セヤの王宮

 ヴィオラの決意を知らない側近達は、十日以上経ってもサロンに訪れない王女と、ヴィオラ目指してフラフラしがちな王太子の奇行に悩まされながらも、宮殿でのお茶会の準備に余念がなかった。


 今年は肌寒い日が多く、幸いなことに未だ王宮の桜は満開になっていない。


 側近達は、

「お茶会の日に桜が満開になるように!もちろん、他の花々もその日に特に美しく咲くように。」

 と王宮庭師に無理難題を言いつつ、お茶に目がなかったルチェドラト殿下の妹の舌も満足させられるようにと、美味しいお茶、お菓子、珍しいものを取り揃え、今回こそはノワールとヴィオラの会話が弾むよう心を砕いた。


 何しろ、王女は初めての異国に留学中の身であり、自国においても身体の弱さから公務が制限され、外交には携わっていない。


 そんなヴィオラ王女に配慮して、国王との挨拶は、『控えの間』の続きにある『黄色の間』において格式張らないものとする。


 スィートピー王女はその日の体調によるが、可能ならその時に同席。

 挨拶を終えたら、王太子とヴィオラ王女は、庭園を見渡せるテラスでお茶と軽食。

 その後、庭園の花々を観ながらの散策。場合によっては馬車を使用。

 雨なら温室でお茶と軽食とし、宮殿や城にて美術品鑑賞の予定だ。


 この、ヴィオラ王女の負担にならないよう練られた企画自体は「さすが」と高い評価を受けていた。


 しかし、企画者のアーノルド、ディビッド、リカルドは、お茶会を明日に控えた王宮の使用人達を既に随分うんざりさせていた。


 本来、王宮での催しには王太子の側近達はごく限られた部分に補佐程度にしか関わらないが、今回は相手がヴィオラ一人だということで、面識のある王太子の側近三名が責任者として任命されていた。


 この若い責任者達は、もともとお茶会の準備には不慣れな上に、いつになく舞い上がっており、異口同音にクドクドと指示や確認を行う為、王宮管理職の元にはチラホラと苦情が上がってきた。


 国王と管理職達は苦笑いしながらも、今回は国にとっても大事な茶会であることには違いないが、表向きはあくまでも「王太子殿下の私的な友人との茶会」という扱いの為、若い彼らに全権を委ねていた。


 そんなわけで、王宮の使用人達が

「国王主催の晩餐会に、大勢の国賓が来る方がまだ楽だ。」

 と呆れるほど、年若い側近達によって備品のチェックや段取りの確認が繰り返された。


 本人達も、一番の問題がここではない事は重々承知の上だが、何かしないといられず、胃をキリキリさせながら細部に渡りチェックを入れている。


 当日は、王太子が一人で接待する。

 側近は近くに控えてはいるが、会話には加わらない。

「ニヨニヨするばかりで、王女を退屈させるのではないか。」

「見せたいものを見せるのに必死で、ヴィオラ姫を歩かせ過ぎたりするのではないだろうか。」

「前回に引き続き、恥じらう少年のような態度にならないだろうか。」

 側近達はいくら備品を確認しても心配が無くならない事を知りながら、細かく確認しないではいられなかった。




 茶会当日は春麗らかな陽気となった。

 朝から、明らかにワクワクしている国王、王太子、王女の三名をよそに、セヤの王宮内は昨日までのピリつきが尾を引いて殺気だっていた。



 だが、始まってみれば何もかも順調だった。

 ヴィオラは、車寄せに降り立ったその時から、たいそう美しく上品なばかりか、あたたかい人柄が伝わってくるような優雅な笑顔を見せ、宮殿の者達を安心させた。


 タラの王女が静かに歩いて『控えの間』に到着するまでのあいだには、まるで王女から春風が吹いて花吹雪が舞ったかのように、ふんわりと宮殿の緊張を和ませた。


『控えの間』に到着すると、知らせを受けた国王達が『黄色の間』に入り、準備がととのい次第、ヴィオラを『黄色の間』に案内する…。

 そういう段取りだったはずが、王太子は直接『控えの間』に現れた。

 何を考えているのかよくわからない表情で、ただ全身からワクワクとした輝きを無駄に放ち、無言で突っ立っている。


 ヴィオラはたいそう驚いていたが、面白そうに笑ってノワールを迎えた。


 青くなって詫びる側近達をよそに、ヴィオラは笑っていた。

「ノワール殿下のおかげで緊張がほぐれました。」

 言葉どおり、にこやかに笑ってノワールと側近を喜ばせた。


 国王は一目でヴィオラを気に入り、予定より大分長く『黄色の間』にいた。


 ――これは…。レオドラト王が本当に手放さないかも知れない。


 セヤの国王は、タラの王女をセヤの王太子妃に迎えることが、自分の予想よりもはるかに難しいのではないかと思うと同時に、ノワールの相手は、この王女以外には考えられないとも思い始めていた。


