ヴィオラの魔法で熱々の食事
「ごちそうさまでした!」
「今日のお料理もどれも美味しかった。」
七歳のヴィオラと十歳のルチェドラトが楽しく笑いあうと、それを見た父は満足そうにニッと笑い、母も嬉しそうに微笑んだ。
「ヴィオラのお陰で、私たちの食生活も大分充実したな。」
父に褒められて、嬉しくなったヴィオラだが、少し前のことを思い出して赤くなりながら家族を見回した。
娘と目があった母は、そういえば…。と嬉しそうに話し出した。
「ベルちゃん。私もあなたの真似をして練習したのよ。なかなか上手くいかなくてお父様を心配させてしまったけれど、最近はほとんど成功よ。先日はお友だちとの昼餐会でやってみたの。少し肌寒い日だったからフォンダンショコラをデザートにお出ししたのだけれど、中からとろりと熱々のチョコレートが流れ出てね。皆さまとても喜ばれて、その後はやり方の講義をしたわ。フォンダンショコラの中のチョコレートをとろっと出せるなんて私も大したものでしょう?ああ、レオ。大丈夫よ。言葉で説明しただけで、練習はそれぞれご自身の家でなさっていただくことにしたから…。どうかご安心なさって。」
どうやら練習過程で失敗したらしい王妃は、夫を心配させないように急いで付け加えた。
「お母さま。さすがです。確かにフォンダンショコラは難しいから。」
ヴィオラがそう言うと母は嬉しそうに微笑み、父はホッとしたようだった。
今晩のメニューは、春野菜のサラダに、コンソメのスープ、白身魚のソテーと温野菜、そして二種類のパン。デザートにはラムレーズンのバニラアイスだった。
美味しいお料理を美味しく頂ける日々はとても幸せだ。
七歳の春を迎え、ヴィオラとしての二回目の人生をすっかり受け入れた私は、有り難いことに、幼い子どもの私と十七歳の頃の自分とがピッタリと上手くくっついているのを感じていた。
知識だけは年齢よりもかなり豊富にある。これは強みと言っていいし、この幼い口で話すとたどたどしくなることが多々あるので、妙に大人びた子どもだと思われる心配もなさそうだ。
十七歳の頃には難なく出来た事も、イメージ通りに身体が動くようになるには練習あるのみだが、その練習も頭の中で目標がハッキリしているので苦ではない。
『一回目』の私は、何でも人より早く出来たし誉めそやされたものだが、とにかく飽きっぽかった。
誉められるためにやっているだけで、目標を理解しておらず、少し出来るようになると興味がなくなってしまっていたのだ。
今は、周囲から努力家だと思われているらしく、自分でも小さな成功に喜べる事が嬉しいし、何より家族から褒められると幸せで仕方がない。
ただ、「魔法」は『一回目』では存在しなかったはずなのに、『二回目』の世界には普通に存在していた。
その練習は骨が折れた。
決して言い訳ではないが、ゲームの中にも、この世界の魔法については描かれていなかった。
でも、『二回目』の今、人々は魔力の大きさに違いはあれど普通に魔法を使っているし、王家は特に魔力が大きく、王女である私も大きな力があるらしかった。
最初はとにかく魔法と言うものに興奮したし、練習も頑張った。
でも、習う魔法は「いったいこれを何に使うのだろう」と思うようなものばかりで、習得しても使う機会はあまりなさそうだ。
例えば、指先から小さな灯火を出せたり、大きな炎を出せたりしても、「火事の元だ。」と思うばかりの私には魅力がなかった。
水も出せるし消火も可能だが、私の大きな魔力と拙い技術では、「寝ぼけて火の無いところに煙を立たせる危険があるだけ」、「少ない水で溺れ死ぬだけ」のような気がして使う気になれない。
恐ろしい目にあいたくない私は、「魔法を無意識に使わないように。」ということに焦点をあてて学ぶことにした。
暖炉に火をおこすのも、部屋のランプに火を灯すのも、洗濯物のシワ伸ばしに風をあてるのも、髪を乾かすのも、お湯を沸かすのも、お茶を温めておくのも…。
私の仕事ではないのだ。
むしろやったら叱られてしまう。
でも、お茶や料理を温めておく魔法はとてもいいと思う。私にピッタリだ。
最初はちょっと失敗したけれど、今では、料理を干からびさせずに美味しく温めることが出来る。
