ルチェドラトの功績

「ルチェドラト様、お調べしましたところ、こちらのかごは主に毒草でございます。ただし、抽出精製することにより薬となるものがいくつか含まれておりました。」


「そして、こちらは薬草やハーブでございます。タラにおいてはあまり使われていないものもございましたが、書物を見るとそのままでも食すことが出来るもの、また異国では庶民が煮出して薬がわりに使用しているものがあるとわかりました。」


 侍医長

 薬師長

 薬師長補佐

 薬園師長

 庭園師長


 五名が集められた城内の一室では、数日前ヴィオラによって黒と灰に分けられた草花の調査結果を、ルチェドラトに報告する会議が開かれていた。


 ここにいる者は皆、この調査の発端がヴィオラであるとは聞いておらず、あの時立ちあった者達も、ルチェドラトの箝口令かんこうれいに従っており、この件にヴィオラの名前を出すものはいない。


「そうか…。そのかごの草花は研究に役立ちそう?」


 ルチェドラトは全員を見て問いかけたが、それまで多くの重鎮を前に発言を控えていたもっさりとした髪型の薬師が元気よく答えた。


「はい。これだけキレイに分けられていると調査も捗りますし、かごの中の植物全てに色が見えますと俄然やる気がわいて参ります。同じ種類のものは抜き取って既に鉢に植えましたし、新しい薬剤の開発にも着手しております。」


 ワクワクした目でルチェドラトに感想を述べたのは、伯爵家の次男だと言うダッチェス・サーク。


 二十歳の若さでタラ国の『薬師長補佐』となっているこの青年は、十六歳で異国の薬師教育機関に学び、留学中その資格試験に史上最年少で合格した逸材だ。


 知識も豊富で温厚な人柄の為、その優秀さに舌を巻いた薬師長が自身の後任に推薦したほどだが、ひとたび研究に没頭すると何も見えなくなるらしく、何より研究が好物で、「研究に明け暮れることの許されない薬師長は絶対に嫌だ」と言って『薬師長補佐』と言う、偉いのか偉くないのかわからない役職を作らせた変わり者でもある。


「……。君は毒草と薬草を色によって見分けるらしいね…。」


 ルチェドラトは、ずいぶん前にその噂を耳にしていた事を思い出し、期待を込めて問うた。


「そうですね。いつもそうしているわけではないですが、そうする時もあります。今回は自分で集めてきたわけでもないのに、かご一杯の草花が少しも違わず同じ色をしていたので堪能しました。いったいどなたが…。」


 ルチェドラトは、ワクワクした大型犬のような六歳上の男を軽く手をあげて制した。


「引き続き、この件は調査を行うことにする。今後も持ち込まれた草花はそれぞれの分野に役立てて欲しい。侍医と庭園師は今回とくに収穫はなかった?」


「さようでございますな…草花の段階では…。お役に立てず申し訳ないことでございます。」


 侍医長は、穏やかな人柄を滲ませながら誠実に答えた。


「いや、いいんだ。時間を取らせてすまなかった。今後薬師の方で進展があれば連携を頼むとしよう。薬園師には今回新たに見つかった薬草の為の園の拡張を行ってもらうことになる。庭園師は、その際の連携を。では、また何かあれば知らせるのでよろしく頼む。今回見つかった草花は、薬師の管轄とし新たな薬剤の開発に役立てて欲しい。」


 一同は解散となったが、ルチェドラトは庭園師長を呼び止めた。


「そういえば、庭園に白い花だけが集められた一画が出来ていたね。ヴィオラがとても喜んでいた。濃い色合いを好む母と、淡い色や白い花が好きなヴィオラとの間で大変だろうが、これからは庭園茶会のシーズンだ。まずは母の好みが最優先だろうけど、出来るだけヴィオラの好む一画も作ってやって欲しい。」


