祝賀パレード


 ヴィオラを乗せた馬車は、宮殿を出発して王都のパレードルートをゆっくりと回ったあと、この庭園に終着点として戻ってくる予定だ。


 本来は、王宮で働く者達にもパレードを一目ひとめ見せようとの理由から、城内にもルートが確保された。

 だが、パレードは観たいが、沿道で待つわけに行かない高位貴族が多数たすういたために、その希望を叶える形で、この庭園を最終地点とし、パレード到着までの間、茶会を開くことになった。

 おそらくパーティーだと誰もが思っているに違いないが、パレードが到着したら茶会はお開きだ。


 ――どうせ、明後日の夜会にも来るに違いないのだから…。


 タラの国王も重役達も同じ思いだった。



 国王の配慮を無駄にはしまいとばかりに、多くの貴族と、予定ではとっくに帰路についているはずの王族が庭園に集まって来ており、お茶や茶菓子、軽食を振る舞われながらパレードの到着を待つ。

 貴族達は、城の庭園でそれぞれの席につき、時には歩き回って話し相手を探して、興奮気味に先日の夜会について話し合っている。



「ルチェドラト王太子とヴィオラ王女が夜会の広間に現れた時の、あの絵のような美しさ。近年希に観る感動的な光景だった。」


「式典で、拍手が沸き起こったのには驚いた。あの場にいられたことを誇りに思う。」


「式典でのドレスもとても美しかったけれど、夜会のドレスはまた華やかで可憐で、私も娘にあんなドレスを作るつもりでおりますの。今日のパレードのドレスも楽しみですわ。先ほどうちの侍女にパレードを観に行かせたのですが、ルチェドラト王太子もルイ王子も、ヴィオラ王女と同じ色合いのお召し物だったそうで、それはもう繊細な砂糖菓子のように美しかったそうですわ。」


「夜会では、留学先のセヤの王太子と随分親しげでしたわね。それにしても、留学するほどお元気になられて本当に何より…。」


「ルチェドラト王太子とヴィオラ王女のダンスときたら…。それはもう本当に優雅で…。」


「王女は、結局ルチェドラト王太子としか踊られませんでしたな。異国の国王や王太子全員と踊るにはまだ体力がなく、全員と踊れないのでは失礼にあたるからとのご説明だったが、皆様残念そうなお顔をされていた…。」

「でも、多くのかたとお話なさっていましたね。私も王女と話が出来て…。本当に朗らかで…。セヤの学園では、息子と同級らしく、その話をされた時にはもう誇らしくて…。」


「明後日はまた夜会があるが、どうしても出席したい。」

「私もです。本来式典の日の夜会に招待されなかった貴族のためのものだそうだが…。噂では各国の貴族も出席するようだし…。先日の夜会とはまた違った雰囲気だろうから、その雰囲気も是非味わいたい。」



 近くに控えていた使用人達は「これ以上出席者が増えて大丈夫なのか?」と心配になった。


 だいたい、各国の王族は今頃はもう帰っているはずだった。

 滞在には、城から少し離れた部屋数の多い離宮を提供しているが、その大きな離宮も異国の王族とその使用人達でいまだにひしめき合い、城に飾られた美術品やヴィオラ王女の刺繍を観ようと、離宮から馬車で城に通いつめる王族もいる。



 式典の次の日には、当然予定どおり帰路につくはずと思っていた王族のそのほとんどが、このパレードを観るつもりで離宮に残っているのが使用人達には不思議でならなかった。


 王族も、その家臣も使用人達でさえ、タラの使用人が「そんなに国を空けて大丈夫なのか。」と心配になるほど、のんきにタラの国を満喫していた。




「王族が長い間、国を空けられるのには理由があります。一つは国が豊かで優秀な家臣がいるために心配が無いこと。一つは国を省みない王家だということ。今回は、それを見極めるいい機会です。」

「毎回、当初の滞在期間を延長する国はありますので、すべての国が十日滞在しても問題ないようにしてあります。どの国も十日以上滞在すれば、新しい服がなくなるでしょう。異国において、昼餐会、晩餐会と一度着た服で再び出席することは無いでしょうから。」

「早めに帰路についた国には、援助が必要かどうか調査を進めてほしい。友好国となりうるかどうか見極めるいい機会だ。ヴィオラ王女の式典に出席してくれたお礼として援助もしやすい。」

