遠い記憶の夢
ずいぶん遠い記憶になるけれど…。
あの頃、
「乙女ゲーム」だか「恋愛ゲーム」と言った類いのものらしく、プレイヤーが「攻略対象」と呼ばれるイケメンたちと、どんどん仲良くなり、甘い時間を過ごしつつ、そのイケメンたちを強くしていき、最終的にその中の一人を勇者として育て上げると、隣国で魔王が誕生する。
魔王は『金の魔王』『黒の魔王』のどちらかで、どちらの魔王が誕生するかは、聖女と勇者の育て方次第。
魔王との闘いは始めたらやり直しができず、勝つか負けるかの一回勝負。
負けると最初からやり直し。
勝つと魔王は王子に戻って聖女と結ばれてハッピーエンド。
魔王を出現させなくても十分楽しめるらしいが、出現する魔王の美しさは様々で、しばらくして好みの魔王を出現させるための攻略本も発売されたそうだ。
魔王人気に気をよくした運営会社は、今度は魔王育成ゲームを開発した。
金の王子か黒の王子どちらかを選んで、育成スタート。
ただ、魔王誕生の条件はあまり趣味がよいとは言えないもので物議を醸したが、所詮はゲーム。こちらもまた大人気となった。
元々の聖女育成ゲームも少しばかり仕様を変え、
『聖女』を育成したプレイヤー
『金の魔王』を育成したプレイヤー
『黒の魔王』を育成したプレイヤー
すべてがオンラインで対戦できるようになった。
『聖女』VS『聖女』だけは選べないが、それぞれのバトルポイントによって各プレイヤーはキャラクターをどんどん強くすることができる。
多く対戦してきた古参のプレイヤーが有利のように思われるが、そこは定期的に開催されるイベントや課金でも何とかなるらしく、かなりの儲けだそうで、運営会社は大きな本社ビルを建てたそうな。
オンラインでの対戦は、ある程度レベル別に振り分けされ相手を選べるらしいが、対戦相手のレベルは伏せられており、負ければポイントが全く入らない。
効率よくバトルポイントを稼ぐために、一人でいくつものアカウントを持ち、育てたいキャラクターとは別のキャラクターを程よいレベルまで育てて対戦させれば、本命の方をどんどん強くすることができる。
ランキング上位者を目指す者。
色んな魔王を楽しむために何度もやり直して多くの魔王を育てる者。
ただひたすらイケメンたちとのやり取りを楽しむ者。
楽しみ方は何通りもあり、それはもう大人気だそうだ。
物議を醸した魔王誕生の条件は、妹である王女の毒殺。
金の魔王と黒の魔王の誕生にはそれぞれ異なる条件があるが、いずれにせよ妹の殺害が絶対なのだ。
共通するのは、王子が十五歳でゲームスタート。
プレイヤーは、王宮で働く使用人達を駆使して王女の殺害を試みる。
殺害までに、殺害対象の妹との親密度を上げ、平行して王子の剣術、ダンス、勉学のレベルを上げておく。
王子のレベルを上げすぎると、様々な方法で王子が妹を守るので王女殺害が難しくなるが、難易度が上がる分王女を殺害できれば強い魔王が誕生する。
金の王子の場合には、王子が十五歳の一年間に王妃である母親を毒殺することで特別ルートに入るらしい。
通常ルートでの妹殺害の対象年は、王子が十六歳~十八歳までの三年間だが、王妃殺害によって妹殺害の対象年が二十歳までの五年間に延び、さらにその殺害方法が増える。
妹を殺害出来なくとも王子が二十一歳になった時に魔王が誕生するのだ。
難易度は高いが、ゲームスタートと同時に母をサクッと毒殺できれば、魔王誕生は確定。
魔王誕生ギリギリまで、妹との親密度や王子のレベルも上げることができ、豊富な選択肢で妹を殺害するチャンスが増える。
母と妹、両方殺害できればその時点での王子のレベルや妹との親密度にあった様々なレア衣装に身を包んだ魔王が誕生する。
年若い魔王も愛でるだけなら魅力的だが、年数ギリギリまでレベルや親密度を上げて誕生させた魔王は、衣装が豪華なだけでなくランキングでも通用するほど強い魔王となる。
一方、黒の魔王誕生の条件は妹王女の殺害のみ。
親密度アップやレベルアップは金の王子よりも容易だが、殺害対象期間は王子が十九歳の一年間のみとなっており、殺害方法も毒殺と限定されてる為に難易度が高い。
