『金の魔王と黒の魔王 完全攻略大辞典』の愛読者ですが、ゲームはやったことないんです。

のこもこ

タラ国の王子

 金の国と呼ばれるタラ国。


 王城に早春の朝日が当たり始めた頃、城から少し離れた宮殿の裏庭では、まだ幼さの残る九歳のルチェドラト王子が鋭い音を立て剣術の稽古をしていた。


 肩まである艶やかなはちみつ色の髪、涼しげなアメジストの瞳を縁取る長い睫毛まつげの美少年。

 タラ国の王子、ルチェドラト・カロス・タラは一時間ほど鋭い眼差まなざしで剣を振っていたが、ふと後方に位置するテラスの人影に気がついて、優しく微笑みながら近づいてきた。


「フフ…、おはよ。ヴィオラベル。早起きだね。寒くないの?」


 暖かそうな毛布にくるまりながら、テラスに置かれたソファにちょこんと腰を掛け、自身の剣の稽古が終わるのを侍女と待っていたらしい幼い妹は、まるで小熊こぐまのようで可笑しくも愛しい。


 ルチェドラトは妹がくるまっている毛布を丁寧に整えてやった。


 春になって間もない早朝はまだ肌寒く、タラの王女、ヴィオラ・ベル・タラの息が微かに白く見える。


「お兄さま…、おはよぅございます…。お稽古は終わったのですか?」


 ヴィオラは、話終えるとまたすぐに口にも毛布を覆い、パールがかった青紫の艶やかな前髪と、兄より深い紫色の眠たげな瞳だけを毛布から出した。


 この、なんともかわいらしく兄を見つめる三つ年下の妹は、ルチェドラトにとって何より愛しい存在だ。


「うん。終わったよ。着替えたら遊ぼうね」


 ヴィオラは嬉しそうにうなずくと、頭からかぶっている毛布をズルズルと引きずりながらソファからおりた。


「さぁ、ヴィオラ。部屋に戻ろう。また熱を出したら大変だ」


 兄は、毛布ごと妹を抱きかかえてやり、冷たくなったその鼻先に自分の頬をあてながら、幸せな気分を噛み締めた。



 ヴィオラは昨年の夏、六歳になったあたりから急激に自分に懐いてきた。


 それまでも、兄としてそれなりに妹を大切に思ってはいたが、ごく控えめに言ってもわがままで、自分の欲求を満たすためなら相手は誰だろうと構わずに振り回すばかりか、ひとたび機嫌を損ねるとギャン泣きする技を持っている妹に、どちらかと言えば手を焼くことのほうが多かった。


 だが夏頃から、妹は優しく思いやり深くなり、勉強するのもダンスのレッスンも、自分と一緒でないと気が済まないばかりか時々大人びたことを言うようになった。


 初めは戸惑っていたルチェドラトも、妹が自分のすることにいちいち感嘆し、自分と一緒にいさえすれば何でも一生懸命に取り組む見た目どおりの可愛らしい王女となった為、今では二人の時間がとても楽しみになっている。



 ルチェドラトは、苦手なことを苦手だと言いにくい性格だが、王子としての立場を自覚して生真面目に努力を重ねていた。


 その結果、称賛されても優秀が故にいつしか「出来て当たり前」という評価に変わっていることが、彼を無自覚に疲弊ひへいさせていた。


 だが今は、三つ年下の妹が周りを巻き込んで盛大に兄を褒めそやし、同時に兄の不得意なことを見逃さない。


 兄の不得意なことへの解決策を見出だす際のヴィオラは、驚くべきしつこさでルチェドラトの師を質問責めにするため、師弟は必要に迫られていつしか会話を多く持つようになった。