「セヤ王国はさすがですね。一番近い国でありながら、予定通りに帰国されました。」


 タラの国王と家臣による会議上で、そんな話があったことを知らない使用人達は、豊かなタラの国を招待客である異国の人々が口々に褒め称えるのを誇らしく思いながらも、心配していたが、最終的には「心配したところで、異国のことはよくわからない…。とにかく陛下や家臣の皆様にお任せしておけば大丈夫だろう…。」と、日々の業務を全力でこなすことに邁進した。




 パレードの日の朝は、青空がひろがり、空の輝きからは意外なほど涼しい風が吹いていた。


 屋根のない馬車には、花やリボンが美しく飾られ、前方には御者ぎょしゃ、後方には三名の従者じゅうしゃが立っており、王族を引き立たせながらも、たいそう華やかだ。

 馬車から少し離れた前後と両脇には、美しくたくましい国王の近衛隊このえたいが騎馬で付き従う。


 数年前の王太子のパレードは、着飾った王太子の美しい騎馬が観られたが、今回は比較にならないほど華やかなものだった。


 馬も馬車も、御者も従者も、近衛の騎士も、着飾っていて本当に美しいが、馬車に並んで座る王族の三名の服装が、同じ色味の生地でありながらそれぞれに豪華な装飾が施してあり、それぞれに輝いている。


 ほんのりクリームがかった白い光沢のある生地に、白金の刺繍やパールの飾りが付いた華やかな装いのルチェドラト、ヴィオラ、ルイ。


 ルチェドラトとヴィオラは肩から濃い紫のサッシュを垂らしており、左胸にはそれぞれの勲章が輝いていた。

 何しろ、ヴィオラ王女とルイ王子を観るのが初めてという者ばかりであったし、三名が揃っているところを観た者はただの一人もいなかった。


 沿道の観衆は、かなりゆっくりと走る馬車を、永遠に観ていたいと願うほどに堪能した。

 先頭の騎馬が見えると歓声をあげていた人々が、馬車が目の前を通りすぎる間は、皆が息をのんで静まり返り、馬車が通りすぎると再び歓声が沸き起こると言う不思議な現象が起こっていた。


 ルイは約束通り、かわいらしい笑顔で一生懸命に手を振っており、時折ヴィオラを見上げて何か言っている。

 優しく答えるヴィオラと、可愛らしいルイ王子の姿は観衆をどよめかせた。

 別の場所では、ルチェドラトがヴィオラの髪を直してやり、それもまた観衆をどよめかせる。


 ルイ王子のお手振りに力が無くなって来た頃に、馬車は城内に入った。


 そこには、毎日見慣れた顔が待っていた。

 このときばかりは、王宮で働く誰もがここに立つことを許され、招待客にも告知済であった為、馬車はさらに速度を落として通過した。


「あっ、おーい!」

 ルイは見知った顔を次々と見つけて元気になり、大きく手を振った。

 ヴィオラも親しげな笑顔を皆に向けながら手を振り、ルチェドラトも満足そうに皆を眺めた。

 皆が幸せそうな笑顔で馬車を見送ると、馬車は到着地の庭園に入るために少し迂回して森に入った。



「僕…、疲れた。」

「そうね。ルイ。よく頑張ったわ。」

「寝てもいいよ。ルイ。」

「ううん。僕寝ない。まだパーティーがあるもの。」

 途中まで頑張っていたが、馬車がパーティー会場に到着する頃にはルイは眠ってしまっていた。

「ふふ。」

「ヴィオラも疲れただろう?お疲れ様。あともう一仕事だ。頑張れ。」

「ええ。お兄様もお疲れ様。とても楽しかったわ。たくさんの方が来てくださったわね。それに…、王宮の皆にも観て貰えて…。とても嬉しかった。」


 庭園に馬車が入って行くと、正面に座る国王夫妻と、ぐるりと広場を取り囲むように座る招待客に出迎えられ、騎士達が整列して広場で馬車を迎え入れた。

 近衛が国王に向かって敬礼し、国王が答礼すると、三名は馬車から降りる。

 ルイは、馬車の外で待ち構えていたお気に入りの護衛にかかえられ、クッタリと眠っている。



 ――今朝、話には聞いていたが…。なんだこの出席率のよさは…。


 ルチェドラトは、式典と夜会に出席した異国の王族、高位貴族のほとんどがここにいることに驚いた。



 ――まぁっ。みんな…、もう戻ってる!


 ヴィオラは、先ほど城内の馬車道で手を振ってくれた者達が、既にすました顔で働いているのを見て驚いていた。




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