秋の大勝負! 白熱ジャパンカップ! ー3ー

ドンカスターより愛をこめて

 あっという間に時は過ぎ、九月に入った。

 残暑が厳しいが、新たな戦いに備えるためにレジェンは栗東に向かい、レアシンジュは美浦に帰っていった。両者はお互いに認め合ってるのか仲が良かったな。

 あと変わったことと言えば浅井騎手や新田騎手が名が売れてきて島に来る頻度が減ったことか。土日合わせて四走や五走が頻繁にあり、お手馬の調教なんかで駆けまわってるらしい。いいことだ。

 そんなことを考えながらパソコンで事務処理をしていると足元に彼らがやってきた。

 そう、牧場で飼っている始祖三犬だ。ちなみにこの名前で呼ぶと大塚さんが死ぬほど嫌そうな顔するから注意。


「よーしよしよし、お母さんはどうした?」


 大塚さんはこやつらの面倒を見るためにアパートから商店街にある空き家だった一軒家に引っ越した。喫茶スターホースの近くだ。マスターにも可愛がられてるらしい。

 夜は誰も面倒見ることができないから俺が預かるかと思っていたんだが、大塚さんが全力で預かると名乗り上げて圧倒されちゃった。

 三匹の鼻先をペチペチタッチして遊んでいると大塚さんが事務所に戻ってきた。


「あ。面倒見てくださってありがとうございます。

 ドッグフードを雑貨屋さんに頼んでて、牧場の入り口まで取りに行ってたんです」


 そういう彼女の腕には大きなドックフードの袋が。


「そうだったんだ。犬は大きくなるのが早いねぇ」


「ですねー、やんちゃ盛りになってきました」


 甘えてくる三匹を撫で回しながら休憩に入る。

 大塚さんが犬たちの食事のついでに俺へホットコーヒーを淹れてくれた。

 部屋の中は意外と寒いからな。ありがたい。


「ありがとう、いただくよ」


「熱いので気を付けてくださいね」


 火傷しないようにコーヒーを啜っていると、事務室に妻橋さんが入室してきた。


「おや、美味しそうですな」


「あ、妻橋さんも飲まれます?」


「アイスでお願いできるかな」


 はーい、と再び給湯スペースに向かう大塚さん。その後ろを子犬三匹がついていく。

 ニコニコと笑ってそれを見る妻橋さん。なぜ事務所に来たのだろう? 厩務員用の出入りしやすいクーラーガンガンのプレハブ小屋があるのに。


「なにか問題が?」


「いえいえ、暑いから老いぼれは事務所で休んで来いと言われましてな」


 確かにプレハブ小屋は日差しが強いからなー。


「凄く返答に困りますね」


 柔和な笑みを浮かべて妻橋さんは「冗談ですよ」と言って、質素だが上質な封筒を俺に差し出した。

 

「これは?」


「アムス調教師からです。宛名が社長になっているみたいで」


「ふーん? ありがとうございます」


 事務所の机に備え付けてあるペーパーカッターで封筒を開封し、三つ折りにされた便箋を取り出す。

 当然だが全て英字だ。


『親愛なるホースマン、鈴鹿へ。

 この前は大変お世話になったね、牧場の方々にも気を使わせてしまって申し訳なかったよ。最高のおもてなしをありがとうって伝えておいてもらえるかな?

 あまり君の貴重な時間を奪うのは喜ばしいことじゃないから本題に入らせてもらうね。

 九月に行われるセントレジャーに君を招待したいんだ。

 突然なんだって思うだろうけど理由を言わせてほしい。女王陛下の所有するイッツソーラックが2000ギニー、エプソムダービーを制してクラシック三冠に王手なんだ。

 そこでゲン担ぎで我らの女王陛下が今年偉業を成し遂げたグリゼルダレジェンのオーナーと会いたいらしくてね。

 どうか都合をつけてくれないかい?

 いい返事を待ってるよ。

 君の友人、ウィル・アムスより』


 ?????


「あか、あかか」


「どうしました社長!? 顔が真っ青ですよ!?」


 大きな声を出して肩を揺さぶる妻橋さんに驚いたのか子犬たちがキャンキャンと

吠えて走り回る。

 いや、それはいいんだ。重要なことじゃない!

 心配そうな顔した大塚さんが駆け寄ってきたけどそれどころじゃない!


「あ、あばばばば!」


「しゃ、社長!? 妻橋さん一体何が?」


「手紙を読んでたら急にこうなっちゃってね…。大塚さん読めるかい? 私は日本語以外がさっぱりでね」


「簡単な英会話ぐらいなら…」


 俺の手からスッと手紙を奪い大塚さんが目を通す。

 大塚さんも読み進めるにつれて段々と血の気が引いていった。


「あー、これは…」


「なんて書かれてるんだい?」


「イギリスの女王陛下が社長に会いたいみたいです…」


 ふっ、と妻橋さんが白目をむき仰向けに倒れる。それを咄嗟に抱きかかえた。


「うわわ、大塚さん尾根さん呼んできて!」


「わ、わかりました!」


 一気に騒然となる事務所。穏やかな午後だったはずなのになー。





ーーーーーーーーーーーーーーー




「凄いですよ社長! イギリスの女王陛下と言えば世界で一番有名な馬主ですよ!」


 山田君は注目するところなんかズレてるんだよなぁ…。

 馬主の前に一国家の代表やぞ。代理のウィルさんが来た時と違って直接会うには身分が違いすぎるわ。


「山田さんはともかくです。行くのはもう確定としてですよ? 社長単独で行くのか、それとも誰かを連れていくのかが論点です。少なくとも私は同行したくないです」


 かつてないほど気迫のこもった表情で拒否する大塚さん。


「私は別に構わないけどね。流石に長期間診療所を空けるのは無理よ。それだけは譲れないわ」


 島でたった一人の獣医の尾根さんは連れて行けず。


「私は女王陛下と謁見なんてしたら卒倒する自信があります」


「俺も失礼をするじゃないかと不安ですね」


 妻橋さんも柴田さんもNOの姿勢かー。

 羅田さん無理矢理連れていくか…?


「社長、羅田さん巻き込もうと思わないでくださいね?」


 大塚さんに考えを読まれた。やっぱダメか、あの人緊張でショック死するかもしれないしな…。

 ……あえて触れなかったが山田君がこちらをキラキラした目で見つめてくる。反応しなくちゃダメなんだろうなぁ。


「君はホースパークの打ち合わせとかやること多すぎで絶対無理だろうに」


「どうにかします!」


 できないから言ってるんだよ? 残業こそないけどここにいる全員二十連勤とかだよ?

 人員が足りないのは本当に申し訳ないけどさ。


「やはり、社長一人で行っていただくしかないようですな…」


「不安だ…」


 心配だよね、ワイもや…。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る