ヴィオラの学園生活
ヴィオラの学園生活は順調な滑り出しを見せた。
級友達は、入学式当日に思いがけず王太子が教室に現れた事に驚きはしたが、嬉しいハプニングを呼んだタラの王女ヴィオラと同じクラスであることを喜んでいた。
自国にはずいぶん前から王妃がおらず、スィートピー王女もまだ成人していない為に、王族の女性の振る舞いに馴染みのなかったセヤの貴族達にとって、
「王族の姫とはこうか。」
と思わせるヴィオラの美しい所作や、親しげで朗らかな言葉選び、そして全ての人に対し等しく向けられる温かさは、多くの貴族にとっても、入学前から扱いが難しいとされていた少数の高慢なご令嬢達にさえも「気品とは何か」を考え始めるきっかけを作り、敬うべき相手と認識された。
お手本とすべきヴィオラが、誰とでも仲良くなる穏やかな人物だった為、自然にクラスの雰囲気は和やかなものになっていた。
そんなわけで、入学式から十日あまり、ヴィオラは何不自由無く平穏に暮らすことができている。
一方の王太子と側近達は、焦れていた。
入学式から一週間経っても、ヴィオラがサロンを訪れることはなく、ノワールとヴィオラの初の面会は、
「殿下の不甲斐ない態度により失敗。」
と結論付けられ、自覚のあるノワール本人もすっかり落ち込んでいた。
だが、しょげていたはずのノワールは急に不可解な行動をとり始める。
側近達は、次の日から一年生の教室付近を意味もなくウロウロしようとするノワールを何度止めたかわからず、ノワールは特に策もないまま、ただヴィオラを観たいという理由で、時間が少しでもあけば一年生の教室を目指す。
他の誰よりもいいところを見せなければならないヴィオラに、これ以上距離を置かれると動きにくくなる側近達は、ヴィオラを目指して意味もなく教室付近をウロつき、策もなく声をかけようとする王太子の奇行を見逃すわけにはいかなかった。
他の生徒に「王太子の様子がおかしい」等と噂され、ヴィオラの耳に入るようなことになれば取り返しがつかない事態になる。
側近達はピリピリしながら王太子を監視していたが、何度か監視対象を取り逃がしていた。
もっとも、ヴィオラは休み時間も教室で級友と話していることが多いため、教室にまで入る勇気のない王太子は、側近を撒いてまで教室付近に辿り着いてもヴィオラと会話をすることは叶わず、いつでもキリッとした表情でウロつくだけだった。
「最近、王太子殿下がよく一年生の教室付近にいる。」
という噂は、ヴィオラの耳にも入っていた。
去年までの王太子の学園生活を知らないヴィオラは、上級生に兄弟がいる級友に
「大変珍しいこと」
として知らされたが、級友達が
「そりゃ、今年はヴィオラ姫がいらっしゃるから。王太子としても生徒会長としても見回りの頻度が高くなるのは当然。」
と納得している様子なので、特に不審には思っていなかった。
加えて、サロンでの面会中よいところがなかったと側近達に評価されたノワールだったが、実際には『成功』と言って差し支えないものだった。
ヴィオラは、一回目の記憶とあまりに違う印象のノワールに好感を抱いたのだ。
サロンでの会話中も、
「なんだか…、皆さま同い年のはずなのに、殿下が三人の兄に愛されながら厳しく教育されている末っ子みたいに見えるわ。」
と微笑ましく思い、
「入学式でスピーチなさっていた時には、どこか冷たい印象で、やはり会うのは少し怖いと思っていたけれど、お話してみると、失礼ながらとてもお可愛らしいお方だったわ。」
との結論に至った。
セヤの国において、ノワールの今現在の見た目と実績から、「可愛らしい」等と言う言葉を思い付くのは誰にとっても難しいが、ヴィオラは昔のまだあどけない頃のノワールしか知らないだけに、サロンで側近達に世話を焼かれながらモジモジするノワールを見て、時折あの頃よりも小さなノワール少年が目の前にいるような気持ちになっていたのだ。
結果、周囲の者にとっては時に冷徹で有無を言わさない威厳を持つノワールに対して、世界で唯一と言っていい感想を持ったのである。
ただ、ノワールがいくらお可愛らしくとも、相手は歴史ある大国の王太子。
そして、一回目には自分を徹底的に避けた人物だと言うことをヴィオラは忘れていなかった。
向こうから接触の機会が与えられれば、もちろん断るつもりはない。
大切な友好国の王族として誠意をもって接するが、不用意に近づくべき相手ではない。
あんなに素敵なんだからきっと学園中の女生徒が彼に憧れているに違いないが、兄と同じように、秋波を送るような女性に対して警戒や侮蔑的な感情があるかもしれない。
面会のあった日の夜、ヴィオラは小さくため息をついて、ノワールに思いのほか好印象を抱いた自分と、余計な期待や望みを持ちたくない自分との間で胸を痛めた。
自分の心に素直に向き合ってみれば、やはり今度こそはノワールと仲良くなりたかった。
自分は、ノワールに対して恋心を抱くようにできているのだ。
しかも私は、立場上彼と接点を持つ機会に恵まれている。
名前を呼ばれ、向かい合ってお茶を飲むことも、隣り合って何かに参加することも許される立場だ。
思わず期待してしまうような機会も多いに違いない。
でも、それは公務としてのもの。
そこを勘違いしないようにしなければ…。
――私は、恋がしたいんだもの…。
王女として甘えた考えなのはわかっているけれど、この留学中にスィートピー王女の毒殺を防ぐことを最優先事項として務めて、それから…思い付く限りの「やるべきこと」を済ませたら…、いつかは王族を離れたい。
タラの一国民として、国を支えていく何かを探して、愛する家族を持ちたい。
王族でなくなったからと言って、愛し愛される人が出来るかどうかなんてわからないけれど、ドキドキしながらデートに誘ったり、誘われたり…。
二人で街を歩いて、美味しいものを食べて、おしゃべりを楽しんで…。
恋人が私にアクセサリーを選んでくれたり、小さなプレゼントを贈り合ったり…。
王女として、政略結婚する覚悟が無いことは、甚だ甘えた考えであることはわかっているけれど…。
愛する相手に愛されて、家族として濃密な時間を過ごして…。
今度は、そんな人生にしたい…。
今、その相手がノワールだったらどんなに素敵か。と思っている自分が恐ろしい。
彼は、私が守るべきスィートピー王女の兄。それだけなのだ。
彼にとってはスィートピー王女が一番。
仲良くなれそうと思っても…、もし…仲良くなれても…。
さして関わりの無い今の段階で、私が前回と同じく彼に好意を抱いているように、彼もまた前回と同様に、そういった意味では私に関心が無いだろう。
私は友好国の王女という立場を忘れてはならない。
友好国の王族として、学園の後輩として、大切なスィートピー王女の友人候補としての距離感を保たなければ。
その中であれば…、公務といえども、そのひとときを楽しむことは許されるはず。
「そう。甘やかな時間ではなく、有益な時間として。」
「自分の立場を忘れないようにしなくては…。」
「でも…せっかく、前と違って少しは仲良くなれそうな立場なんだもの…。一分一秒を楽しむわ。」
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