大塚パルプンテ
「かわいいでちゅねー。いっぱいのむんでちゅよー♪」
怖い。
子犬を拾ってきて明くる日の事務所。大塚さんが子犬にメロメロで恐怖を覚える。
ずっとデレデレしてるからね。これが可愛くあることで守ってもらう子犬の処世術…!
ちなみにこの場に俺と大塚さん、尾根さんがいるが大塚さんのデレデレっぷりに尾根さんも引いている。わかる。
「沙也加…。仕事してるの?」
「もう今日の分は終わらせました」
噓でしょ。
確認すると本当に終わってる。うちの牧場の人員のスペックがとんでもない件について。
「これが愛か」
「ファンタジー物のボスみたいな悟り方やめてくれます?」
あまりの異常な光景に尾根さんが現実逃避しだした。
ぶっちゃけ笑える。
「それで? 名前は決めたの?」
「ええ、黒いのがゴドルフィン、茶色がダーレー、こげ茶がバイアリーです」
「もうちょっとかわいい名前が良かったんですけどねー」
失礼な。三大始祖だぞ、馬だけど。
「そろそろ散歩の時間です! 行ってきます!」
大塚さんが三匹を抱えていってしまった。
文字通り人が変わってんだけどどうしよう。
「まー、仕事もキチンとしてるしいいんじゃない? 溺愛しすぎだと思うけど子犬のうちだけでしょう」
「大塚さんはそんな薄情な人間じゃないと思いますけどね…」
なんだ。なぜニヤリと笑う尾根さん。
「随分と沙也加のことわかってんじゃない」
「最近カップリングに結び付けようとしすぎて鬱陶しいですよ」
青筋浮かべてヘッドロックをキメられた。いてて。
「尾根さん胸当たってますよ」
「アンタ相手だからいいのよ!」
嬉しくねぇ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
時刻は九時過ぎ、日光がそろそろキツくなってくる時間帯。
今日も放牧地で馬たちは元気に走り回っている…、訳もなく放牧地の一角に作られた日陰ゾーンで寝そべったり、ゴロゴロしたりしている。暑いもんね。
そこに子犬三匹を抱えた大塚さんが寄っていく。普段はあまり馬に近づかないんだが子犬に彼らを見せてあげたいのだろうか?
というより、抱いたまま移動してたら散歩じゃないと思うよ大塚さん。
そんな俺の気持ちなぞ知らずに仔馬たちへ子犬を見せる。
「みんな、貴方たちの弟よー」
初耳だが? いつの間に弟になったんだ?
仔馬はスンスンと匂いを嗅ぎ、子犬たちもお返しと言わんばかりに嗅ぎ返す。
危険じゃないとわかったのか、仔馬が子犬をペロリと舐めると抗議するように子犬がキャンと吠えた。
「仲良くなれそうですね」
「大塚さん、柵内に離しちゃダメだからね」
体格差がありすぎて危険だ。
「うわ、いらっしゃったんですか」
酷い。俺の存在が目に映らないぐらいメロメロなのか。
ちなみに尾根さんは厩務員に具合の悪い馬がいるので診てほしいと言われて馬房に向かった。暑いからね。
「今はこの子たちを事務所で育てていますけど、どうするんです? 里子に出すんですか?」
「いや、全頭牧場で育てるよ。番犬にちょうどいいさ」
不安げな大塚さんの問いに答えると輝かんばかりの笑顔で三頭に頬ずりし始めた。本当に大丈夫かこれ。
「手が空いたときに犬小屋作らないとね」
「私もお手伝いします!」
フンスフンスと鼻息荒く意気込む大塚さん。いや、手慣れた奴でやったほうが早いから…。
柵の前でそんなやり取りをしているとカンノンダッシュが首を伸ばしてきた。息子に似て甘えん坊だ。首をグリグリして遊んでやるぞ。
「ただいま戻りました」
「おっ。おかえりなさい」
馬たちと遊んでいると山田君が帰ってきた。汗だくでワイシャツがスケスケだ。
「事務所ならクーラーはいってるよ?」
暑すぎたので子犬を連れて大塚さんは既に事務所に戻ったからね。
「ええ、先に行ってきました。社長に生配信の件で打ち合わせをしようと思いまして」
「ん、了解。じゃあ事務所に戻ろうか。つか山田君飲み物飲んでる? そんだけ汗かいたら熱中症になるよ?」
「ははは…。もう五百ミリリットルのスポドリ三本目です」
この島は海に囲まれているので日陰はマシだが、日向はサウナみたいになってるからなぁ。
涼しいところに移動しようか。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「あー、生き返りますね」
「シャワー浴びてきたら?」
事務所に入るとクーラーが効いていて逆に寒いぐらいだ。汗だくの山田君は確実に風邪を引くだろう。
事務所には緊急時用の着替えがあるから誰でもシャワーを浴びることができるし、二階には仮眠室がある。主に宿直で使っている。生き物を育成する関係上牧場内を空にできないからな。
「それではお言葉に甘えて」と言って、汗のべたつきも限界だったのか山田君は小走りでシャワーを浴びに行った。
その間に俺は以前は尾根さんの診療室になっていた部屋で待機する。今は会議室になっているのだ。
会議室に持ち込んだノートパソコンで仕事をしていると開けたままの部屋のドアから子犬が入ってきた。茶色の毛、ダーレーだ。
椅子に座っている俺の足元にじゃれてくるので抱きかかえると、俺の顎下を甘噛みしてくる。人懐っこいなお前。
しばらくそうしていると大塚さんがこちらにやってきた。
「ダーレー見ませんでした!?」
「ここにいるよ」
左腕で抱えているダーレーを大塚さんに差し出す。
「ああ、よかった。ミルクを作っていたらいつの間にかいなくなってて…」
「子犬だからねー。どこにでも行きたがるさ」
大塚さんはダーレーを受け取ると急いで事務室に戻っていった。もう完全に母親だなアレは。
「知らない間に犬飼い始めたんですね」
「色々あってね」
身なりをぴっちりとした山田君がシャワーから帰ってくる。流石にジャケットは着てなくワイシャツのみだがTシャツ一枚の俺に比べたら、かなり社会人然とした格好だ。
「その話はおいおい聞かせていただきます。それよりも配信の打ち合わせが優先です」
「りょーかい、どんな塩梅になったの?」
「実はですね……」
山田君から聞いた結果はとんでもないことだった。
これは配信が大変になりそうだ。
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