浅井ライジング

 チューリップ賞。当初、桜花賞指定オープンとして行われていた本レースは1995年から桜花賞のトライアルレースとして指定されて、数多くのクラシックホースを生み出してきた重賞。

 これにレジェンも挑む。正直に言うと取得賞金などはクリアしているため桜花賞直行でもいいのだが一叩きするならここと羅田さんと決めたので出走する運びになった。

 正直な本音を言うと正月挟んでレジェンの凄さを忘れてないかと関係者たちにぶちこんでやる示威出走だ。

 そんなわけで出走前日。栗東の羅田厩舎にお邪魔しているのだが、羅田さんから浅井騎手が言いたいことがあるから会ってもらっていいかと言われて彼女を待っていると。

 

「別に俺たちは君に降りてもらわなくてもいいんだが」


「ここまでしていただいてミスを犯すようならグリちゃんの鞍上を…。いえ、騎手免許を返上します」


 調教補助が終わって急いでやってきた彼女は、次のチューリップ賞でミスをしたら主戦を降ろしてほしいと願い出た。

 もちろん、阪神JFでの失態を悔いているのだろうが、俺としては結局は勝ったし気にしていないのだが。なんか覚悟が決まりすぎていて否定できる雰囲気でもない。

 今更鞍上を変えるのは面倒なんだが…。ん! 見つけた。たった一つの冴えたやりかた。

 

「では、アナタが失態からの努力で培ってきたものを見せてもらうとしましょう」


「はい! 頑張ります!」


「作戦は私が決めさせてもらいますね」


「はい! …え?」


 そこで何故両名とも顔を引き攣るのだ。


「大丈夫、ミスなんて起こらないからさ」





ーーーーーーーーーーーーーーーー



 そんなわけで阪神競馬場。今回は山田君と競馬場に来ている。

 本当は連れてきたくなかったのだが、俺は競馬協会にインタビューを依頼されたので仕方なく同行してもらった。初戦の落馬事件みたいなことがあったら困るもんね。


「いやぁ、かすうどんおいしいですねぇ!」


「クニュクニュして不思議な触感だよね」


 ただいま第6レース前。競馬大好きアナウンサーがインタビューでハッスルしすぎた結果、九時過ぎには競馬場にいたのにこの時間までインタビューが続いた。

 そのアナウンサーはレジェンの大ファンだそうで終始山田君と喋っている感覚だった。協会の人がストップかけてくれなければ、まだ続いてたのは想像に難くない。

 そしてインタビューが終わり、山田君と合流して食事をしているわけだ。


「次の第6レース難しいですねぇ」


「5>15>7だよ」


「ああ! 答え言っちゃうなんてひどい!」


 真剣に悩んでいる山田君に嫌がらせをする。楽しい。

 

「せっかくなんで百円だけ買ってホテル代にしよーっと」


 やっぱ図太いわコイツ。



 そうやって山田君で遊んでいると11レースの時間がやってきた。

 二人でゴール前に移動して、出走を心待ちにする。


 そうだ、ちょっとカッコつけてみよう。


「山田君。チューリップの花言葉を知ってるか?」


「赤が愛情…。とかだったと思いますけど、それがなにか?」


「ふふ、黄色のチューリップはね。名声って意味もあるんだよ。クラシック

の主役はレジェンだって思い知らせてやろう!」


「…確かどの色でも、おもいやりって意味もあったと思うんですけど。優先出走がない馬のことを考えると出走しないほうがよかったのでは?」


 …出走だ!





ーーーーーーーーーーーーーーーー



「浅井騎手」


 パドックを周回するグリゼルダレジェンを見ている浅井に、同レースに出走する新田が話しかける。

 周囲の騎手たちは新田の騎乗するレアシンジュが何度もグリゼルダレジェンに勝利を阻まれていることを知っているので、すわ問題か、と身構える。

 それを知ってか知らずか、新田は浅井に右手を差し出して握手を求めた。


「パル子はね、阪神ジュベナイルフィリーズで君たちに負けてからずっと頑張ってきた。よほど悔しかったのだと思う、俺が美浦の厩舎に顔を出すと乗れ乗れってうるさくってね。十二月から今日まで一所懸命に頑張ってこの場に立っているんだ。

 だから、気持ちを言葉にできない彼女に代わって僕が言うよ。今日は負けない」

 真っすぐな言葉に居合わせた騎手たちは納得したように頷く。彼らの若かりし頃もこの手の経験があったのだろう。

 それに対し、浅井はガッチリと手を握り返すと。


「私もです。あの阪神ジュベナイルフィリーズで勝ったのはグリちゃんだけです。

 あの時の私はただの重りでした、初めてのG1緊張してグリちゃんに助けられた騎手でもなんでもない重りです。だから、今日このレースで全てを乗り越えます。恥も恐怖も。私たちが最強だと知らしめます。

 我々が欲しいのは一番人気でなく、一着ですから!」


 言い切った浅井に対して微笑を浮かべるもの、獰猛な笑みで迎え撃つもの。様々であったが、


「おいおい、置いてきぼりは寂しいなぁ」


「ですね、まるで我々が相手にならないみたいだ」


 館岡と吉が茶々を入れて場の空気が変わる。年の功と言ったところか。


「一着を欲しいのはお前さんだけじゃないんだぜ?」


「そうですね、私も当然獲りにいきます」


 俺もだ、なんの俺もと周りの騎手たちも流れに乗ってくる。

 戦意は皆万全だ。

 そしてパドック周回は最終周回に入ったので騎手たちが控室から飛び出す。


「っしゃあ! 行くぞ!」


 館岡が意気込み、


「かかっておいで浅井騎手、今回は本番だ」


 吉が浅井の肩を叩き、


「勝つのはパル子です」


 新田がもう一度宣戦布告してきた。

 浅井はグッと拳を握る。


「一番は譲りません」


 だって、

 

「私の相棒は伝説の馬ですから!」


 浅井は愛馬へと駆け出した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『勝った勝った! グリゼルダレジェンの伝説にまた一ページ!』


 勝ち申した。

 レースは浅井騎手のレジェン、新田騎手のレアシンジュ、館岡騎手のエボルブマリン、吉騎手のグレイトフルエリーが、まさかの四頭大逃げでレースを引っ張り超高速馬場になった。他の馬にとっては地獄だったな。

 四頭並んで団子になり最終直線でスタミナの切れたエボルブマリンが失速、残り100メートルでグレイトフルエリーが脱落し、残り50メートルでレジェンが抜け出してそのままゴール。リードは2馬身だった。

 いやぁ、ライバルが育ってきていると感じたね。桜花賞では今回みたいな試しの作戦を取ると結果をひっくり返されそうだ。

 うんうん、と納得していると山田君が静かなことに気づく。

 不審に思いそちらを見ると、号泣の山田君。

 俺、ドン引き。


「いい勝負でした…」


「分かるよ…」


 なんか、見知らぬおっちゃんと尊いが爆発した感情を共有してる…。

 巻き込まれたくないので競馬場厩舎の方に逃げよう。勝利者インタビューが終われば羅田さんたちも来るはずだ。


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