賞金計算と障害

 大好評(皮肉)のうちに生配信が終わり、牧場に喫緊の課題はなくなった。久しぶりに穏やかな日常が戻ってきたってことだな。

 とはいえ、まだ夏が始まるまでに安田記念と宝塚記念が残っているので日本の競馬はまだ夏休みじゃない。アクリームボスのように緊急の依頼が来るかもしれないので注意しないとな。

 まあ、手が空いたのは事実なので事務所で賞金の計算をしよう。そうなったので大塚さん、山田君と三人で集まったのだ。


「それにしてもG1を四勝ですか…。レジェンの仔馬は凄い値段つきそうですね」


「一応取引に出すつもりはないけどね、もし売りに出すとなったら億は超えるだろうね」


「そうなれば一気に赤字解消できてうれしい限りですけどね」

 

 軽口をたたきながら打鍵する大塚さんに苦笑いを浮かべつつ、山田君とメモ帳に賞金を書き込んでいく。

 ざっくり二千七百万、それが新潟2歳ステークスまでの賞金だ。

 そこからの勝鞍はサウジアラビアロイヤルカップ、阪神ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞、桜花賞、牝馬優駿オークス、東京優駿日本ダービー。改めてとんでもないな。

 まず、全ての出走に特別出走手当が必ず付く。トータルで六走なので重賞の基礎金額、四十六万三千円に六掛けで二百七十七万八千円。そこに二歳時の出走が二回なので計六万円の加算措置が付き二百八十三万八千円。これだけでも結構な額だ。

 続いて本賞金、サウジアラビアロイヤルカップが三千三百万。阪神ジュベナイルフィリーズが六千五百万。チューリップ賞が五千二百万。

 そして賞金の高いクラシックの桜花賞、オークス、ダービーがそれぞれ一億三千万、一億四千万、二億円だ。

 総計すると六億二千万円に二百八十三万八千円を足して六億二千二百八十三万八千円。弱小サラリーマンだった俺からしたら眩むような額になってるな。アプリからの賄賂五十億がなければ即死だった。

 さらに、追加で内国産馬奨励賞が加わる。G1を一着なら三百五十万、それ以外の重賞は二百五十万貰える。つまりG1を四勝、G2・G3を合計二勝しているので千九百万。

 全ての合計で六億四千百八十三万八千円! うーん。赤字解消!

 まあ、ここに厩舎関係者に合計二十パーセントの進上金がかかるんだけどね。

 それでも税金を考えなければ五億千三百四十七万四百円。経営は安定軌道に乗ったと言っても過言ではない。


「改めて書き出すととんでもない額ですね…」


「これに加えて来年には一歳馬の取引がありますから赤字は解消です」


「俺って意外と経営の才能があるのでは」


 うわ、山田君と大塚さんが凄い顔で俺のこと見てくる。


「普通の経営者は報連相を忘れたりしません」


 大塚さんに死ぬほど恨まれてるわこれ。


「そういえば、モウイチドノコイの38にウィル調教師がご執心でしたけど、社長の目から見てどうなんです? いい馬なんですか?」


 見かねた山田君が話をそらしてくれた。あとでジュース奢ろう。


「うん、あの仔は強くなるね。二億出すって言ってたのもフカシじゃないと思う。流石に世界でも指折りの調教師ってところかな」


「そんなに凄い子なんですね、足が速いんですか? それともスタミナがありそうとか?」


 イマイチ競馬に詳しくない大塚さんが俺に聞いてくる。山田君も目を輝かせているので俺の品評を聞きたいらしい。

 いいだろう、聞かせてやる! 俺の私見だがな!


「彼女はね、平地では名を残せないだろうね」


「? 平地って何です?」


 そこからか…。いいでしょう! 全部説明したる!


「平地ってのは平地競走。つまり、いつも我々が見ている通常の芝やダートを走り抜ける競走のことですね。

 それ以外ということはおそらく障害に適性があるということではないでしょうか」


 山田君に全部言われた。


「へー、障害なんてあるんですね」


「うむ、日本ではあまり注目されるレースじゃないからね。

 でも平地競走と違って距離も長く、途中で障害物があるからスピードが出しにくい馬でも活躍できる競走だから好きな人も多いんだよ。過去には十一歳になってもG1を獲った馬もいるんだ」


 そして彼は障害レースで世界で一番稼いだ馬でもある。


「それはすごいですね」


「加えてだ、イギリスとアイルランドでは平地より障害の方が人気があるんだよ。ナショナルハント競走っていってね、十月から四月までがシーズンで障害競走の単独開催が大半なんだ。

 イギリスの新聞社が企画した二十世紀の人気馬ランキングでは一位から四位まで障害馬だったし、アイルランドのブックメイカーが発表した馬券の二十位までの売り上げはダービーステークスを除いて全てが障害だったんだよ」


 ちなみに一位はグランドナショナル、約6900メートルを走りぬく世界一過酷なレースだ。

 毎年出走限界の四十頭を集めるが完走できるのは十頭ほどと言えばどれだけ過酷か理解できるだろうか。


「日本では活躍できないってことですか?」


「まあ…。障害レース自体が少ないですから…」


 困ったように山田君が返す。

 そう、障害は日本では人気が薄く、芝一軍ダート二軍障害三軍なんて揶揄されるぐらいだ。

 重賞にしてもG1が年二回、G2・G3もそれぞれ三回と五回しかないぐらいだ。

 

「レースが少ないってことは賞金も安いんですか?」


「うん、G1の中山グランドジャンプや中山大障害は一着で六千六百万。平地のG2である毎日王冠のほうが高いぐらいだ」


「グレードが違うのに額が同じぐらいなんですか…」


 口を押えて大塚さんが驚きを隠さずに言う。


「優勝賞金は世界基準で言うと日本は高いほうなんだけど、それは平地に限った話だからね」

 

「その平地競走も重賞は芝に寄ってて、ダートは地方競馬に多いですから賞金も釣られて低くなってしまうんです」


「だから芝一軍ダート二軍障害三軍ですか…」


「一生懸命に走る馬がいる時点でレースに優劣つけるのはナンセンスだがね」


 椅子でクルクル回りながら両手を上にあげる。

 賞金だのなんだのは誇りをかけて勝負をしている陣営にとって副産物に過ぎないのだ。 

 

「結局、モウイチドノコイの38はイギリスに渡ったほうが活躍できると」


「そうだね、少なくとも平地では埋もれるだろう。俺がオーナーとして走らせるなら障害は選ばないし、別のオーナーに売却するにしても平地を選ぶさ。

 ウィルさんに売却して任せたほうがいいのは確かだね」


 というより、もう彼の陣営に売ることは内定しているのだが。

 肌馬のモウイチドノコイが良血馬でない以上、二億を越える値段なんて掲示されないだろうしね。



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