 妹想いの王太子に、庭園師長の翁はニッコリと頷いた。


「かしこまりました。ブルーベル姫のお気に召すような庭作りを心がけましょう。」


 ルチェドラトは、ヴィオラを『ブルーベル姫』と呼んだ翁を見てニッと笑った。


 ルチェドラトは、数年前にブルーベルの群生地を観てから、毎年、花の時季には妹とブルーベルの森に行くのを楽しみにしており、妹の髪と瞳の色、そして妖精のような愛らしさから、時折ヴィオラを「ブルーベル姫」と呼ぶようになっていた。


 ヴィオラは、「ブルーベルを私の名前にして貰えるなんてとても嬉しい。」と照れながらも大いに喜んでいるので、兄は、妹を甘やかすような時には好んで「ブルーベル姫」と呼ぶ。


 妹を「ブルーベル姫」と呼ぶのは自分以外には許さないが、翁は特別だ。


 ヴィオラにとって翁は『外の世界』の恩師であり、翁にとってのヴィオラは、自身が丹精込めて作り上げた庭を、心から喜び愛してくれる孫のように大切な存在なのだ。


「ヴィオラ姫は身体が丈夫でない為に、外と言えば庭園しかない。」

 唯一の外出先である庭園を、ヴィオラの好むものにしてやることは翁にとって当然のことであった。


 王妃は、左右対称に美しく刈り込んだ植栽による庭園の全景と大輪の花を好む。

 だが、ヴィオラ姫は、可憐な花や草花が揺らめくような、作り込みすぎていないように見える庭を好む。


 ルチェドラトが視察先から妹に持ち帰ってくる小さな花を、ヴィオラが大事そうに庭園師たちに見せ、可愛い笑顔で「このお花が好む場所に植えて欲しいの。」と頼まれたのは一度や二度ではない。


 王宮庭園は国賓をもてなす際にも重要な為、国王と王妃の意向が優先されるが、プライベートな一画と、宮殿から徒歩二十分の日当たりのよい一画、この二ヶ所はヴィオラの好む樹木や花を揃えた野趣あふれる田舎風の庭が作られていた。


 二つの庭は、両親がヴィオラの誕生日のお祝いにと庭園師に作らせたものだが、どのような庭にするかは庭園師長の翁とルチェドラトの二人が長時間かけて考えた。


 プライベートな一画は、ヴィオラが部屋から出られない時にも、好みの花を愛でられるよう、また日々の日光浴を兼ねてそこでお茶を飲めるように作られており、王宮庭園外れの一画は、田舎に旅行に来たかのような気持ちになればと小さな家も作られ、そこへの小旅行を楽しむために、日々体力作りに励むヴィオラの歩数が少しでも増えればと願ってのものだった。


