セヤの二人がやって来た。
年間を通して、セヤよりも少し気温の低いタラ。
それでも夏になるとタラの貴族たちは領地や避暑地に出掛けていく。
数年前、ヴィオラの成人式のパレードを一目見ようと他国から集まった親戚と今でも付き合いのある貴族は、自身の領地に親戚を招待したり、異国の涼しい領地に招待されたりで、王都は閑散としている。
そんな中、ノワールとスィートピーがタラの国にやって来た。
非公式ではあるが、スィートピー王女がタラを訪れるのは初めてのことであり、何も知らされていなかった王都の人々が「何事か。」と驚くほどに多くの煌びやかな騎士が都のあちこちに配置され、やがて長く立派なセヤの車列が大通りに現れた。
思いがけず貴重なものを観ることが出来た都の人々は、後々までとっておきの自慢話としてこの日のことを語り継いだ。
「いらっしゃい。ようこそタラへ。」
宮殿では、家族総出でセヤの二人を出迎えた。
ルチェドラトが貼り付けたような笑顔で出迎えると、ノワールは不敵な笑みを返した。
――あ…?
ルチェドラトは機嫌が悪かった。
何やらよくない思惑がありそうな母と、楽しみで仕方のない様子の妹弟。
我関せずを貫くルル。
数ヵ月前、あれだけ敵意を隠さずに本心を伝え、『一回目』についての詳細も観せてやったのだから、よもやノワールがタラを訪れるとは思っていなかった。
結局訪れることになったと知らされた時にも、可愛い妹の付き添いで来ざるを得ないのだろうが、おそらくしょぼくれているに違いないと踏んでいた。
そのノワールが、何やら清々しい様子で妙に堂々と挨拶し、ヴィオラとも笑顔で挨拶を交わしている。
ルチェドラトは、心の底から忌々しさを覚えた。
――なんだろう。あの吹っ切れたような清々しさは…。
ルチェドラトは嫌な予感しかしなかった。
ふと視線を感じて、顔を向けるとスィートピー王女がこちらを見ていた。
貼り付けた笑顔はそのままのはずだ。
ルチェドラトは、少し親しみを込めて王女に微笑んだ。
五月にも会ったはずだが、よく見れば自分の思い出の中の印象よりも女性らしく成長している。
スィートピー王女は可愛い。
自分が留学中もよく懐いていた。
だが、王女はスンとした笑顔で応じた。
――え…?
ノワールからならわかるが、スィートピー王女からこんな笑顔を向けられる理由はないはずだ。
ノワールが、『一回目』の話やあの離宮での会話を、可愛いがっている妹に話すとは思えない。
今やルチェドラトにとって、どちらかと言えば敵であるノワールだが、それでもその人格には一目置いていた。
彼は、自分がどんなに辛くとも、楽になるために大切な人を悲しませるような話はしないはずだ。
それなのに…。この笑顔…。
意味がわからない…。
ああ、本当に嫌な夏になる予感しかしない。
セヤからの客人には、城から少し離れたところにある離宮がまるごと貸し出された。
非公式とは言え、大国の王太子と王女の一行はそれなりに大所帯で来訪していた。
旅の疲れを十分にとり、明日の夜に幼いルイも含めた七名で宮殿での晩餐会を開く予定で、今日はとにかくゆっくりして貰うため別行動となっている。
ルチェドラトは、挨拶を済ませたセヤの二人を見送った後、意味ありげに両親に呼ばれた。
部屋に入ると、父は窓辺に立ち、母はティーテーブルに用意されたお茶を淹れている。
ルチェドラトを招き入れると、両親以外は部屋を出ていき、父は気の毒そうにルチェドラトを見た。
嫌な予感を抱えたルチェドラトは、さらに警戒心を強める。
――ああ、これは…。母上のお小言か…?
