お兄様はやっぱりスゴイ

「ヴィオラベル?」

「ヴィオラ…?」

「ヴィー?」

「ニャー」


 ハッとして、目を開けると、ルチェドラトとルルがこちらを見ていた。


「お兄様…。」

「大丈夫?」

「はい…。」

「身体はどう?辛くない?」

「少し怠い感じがしますが、大丈夫です。終わったのですか?」

「うん。終わったよ。まだそのままソファで休んでいるといいよ。」


 そうだ。ここは兄の部屋だ。


 二週間前、母とガゼボでお茶をした翌日、視察から帰って来た兄に自分の特殊能力を母に移すことは出来ないだろうかと相談した。


 兄に、「何故、母上に特殊能力を移したいのか」と聞かれたら、どう答えようか散々考えたが、どうしてもよい答えが用意できずにいた。

 でも、ありがたいことに兄はそれについては追及しなかった。


「複写なら出来ると思う…。でも、魔力も体力も相当持っていかれるよ。ヴィオラにはまだ無理じゃないかな…。この数日あまり食が進んでいなかったらしいし…。」


 母の毒殺について思い悩み、暑くてどうにも身体が怠いせいで、ここのところ冷たくて甘いものばかり食べていたヴィオラは、痛いところをつかれて一瞬怯んだが、果敢に話を戻した。


「複写?複写が出来るのですか?」

「うん…。」

「私からお母様にも複写出来ますか?」

「う~ん…。それは、ちょっと難しいかも知れない…。」

「それはっ…何故ですか!?」

「複写には技術がいるんだよ。ヴィオラはまだ知らないでしょ?お母様は…、たぶん習っても…。」


 ああ…、そうだ。

 お母様は魔力もそれほど多くないし、魔法が苦手なのだわ。

 お料理を温めるのも、よく習得出来たものだと皆が驚いている…。

 複写なんて難しそうな魔術を習得できるとは思えない。


 魔力が多くないお母様にそんな負担をかけて体調を崩されたら本末転倒だわ…。

「私…。私が複写の技術を学ぶのは…。」


「教えてもいいけど、まずは体調を整えないと…。そうだな…。バーモントの庭まで、休まずに歩いて行っても疲れないくらいの体力が出来たら…。」


 ――また体調の壁…。


 兄が十五歳になるまでに、間に合うだろうか。


 ガックリと萎れる妹の顎に、ルチェドラトは手を添えた。

「ヴィー。いいかい?僕が複写をするよ。ヴィーの力を僕が受け取って、僕がお母様に複写する。どう?」


「まぁ…!お兄様!」


 期待に満ちた瞳で自分を見る妹は「なんて可愛らしいのだろう。」と思いながら、ルチェドラトは優しく諭した。


「いい?複写はどちらも魔力体力を消耗する。だから、今日からきちんと食事をして、少し歩いて、よく眠って…。体調を整えるんだよ?僕がヴィオラの顔色がよくなったと思ったら複写する。お母様にも僕から説明しておくから。」


「お兄様は大丈夫なのですか?」


 兄の心配も忘れない妹に、嬉しさを隠せず、ルチェドラトは破顔しながら両手で妹の両頬を挟んだ。


「ああ、ヴィオラは可愛いなぁ。僕なら大丈夫。心配いらないよ。」


 急に頬をムギュと挟まれ、うまく話せなくなったヴィオラは、思わず兄の手を掴んだ。

「おにぃはまっ!」

「いいかい?ちゃんと食べるんだよ?」

「わかいまひた。」

「よし。」


 やっと解放された両頬を撫でながら、ヴィオラは心から安堵した。

 これで、お母様の毒殺は無くなる…。


「よかった…。」


 俯いて安堵のため息を漏らした妹の頭を、兄は優しく撫で、黒猫は長い尻尾を絡ませてきた。



 あれから毎日きちんと食事をして、冷たいものもなるべく控えて、無理をしないように歩いて、よく眠って…。

 やっと今日、兄のお許しが出たのだ。


 複写が終わってみると、私は何もせずソファに座っていただけなのに身体が怠いが、兄はなんともなさそうだ。

「お兄様にも薬草と毒草が色で見えるようになったかしら…。」

「うん。後で確かめる。ヴィオラはお昼寝した方がいいよ。お昼寝の後で体調がよければ一緒に裏庭に行こう。一緒に行った方が確認しやすいからね。」


「はい…。お兄様…本当にありがとう。」

「うん。ルルも助けてくれたみたいだよ。」

「まぁ…。ルルちゃん!ありがとう!」

 ルルは喉を鳴らしながら滑らかな手触りの尻尾を優雅に動かした。


 兄によると、ルルは魔力を持った猫らしい。

 兄と侍医、魔術師長が考察したところ、私が高熱を出すのは、「身体に見合わない大きい魔力を抱えきれなくなった時に一気に放出するためだろう。」とのことだった。


 加えて、幼い頃から火事が怖くて魔法も魔術も無駄に使わないように訓練したせいで、無意識に魔力の放出を抑えているらしく、より身体に負担がかかっているらしい。


 特殊能力が突然開花したのもそれが原因で、身体が成長して体調が整えば無意識に毒草が黒く見えてしまうことも無くなるはずとのことだ。


 そして、ここからは兄と私だけの秘密だが、兄いわく、ルルが来てから熱を出す頻度が少なくなったのにも理由があった。


 普段は私が無自覚に魔力を抑えているせいで吸い取る事が出来ないが、高熱を出したときには、抱えきれない魔力が一気に放出されるのをルルが吸い取って助けてくれ、それによって少しずつ身体と魔力量のバランスが取れてきたらしい。


 それでもまだ乱れる事があるが、ルルのおかげで熱が出ても引くのが早くなったのだ。


 それを聞いたとき、「毎日魔法をドシドシ使えばいいのではないかしら。」と思ったが、それにより魔力過多で熱を出すことは無くなるが、今度は体力が持たないだろうと説明された。


 とにかく今は、負の連鎖となる可能性が高いので身体の成長を待ちながら、少しずつ体力をつけるしかないらしかった。


「焦らず、じっくり身体を成長させるんだよ。高熱は辛いだろうけど、僕とルルがいるんだから出来るだけのことはするし、無理をしてはいけないよ?」


 兄だけでなく、この可愛い小さな黒猫も不思議な力で自分を助けてくれていたと知った時、「ルルは本当の意味で兄ルチェドラトの分身なのだ。」と幸せな気持ちに包まれた。



 今も、毛繕いをしながらヴィオラの隣で落ち着きはらっている黒猫を、ヴィオラは愛おしそうにそっと撫で、姿勢をただして兄に感謝を伝えた。


「お兄様。本当にありがとうございます。私に、お兄様のような素敵なお兄様がいてくださって本当によかった。」


 兄の助けによって、長年の心配ごとがまた一つなくなり、ヴィオラは心から安らいだ気持ちになっていた。


 ルチェドラトは、甘やかな笑顔でルルをどかし、妹の隣に座ると自身の額を妹の額にくっつけた。


「可愛いヴィオラベルが僕の妹だってことも、ヴィオラが僕を頼ってくれることも…、僕にとってこれ以上ない幸せなんだってこと知らなかったの?」


 兄と妹は仲睦まじく見つめ合っていたが、ルチェドラトによって乱暴にどかされたルルは、離れた場所から冷めた目で二人を観ていた。

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