装蹄・ウマニウム
「入場さん」
「羅田調教師、何か御用で?」
羅田はその日、栗東のトレーニングセンターで装蹄師を営む入場を訪ねた。
手には布を包んだ何かを手に持っている。
「グリゼルダレジェンの蹄鉄の件なんですが…」
「ああ、オークス前に調整をお願いされてましたね。何か変更が?」
「ええ、まあ…」
歯切れの悪い言葉を紡ぐ羅田を疑問に思いつつ入場は手入れ途中だった道具を台の上の布に置き、散らかっている作業場の椅子に座るよう羅田を促す。
着席した羅田がポツリと言う。
「鈴鹿オーナーはグリゼルダレジェンの蹄鉄にこれを使ってほしいとのことです」
布を剥ぎ、中身が正体を現す。
それは綺麗なプラチナムカラーの延べ棒だった。
アルミニウムとは違う、しかし鉄ではないそれを見て入場はゴクリと息をのむ。
「いったい、これは?」
「鈴鹿オーナーの伝手で手に入れた新素材の金属だそうです」
入場は嘘だろと言いたくなった。
鈴鹿オーナーのトンデモっぷりは聞いている、ある種の魔法使いのように馬に関することならなんでもやる人間だと周知されているのだ。
そいつが持ち込んだ金属だと? 絶対厄ものだ、入場は確信した。
「それは結構ですがね、俺に扱えるものかどうかも分かりませんよ?」
「それがその…。打ってみれば納得すると……」
入場は理解した、これは挑戦だ。
装蹄師ならこの程度の金属ぐらい朝飯前だろうと挑戦状代わりに押し付けられたのだ。見知らぬ金属に怯えるなんて、栗東の装蹄師の名が廃る。
頭に血がギュッと昇ったのを感じながら、入場はこういった。
「時間をください、オークスまでに完璧な装蹄をして見せますよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「今頃レジェンは新しい靴履いてんのかなぁ」
「気になりますよねぇ」
俺、大塚さん、山田君の三人で事務処理をしている昼下がり。気になることが思わず口に出て手が止まり、山田君もそれに釣られた。
「その新素材ってどのようなものなんですか?」
一人だけ手を止めない大塚さんが聞いてくる。大して興味はなさそうであるが聞かねば仕事をしないと思われているのだろうか。
「俺の知り合いの人が融通してくれたものでね、アルミより軽くて鉄より頑丈なんだ」
「とんでもない代物じゃないですか!」
流石の大塚さんも手を止めてこちらを向く。
「その代わり火入れの時の温度が少し面倒らしくてね、栗東専属の装蹄師さんに丸投げしたんだ」
「普通に酷いことしてますよね社長」
ケラケラと山田君が笑いながら言う。自覚はあるけどしょうがなくない? 餅は餅屋だよ。
「出来上がったら羅田さんが連絡くれるって言ってたんだけどねぇ。もう五月頭だからそろそろ仕上がってないと脚の慣らしがあるから困るんだよね」
「新素材渡して急ぎでよろしくは酷いですね」
大塚さんがペットボトルの水を飲みながら正論をぶつけてくる。
なんか、最近部下の当たりがきついと思うんだが。
「それにしてもオーナーの人脈は不思議ですね、コンピューター系だったり鉄鋼系だったり医薬品系だったり」
「まあねー、全部お馬さん繋がりなんだけどね」
「競馬は国境を越えますからね!」
フンスフンスと鼻息荒く山田君は熱く語る。
俺は国どころかアプリを介して別次元と繋がったりしてるんだが。
無論、新素材の件も適当に誤魔化しただけだ。飼い葉を食って妻橋さんに激怒された日の夜中、十五個のクエストクリアで送られてきたのが新素材、名前をウマニウムと呼ぶ。
いつもは俺の上に転送されてきていたが流石に空気を読んだのか、俺の家のテーブルの上にまとめて送られてきた。木製のテーブルは死んだ。四つまとめて八十キロだぞ、俺の上に転送されてこなくて本当によかったわ。死ぬ。
それと同時にショップもアップデートされてウマニウムが購入できるようになっていた。ようは購入権開放がメインだったのだろう。現品はおまけで。
ショップを見ると蹄鉄用って書いてあったのでバタバタと羅田さんにお願いして名前も知らない栗東の装蹄師さんに加工を依頼したのだ。牧場に来てもらってる装蹄師さんを栗東に連れていくわけにはいかないからね。
そんなことを考えているとスマートフォンに羅田さんから通知が来た。
添付されているファイルを見るとレジェンの蹄に装着されたキラキラと光る蹄鉄が。
「綺麗なもんだね」
「どれです? うわぁ、宝石みたいですね」
「プラチナみたいです」
山田君と大塚さんの評価もいい。
うんうん、と頷いて出来に感心していると羅田さんから電話がかかってきた。
反射で受話してしまう。
「もしもし、羅田です」
「どうもお世話になってます、どうなされました?」
「蹄鉄の写真はもうご覧に?」
「ええ、スタッフと一緒に今」
「それを仕上げてくれた装蹄師の方が是非お話をとのころで電話を差し上げたのですが、今は大丈夫ですか?」
「構いませんよ」
ギイっと音を立てて椅子から立ち上がる。
そのまま事務所内の休憩室に移動した。
「もしもし、グリゼルダレジェンの装蹄を担当させてもらった入場勝利と申します」
「どうも桜花牧場の鈴鹿です、装蹄ありがとうございました。何か御用で?」
「ええ、一つお聞きしたいのですがあの素材はどちらでお手に?」
「私の伝手で試験的に開発されたものを頂いただけですが、いかがしましたか」
電話口からゴクリと唾をのむ音が聞こえて。
「あの金属は凄いです、競馬の歴史が変わるかもしれません。
まず、軽い。これは競走馬にとって重要なことで怪我をするリスクが格段に減ります。
次にとても頑丈です、鉄よりも硬いのに弾性があるので破損しにくいです。
最後に加工がしやすいんです、あらかじめ馬蹄形に整形したものを作って馬の蹄に沿って槌で変形させながらハメて釘で縫い付けるんですがピッタリと合わせやすくてとても楽だったんです。
あの金属がスタンダードになると蹄が薄くて装蹄が難しい馬に悩んだりすることはなくなると思うんです。栗東には今、そんな馬が結構な数いるんです。
火入れの温度管理だけが難しいですがそれ以外は満点なんです。
どうにかしてあの金属の融通は利きませんか?」
ウマニウムは凄い金属だったらしい。
融通してあげたいが値段が値段だ。
「融通するのは構いません、しかし、値段がべらぼうに高いんですよアレ。試作なんで」
「やはりそうでしたか、一体いくらぐらいです?」
「聞かないほうがいいと断言できるぐらいの値段です」
正確に言うならインゴット一本五千万。羅田さんに渡したのは二本だから一億の延べ棒を持って装蹄師さんを訪ねたのだ。彼が聞いたら卒倒するだろう。
「そう、ですか。もし、求めるオーナーがいたらお教えしても?」
「構いませんよ、お金の問題を解決できるのならいくらでも交渉します」
「ありがとうございます! それでは栗東にいらした際は是非ご挨拶をさせてください!」
「ええ、必ず。それでは失礼します」
失礼します、と電話が切れる。
やっぱりトンデモ金属だったんだねアレ。
とにかく、足回りも完璧。調教も上手くいっているらしいので、いざオークスってところかな。
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