合間の日常

 桜花賞もギリギリのところで勝利し、ルンルン気分で帰島した次の日。

 牧場に差し迫った仕事もないので四日間ずつ職員に特別休暇を取ってもらうことにした。

 全員がいっぺんに休むわけにはいかないので前半後半の半分ずつに休みたい人を分けてもらう予定だ。

 なお、俺はそれに含まれない。事務員の代わりができるのは俺と山田君だけだし、獣医の尾根さんの代わりに症例を見ることができるのは魔法の手帳に容態を聞ける俺だけだ。一緒の日程で休んでくれたら俺も休めたんだが前後半別々で休みたいと言われたのでしょうがない。普段好き勝手させてもらっているしね。


 牧場連休中の四月後半、いつもの人数が半分しかいないので牧場は静かなものだ。

 事務所で俺は色々なことをまとめながら休憩していた、サボりともいう。大塚さんが大粗方仕事片づけて休みに入ったから俺が問題起こさない限り殆ど仕事ないんだよなぁ。

 なので、いっちょアプリの現機能について考えてみようと思う。


 まず、メインの機能。

 ミッション、ショップ。この二つだな。

 ミッションはアプリに表示されている指令をクリアすると報酬がもらえるって機能だな。

 レースや馬産にかかわることが多く、基本的に馬のケアや餌、そしてお金がもらえることがほとんどだ。例外としてミッションのクリア個数で特別なアイテムがもらえる。五個クリアで馬に関係あることならなんでも答えてくれる魔法の手帳、十個クリアで歴代の競走馬に乗って体感できるシミュレータ。いくら金を積んでも買えないようなオーパーツが貰えるんだな。

 次にショップ、文字通り金で必要なものが買える機能だ。繁殖牝馬も売っている。

 三つ項目があり、主に俺が使っているのは現役の欄だ。ここには現役の競走馬のサポートをするための薬や道具が売ってある、べらぼうに高いが。

 直近で使ったのはチューリップの後の水だ。アレには最高チョウシヨクナールと呼ばれている飲み薬を希釈して詰めてあった、飲み薬一本で八本作ったのでセール価格の五百万を八で割ると六十二万五千円。二リットルで中古の軽自動車が買える代物だ。効果は抜群だがコストの面から考えると頭を使わないと賞金なんか一瞬で吹っ飛ぶ羽目になる。

 残り二つの項目は、セールと繁殖。セールは文字通り現役や繁殖で売られているモノが安く販売されている。大体五割引きだが消費期限が短いらしい。俺は買ってその場で使うことが多いので気にすることは少ないが。

 繁殖は繁殖牝馬そのものと繁殖牝馬に使う道具を売っている。牝馬に関しては以前言ったように俺が購入するまで存在せず、買った時点で逆説的に存在が生まれる模様。怖い。

 繁殖道具は受胎率を跳ね上げる薬剤、雄雌を指定して出産させるお守り、一粒食べるだけで出産疲労を回復させる餌。色々あるが使い捨てで現役の道具と比べるとかなり高価なのが特徴。

 これらを駆使して戦ってきたが実は驚くべきことが判明している。

 いわゆるドーピング、RPGで言う種だとか木の実だとかの馬自身の動きに直接作用する薬なんかは一切おいていない。

 つまり、レジェンの動きは天性のものってこと。うちの娘は素で強いのだ。

 多分、競馬自体が陳腐にならないことを狙った神様(仮)の譲れないラインなんだろう。これが俺の考察だ。


 最後に、現在のミッションクリア数は十四。

 G1勝利なんかでクリアしたミッションを含めてまだ十五には届いていない、恐らく五の倍数の時に特典がもらえると思うからあと一つクリアしておきたいのだが。

 レース、セリで仔馬売り、引退系とすぐに出来そうなミッションがない。いや、厳密には一つあるが…。


≪飼い葉の味を見よう≫


 流石に草を食うのはどうなんだ。

 いやでも…。五月末の連闘が有利に進むアイテムを求めるのがレジェンのためになるよな…。

 よし!


 俺は飼い葉を食べるぞ!!!







ーーーーーーーーーーーーー



 夜も更けて二十一時過ぎ。

 カランカランと喫茶スターホースのドアが音を立てて開く。


「いらっしゃいませ」


 マスターが歓迎の言葉を告げて入り口を見やるとクタクタに草臥れた妻橋がいた。


「マスター、いつものを」


「承知しました。お疲れのようですね、社長ですか?」


 苦笑いを浮かべながらマスターは電動ドラム型のコーヒーロースターを起動する。

 煎るのはブルーマウンテン、妻橋はブルマンの挽き立てが「いつもの」なのだ。

 焙煎される豆の匂いを嗅ぎながら、妻橋はポツリポツリと話し出す。


「飼い葉をね、食べようとしたんですよ」


「んふ、飼い葉を?」


 思わず吹き出すマスター、ウェイトレスが退勤した後でよかったと心底感じているようだ。


「味を確かめないと馬たちがおいしいと思ってるかわからないでしょうって言ってね…」


「相変わらず凄いお方ですね」


「素直にトチ狂ってるって言っていいですよ」


 マスターは愛想笑いで誤魔化すと焙煎の終わった豆を淹れる準備を始める。

 無言が続く、心地よい空間。

 マスターはコーヒーを淹れ終わり妻橋に提供すると、尋ねる。


「結局食べちゃったんですか?」


「まずい! 品種改良がいるな! って…」


「んふふふ、馬と人は味覚が違うでしょうに」


「知っててやってるからタチが悪いんですよ」


 ズズズとコーヒーを啜りながら吐き捨てるように妻橋は愚痴る。


「私は明日出勤したときに飼い葉の山がないかが不安で不安で…」


「まさか、今日の明日で用意なんてできないでしょう」


「わかってない、マスター、わかってないですよ」


 静かにカップをソーサーに置き、妻橋は語りだす。


「繁殖牝馬を迎え入れたときも、たった一晩でやりやがったんです。たかが飼料の入れ替えなんてお茶の子さいさいですよ、あの人は。

 VR装置の時も一晩でした、本当に魔法みたいに物事を進めるんです」


「行動力があると言えば聞こえがいいんですがねぇ」


「勢いだけのアホですよアホ」


 妻橋は今日の出来事が消化できていないのか怒った様子で、使わなかった角砂糖を口に放り込みガリガリと噛み砕く。


「でも、尊敬なさってるんでしょう?」


「ええ! 尊敬してますとも! 若くして島なんて土地持ってて、食いっぱぐれた職人たちに活躍できる場を用意して、困った人がいたら優先的に雇ってあげて! 本当に凄い方なんですよあの人は! なのに思い出したようにテレビに出て煽り散らかしたり! 挙句にいきなり草を食べだすんですよ!? もうちょっと我々を頼ってくれてもいいのではないのですかね!」


 ヒートアップした妻橋は思わず立ち上がり、驚いたマスターを見て一気に鎮火した。


「すみません…」


「いえいえ、いつも冷静な妻橋さんの意外な一面を見ることができたので役得ですよ」


 ニッコリと笑みを浮かべて、マスターはもう一杯コーヒーを差し出す。


「私の奢りです。いいものが見れましたから」


 妻橋は顔を真っ赤にして「いただきます」とカップに口をつけた。


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