鈴鹿のツケ
「あ、繋がりました。皆さんこんにちはー! 桜花牧場広報担当の山田でーす!」
山田がカメラに向かって両腕をブンブン振る。
『まってた!』
『そこどこー?』
『山田ァ!』
突然始まった配信に画面の向こうの反応は様々。
「おー、皆さん元気いっぱいですね。ここは桜花牧場の駐車場です」
山田は簡易的な説明をする。
『後ろに茶色い液体がなみなみ入った水槽があるんですがそれは』
『これが件の罰ゲームかww』
『掲示板で住人が悪乗りしまくってたもんな』
「はい、その通りです。えー、ご覧の皆様でお話が分からない方もいらっしゃると思いますので説明しますと。社長が契約した取引がございまして、それが先週の月曜日に我々に伝えられました。取引日は水曜日、つまり二日前に不意に告げられたわけですね。
まあ、普通の取引ならここまではスタッフの皆さんは怒らなかったでしょう。お相手は誰だったと思います?
はい、英国王室の代理でやってきたウィル・アムス調教師でした。世界でも指折りの名伯楽ですね。あ、名伯楽ってわかります? 馬の良し悪しが判断できる人のことですね。
ようは王室との取引は二日前にぶん投げたんですよね社長。これにはもうスタッフ一同大噴火でした。
なので、我々の憤りを罰ゲームで受けてもらおうと! ついでにレジェンのことを話そうと思っていた生配信で皆さんに見ていただこうと計画しまして、今日です!」
『これは許されない』
『コーラプールじゃなくて玄界灘に叩き込め』
『牧場の皆さんの胃痛を考えたら涙が出るわ』
案の定、鈴鹿の味方はいなかった。
当然である。
「タイムラインをお伝えしますとこの後社長を叩き落としてから、グリゼルダレジェンの今後のローテーション。軽く休憩がてら質問コーナーを設けまして、最後に桜花島見学ツアーの当選者のくじ引きを行いたいと思います」
『ツアーの公開くじ引き!?』
『さらっと流されてるけどウィル調教師ってイギリスで三本指に入る調教師だからな?』
『質問今から考えとこ』
「はい、盛り上がってきたところで社長の入場です!」
全身が真っ黒なタイツに包まれた鈴鹿が画面外から入場してくる。
アホの本馬場入場だ。
『全身タイツwww』
『あれ何巻いてんだ?』
『メントスやろ』
その体にはグルグルにガムテープで巻きつけられた何かがある。
「お察しの方も多いとは思いますが、これから社長には後ろに準備してますコーラの海に飛び込んでいただきます。これは皆さんからの現物寄付で賄いました、ありがとうございます」
押すなよ押すなよでお馴染みのあの浴槽に類似したものがコーラで満たされている。
中身は善意の寄付で集まったものだ。
『掲示板が実際に役に立つ稀有な例』
『住人のトラウマ刺激したのか一体感あったからな…』
「山田君、ちょっとひどすぎない? 一応社長なんだけど俺」
ヤバい雰囲気を察したのか一言物申す鈴鹿。
「サンドバッグを弾き飛ばす大塚さんのキックを食らいたいなら変更しますが」
動きやすいジャージに着替えているあたり大塚はマジである。
準備運動代わりにハイキックを何度も繰り出している。
「コーラダイブでお願いします」
『弱いww』
『事務員の人可愛いのに蹴りの風切り音えぐくて笑う』
『アレは殺意のってますねぇ』
「はい、それでは社長。妻橋さんや大塚さんに謝罪の言葉を言ってもらってコーラに飛び込んでください!」
浴槽に飛び込むための死刑台をゆっくりと昇っていく鈴鹿。
「うわ、ちょっと高い…。
えー、大塚さん、妻橋さん、並びに牧場スタッフの皆さんごめんなさい! トウ!」
勢いよく飛び込む鈴鹿。
同時にメントスとコーラの化学反応で浴槽から激しくコーラの噴水が噴き出した。
『うわわわわわわわ』
『コーラの海にメントス突っ込んだらあんな感じになるんだな』
『大丈夫かこれ! 社長溺れてないか!?』
