熱闘クラシック戦線! ダービーは燃えているか! ー2ー
鬱金香への歩み
「レジェン、太ったな君」
ブヒュッ、と否定するような返事を返すレジェン。いや君は明らかに太っているよ。
桜花島見学ツアーも好評のうちに終わり、正月明け。
今回は阪神ジュベナイルフィリーズの死闘で傷ついた身体を回復させるための放牧だったのでレジェンは軽い運動ばかりさせていた。結果、ぶくぶく太った。
レース前478キロだった体重は510キロと32キロ増。流石に太い。チューリップ賞は三月の頭なので二か月もない、来週には栗東のトレセンに戻るのでそろそろプールを使っての絞りを開始せねばなるまい。
「オーナー」
「吉騎手。どうされました?」
プールは嫌じゃと首を俺の手に擦りつけるレジェンを眺めていると吉騎手から声がかかった。
実は吉騎手は「夢のスターホースに乗れる君」に乗るために毎週日曜の夜から桜花島に遊びに来てる。忙しいだろうにそんなことも無視できるぐらいに楽しいらしい。
ちなみに浅井騎手はそれ以上の頻度で来ている、阪神JFの失敗がよほど堪えているようだ。毎日限界まで練習して旅館まで帰っている。吉騎手も一緒に競ってアドバイスをしてくれているようだ、動きはかなり見違えた。この分ならチューリップ賞は問題ないだろう。そもそもメンタル由来の失敗だったわけだしね。
「実は名駿の記事を見て騎手のみんなが乗ってみたいと言ってましてね…」
「まあ、いずれ言われると思ってましたよ」
苦笑い。当然だが「夢のスターホースに乗れる君」のようなオーパーツじみたものを一朝一夕で作れるわけもなく。ミッションの報酬としてアプリから貰ったものである。
アプリの報酬自体は俺に渡すべきものは渡したつもりなのだろうか、お金がほとんどになってきている。特別なものはミッション個数達成の特典が多い。「夢のスターホースに乗れる君」はそれだ。合計十個のミッションをクリアしたときにいきなり生えた(比喩無し)。翌朝殺す勢いで大塚さんに文句を言われたのは理不尽だ。いい加減領収書も添付してほしい。
≪G2以下の重賞を連覇≫≪G1を制覇(マイル)≫この二つが新たにクリアしたミッションだ。診療所を建てた時点で八個クリアしていたので合計で十個、意外とペースは遅いかもしれない。
要は二席しかない「夢のスターホースに乗れる君」の騎乗シートは簡単に増やせないってことだ。
「残念ながら浅井騎手が優先ですのでお断りしておいてください。一応、十八席まで増やしたいんですけどね」
「やはりですか、私自身使用できてラッキーだと思ってますし、しょうがないですよね」
「浅井騎手にアドバイスまでいただいてこちらとしては嬉しい限りですけどね」
「ははは、世界に一つしかないシミュレーターを満足がいくまで使わせてもらってるんですからそれぐらいは朝飯前ですよ」
本当に朝飯前レベルのレジェンドだから反応に困るな。
「それにね」
吉騎手は一瞬で好々爺の笑みから栗東リーディングジョッキーの顔になり。
「私もチューリップ賞に出るんでね。ライバルは強いほうが楽しいでしょう?」
「トップクラスのジョッキーはどうも戦意が高すぎていけませんね」
「そうじゃないとこの年まで生き残ってませんから」
ニッコリとした笑顔で言う。
そういえば笑顔は元々威嚇だったって聞いたことあるな。
「それではまた来週お邪魔すると思います、では」
「帰りの道中お気をつけて」
ありがとうございます、と吉騎手は事務所の方へ歩いていく。山田君に車で旅館まで送ってもらうのだろう。
浅井騎手、チューリップ賞は激闘になるかもしれんぞ。
あとレジェンお手手すりすりが激しすぎて痛いわ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「噂には聞いていましたが…。実物は凄いですね」
「乗ってみます?」
羅田さんは「このお腹じゃ無理ですよ」とビール腹を軽く叩いて言う。
レジェンの栗東への輸送準備中に、俺たちは羅田さんがどうしても見てみたかった「夢のスターホースに乗れる君」を見学に来たのだ。
「あ、テキ」
「浅井騎手。頑張っているようですね」
「はい! オーナー達がサポートしてくださるので自分の騎乗技術が上達していることを実感しています」
「よろしいです、チューリップ賞に向けて頑張ってください」
「はい!」