私は熱いものは熱いうちに口に入れたい。
それは『一回目』のヴィオラの頃からだ。
もしかしたら前世の記憶がどこかにあったのかも知れない。
きっとその頃も熱々の物が好きだったのではないかしら。
『一回目』は、それこそ言い出したら聞かない性格だったので、厨房で熱々の料理をつまみ食いしたり、自分で作ったりして随分叱られた。
『二回目』も、「出来たて熱々の料理」を食べるなど許されない身分に違いないが、今は、慎ましい王女としての振る舞いを損なわずに、練習の成果だといって誉められつつ温かいものを毎日いただくことが出来ているし、家族みんなに喜ばれてさえいる。
何しろ王宮内の遠い厨房で出来上がった料理は、毒味を経て、慇懃に運ばれて来る。
昼餐会、晩餐会ともなれば、それはもう大行列で運ばれるので、予め毒味をしたところで行列の数名で結託されれば運ぶ間に何があってもおかしくないような気がするが、料理を運ぶのは、身元の確かな見目麗しい子息達で、「ソースの一滴も溢さぬ覚悟」で運び、更に由緒正しい家柄の従者によっておかしな動きがないかしっかりと監視されているらしい。
国王である父の家臣の中で、特に信頼の厚いもの数名が日替わりで毒味役となるそうで、幼い私は、「そんな信頼の厚い家臣が、毒で亡くなってしまったらどうするのだろう。」と心配に思っているが、
『国王陛下の毒味役』
という言葉は、人々に重役として認識され、尊敬をもたらすらしく、本人達はこの役目を任されることに誇りを感じているらしい。
そういうわけで、私たちの口に入る頃には料理はすっかり冷めている。
よくて「ぬるい」程度なのだ。
家族は、この冷めた料理にすっかり慣れていたが、どうしても諦められなかった私はゆっくりと時間をかけて腕を磨き、料理の温め直しに成功した。
温め直すと一口に言っても、料理の鮮度を落とさぬように、火を通しすぎたようなものにしないようにするのはなかなか大変だった。
そして、私の食事だけ湯気がのぼっているのは怪しまれるだろうと、初めは家族のお皿全てにほんのり熱を加え、熱い方が美味しいものは徐々に熱々にしていった。
だがある日、実は猫舌だった父が舌を火傷した。
そしてそれはもう大騒ぎとなってしまった。
日々少しずつ湯気の立ち上るスープに慣れていった父は、まさか今日は特に熱々だとは思いもせず、舌に痛みを感じたのだ。
私は、思いもよらぬアクシデントと大騒ぎにしばらく呆然として何も言えなかった。
兄は薄々わかっていたらしい。
スッと席をたつと皆を落ち着かせ、場をおさめてから私に説明させた。
「ヴィオ…。君がお料理に何をしたのか説明してごらん。」
自分のしたことが原因だということはわかっているが、この場にいる誰よりも事態を飲み込めていなかった私は頭が真っ白になっていた。
優しい兄に促され、話しながら少しずつ何が起きたかを理解し始めた。
「私がお料理を熱々にしました…。お父様は…、舌を火傷してしまったのだと思います…。こんなことになってしまってごめんなさい。」
私は、涙がとまらなかった。
生まれてこのかた舌を火傷することなどなかった父と、何が起きたか理解できなかった母は、「よもや毒か。」と青ざめ、それが娘によるものと知らされて信じられない様子で苦しげに娘を見つめていた。
私はしゃくり上げながら何度も謝り、聞かれるままに料理を熱くした経緯を話した。
ようやく事態が飲み込めると、両親はホッとため息をもらしたが、その場にいた家臣達はまだ自身のクビを覚悟した恐怖から抜け出していなかった。
止まらない涙をどうすることも出来ず、無言でしゃくりあげながら半ばぼんやりと周囲を見た私は、自分の欲望を満たすために始めたことで家族と家臣を青ざめさせ、このような大事になることを全く予想もしていなかった稚拙さを恥じ、同時にとても情けなかった。
食事の時間をニコニコと楽しんでいた様子の妹が、すっかり小さくなって青ざめているのを見たルチェドラトは、妹の後ろにまわると小さな肩に優しく手を置いて味方であると示した。
