悪くなるなんて…。


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