浅井騎手は再び「夢のスターホースに乗れる君」に騎乗しなおし訓練を再開する。
俺たちは邪魔にならないようにそっと施設の外に出た。
「大丈夫そうですね」
「ええ、阪神JFのことは引きずっていないようです。本番になってフラッシュバックするかもしれませんがね」
「全ては神のみぞ知る…、ですか」
神は知ってるんじゃなくて捻じ曲げてそうだけどね。
「とにかく羅田さんはレジェンの絞りをお願いしますね。流石に太りすぎです」
「お任せください…。プールに入れるのが憂鬱ですが…」
レジェンは温泉は大丈夫だがプールは死ぬほど嫌がるからな…。
そう考えていると柴田さんが羅田さんを呼びに来た。準備が終わったらしい。
「浅井騎手に伝えておくことはありますか?」
「無理をして体を壊さないように、とお願いします」
「了解です、帰りの道中お気をつけて」
ーーーーーーーーーーーーー
そのまま順調にチューリップ賞に進むかと思いきや、二月中旬。事件発生。
まあ、俺たちが発端じゃないんだが。
東京競馬場で行われた中央ダート馬の祭典のフェブラリーステークス、これで故障発生。
好成績を上げてダートでG1を二勝しているアクリームボスが予後不良の憂き目にあっていた。そこで名駿の購読していて一縷の望みを見出したのがアクリームボスの馬主。どうにか延命できないかとアメリカで知り合った大森調教師を経由して俺に連絡が入った。レントゲンを取れる程度には動けるようなので即行動。怪我をした足を浮かせたまま輸送できる、馬輸送用の鉄製の箱を積んだ飛行機で福岡空港まで来るように伝える。
即座に了承の意が帰ってきて、トータルで五時間経つ頃にはアクリームボスは桜花牧場に到着していた。
「馬主の遠藤です、突然押しかけて申し訳ないが息子の危機なのです。お許し願いたい」
「大丈夫です、お気持ちはよくわかりますから。こちらに任せて少しお休みください」
同行していた俺の知らない調教師さんに寄り添われて、まだ目が赤い遠藤さんは厩務員用のプレハブ休憩所に連れられて行った。
さて、ここからが本番だ。
「尾根さん、いけますね?」
「任せなさい、と言いたいところだけど、初めての薬ばかりだからね。補助を頼むわよ」
「任されよう」
早歩きで診療所まで進み、シャッターから見て右手の着替え部屋に入る。
着替え部屋では消毒殺菌が出来、そこから直通で手術室につながっている。俺が着替えを終えて手術室に入ると尾根さんと臨時の獣看護師が既に待機していた。
アクリームボスは麻酔を打たれてひっくり返る形で手術台に載っている。
「遅いわよ」
「すいません、俺は薬の使い方の補助で?」
「ええ、間違いがあるといけないわ」
本来なら俺は必要ないのだろうが、使ったところを見たことがある(と言うことになっている)のは俺だけなので説明通りの使用方法でいいのか尾根さんも不安なのだろう。
「まずは疑似骨の形成でいいのよね?」
「OKです、ガッツリいってるんで二本は必要ですね。一本の半分を注射したら五分待ってもらって残りをお願いします」
「了解」
尾根さんは手順通りに進める、真面目な表情の尾根さんを普段見ないのでちょっとカッコいい。
そんなことを思っていると注射が終わった。
「これで一本ね、残りも続けて?」
「いえ、一度レントゲンを撮り直しましょう」
全員防護服に着替えて手際よくレントゲンを再び撮る。
そこには確かに骨が形成されていた。
「凄すぎて引くわねこれ」
尾根さんと看護師さんはドン引きである。
「ただ、無理矢理ではあるんでボスはもう走れませんよ」
「死ぬよりマシでしょ」
それはそう。
「この状態だと次の注射はビンの三分の一もあれば大丈夫そうですね」
「骨が定着してから切開して折れた骨の破片を取り除く、そのあと縫ってこの薬をぬればいいのよね?」
「傷口ハヤクナオールです」
「口に出したくないって気づいてるわよね?」
「正式名称なので」
「やっぱアンタが和訳したでしょこれ!」
ギャーギャーと言い合う、手順も確認し落ち着いたので遠藤さんに説明しに行こうか。
「じゃあ尾根さんあとよろしく」
「分かってるわ、とっととお父さんを安心させてあげなさい」
ちょいちょいいい女ムーブするんだからもう。
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