スミレの置物

「まぁ、可愛らしい。」


「ええ。王女様。これが飛ぶように売れているスミレのガラス細工でございます。こんな小さな店なのに、八月は各国の貴族の方々もそれはもうたくさんいらっしゃいましたよ。皆様一度に何十個とお買い求めになられまして……。うちは、一つ一つ職人が手作りしてるもんですから…そんなに一度に商品が無くなると、それはそれで大変なんですが、まぁなんにせよ有難いことですよ。とにかく夫も私も喜んでます。なんですか、このスミレの花の部分のガラスに魔力を込めまして、叶えたい願いを…、例えば恋人や家族なんかの健康ですとか、お仕事が上手く行くようにですとか、お勉強が捗るようにですとかね…。それを願って魔力を込めて相手に渡すとお守りになるやら願いが叶うやらと、いつの間にかそんな話が広まって、たいそう人気商品になりましてね。それでまた、想いを寄せる相手に想いを込めて渡すと恋が叶うなんて話まで出てきて…、大変な売れ行きなんですよ。おかげでうちでは、また新たに職人を雇ったんですが、今では職人を十名も抱える工房になりましてね。昔は主人と二人でのんびりやっていたんですが、いまじゃ大所帯です。職人達はみんな息子のようなもんで…。どの子もみんな真面目にやってくれてます。まぁ、一時はそれでも追い付かないほどの売れ行きで…。でも、やっと落ち着いてきて、主人も若い子達に刺激を受けて色んな作品を作ってみたりして…。いかがですか?何でもお好きなものを持ってってくださいまし。うちがこんなに繁盛したのも王太子殿下と王女殿下のおかげなんですから。」


 王都の小さなガラス細工店。


 人の良さそうなふくよかな女将は、ルチェドラトとヴィオラが店を訪れて、興奮しているらしく、勢いよく話しながら小さなスミレのガラス細工をヴィオラの手のひらに乗せてくれた。


 店の棚にぎっしりと並ぶスミレのガラス細工の置物は、ヴィオラの小指にも満たないほどの小ささで、少しずつ形が異なり、色も少しずつ違う。


「きれいねぇ…。」


「そうだね。小さくて可愛らしいし、これに魔力を込めて相手に渡すと願いが叶うなんていう話も、なんだか素敵じゃないか。」

「ええ。本当に…。お渡しする方にそのお話を教えて差し上げれば、ただお渡しするよりももっと喜ばれるわね。皆様がたくさん求められたのがよくわかるわ。自分で魔力を込めてお渡しするのもいいけれど、『あなたの大切な方に、あなたがお使いくださいね。』ってお渡しするのも素敵だもの。」


 ヴィオラとルチェドラトの会話に、女将は感心して口を挟んだ。

「まぁまぁ!確かに王女様のおっしゃる通りですね。そんな風に渡せば誰からも喜ばれるに違いありません。あらっ、すみません。お二人の話にくちばしを挟んだりして…。私ったらあがってるもんだから…。」


 兄と妹は可笑しそうに目をあわせて微笑んだ。


「ルチェドラト様。申し訳ございません。こいつは、お二人がいらしてくださったのが、もう嬉しくて堪らないもんで…。」

 裏手の工房から店に現れた背の高い細身の男性は、どうやらここの主人らしい。


「やぁ、ご主人。久しぶりだね。最近はすっかり繊細なガラス細工の方に力を入れているようじゃないか。」

「おかげさまで。わたしにゃこういう方があってるようで…。楽しくやらせて貰ってます。」


「ヴィオラ、こちらは、モーガン。庭園師長イーサンの弟だ。オリーブの瓶詰めを作った時に力を貸してくれた工房にいたんだよ。今は、独立してこの店をやっている。もう、二年になるかな…。」

「ええ。王太子様。その説は大変お世話になりました。初めまして。王女様。兄がいつもお世話になっております。どうですか?何か気に入ったものはございましたかね。」

 白髪交じりの、優しい笑顔のモーガンは、確かに庭園師長の翁イーサンと雰囲気が似ている。


 モーガンは、兄のイーサンが昔ほど動けなくなった今もなお王宮の庭園師長として重用されており、後に続く若い庭園師達が不満無く活躍出来るようにと様々な配慮をして結果的に兄が敬われるようにしてくれる王太子と王女に、心から感謝して愛情すら抱いていた。