 教えるべきことだけ教え、習うべきことだけ習うと言う関係だったルチェドラトと師の距離は急激に近くなり、短期間のうちに強い絆が生まれていた。


 それまで、

「タラ国王子の義務として強く賢しくあらねばならぬ」

 と、多くのことに受動的に取り組み、人との付き合いも穏やかに淡々としたものだったルチェドラトであったが、小さなかわいい応援団長を得て、

「苦手なことを苦手だと口にしてもその後に少しずつ解決していけばいいのだ」

 と気が楽になっていた。


 努力することが楽になり、多方面において絆が生まれ、少しずつだが確実に全ての事に能動的に取り組むようになってきた。


 努力をした結果、全てが望むままに出来るようになるわけではないが、妹はその努力を褒めたたえるのだ。


 ルチェドラトにとって、こんなにいい応援団長はいなかった。


 これまでの王宮内において、真面目で優しく、もの静かなルチェドラト王子は、ギャン泣きを武器とするわがままな王女の個性に圧倒されて、ともすれば形式上敬われていると言った扱いだった。


 それがいつしか、王女の厄介なわがままがなくなり、王女による兄至上主義の生活が始まると、王宮の中はルチェドラトファンが増殖する事態になっていった。


 ここしばらく王女のギャン泣きを聞いたものはなく、王宮内は平穏そのもの。


 それどころか、

「ルチェドラト様のお役に立ちたい」

「ルチェドラト様を素晴らしい王子に」

 という、ワクワクとしたチーム感まで生まれ始めていた。


 美しい王子は、気性の激しいわがままな妹の兄として約六年間過ごして来た為に、控えめで穏やかな性格であることに変わりはなかったが、最近妹にそそのかされてファンサという技を覚えた。


「お兄様の笑顔には威力があると思うわ。無理してニコニコする必要はないけれど、誰かと話すときには笑顔を見せるだけできっと難しいことが難しくなくなると思うの。お兄様の笑顔には、妖精の加護みたいに周りの人を幸せにする力があるんだもの」


 優しいが感情を見せるのが得意ではなかったルチェドラトにとって、妹からの注文はなかなかに難題であったが、今では様々な笑顔を見せるようになった。


 今や王宮内において大人気のルチェドラトに笑顔を向けられれば、家臣は一日楽しく過ごせるような気持ちになり、にっこりと直接何かを頼まれれば、それが無理難題と思われるような事でも何とか力になりたいと全力で事にあたった。



 順調そのもののルチェドラト。

 彼の目下の心配事は、妹の体調だ。

 普段は顔色もよく元気そうにしているが、突然高熱を出し、少なくとも一週間は臥せってしまう。

 両親も使用人も、幼い王女が床に臥せることに心から心配しながらも、回数を重ねるうちに慣れてきた。

 だが、ルチェドラト本人は可愛い妹の辛そうな姿を見ることに全く慣れず、高熱を出したことがわかると重い気持ちになる。


「お兄さま…」


 幼い妹が、自分を呼んだ時、自分が近くにいないことなど考えられなかった。

 彼は、妹を失う恐怖と戦いながら、何とかしてやりたい一心で可能な限り看病することにしている。


 初めのうちは、

「病気がうつりでもしたら…」

「王子まで倒れては…」

 と、皆に止められたが、彼は聞く耳を持たなかった。


 幼いながらも病気や薬に関する書物を読み漁り、国の有識者に教えを乞い、相談や依頼を重ねた。

 だが、開発された解熱剤はどれも効かず、額を冷やして、少しばかり楽にしてやることしか出来ない。

 熱は二日ほどで引いていくが、恐ろしい高熱で消耗した体力が戻るのに時間がかかる。

 目が覚めた時に出来るだけ栄養を取らせる必要があるが、ヴィオラは元々食が細く、しばらく食べ物は受け付けない。


 いつしかルチェドラトは、ヴィオラの好む飲み物を把握し、熱が下がってからどのくらい経つと食事が出来るようになるか、ヴィオラが無理なく食べられるものもわかるようになっていた。


「ヴィオラは僕が守る」

 彼の心にはいつでもその想いがあった。








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