社長、テレビで宣戦布告
羅田はサウジアラビアロイヤルカップに向けて最後の追い切りを行っていた。明日は美浦のトレーニングセンターに出発する。実はグリゼルダレジェンの調教を上手く行えなかったのもあり不安は多少は残るがそれでも調子は上の下、今までが上手く行き過ぎていたのだ。確実に勝ち負けは絡むデキではある。
調子が上がらない理由を羅田は知っている。桜花牧場の関係者と最近全く会えていないからだ。グリゼルダレジェンは優しく賢いが、気難しい一面も持っている。まったく桜花牧場の面々以外に懐かないのだ。好き嫌いが出るのではない、羅田や韮澤に対して指示には従うがあくまでビジネスライクな関係を貫いているとても人間臭い馬なのだ。
鞍上に跨る浅井にもそれは当てはまる。G3を初めて獲った前回の新潟2歳ステークス、浅井にとっては初重賞制覇である。勝利した実感がわいて脱鞍所で感極まって泣き出した浅井をグリゼルダレジェンは冷めた目で見つめていたのがスポーツ新聞で話題にもなった。
とにかく、グリゼルダレジェンがレースで走るのは桜花牧場のためであってそれ以外はどうでもいいのスタンスなのだ。
その証拠に、
「グリ、鈴鹿オーナーが次のレース見に来てくれるそうだ」
グリゼルダレジェンの耳がピンと立つ。
言葉の意味を理解できるほどに賢いのだ。
「やる気が出たな。頑張ろう」
鼻息荒く、グリゼルダレジェンは嘶いた。
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『秋の風が身体を包む東京競馬場、第11レース、G3サウジアラビアロイヤルカップ。昨年は今年の皐月賞勝者であるヤマノアダマスが勝ち取った本レース、今年は一体どの馬が勝ち上がり、来年のクラシック戦線の花形になるのか。6番のトウトウヤ、収まりました。最後にクチャルティーヌ、入ります。東京競馬場スタンド右手奥から…スタートしました! クチャルティーヌ素晴らしいスタートで先頭に躍り出ます! 続いての先行争いは1番アボスと並んで6番トウトウヤ、2番リリックフロー、3番ラスターカノン、5番ジェットパックの三頭が中団。最後方に一番人気のグリゼルダレジェンいつもの位置取りです。600メートル通過して位置取り変わらず縦長の状況だ、一体だれが一番最初に仕掛けるのか。ジェットパック動いた! 外に位置取りラスターカノン、リリックフローをかわしトウトウヤに迫る! 残り800! グリゼルダレジェンのスイッチが入った! 捲る捲る! あっという間にラスターカノンとリリックフローをかわしトウトウヤと競るジェットパックも追い抜き現在四番手! トウトウヤとアボスも抜いて残るはクチャルティーヌだけだ! 残り400メートルだ! これは決まったか!? これは決まったか!? 残り200メートルで既に大差! 無敵だ! これが伝説だ!! グリゼルダレジェン大差で一着ゴールイン!! 強すぎる!』
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「実は問題が起こってまして」
レジェンが余裕の勝利を見せつけたサウジアラビアロイヤルカップを終えた後、東京競馬場の会議室にて俺と羅田さんと中央競馬のお偉いさんたち三人の計五人が顔を突き合わせて渋い顔をする。
「阪神ジュベナイルフィリーズですね?」
「その通りです」
俺が言葉を告げ、黒ぶち眼鏡のお偉いさんが肯定する。
思った通りの状況になったようだ。
「ハッキリ言ってグリゼルダレジェンが強すぎます。強すぎる故に出走回避を選ぶ陣営が増えてきています」
「二か月前ですよ?」
「それほどまでの馬ですから」
羅田さんが嬉しいことを言ってくれるが、喜べるほど問題は軽くない。
「まるで、かのスーパーカーの再来ですな」
七三分けのお偉いさんが言う。
スーパーカーとは七十年代に活躍した牡馬の異名である。彼はレジェンと同じく大差をつけて新馬戦を勝ち上がると八戦八勝のまま引退した名馬だ。引退理由は簡単、レースでマッチングしてくれる馬がいなくなったから。競馬のレース規則は規定頭数に達しないと出走が取りやめになる。彼の馬は強すぎたために誰も戦ってくれないジレンマによって出走ができなかった。最終的に人気投票での出走が決まる宝塚記念と有馬記念以外は走れない、かつ屈腱炎発症のため引退した。強くあるから人気が出た故に周りが避けていく、強者の苦痛とはこのことだ。
レジェンもその領域に踏み込んでいると競馬関係者はみな思っているのだ。誇らしいが同時に悲しくもある。
「現在の出走予定はグリゼルダレジェン。続いて安見厩舎のレアシンジュ、新馬戦での借りを返すと言っているので出走はするでしょう。そして小倉2歳勝利馬のシーリーウィンです。現状三頭だけですね。アルテミスとファンタジーの勝ち馬も出走する可能性がありますが、朝日の方に流れるかもしれません」
「騙し討ちで朝日出ますか」
「勘弁してください…」
憔悴した様子でオールバックの男性が悲しげな声を上げる。
「しかし、実際はどうしようもないですよねこれ」
「そうですね、ただのオーナーと調教師である私たちにはどうすることもできないです」
「こちらとしても分かっています、分かっていますが…」
「しかしですね、阪神ジュベナイルフィリーズに出走しないとしても桜花賞では同じことが起こりますよ? 根本的な解決をしないとそれこそスーパーカーと同じ羽目になります」
羅田さんが強く言い返す。一皮むけたなぁ、と思いつつ。
俺の頭の中によろしくない電流が走った。
「俺にいい案があるんですけど」
「本当ですか!?」
「中央としては解決できるならなんでも協力させていただきます!」
ん? なんでもって言ったよね?
