たりない仕事の増やし方

 スターの愛情に付き合って一日が潰れたあの日から一か月後。

 今の季節は夏。厳密にいえば七月の下旬だ。とても暑い。

 しかし、桜花島は周りが海に囲まれているおかげで都会のコンクリートジャングルよりは遥かに涼しく馬の負担はあまりないのは何よりだ。

 あれからスターは馴致訓練などをスムーズに済ませて幼駒から競走馬へと順調に成長している。このまま問題なく入厩まで持っていってほしいものだ。

 牧場としても遅れて入島した事務員の大塚さん(写真の通り美人だった)、厩務員の柴田さん(ゴリラみたいにムッキムキなお兄さん)、広報の山田君(眼鏡をかけたサラリーマン風イケメン)に獣医の尾根さん(美人だがおねいさんとジョーク飛ばしたら笑顔で爪先踏まれた)が勢ぞろいしてやっと機能し始めた。

 ここで広報、事務員の両名から提案を受けたのが今日の昼。


「馬が足りませんね」


「その通りです社長!」


 上からクールビューティ大塚と袖口に泥が付いたノーネクタイ山田だ。山田、お前スターと遊んできたなお前。

 財布を握っている大塚さん曰く、まったく利益が出ていないのは論外。さっさと馬を購入して育成する準備をしろ。

 馬が好きすぎてエリート公務員から僻地の広報へ転職した変わり者の山田曰く、これだけの育成スペースがあるのにスター一頭だけは宝の持ち腐れです。

 結構キツイ突っ込みを受けたのでさも実は予定を立てていましたと言わんばかりに、


「海外馬の輸入もしくは北海道で庭先取引巡りを検討しているんだ」


 と返答した。

 結果は二人とも目を輝かせてアーじゃないコーじゃないと議論を俺を指しおいて始めた。

 

「この時期の海外のセールと言えばアメリカのケンタッキーのイヤリングセールですよね!? 私はこちらのほうがいいです! アメリカ行きたい!」


 旅行気分か。


「いえ、やはり日本競馬がメインになるんですから庭先取引で牧場の方々と顔をつないでおくのが先では? 調教師や騎手の方とも面通ししやすくなると思いますよ」


 真面目か。

 しかし、山田君の発言は正論だ。俺が思い悩んでいると。


「では社長と大塚さんがアメリカの買い付けへ。山田君は社長と相談して買い付けの裁量を頂いて単身北海道へ。これでいかがですかな?」


 事務所の戸を引きながら妻橋さんが現れ折衷案を提示してくれた。

 確かにそれはいいかもしれない。金ならある。牧場が機能しだしてまだ五十億のうち一千万も使ってないんだ(残りの五十億の通帳はヘソクリとして自宅に買った耐火耐爆の金庫に隠してある)。

 大塚さんも山田君もそれならばと納得したようでウンウンと頷いている。


「では、山田君に二億円の裁量権を委ねる。あくまで買い付けがメインだ、顔を繋ぐために無理に押し付けられないようにすること。いいね?」


「はい! うおっしゃぁ!!」


 腰をガクンガクンと振り、両腕でガッツポーズを決める山田君。よほど嬉しいらしい。


「大塚君は俺とアメリカのイヤリングセールだ。君、英語は?」


「簡単な英会話程度ならできます!」


 ならば問題ないな、と返答し事務机のラップトップから成田からブルーグラス空港へのチケットを予約する。

 二人で五十万円程度だ。大金持ちすぎて金銭感覚がマヒしてきてないか俺。


「社長は英会話できるんですかい?」


 人数分の弁当を買ってきてくれた柴田さんが俺に質問しながら尾根さんと一緒に入室してきた。

 