レア誕生はさらに難易度が高く、王子のレベルと妹との親密度を最大値まで上げる必要があるが、甘やかな妹との時間をかなり楽しめる。
私は、この物騒な大人気ゲームをやったことはない。
ただ、ゲームの人気が落ち着いて来た頃に発売された
『金の魔王と黒の魔王 完全攻略大辞典』
という攻略本を、何パターンもの魔王の美しい衣装に惹かれて入手し、愛読書にしていた。
そう…。
ゲームはやったことないのよ…。
「なるほど…。」
夢の中にいたはずが、先程から天蓋を見つめていたらしい私は、声にならない呟きを漏らす。
遠い記憶の夢をみるのはこれで何度目だろう。
六歳の夏、高熱に苦しみながら、初めてこの夢を見た。
六歳の私の頭では理解が追い付かず、初めはひたすら混乱したけれど、それから数ヶ月の間、高熱を出す度に夢を見て…。
少しずつイメージが繋がっていき、記憶もハッキリして来た。
でも…。
前世では確かに『金の魔王と黒の魔王 完全攻略大辞典』を読み込んでいたけれど、ゲームはしたことないのよ…。
「ヴィオ…。ヴィオラ…。起きたの?大丈夫?ああ…。まだ辛いね…。冷たいレモネードを持って来たけど飲めそう?」
冬の乾燥にやられたのか、昨日からの高熱でぼんやりと自室のベッドに横たわっていた私は、声をかけられるまで兄が傍らにいたことに気がつかなかった。
――ああ、お兄さま。また看病してくださっていたのね…。
身体は火のように熱く辛いが、何故か頭はスッキリと冴えている。
だが、頭が冴えていても言葉はうまく出てこない。
小さく頷いて、のそのそと起き上がろうとするが、その動きがよほど辛そうだったのだろう。
兄が抱き起こして背中に枕やクッションをいくつも入れてくれた。
「ありがとう」と言いたいが、思うように口が動かない。
気持ちが通じたのか兄が優しく頷いた。
「いいんだよ。さ、ゆっくり飲んでごらん。」
熱い喉に、冷たいレモネードが通るのが心地いい。
窓の外にはいつしか雪がチラつき、暖炉には赤々と火が燃え、そこにかけられた鍋から湯気が見える。
目を閉じて少しずつ飲み進め、満足したところで
「もういいの?また横になる?」
と、兄がグラスを受け取ってくれた。
再び横になり、兄に布団をかけ直してもらうと、私はまた目を閉じた。
初めてこの類いの夢を見た一年以上前の夏も、兄は優しく寄り添ってくれていた。
あの時も、高熱による頭痛と倦怠感に苦しみ、夢なのか現実なのかもわからない状況で、前世で流行っていたゲームの内容が時間をかけてとろとろと頭に流れ込んできた。
「なるほど、どうやら私は、あの恐ろしい魔王育成ゲームの世界に転生していたようだ。」
意外にもすんなり納得している自分がいた。
なぜなら、転生してから一回目の生を既に終えてしまっていることも理解したからだ。
ただ、一回目の時は、自分が転生者などとは露とも知らずに終わっていた。
巻き戻ったのか、二回目の生が新たに始まっていて、あの日に思い出したのかはわからないが、とにかく私は六歳になったばかりの王女ヴィオラ・ベル・タラだった。
あれから一年と少し。
七歳の冬を迎え、今もまだこうして高熱と遠い記憶の夢はセットになっている。
ヴィオラとしての『一回目。』
私は十七歳の時に殺害された。
その時の兄は二十歳。
ゲームの通りなら兄は魔王となったはずだ。
ああ、あの時セヤの国で二人を庇って刃を受けたりしなければ、それを阻止することが出来たかも知れないのに…。
いいえ、お母さまが殺されてしまった時点で、お兄さまが魔王になるのは確定してしまっていたんだ。
ゲームの通りなら…。
お兄さまが魔王となった時、金の国は魔王誕生時に起こる天災で滅んでしまったはずだ。
そして、ゲームの通りなら…。
兄はどこかの国の聖女に倒され、王子に戻って幸せに暮らすはず…。
でも、聖女に倒されて王子に戻ったお兄さまが、自国を滅ぼしたことを受け入れて幸せになれたかしら…。
私は黒の国にいたのだから、あの時殺されなければ、どうなったか見届けられたのかな…。
自分の死後のことをいくら考えてもわからないが、そう思うと必ず一回目の記憶が鮮明によみがえってくる。