じゃあ俺をテレビに出演させてもらおうかな。
ーーーーーーーーーーーー
「ウィナーズ競馬、今週も始まりました! どうもMCの内藤浩二です、オイッス!」
「オイッス! MCの林霧歌です!」
「先週の菊花賞凄かったですね林さん!」
「そうですね内藤さん! まさかまさかの大逃げで逃げ切り勝ち! 強い競馬でした!」
「そんな大盛り上がりをした菊花賞後の今週のレース! 皆さんご存じですね? そう、天皇賞です! 明日行われる天皇賞、そしてこの後お届けするアルテミスステークス。阪神ジュベナイルフィリーズのステップ競走である本レースに相応しいゲストをお呼びしております!」
「桜花牧場オーナー、鈴鹿静時さんです! どうぞ!」
「オイッス! 桜花牧場社長の鈴鹿静時です! よろしくお願いします!」
「鈴鹿さんと言えばグリゼルダレジェンのオーナーでいらっしゃることで有名ですが…。あ、トリッターでラブコールが大量発生していますね」
「オーナーすごい人気ですね!」
「いやはや、どうも名前ばかり有名になってお恥ずかしい限りです」
「そんなことありませんよ! ほらほら! トリッターでめっちゃくちゃ褒められているじゃないですか!」
「いやー、ありがたい限りですね」
「それでは鈴鹿さんをゲストにお迎えしてお送りするウィナーズ競馬、出走です!」
ーーーーーーーーーーーー
俺の作戦はこうだ。
このテレビ番組、ウィナーズ競馬で宣戦布告をする。
無論、阪神JFで勝つのはグリゼルダレジェンだってな。つまり俺はヒールになる。レースを関係者の誇りの場ではなく大衆のエンターテイメントに落とし込む。
これで他の馬が負けても恥ずかしくない状況にする。レジェンVS他の馬の構図に持っていくのだ。伝説対勇者。いいよな。
それにインパクトをつけるとっておきの秘策がある。
「もうすぐアルテミスステークスが発走されますが、鈴鹿さんはどの馬が一着になるとお思いですか?」
「ふふ、そうですね。予定にないんですが私の特技を見せてもいいですか?」
「え? 構いませんけど…。プロデューサーは…OKだそうです」
「時間がかかるものではないのでご安心を」
きゅ、きゅっ、とフリップにペンを滑らせて書き込んでいく。
いやに長い書き込みに内藤さんも林さんも頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「一体鈴鹿社長は我々に何を見せていただけるんでしょうか? トリッターも盛り上がっております」
「んふふ、鈴鹿さん。写経して、その中に予想が書いてあるとか言われてますよ」
「センスあるなぁその人」
軽口を叩きながら、きゅっ、と全て書き終わる。
「書き終わりましたか? 一体何を書いていただけたのか、どうぞ!」
俺は笑顔でフリップをカメラ側に裏返す。
≪2>三馬身>4>クビ>5>ハナ>11>ハナ>7>半馬身>9>二馬身>1>アタマ>3>クビ>12>アタマ>6>ハナ>10>半馬身>8≫
アルテミスステークスの結果だ。
手帳の悪用でこれは確定した未来だ。
シーンと、スタジオが静寂に包まれる。
「鈴鹿さん、これは?」
内藤さんが尋ねてくる。
「アルテミスステークスの結果です、着順だけじゃ面白くないなって着差も付けときました」
笑顔で返す。ある種の恐怖さえ彼は覚えるのではないか。
スッ、と事前に買っておいた三連単の馬券をカメラに移す2>4>5で百万だ。
「ひゃ、百万!? どんだけ自信があるんですか!」
「凄い! この後お食事でもどうですか!」
「林さん、お財布見た瞬間がっつき過ぎでしょ」
内藤さんが大笑いする。
「それではとんでもない馬券を見たところで、イヤほんと凄いですね。アルテミスステークスそろそろ発走です!」
ファンファーレが鳴り響き、枠に馬が収まっていく。
スタートした。
……………。
静寂。当然だ、俺の挙げた結果の通りになったから。
にこやかに俺は告げよう。
「的中ですね」
内藤さんと林さんがパクパクと口を高速で開閉する。
カメラの向こう側にいるプロデューサーやディレクターたちもそうだ。
「いや、いやいやいやいや。いやー! おかしい! おかしいよこれ!」
「事実ですよ」