 小さな田舎風の家の周りは、果樹やハーブの枝葉が風に揺れ、近くで水が流れる音、鳥が気持ち良さそうに鳴き羽ばたく音が楽しめる。

 この、十歳の誕生日に贈られた、ゆったりとした時間が流れる風景画のような野趣あふれる小さな庭園の何もかもを、ヴィオラは心から愛していた。


 そんなヴィオラを心から愛しているルチェドラトと庭園師長の翁は、お互いにヴィオラの好む草花や樹木についての知識を語りあううちに、いつしか固い絆で結ばれていた。


 公の場ではさほど親密には話さない二人だが、今は親密な様子で見つめあっている。


 そうだ。そろそろブルーベルが咲いているか観に行ってみようかな…。

 そしてその森の近くに作られた、ヴィオラが「バーモントの庭」と呼ぶ庭について、翁と話し合うのも楽しそうだ。

 ヴィオラが、今度あそこで小さなお茶会を開きたいと言っていたから…。

 ルチェドラトは、このまま翁と二人で外れの庭園に行こうかと考えた。



「あの~。」


 ルチェドラトが振り向くと、この場に残るように薬師長から命じられたダッチェスが困り顔で立っていた。


「あ…。」


 そうだった。と思いながら、ルチェドラトが残念そうに翁を見ると、翁は、お見通しとでも言うように「また、いつでも…。」と笑って軽く頭を下げ部屋を出ていった。


「なんか…すみません…。」

 ダッチェスは申し訳なさそうに謝った。


「いや…悪かった。待たせて…。」

 ルチェドラトは、部屋にいるのがダッチェスだけだと確認すると、側近に新しいお茶を用意させ、彼を席に促した。


「これから話す内容は、くれぐれもここだけの話にして欲しい。」

「わかりました。」

 もっさりとした髪型のせいで不真面目そうに見えるが、ダッチェスは誠実な様子で請け合った。


「君は、毒草と薬草を色で見分けると言うことだが、その話を詳しく聞かせて欲しい。」


「はい…。」


 ――なんだ、その話か…。

 ダッチェスは軽い失望を覚えた。


 僕が毒草と薬草を色で見分けられると言う話は、これまでにも散々きかれて話してきた。

 でも、話したところで誰にも理解されないのだ。

 幼い頃には、変なことを言い出す子どもだと家族にも不審がられ、この力が毒草と薬草を見分けるのに役立つと知るまで本当に大変だった。


 薬師になるための学校でも、この力の事は隠し通した。


 僕が僕の努力によってこの力の使い方を掴んだのだから、薬師として力を発揮するためにこの力を利用することは僕の権利だ。


「君は、その豊富な知識とは別に、研究に役立つ力を持っているようだな…」

 そう、薬師長に見抜かれた時には驚きと共に不安を感じたが、彼は僕の力に敬意を払い、喜んでくれた。


 薬師長は自分がそうであったように、周囲の人もこの力を知れば僕の評価を高くすると考えたようだが、そうでないことを僕はよく知っていた。


 僕が見ている色を他の誰にも見せることは出来ない。


 証明するために力を使っても、僕の力を信じるどころか、

「薬師の知識があれば当然だ。」

 等と言われることもあるし、信じたとしても嫉妬されて妙な嫌味を言われることもある。


 もちろん、薬師の仕事において知識は当然必要だし、猛勉強の甲斐あって今では色で見分ける力など無くても十分通用するだけの見識はあるが、出来上がった薬が毒性の強いものかどうかを判断するのに、この力は大いに役に立っている。


 人は皆、この力のことを聞きたがるけれど、聞いたところで最終的にはよくわからないまま、信じるか信じないかを自分で判断して好きなように僕を評価する。


 信じて欲しいと思っていた時期もあったけれど、今はどうでもいいことだ。



 ダッチェスがごく簡単に説明すると、王太子は真剣な様子を崩さずに頷いた。


「うん。理解した。では、いくつか質問させて欲しい。答えたくなければそう言ってもらって構わない。」


「はい。あ、いえ…何でもどうぞ。」


 ダッチェスは、自分の簡単な説明を当然のように信じた王太子に少し驚いた。


「まず、その色は何色に見えている?」


「毒草は濃い青で、薬草は薄い青…水色でしょうか。」


「青…。それだと緑の草むらではなかなか判別が難しそうだな…。」


「そうですね。この力を使うのはなかなか疲れますので、ある程度あたりをつけて使うようにしていますが、春から夏にかけては草花も青々と繁っていますし、日差しの強い日等は判別に時間がかかります。」


「うん。力を使ようにすると言うことは、力を使ようにすることも出来ると言う認識で間違いないかな。」


「はい。長時間使うと魔力を相当持っていかれますし、普段の生活には必要無いので使わないようにしています。」


「使わないようにするには、どうしたらいいだろうか。」


「使わないように…と言うか、何もしなければ使えません。使うようにするには…。」


「いや…。」


「?」


「…。」


 それきり王太子は難しい顔をして黙ってしまった。


 ――魔力か…。では、ここからは魔術師の範疇だな。そういえば今日は魔術師長は呼ばなかった。呼んでおけば何かわかったかもしれない…。


 しばらくしてルチェドラトは、スッキリとした表情でダッチェスを見た。


「君に頼みがある。」


「はい…。」


「今回の調査だけでは、まだそうと断言出来ないが、僕の知っている者にもおそらく毒草と薬草を色で見分ける者がいる。」


「えっ!!」


「その者は、先ほどの二つのかごの植物を城の裏手にある茂みで見つけた。」


 ――城の裏手の茂みだって?