私が十五歳の頃、この金の国タラが、飢饉に見舞われ、黒の国の援助を受けることになった。
同時に、私が十六歳になる年に黒の国に輿入れすることも決まった。
幼い頃に遊んで以来、私は黒の国の王子に強く惹かれて…。
いつも困ったように微笑んでいる穏やかで物静かなお兄さまと違って、黒の国の王子は活発でとても強かった。
お兄さまより一つ年下だけど、剣術はお兄さまより優れていたし、鋭い眼差しでリーダーシップがあった。
輿入れすることになったことが本当に嬉しかった。
でも…、幸せにはなれなかった。
黒の国セヤで暮らした一年間のうちに、自分がいかにお兄さまに大切にされていたか思い知ったわ。
思えば、私はよい王女でも妹でもなかった。
額に気持ちのよい冷たさを感じて目覚めると、お兄さまが心配そうに私を見ていた。
「ヴィオラ…?大丈夫?」
――あら、お兄さまがとても小さい…。
そうか…今は十歳なんだものね。夢のせいで頭が混乱しているのだわ。
「ヴィオ。見てごらん。雪が積もってきたよ。元気になったら一緒に雪だるまを作ろうね。」
今はわかる…。
お兄さまの優しさや愛情が。
いつも兄に困ったような表情をさせていたのは私だ。
兄は、いつもわがままな自分にさえも愛情を注ぎ、大切にしてくれていた。
いつでも優しく話を聞いてくれた。
困っていると
「どうしたの?」
と心配そうに訊ねてくれた。
ひどい意地悪を言っても、フと小さくため息を漏らすだけで、言い返したり、言いつけたりすることはなかった。
「そんな風に言ってはいけないよ。」
「そんな事をしてはいけないよ。」
優しく諭してくれる兄に対して、私は気にくわなければいつでもむくれて癇癪を起こした。
そうだ。お兄さまは、ほんの小さな事でも、褒めるときには盛大に褒めてくれた。
「ヴィオラベル!すごいじゃないか。素敵な王女様だ。」
黒の国に嫁いでからは誰にも相手にされず、優しいお兄さまが恋しくて仕方がなかった。
あんなに優しかったお兄さまに、自分がしてきた事はひどいものばかり。
今ならいい妹になれるのに!
そう思いながら、僅かばかり残っていた良心に従って行動した結果、毒の刃に命を落とすことになったのだ。
熱に苦しむ妹を放っておけず、どうしても自分が看病するのだと言って、今もこうして兄が自ら冷たい布で額を撫でてくれるのを
「ああ、とても気持ちがいい。」
と幸せな気持ちに包まれると同時に、どうしようもなく切ない気持ちが涙となって溢れた。
額にあてた冷たい布を瞬く間に熱くしながら涙を流す私を見て、兄が心配そうな表情を浮かべるのを申し訳なく思いながら、私はいつの間にかまた夢の中にいた。
「なんだろう…この禍々しい空の色は…。」
どうやら、自分が死んだ後の世界を見せられているらしかった。
私の死を知ったお兄様は、私の日記を手にしていた。
その日記を読みながら涙を流した彼は、金の国を滅ぼす雷とともに『金の魔王』となった。
『金の魔王』は、愛する金の国が滅んだ事を知ると、黒の国への怒りを更に強め、
「同じ苦しみを味わわせてやる。」
と、金の国から矢を放ち、遠い黒の国にいるスィートピー王女を黒の王子の目の前で殺してみせた。
黒の国のノワール王子は、絶命した妹の亡骸を抱きながら暗黒の瘴気を巻き起こし、自国を滅ぼして『黒の魔王』となる。
腕に抱いていた最愛の妹が黒い
そこには聖女の姿はなかった。
聖女と勇者が誕生してから、魔王が誕生するんじゃなかったのか?
終わることの無い魔王同士の戦い…。
「ダメダメダメダメ!」
夢の中で大声で叫び、ハッと目を覚ます。
レモネードを飲んでからどのくらいの時間が経ったのかしら…。
熱が下がったらしい感覚と、降り積もった雪で窓からの光がいつもより眩しく感じられた。
相変わらず暖炉の火は燃え盛り、そこにはひどく疲れた様子の兄が侍女に気遣われて座っていた。
「お兄さま…。」
自分が魔王候補の妹であることも、まだ七歳であることも、これからやるべき事も自覚し、ヴィオラ・ベル・タラはゆっくりと起き上がった。
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