「社長、生きてます? 噴水みたいになってましたけど」
「イキテマス…。ゲッホ、コーラが鼻にゲホゲホ…」
「大塚さん納得してない顔してるんで蹴られてください」
「ハア!? ちょっとそれは話しがウガッ!」
這い出てきた鈴鹿を山田が無理矢理立たせて固定して、大塚が一撃を尻に見舞った。
『ヒュンって聞こえて草』
『正直これで許してもらえるだけ優しいよ』
『女の子なのに蹴りで人浮かせてるの凄い』
「はい、これで禊完了ってことで。社長はすっごい甘い匂いしてるんでシャワー浴びてきてください」
「じょ、上司に対する態度じゃねぇ…」
それはその通りだが、お前も上司の責務を果たしていないのだ。
『尻を抑えながら退場する姿が哀愁漂ってるw』
『でも同情する気持ちが一切湧いてこない』
『案件が案件だし、これを機に報連相を徹底してほしい』
「いやまったくその通りです。それでは会議室に移動するのでちょっとの間放送中断しますね」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「はい、ということで桜花牧場の会議室にやってきました。ここからは私、広報の山田と事務の大塚さんがお送りします」
「よろしくお願いします」
『さっきは分からなかったけど大塚さんクッソカワイイ』
『この顔で〇人キック繰り出してたのか…』
『逆に社長ご褒美だったのでは?』
「大塚さん、めちゃくちゃ褒められてますね」
「自分でもなかなかの蹴りが出せたなと思ってます」
「いやそうじゃなくて」
『あ、本物だこれ』
『美人の天然ちゃんか…』
『同接四万越えてるからトリッターでトレンドに上がりそう』
「えー、大塚さんが天然発揮したところでレジェンの次のローテーションについて説明したいんですが。社長がシャワー浴びにいって帰ってこないので先に質問コーナー行きましょう」
「天然…?」
『これは大塚さん人気出るわ』
『牧場スタッフ募集してるの?』
『社長は彼女いるの?』
「えー、大塚さん大人気ですが。現在牧場スタッフは事務員と広報、獣看護師を募集していますね。厩務員も足りてはいるんですが今後を考えると足りてないと思います。
社長は独り身です」
「さらっと本人の許可なしにバラしましたね」
「社長は桜花牧場のフリー素材みたいなものですから」
『ナチュラル畜生で草』
『あのVR装置をどこかに配備する予定は?』
『給料いくら?』
「あの装置は完全に社長の管理なので僕からはちょっとって感じですね。給料は…」
「言っちゃダメですよ。まあ、結構もらってますね」
「正直安月給ならあの蹴りで済んでないですよね」
『それはそう』
『いくら給料良くたっていきなり世界トップクラスのお偉いさんの接待よろしくな、は無理だわ』
『それが許される額ってことか』
「僕はウィル調教師とお話しできて嬉しかったですけど」
「アナタだけです」
『こいつ、さも正常ですみたいな面してるけど本質は社長側だから』
『いつだったか競馬場でオッサンと肩組んで泣いてるの目撃されてたからな』
『チューリップ賞な。周りドン引いてたわ』
「アナタそんなことしてたんですか」
「しょうがないじゃないですか! それほどまでにあのレースが素晴らしかったんですから!」
「俺、普通に引いてたからね」
「あ、社長!」
『芋ジャージで草』
『世界の皆さん、これが伝説を築いた名馬のオーナーです』
『この近さが人気の理由なんやろなぁ…』
「はい、社長も戻ってきたので質問終わりです! ほらほら、今後のローテーションを社長お願いします!」
「無理矢理戻すなぁ…」
この配信はトリッターで話題になり最終的に同時接続が十万を越えたのだった。
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