「わかってますよ! あなた凄いな!」
「えー、内藤さん鈴鹿さん。トリッターのサーバーが落ちました。原因は鈴鹿さんの予想ですね。落ちる前にトレンド一位になってました」
「やったね」
「やったねじゃないんですよ! ええっ!? マジ? ここまで当てられるなら無敵じゃないですか鈴鹿さん!」
おおよそ予定通りの反応になったな。
「私は2歳馬最強のグリゼルダレジェンのお父さんですから。伝説の娘には負けられませんよ」
「凄い、わけがわからない。凄すぎてもう興奮、いやサブイボたってんだけどね。ほら見て」
内藤さんがカメラに寄って鳥肌を映す。
「それにしても鈴鹿さん、とんでもない馬券師と判明しましたが馬券を買うときのコツなんかはありますか?」
「もうこれは牧場で働いているときの勘なんですよね。些細な機微とか言語にできない直感? みたいなものなので人に教えられるものではないと思います」
適当言ってごまかす。
「そうなんですね、素晴らしいものを見せていただきました。そんな鈴鹿オーナーが所有するグリゼルダレジェンの次走、お聞かせ願えますか?」
「はい、次は阪神JFです」
「これは事前に発表されている通りのローテーションで?」
「そうですね、羅田調教師と相談して問題はないと結論を出しました。しかし」
「しかし?」
「いやぁ、グリゼルダレジェンが強すぎて馬が集まんなくてですね」
攻め時はここだ。
「そうなんですか?」
「ええ、やっぱり伝説の怪物が相手だと皆さん怖がってしまっているみたいでね? 新馬戦で戦ったレアシンジュと小倉2歳勝者のシーリーウィンが付き合ってくれるみたいで本当にありがたいですね。怪物に挑む勇者ですよ彼女たちは」
遠回しに参戦しない陣営を煽る。
内藤さんは俺のやりたいことを理解してくれたのか乗っかってくれる。
「つまり、絶対に勝つ自信があると」
「まさしく、うちの娘は無敵の伝説ですから」
完璧だ。パーフェクトな大口だ。
「これは十二月頭の阪神JFが楽しみになってきましたね林さん」
「そうですね、果たして伝説を打ち倒す勇者が現れるのか。それではウィナーズ競馬また来週です! さようならー!」
「さようならー!」
三人で手を振り、カットがかかる。
その瞬間、椅子を飛び上がり内藤さんが迫ってくる。
「いやいやいやいや、凄すぎでしょう鈴鹿さん! ビビっちゃってちょっと漏らしちゃいましたよ!」
「内藤さん汚いですよ」
林さんがゲラゲラ笑う。
「驚いたでしょう?」
「驚かねーわけないでしょうよ!?」
「いやぁ、宣戦布告するのにインパクトが必要かなって」
「インパクト強すぎて俺前半何話したかもう覚えてないですよ」
「私もです」
この分なら掴みもOKだろう。
「鈴鹿さん、トリッターで一位から八位まで全部あなたの話題です」
ディレクターがスマートフォンを見せてくれる。
本当だ。伝説、鈴鹿社長、グリゼルダレジェン、ウィナーズ競馬、馬券師、桜花牧場、やばすぎ、アルテミスステークス。全部、俺の話題っぽいな。
「つきましては、またスタジオにお呼びしたいんですが…」
「時間の取れる時ならば構いませんよ。広報の山田君と擦り合わせしていただけるとありがたいですね」
「あざっす!」
手を擦り合わせながらディレクターが感謝する。
「皆さんはこれでお仕事終わりですか?」
「私は終わりですね、内藤さんも大丈夫ですよね?」
「もちろんです!」
「ディレクターさんたちは?」
「片付けして終わりって感じですね」
あぶく銭だ。心証をよくしようか。
「じゃあ皆でおいしい焼肉食べに行きましょうか」
やったー! とADさんたちから歓声が上がる。
「内藤さんも家族をお呼びしてご一緒に」
「本当ですか! ありがとうございます」
「わーい、お高いお肉ー」
林さんもノリノリだ。
「じゃあ十八時に銀座の焼肉屋に、ということでお先に失礼しますね」
あざっす! やらゴチです! やらが飛び交うスタジオを退出する。
三連単のオッズを確認すると三千八百二十倍。百万円かけたので…。
少し調子に乗りすぎたかな?
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