二人の王太子
「今日は朝食の前に二人で遠乗りに行きませんか?」
この夏の習慣となっていた早朝の剣術の手合わせの後で、ノワールがルチェドラトを誘った。
「うん。いいね。」
二人で馬を走らせ、輝きはじめた太陽の下に広がる丘や、冷たい森を駆け抜け、タラの王城が見渡せる湖に着くと、水場で馬を休ませ、自分達も小高い丘の木陰に座った。
「ああ、良い景色ですね。タラは風が涼しくていい。」
気持ち良さそうなノワールの横顔をチラとみて、ルチェドラトも満足そうに微笑んだ。
ノワールは、先日ヴィオラが自分の手を優しく握り返しながら言った言葉を思い出した。
「今はノワール様がいてくれるから、たとえそこが恐ろしい場所だったとしても怖くないと思える気がするの。あなたがいてくれたら、なんだって出来そうな気がするもの。」
――そう。僕だって、なんだって出来そうな気がする。
彼は、横に座るルチェドラトをしっかりと見つめた。
「ルチェドラト…。僕は、諦めないことにしました。
ヴィオラのことを苦しめるつもりはないが、彼女が一緒に乗り越えてくれるなら絶対に諦めない。
一緒に幸せになってみせる。
二人が共にあることが幸せなんだと、どんなことからも逃げないつもりです。
ヴィオラは、苦手なことを少しずつなくしていきたい。と、セヤの城にも向き合ってみようとしています。
怖いのは場所ではないはずだと。
周囲の人々に対して恐れが無いのに、その場所にだけ恐怖を感じているのは、周囲の人々とうまく行かなくなった時の言い訳のように自分を守っていたのではないかと思うと話していました。
無理をさせるつもりはないが、ヴィオラが踏み出そうとしているなら、先に立ち、後で見守り、手を貸しながら近くにいたいと思っています。
あなたは…、やはり反対ですか?」
ルチェドラトは穏やかな気持ちでノワールを見返した。
頼もしい友が、昔の自分が彼の妹に矢を放ったことも、離宮で脅したことも責めることなく、全てを受け入れた上で、わざわざ自分にヴィオラとの仲をゆるされたいと話している。
それも、ヴィオラの心を勝ち得た上で。
ルチェドラトは、
「私はもう、反対しない。
ヴィオラが本当に望むなら、君と共に生きることも心から祝福し応援する。
ただ、やはり…心配ではあるよ。
『一回目』のことでヴィオラが苦しむようなことがないようにしてやって欲しい。
今の君には、何の非もないことだが、昔の君がしたことを今の君が塗り替えることでしかヴィオラは救われないと思う。
ヴィオラには君の助けが必要だ。
妹が、どうしても乗り越えられなければ、その時はタラに戻してやってくれ。
君は、ヴィオラを辛い目にあわせてまで側に置いておきたいと思うような懐の小さい男ではないだろう?
懐が小さいのは私だけで十分だ…。
でも、私は、精一杯スィートピーを大切にする。
彼女はとても寛大で、慈愛に満ちた、素晴らしい女性だ。
彼女といると、自分の小ささが心地よいくらいだ。」
「小さい…?あなたが?」
ルチェドラトを小さいと感じたことなどただの一度もないノワールは、不思議な感覚だった。
スィートピーが懐の大きな女性と思われていることもなんだか腑に落ちない。
「うん…。
私は…、君よりも多くのものを『一回目』から持って来た。
おそらく君よりも魔力は大きいし、使えるものも多いが、もし私が君の立場だったら…全てを知ってなおヴィオラを諦めずに、全てを受け入れて幸せにしようとは思えなかった気がする。
君の清々しいほどの前向きな心は、私にはなかった。
もう一度言うが、君には非はない。何にもだ。
だが、君はそう思っていない…。
それが…、とてもありがたいよ。
そんな君だからヴィオラも君の側にいたいと思うんだろうね。
スィートピーは…、どうして私を気に入ってくれたのか…。
愛ってものの力を大きく深く信じているし、揺るがない。
彼女に大切に思われて本当に幸せだ。
彼女が信じてくれれば、私も私が信じられるんだ。
結婚するまであと二年か…。
お互いに、愛する女性に愛想をつかされないように頑張るしかないな。」
「頑張りましょう。」
二人の王太子は、幸せの只中で自分を高めたいと決意できることの幸せを噛み締めた。
「タラに来た時には暑い日も多かったのに、最近は涼しい日の方が多いですね…。」
「うん…。もう夏も終わるね…。」
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