 数年前にルチェドラトがガラス職人を探していたときにも、イーサンの紹介と言うことで自分を随分頼りにしてくれた。


 その王太子が、何より大事にしている妹王女に、心を込めて応対しない理由はどこにもない。


「まぁ、イーサンの…。ええ。どれもとても素敵です。あの…。お願いしたいことがあるのですが…。」

「おや、何でしょう。」

「ちょっと、内緒話をしたいわ…。」


「それじゃ、どうぞあちらに…。」

 自分と内緒話がしたいだなんて…。

 ヴィオラ様は、噂に違わずなんともお可愛らしい方のようだ。とモーガンは微笑んだ。

「お兄様…。私ちょっとあちらに伺ってきますわ。」

 二人は工房に入っていった。



 ガラス店の他にもいくつかの店を回り、王宮に帰る馬車の中でルチェドラトは満足そうな表情のヴィオラにたずねた。


「そう言えば、工房でモーガンと何話してたの?」


「それは…。内緒ですわ…。お兄様こそ、女将さんと何をお話されていたのですか?」

 どうやら妹は、何を話していたのか自分に内緒にするつもりらしい…。

 ルチェドラトはフと微笑みながら答えた。


「うん…。実は、これを買ったんだ。」

 彼は小さな紙の包み紙を出した。

「君に。」


「まぁ!私に?」

「うん。」

「開けても?」

「うん。開けてごらん。」


 ヴィオラは、中のガラス細工を気遣いながら丁寧に紙を剥がしていき、そうっと紙包みを開けると瞳を輝かせた。

 店にずらりと並んでいた小さなスミレのガラス細工だ。


「まぁ…。選んでくださったの?」


「うん。ヴィオラがセヤにいても寂しくないように魔力を込めたよ。」


「お兄様…。ありがとう。まぁ…スミレの花の部分をさわると確かにお兄様の魔力を感じますわ…。こんなに小さなお花なのにすごいわ…。嬉しい…。学園の寮にこのスミレがあれば、元気が出ないなんてこと無くなりそう…。わぁ、本当にお兄様が近くにいるみたい…。なんだか不思議…。馬車の中にお兄様が二人いるみたいだわ…。」

「ホント?」


「あっ、それでは…。」

 ヴィオラは、自分の小さなビーズの巾着から同じような紙包みを取り出した。


「これは、先ほど女将さんがくださったスミレの置物なんですけど、これに私が魔力を込めてお兄様に差上げますわ。交換しましょう?後ほどお部屋にお届けしますね。」

「ヴィオ…。ありがとう。」


「うふふ。今日はお兄様と王都で買い物したり、お茶を飲んだり、とっても楽しい一日でしたわ。そういえばあのボードゲーム、『タラゲーム』と言う名前になったんですね。木製のものもありましたが、コルクで出来ていたものも見つけました。セヤ王国のお二人にも、贈ってよろしいですか?」

「うん。」


「クラスの皆様用にも、持っていっていいですか?お教室で遊べたらと…。」

「うん!もちろんいいよ。いくつか用意させよう。セヤでも、愛好者が増えれば楽しいね。」



 祝賀会が開かれた怒涛の一週間が終わり、しばらくは国全体が興奮さめやらぬ状態であったが、遠い親戚の屋敷に滞在していた異国の貴族達もポツポツと帰国していき、王都の店も貴族も少しずつ日常を取り戻し始め、タラの国全体が落ち着いて来た。


 誰もが、大きな祭りのあとの寂しさを感じずにはいられなかったが、秋には社交シーズンが始まる。

 もう二度と訪れないような刺激的な夏が去っていく侘しさを、すぐに迎える秋の社交シーズンの準備を前に、ワクワクとした気持ちを保っていられることに気がついた人々は、はじめは夏の暑い時期の成人式に懐疑的であった自分をすっかり忘れて、国王の優れた手腕に心から感謝した。


 九月に入ったタラはまだ暑い日もあるが、それでも朝晩は秋らしい涼しさになってきている。



 ヴィオラの通うセヤの王立学園は、十月から新学期を迎えるが、貴族社会の性質上、十月、十一月は本格的な舞踏会シーズンの為、授業は週に三日から四日だ。



 ヴィオラは、エスコート役のルチェドラトのいない舞踏会には出席しないことになっており、セヤではたっぷり時間が出来る。



 ヴィオラは、セヤの学園寮でゆっくりと刺繍に励めると気がつき、刺繍糸が欲しくなった。


 宮殿に商人を呼んで色々選ぶのも楽しいが、セヤの王都でお店を巡る楽しさを覚えたヴィオラは、数日前に兄に頼んで、今日はタラの王都に出てきた。


 兄と一日ゆっくり王都を巡り、街の人々に祝福の言葉と笑顔を向けられ、とても楽しい一日だった。




 タラの舞踏会に出席するために、次に帰国するのは、十一月の秋休みの予定だが、この夏に舞踏会用のドレスも作ったし、セヤへのお土産も入手して、刺繍糸もふんだんに買い込んだ。


 何より、このスミレの置物があれば今までよりもずっと穏やかに過ごせそうだ。


 二学期は、前から作りたかった作品に取りかかってみよう。

 秋休みまで、あっという間になりそうだ。


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