 ――お兄様が、「ヴィオラ姫は七歳の時点で既にとても淑やかで落ち着いていた。」って昔から煩いほどおっしゃるから、今頃はたいそう大人びて堅苦しい方になられているのでは…と思っていたけれど、可愛らしくて朗らかな方だわ。


 スィートピー王女は、一つ年上のヴィオラ王女が、兄から聞いて想像していたよりもずっとほんわかとして気取らない女性であったことを喜んだ。



「また、是非近いうちにお越しくださいね。次は私とお茶をご一緒に。」


 名残惜しそうに国王とスィートピー王女が退室すると、ノワールは「テラスに向かいましょう。」と腕を差し出した。


 宮殿においては、先日の学園の案内とは異なるのか…と、ヴィオラは怯んだ。


 だが、当然のようにエスコートするつもりのノワールの腕に、手をかけないわけにはいかず、心臓の煩さに耐えられなくなったヴィオラは、気持ちを落ち着ける為に意識を半分殺して『黄色の間』での事を考え始めた。


 ――国王陛下は、ずいぶん気さくなお方だったわ。

 ――スィートピー様はお顔の色があまりよろしくないけれど、思っていたよりもずっと快活なお人柄みたい。あの頃とは…ずいぶん印象が違うわ。


「アーノルド達が、ヴィオラ姫のお気に召せばと珍しい茶菓子を用意したようです

 。」

 いつの間にかテラスに到着し、ノワールにそう告げられたヴィオラは、美しい茶器と色とりどりの茶菓子に瞳を輝かせた。



 二人でテーブルにつき、お茶が淹れられると、少し緊張気味のヴィオラをリードするように、前回よりも随分落ち着いた雰囲気のノワールが会話を弾ませた。


「覚えていますか?昔、タラの国でもこうして二人でお茶を飲みましたね。あの時見たブルーベルの森は、とても美しかった。この時期になるとあの時の事をよく思い出します。あの森は、まだあのままですか?」

「…。まぁ、ノワール殿下。随分昔の事ですのによく…。ブルーベルの森はあの時のままですわ。そろそろ咲き始める頃ではないかと…。」


 ――ノワール殿下があの時のことを覚えていた!


 ヴィオラは嬉しくなり、緊張が少しほぐれるのを感じた。


「ブルーベルの森は確かにとても美しいが、セヤの桜も、きっと気に入って頂けると思います。後ほど観に行きませんか?」

 

 ヴィオラは笑顔で頷いた。


 努めて冷静に、今回のお茶会にのぞんだヴィオラであったが、『一回目』の思い出に残るセヤの城を観て、平静でいられるかだけはわからなかった。

 だが、今回降り立った車寄せも宮殿も初めての場所ばかりであったし、案内されたテラスからも城は見えなかった。



 庭園を案内されることになった時には、心にすみ一滴いってきこぼしたような不安がよぎったが、今は『一回目』ではなく『二回目』であり、「セヤの国との関係も、ノワールとの関係も前回とは違うのだ」と心のなかで何度も呟き、楽しい気分を途切れさせないように気を付けた。


 ――大丈夫。とにかく今は『一回目』ではないもの。何も心配するようなことはないはずだわ。


 テラスから美しい庭園を少し歩いたところに、大きな桜の木があり、それは見事に咲いていた。


「側近がうるさく注文した通り、今日に合わせて庭師が桜を満開にしたようです。」

 ノワールは真顔でそう言ってから、いたずらっぽく微笑んだ。

「ふふ。それは大変有り難く存じます。皆様のおかげで…夢のように見事ですわ。」


 ――ノワール殿下が冗談を言うなんて…。


 ヴィオラは春風のような気持ちよさを心に感じて、楽しい気持ちになった。


 ――大丈夫。私、とても楽しい気持ちでここに立てている。


 ノワールは、とても優しくて親切だし、セヤの宮殿の使用人も、王太子の側近も、初めてお会いした国王もスィートピー王女も皆、温かく迎えてくれた。


 これなら、今後もスィートピー王女と親しくなるために宮殿に訪れることが出来るだろう。

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