 そんな近くに、あれほど多くの薬草があっただなんて…。でも、あそこは…。


「うん。ヴィオラなんだ。」


「王女様…。」


「妹は、自分の目がおかしくなったと怯えている。」


 ダッチェスは頷いた。


 そうだよな…。王女様はまだ十歳だ。もともと身体が弱いらしいし、目までおかしくなったら…と不安にもなるよ。

 僕だってあの頃は本当に怖かった。

 誰も信じてくれなかったし…。

 あれ?そういえば僕も自分の意思とは関係無く、見えたり見えなかったりした時期があった…。


「ルチェドラト様…。すみません…。僕も昔は自分の意思とは関係無く色が見えたり見えなかったりした時期がありました…。どうやって見たいときにだけ見えるようになったのか…。思い出しますので…。」


「!」


 ルチェドラトは、黙った。


 ダッチェスは真剣に幼い日々を思い出してみたが、辛い日々の感情やその時言われた言葉が出てくるばかりで、記憶が曖昧だった。


「すみません…僕の場合、とても小さかったので…。」


「いや、いい。ゆっくり思い出してみてよ。君の話で希望が持てたし、ヴィオラの力が国の役に立つと知れば本人も喜ぶと思う。妹はまだ遠出することは出来ないけど、よければヴィオラが裏の茂みや森に散歩する際には同行してやって欲しい。あまり早く歩くことも長く歩くことも出来ないから、本当に散歩程度のものになるだろうけど、君が一緒なら生育場所や採取時期等も把握しながらが可能になるでしょ?それを可能な限り研究に役立てて欲しいんだ。薬の研究や開発が一朝一夕にはいかないことは理解しているけど、タラの国の発展のために、君とヴィオラの力は大いに役立つはずなんだ。もう少し調査が進んだら、父にも詳細を説明するつもりだから…。まだ先のことになるとは思うけど、タラにも薬学を学べる学校を作りたいと思っている。その為には、やはり実績が必要になるから…。」


「よく…わかりました。」


 ダッチェスは、この短時間に得た情報の多さに半ば混乱していたが、タラの未来の為に、薬学の発展の為に、ヴィオラ姫の為に、自分が必要だと言われた事を理解し感動していた。


 口調は柔らかいのに、この威厳、広い視野。


 ――この王太子は本当に十三歳か?


 王太子が、小さな頃から国内の隅々まで視察に行っているのは知っていたが、美しい容姿故かどちらかと言えば華奢で大人しい印象だった。


 タラの国が豊かになるような、このわずか数ヶ月の間のいくつもの功績は、表向きは国王の功績になっているが、息子の力があったからだと国王が重役に話しているらしいことを聞いたことはあった。


 貧しい民に仕事を与え、枯れた土地を豊かにし、短期間のうちにこの国の主食となった乾燥パスタやオリーブオイル、オリーブの実やトマトの瓶詰。

 それらが大量に作られる事になり、ガラス瓶が発展して保存の効く食べ物が増えた。同時にガラス工芸も盛んになった。

 薬剤も国が豊かになる前から開発に力を入れていたし、それについても、まだ王太子が幼い頃、「病弱な妹の為の薬を作りたい。」と開発に携わったとの噂だった…。


 いくら息子が優秀でも、それは親バカと言うものだろうと思っていたが、今は絶対に王太子の功績だろうとダッチェスは完全に信じ、誇らしく思った。


 そこまでの功績をあげながら、王太子はまだ国を豊かにする事を考えている。


 しかも、その為に自分が必要だと言われたのだ。


 ダッチェスは、まだあどけなさが残るこの立派な王太子の為にも、これまで以上に研究に力を入れることを決意した。


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