ルチェドラトは、母のティーテーブルにはつかず、少し離れたソファに腰をおろした。
王妃は落ち着いた様子で優雅にルチェドラトの分の茶を注ぎ、取りに来るように合図した。
今は茶など飲みたくないし、ティーテーブルに近づくのも危険だが、母に逆らえば状況がさらに悪化するだろうと、微笑みながら立ち上がる。
ルチェドラトが茶器を持って再びソファに避難すると、それまで無言だった王妃が威厳たっぷりに話し始めた。
「これまで、あなたにはタラの貴族のご令嬢と、多くのお茶か…いえ『タラゲームの集い』を通じて交流するように促して来ました。」
「…。」
「あなたの為の交流会だったはずが、今ではすっかり宮殿でのお見合いパーティーとなって、貴族間では先月までにいくつもの婚姻が成立しています。」
「…。そうですね…。」
余計なことは言わないぞとばかりに口数の少ない息子を見て、いつものようにはぐらかされることを警戒した王妃は、スと居ずまいをただした。
「ああ、もういいわ。単刀直入に言いましょう。あなた、セヤのスィートピー王女と婚約なさい。」
「!?」
「セヤの国王陛下から、タラと姻戚関係を結びたいとの申し込みがあったの。だから、そうなさい。タラの貴族のご令嬢の中にそういうお相手はいないのでしょう?」
「また…急なお話ですね…。」
ルチェドラトは父を見た。
「どこが急なんですか。何年も前から、そろそろそう言ったお相手を探すようにと何度も言ってきたではありませんか…。」
父は息子と目が合い、何かを話そうとしたが、妻がどしどしと息子を攻め立て始めたので動きを止めた。
こう言う時、放っておくと彼女はどんどん興奮していく。
そうなれば息子はもう話し合うことも、話を聞くことすらも放棄して上手に逃げていくことを経験から知っていた。
国王は、愛する妻の肩にそっと手を置き、可愛くプンスカしている王妃を落ち着かせた。
夫が、肩に手を置いたことで王妃は口を噤んだ。
――そうだわ。冷静にと言われていたのに…。私ったら…。ここからは彼に任せよう。
「ルチェドラト。タラとしてもセヤとの姻戚関係は望むところだ。セヤの国王からは『タラとの姻戚関係を望む』とあったわけだから、結婚するのはお前かヴィオラになる。お前がどうしても嫌ならヴィオラを嫁がせることになるが…。」
「…。」
父がそう易々とヴィオラを嫁がせる気がないことはわかりきっている。
お前が結婚しないならヴィオラがセヤに行く事になるがそれでもいいのかと言う為だけにそう言ったに過ぎない。
つまり、完全に追い詰められたわけだ。
王太子として、どうしても結婚しなければならないのなら、ヴィオラにとっても好ましい相手でなくてはならない。
その点、スィートピー王女は最良の選択だろう。
それに王女はまだ王立学園に在学中だ。
卒業を待ってから嫁がせるようにすれば、あと二年は猶予がある。
「わかりました。」
母は歓喜の涙を流し、父はホッとしながらも息子があまりにもあっさり受け入れたのが少し気になった。
多角的に観て、スィートピー王女は最良のはずだ。
――まぁ、スィートピー王女なら何も不足はないと言うことだろう。
国王はチラと気になりはしたが、自身と同じように息子もそう判断したのだろうと納得した。
「ああ、よかったこと。スィートピー王女なら申し分ないお相手だわ。そうと決まれば明日は二人でお茶会ね!」
――やられた…。
今回のセヤの二人の招待は母が発端だ。
母がこう言った機会を逃さないことは理解できる。
だが、もしや母はこうなることを見越して、ヴィオラを留学させたのだろうか…。
スィートピー王女とヴィオラが仲良くなれば、こう言った機会が訪れることもあるだろうと…。
数年前からこの結果を期待して動いてきたとすれば…、なんて恐ろしい人なんだ。
父は、私にいつかは妃をと思っていても、こう言ったことにはあまり積極的に動く人ではない。一方、母は男女の機微を捉えることに非常に長けているし、何故かそう言ったことが大好物だ。
先ほど『タラゲームの集い』が、お見合いパーティーのような…とか言っていたが、母が手先を使ってあれこれ調べ、貴族夫人である自身の友人たちに入れ知恵し、首尾よく縁談をまとめていたことをルチェドラトは把握していた。
とにかく、自身の結婚がいつになるかはわからないが、婚約が近々発表されるであろう事は決まってしまった。
――面倒だ…。だが、母の目論み通りだとすると少し悔しさもあるが、相手がヴィオラの親友なら丁重に扱うのも苦ではないだろう。
二人きりでお茶を飲むのか…。
留学中、スィートピー王女と自分はどんな話をしていただろう…。
ルチェドラトは、全然思い出せなかった。
――そうだ。今こそ『タラゲーム』の出番だろう。
ゲームをしていれば、時間は自然と過ぎていく。
甚だ面倒なことにはなったが、ひとまず明日はなんとかやり過ごすことができそうだ。
ルチェドラトは複雑な思いでため息をついた。
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