『そりゃできるさ。なんならフランス語も話せる』


「英語で返されても俺はわかんねぇんですけどね」


 がははっ、と笑いながらチキン南蛮弁当を手渡してくれる。桜花島の弁当屋さんは安くてうまいのだ。


「鈴鹿って意外とハイスペックよね」


「意外は余計だ。あと勤務中は社長と呼べ」


 へいへーい、と軽い返事をして尾根さんは高菜弁当をつつく。

 なんだかんだ一番話しやすいのが彼女だ。

 無論、一般サラリーマンだった俺がフランス語や英語をペラペラ話せるわけもなく。一か月前のミッション≪早起きをしよう≫をクリアした特典が諸外国語を話せる能力なのだ。

 当たり前のように受け入れているがとんでもないことである。勉強しないで言葉話せるとか通訳の人泣いちゃうぞ。


「社長! 頭数はいくらまでいいんですか!?」


「三頭」


「少ないです!」


 山田がうるさい。


「しょーがないでしょ? あんたと社長含めても四人しか厩務できるやつがいないんだから」


「尾根さんもいるじゃないですか!」


「毎朝四時に起きるなんてストレスで山田の頭皮メスで引きはがすかもしれないわね」


「ひどい!」


「ですが尾根さんの言うことももっともですな。あまりに急激に育成馬が増えた場合は手が回りません。そこらへんはどのようにお考えで?」


 尾根さんと山田の漫才をBGMにチキン南蛮の甘酢を丁寧にかけていると妻橋さんから質問が。


「もし山田君が三頭の買い付けをしたとしてもです、イヤリングセールでは三頭ほどしか購入するつもりはありません。

 最大購入数計六頭、スターを入れて七頭ですから妻橋さんと柴田さんをメインに山田君が補助に入り私が馴致訓練を施す。これならギリギリ回せるでしょう。厩務員の増員は管理馬が増えてからと決めていたので今年は繁殖牝馬の購入は見送りにします。

 今は七月下旬でスターはあと二か月もすれば入厩できるでしょう。二歳馬になった段階で入厩できない馬が出たとしても年越しの段階で繁殖牝馬のピックアップを進めて再びアメリカに赴きサラブレッドセールで輸入する予定です。

 つまり来年度から厩務員不足ですが、山田君は今回北海道で買い付けする際に閉場するかも知れない牧場の情報を集めておいてください。私の名刺を渡しておくので粉をかけておいてもかまいません」


 あ、早口でしゃべったからタルタルソースこぼした!

 ティッシュを三枚ほど取り、机を拭く。

 拭き終わると周りが静かなことに気づいた。

 全員が唖然とした表情でこちらを見つめている。


「なんです?」


「いや、それさっき考えたの?」


「そうですよ。予定はさっき決めたんですから」


「ごめん、社長のこと阿保三太夫だと思ってたわ。腐っても旗頭なのね」


 阿保三太夫ってなんだよ。絶対馬鹿にしてただろ。


「こりゃあ社長に任せときゃ安心だな。妻橋さんスターのブラッシングいきます」


「よろしく。私は食事が終わったら柵の補強に行くよ」


 おねがいしまーす、と大きな声で食事を片付けた柴田さんが退室した。


「そういや、なんで日にち合わせていくの? 別の日にすれば社長も北海道に行けるんじゃないの?」


 食事の入っていたプラケースをゴミ箱に捨てながら尾根さんが聞いてきた。


「それはごもっともですがね。八月は出産時期が終わって牧場も比較的余裕があるでしょうし、良い動きをする当歳馬には早めに唾をつけておきたいじゃないですか。

 もちろん購入した馬は私が単独で行って再確認します。

 一番の理由は山田君の仕事が今はないことですけどね。」


「僕がこの牧場に所属してやったことって内容のないホームページ制作だけですからね…」


「なんだ、タダ飯食らいの仕事づくりか。納得したわ」


「めっちゃ失礼なこと言われてますよ僕! 事実ですけど!」

  

 尾根さんは事務所の一室を医務室にしているのでそこでの業務がある。

 なので失礼だが大した仕事をしてないのは本当に山田君だけなのだ。馴致の補助とか進んでやってくれてはいるんだけどね。


「まぁまぁ、じゃれあいも結構ですがお昼休みが終わりますよ」


「ホントだわ。山田は暇ならあとで手伝いに来てよねー」


 尾根さんが手をヒラヒラと振りながら退室する。

 長妻さんも事務所に収納してあるインパクトドライバーを持って外へ出て行った。


「我々は買い付けの話を詰めようか」


「私、海外旅行なんて初めてなんです。パスポートとらなきゃ」


「僕も久しぶりの北海道なんで楽しみです!」


 お前、二週間前にも北海道ホースパーク行ってただろ。

 

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