傷を舐めたいのは、お前だけ
そんなわけでやってきましたグレートブリテン及び北アイルランド連合王国、通称イギリス。
乗ってきたのは羽田からイギリスのヒースロー。距離が遠いだけあって直行便がこれしかないんだな。いや本当に遠かった、13時間ぐらいかかったもんな。
そしてここから更に車で移動しないといけないと思うとげんなりするな…。
『ミスター?』
ボンキュッボンのナイスバディのブロンドレディに声をかけられた。突然の出来事で身を固くしているとその美女は笑って言った。
『アハハ! アナタが鈴鹿さんよね? 突然ごめんね、アタシはオリビア・アムス。ウィル・アムスの娘よ』
『なるほど、迎えに来ていただけると聞いていましたが…』
厩舎の手すきなオッサンあたりが迎えに来てくれると思ってたわ。
つか、車内に二人きりになるんだぞウィルさん。いいのか。
『あー、ごめんね。本当は叔父さんが迎えに来るはずだったんだけど、今朝魔女の一撃食らっちゃってねー』
魔女の一撃…。ぎっくり腰か、そりゃ無理だ。妻橋さんもこの前やってたけど、温厚な妻橋さんが鬼のような顔で呻いてたからな…。
『事情は分かった。だけどこれでも有名なもんでね、悪いがウィルさんに電話をかけて確認させてくれ』
『当然ね、構わないわ』
疑いはしてないが異国の地だからな…。流石に警戒させてもらう。
スマートフォンを取り出してウィルさんに電話をかけると数コールほどで繋がった。ちなみに電話番号は山田君がシレっと知ってた。コミュ力お化けめ。
『やぁ、君から電話ってことはオリビアと合流できたってことかな?』
『ええ、急なことだったので一応確認をと思いまして。その口ぶりだと本物みたいですね』
『もちろんさ。聞いたかもしれないが弟のセオドアが腰をやってしまってね。HAHAHA、代わりに美人とのドライブを楽しんでくれ』
『分かりました、お大事にとお伝えください』
チャオっと返され電話が切れる。どうやら本物らしいな。
『どう? 満足した?』
『ああ、悪かった。君は本物らしい』
『うふふ、日本人は平和ボケしてるから簡単にヘラヘラついてくると思ったわ』
『流石に俺の身体の値段ぐらい自覚してるよ』
稼いでいるから身代金要求のために誘拐されるかもしれんからな。
オリビアの自家用車らしいLから始まるイギリスの国産メーカーのSUVに荷物と俺を載せて、車はゆっくりと走りだした。
『ニューマーケットに行く前にどこか行きたいところはある? せっかくだから足になってあげるわよ?』
『そいつはありがたいね。ベイカーストリート221Bとセント・ジョンズ・ウッドのグローブ・エンド通りとアビー通りの交差点に行きたいな』
せっかくイギリスに来たんだしね。
ーーーーーーーーーーーーー
観光を終えてオリビアの運転でニューマーケットのアムス厩舎に到着した。
彼女も父親であるウィルさんのアムス厩舎で働いているようで、作業服に着替えてくると言って俺をウィルさんのところに置いて関係者用の建物に消えていった。
『やぁ、鈴鹿さん。随分とご機嫌だね』
『こんにちは、ウィルさん。娘さんのおかげで観光を楽しめましたよ』
ホームズ博物館とあのバンドのCDジャケットの地を観光できてハイテンションなのは自覚している。
あの横断歩道を渡ってる写真をオリビアに取ってもらって、山田君に送ったら「なんですこれ?」って返信がきたときはオイオイって感じだったがな! 本当に馬にしか興味ないんだよ山田君は!
『そいつは良かった。どうだいニューマーケットは? 素敵なところだろう?』
『ええ、とにかく馬が好きな人々が集まる街ってのはわかりました』
ケンブリッジからニューマーケットに入った途端、道路で馬を見かける頻度が跳ね上がったからな。
『馬を飼うとライフスタイルがそれ専用になっているからね。名実ともに、馬と生きている町なんだよニューマーケットは。
貴方の牧場がある島と同じようにね』
あー、既視感の正体はそれか。
商店街から牧場まで馬と馬デザインの商品であふれてるもんな桜花島。
それにしてもアムス厩舎はデカい。
オリビアにドライブ中に百七十頭の管理馬がいるって聞いてたが納得だ。
そのままウィルさんと雑談していると、どうやら厩舎内に角馬場を始め、ウォーキングマシーンにトレッドミルやプールといった設備も備わっているというのだから驚きだ。
流石、イギリスでリーディングトップを走り続けているトレーナーと言ったところか。
『無事に着いたことだし、これからのことを決めたいんだがいいかな?』
『大丈夫ですよ。陛下と謁見させていただくのですから失敗がないようにしないと』
いつもの行き詰ったら行き当たりばったりでゴーは通用しないぞ今回。
『HAHAHA、安心してください。陛下はお優しいですから些細なミスなど気になされませんよ』
陛下が良くてもワシが帰国したら身内に怒られるんじゃい!
それを伝えるとウィルさんの笑いが大笑いに変わった。解せぬ。
『ひー、ひー…。なかなかに面白いお身内をお持ちのようで』
『自慢の家族ですよ』
くくく、ウィルさんは笑いを噛み殺して眦の涙を拭う。
『思った通りだ。私と貴方はよく似ている』
『そんなに老けてます俺?』
ウィルさんは五十代で、俺はギリギリ二十代なんだけど。
『顔成り立ちじゃないさ。在り方だよ。
貴方も私も背中に抱えた爆弾を一生懸命押さえているんだよ。自覚はあるかい?』
? なに言ってんだコイツ。
『私は先達から引き継いだ身に余る巨大な厩舎、君は人を抱えても賄える大きな牧場。
我々が答えを間違えれば、歯車が狂い崩壊する。上に立つには力が足りないのさ、我々は』
『あー? まあ、上に立つカリスマなんてないと自覚はしてますがね…?
あぁ、そうか、ビビってるんですねウィルさん』
彼は破顔し。
『わかるかい?』
『小難しいこと言ってないでハッキリ言ってくださいよ。陛下の愛馬がクラシック三冠獲るってなったら、そりゃ誰でもビビるでしょうよ』
『こんなチャンスもう巡ってこないかもしれない。そう思うと震えが止まらなくてね。
私の厩舎のスタッフは百人を超えているんだ、その全員から見放されないかと悪い考えばかりしてしまって…』
はぁ、思わず嘆息する。
その行為にウィルさんはビクッと体を震わせた。
『わかりましたよ。見せてください』
『え?』
弾かれたように俺の顔を見つめるウィルさん。
『俺のこと知ってるでしょう? イッツソーラックが勝てるかどうか教えてあげますよ』
『それは…』
俺の余りの言い草に口ごもるウィルさん。
『遠慮なんてしないでいいですよ、忖度なんてせずに全てをお教えします』
『そんなことがわかれば苦労しない』
『わかるんですよ、それで俺はここまで登ってきた』
ウィルさんがひるむ。
『確かに俺は一流の馬主でもなければ一流の経営者でもないさ』
けどね。
『俺は一流の勝負師ではあるんだよ』
自信だの不安だのと言った誤魔化しはいらない。
さぁ、お前の馬を見せてみろ。ウィル・アムス。
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