「父上、母上、結果的にこのようなことになりましたが、ヴィオラはイタズラでこのようなことをしたわけではありません。ヴィオラ自身がそれを好むように、私たちにも美味しいものを食べさせたいとの気持ちからこのようなことをしたのです。私も薄々気がついておりましたのに、沈黙しておりました。何か罰をお与えになるなら私が代わりに受けます。」
両親は、どちらかと言えば気弱だと思っていたルチェドラトが、毅然とした態度で妹の
必死に笑いを堪えている妻をチラと目の端に入れてしまった国王は、真顔を保つことに苦労しながらも穏やかに答えた。
「いや、いい。今回のことは不問に付す。」
ルチェドラトは明らかにホッとした様子を見せたが、ヴィオラはぼんやりと青ざめたままだった。
娘の笑顔を取り戻したい国王は、優しく声をかけた。
「ヴィオラ、これからも温かい食事をしよう。私も火傷をしないように気を付ける。食事は温かい方が美味しいことがわかったからね。さぁ、ではこのスープをもう一度温めてごらん。すっかり冷めてしまったようだ。」
コクンと頷いたヴィオラは、静かに皆のスープを温めてみせた。
事も無げに四つの皿を温めた娘を見て、家族も家臣も驚いた。
これでは気がつかないはずだ。
魔力を使っていて、これほどまでに周囲に気配を感じさせないとは。
その夜、国王夫妻は夕食の出来事を思い出して大いに笑った。
「あなたったら、『私も火傷をしないように気を付ける。』なんて仰るんですもの。わたくし、笑いを堪えるのに苦労しましたわ。」
「私も自分で言っていて可笑しかった。だけど、ヴィオラのあの
「ええ。それは困りますわね。私たちもいつの間にか温かいお料理の美味しさに慣れてしまいましたもの。お食事が美味しいせいか、私最近とても体調がよろしいの。」
「うん。わかるよ。肉も魚も野菜もどれも美味しく感じる。君も顔色がいいし、楽しそうだ。ヴィオのおかげだな。それにしても…。ルチェドラトは心も身体もいつの間にか逞しくなった。そう言えば、これからはどんなに小さな事でもルチェドラトに相談するようにヴィオラに言っておいた。ルチェドラトなら必要に応じてこちらに報告もするだろうし、報告が必要かどうかの判断も出来るだろう。」
「ルチェは本当にベルちゃんが好きね。ベルの代わりに罰を受けるって言った時のあの子は本当に素晴らしかったわ。優しい子だとは思っていたけれど、あんなに勇気があるなんて!それに、ベルの魔法には驚いたわ…。きっと一生懸命練習したのね。私もやってみようかしら。」
ヴィオラの魔法を思い出し始めた国王は、妻の最後の方の言葉を聞き逃した。
聞こえていたら、後日「王妃が茶菓子を消し炭にした」だの、「皿から火が出てテーブルクロスに燃え移った」だのという報告を家臣から聞くこともなかったかも知れない。
普段はほんわかとしているが、時に驚くほど大胆な王妃は、実に大雑把に魔法を使うので、彼女が魔法を使う時には細心の注意とフォローが必要だった。
三度目の時には事前に王妃の魔力を感じた侍女達が、「またあの魔法を使う気だ!」と警戒し、こぞって水を出した為にいつも以上の大惨事となり、侍女長に報告せざるを得ない事態に発展した。
報告を受けた侍女長は、いつものように冷静ではあるが非常に険しい笑顔で
「陛下がお認めになったことに異を唱えるつもりはございませんが、連日恐ろしい目にあっている王妃付の侍女達が困っておりますので。」
と、「どうにか陛下のお耳に入れてほしい。」そして「出来ればやめさせてほしい。」と言う旨の、明らかな苦情を国王の側近に訴えた。
その日のうちに側近が困り顔で報告すると、国王は珍しく血の気が引くのを覚えた。
スプーン一杯のスープでの、自分のほんの火傷程度であんなに悄気ていた娘を、あの場で一緒に見ていたはずの妻は、知らぬ間にもう三度もテーブルに煙を出していたのだ。
かくして、王妃は愛する夫からかなり厳しく注意された後、夫が選んだ師によってみっちりと仕込まれた。
こうして、少しばかり騒動に見舞われたものの、王家の食卓は「熱いものは熱いうちに。」「冷たいものは冷たいうちに。」が習慣となり、今では国王でさえ、口にするものを好みの温度に上手に変えるようになっている。
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