第12話 黄金の涙


「うわーさいっあく。」



その頃、家ではリビングにて鉢合わせしたカナトとトアが、立ち尽くしていた。


「あ、あの…」


「人間と二人きりとか…さいっあく。」


カナトは目を見開き、頭一つ分高い位置からトアを見下ろしもう一度、


大事なことを言った–






−−−






「俺こっち、遥希は?」


「俺ペットショップ!こないだトアが連れてってくれたから道わかるし先行くわ。」


穏やかな昼下がり、リオは遥希とふたりで街に降りてきていた。


「おけ、じゃ1時間後図書館前で」


「んー」


「目立つことすんじゃねーぞ」


「んー」


ぶらぶらと手を振りながら歩き去っていく遥希の背中を見つめる。


最初はあんなに嫌がっていた人間の街にも慣れた様子で溶け込んでいくその後ろ姿。


「まーわかんねぇよな…変わんねぇもんな。」


リオは苦笑いしながら独り言を呟き、自身も人ごみに紛れるように歩き始めた。


思い浮かぶのはトアが来てからの日々。最後に遥希の寂しそうな顔を見たのはいつだっただろう。


突然なんの準備も、覚悟もなく人間の俗世と切り離された遥希は、いつもと変わらずにこにこしながら、いつも寂しそうにしていた。


すらっと大きいその背格好に似合わず、いつもなにやら動物を拾ってきては一生懸命に世話をしている遥希を思い、ついぷっと口元が緩む。


それに比べて…と自身の生い立ちが一瞬浮かびそうになり、リオはぶるっと頭を振って気を取り直した。


図書館に行く道の途中、大きな通りを横切った時だった。


手作りのアクセサリーを売っているらしいワゴンが目に留まった。


-リオくん!背中、診せてください!!


怒ったような、拗ねたような顔で追いかけてくるトアの顔が一瞬浮かび、慌てて、首を振る。俺がアクセサリーなんて、気持ち悪いだろう。


しかしその気持ちとは反対に、目にはキラキラと輝く大小のアクセサリーが次から次へと飛び込んでくる。


大きな存在感のあるやつは似合わなそうだ。トアはそこまで主張の激しいタイプじゃないし…。


リオは一人頭の中で呟きながら、アクセサリーからどうしても目が離せずにいた。


触れれば簡単に千切れてしまいそうな、華奢なチェーンの先に光る球体のガラスの中の時計が目に留まる。さりげなく十字架のチャームが付いている。


「って…!」


一瞬でもプレゼントに、と思った自分自身に対して驚きを隠せない。


止まりそうだった足に意識を戻し、歩みを進める。そのまま通り過ぎ、目の前に見えてきた図書館に目を向ける、も。


「…っ…。くぅ~」


リオはぎこちない動きで、無言でワゴンの前まで戻った。


「こ、これください…!」


リオがお金を持った手をワゴンに置いた瞬間、ワゴンがガタン!と大きな音を立てた。


緊張のあまり勢いあまってワゴンをたたき割るところだったらしい。


「はい!ありがとうございます!プレゼント用にいたしますか?」


にこにこと愛想の良さそうな女性店員が嬉しそうに微笑んだ。


「は、はい?」


(いやいや、どうみても俺がつけるわけないだろ。でも、俺が、プレゼント…っつーのも、そっか。やっぱ、店員から見ても、おかしいのか。)


リオの頭はおかしな方向へと思考を始めた。


「リボンは何色にしましょうか?」


「あ、はい…。」


「あの、何色に?」


「あ…?えと…。」


彼女が何色が好きだなんて、考えたこともない。


困っていると、見かねたらしい女性店員さんが困ったように眉毛を下げて微笑みながら言った


「では、かわいく包装いたしますね?」


「あ、は、はい。」


硬直するリオをよそに、店員さんは手早くアクセサリーを箱に入れ、リボンをかけた。


赤いリボンが結ばれた小箱をみて、ものすごい勢いで後悔が押し寄せる。


今すぐ、いらない、と断ろう。とてもいい案が思い浮かび勢いよく目を上げるも、頭にわかりやすく?を浮かべる店員さんの笑顔を見て、その気持ちは波のように引いていった。


リオの頭はすでにいっぱいいっぱいになり、脳内の独り言は意味をなさなくなっていた。


「おまたせいたしまし…」


「あ、ありがとうございましたっ!」


リオは袋を受け取り、風のようにその場を去った。




ーーーー



「てか、なんでついてきたの?」


「特に、深い意味はありません」


そのころ、カナタと遠夜もまた街をうろついていた。


「…大体、心配しすぎなんだよ。」


「心配されている自覚はあるみたいですね」


横で静かに笑う遠夜を、はぁ、とため息交じりに見つめるカナタ。


「あの時は、たまたま人間が絡んできた。普段はそんなことしねーよ」


「そうだったんですね、でもよく我慢しましたね」


「言わなくてもわかってるからやってんだろ、めんどくせ」


ぷいっとそっぽを向くカナタ。


遠夜はなおものんびりと空を眺めている。


「ロザリオ、見つからないんですか?」


「…ん。」


「はぁ…。ではやっぱりあの人に新しいのを頼んでおきますね」


ふと浮かぶ懐かしい面影に、心がチクリと痛んだ。


また近々、彼女に会うことになるのだ。


気を抜けば、遠夜の心は深く深く、あの場所へと潜って行く。


溢れ出る想い出に溺れそうになり、慌てて現実の自分を探す。息ができなくなり、水中でもがくのと同じように天から差し込む光を探した。


次々浮かぶ顔は、今よりも少しばかりあどけない。


血まみれの和服。


小さな双子。


ペットの兎を追いかける後ろ姿。


いつも記憶を辿れば、現実に戻ることができる。


今は仲間がいるのだ。


「やっぱりカナトを置いてきたのはまずかったでしょうか…。」


「いーよ、あいついたら俺自由に買い物できねーもん。あいつ店員とか追い払うし。目立つし。」


「…同じ顔なんですけどね?」


遠夜は横でふてくされている双子の片割れを見つめ、微笑んだ。


「あんな金パと一緒にすんな。」


ポケットに手を突っ込んだカナタは、数舜考えたのち、一度立ち止まり、家の方向へと歩くのを変えた。


−–−



「うわーさいっあく。」


その頃、家ではリビングにて鉢合わせしたカナトとトアが立ち尽くしていた。


「あ、あの…」


「人間と二人きりとか…さいっあく」


カナトは目を見開き、頭一つ分高い位置からトアを見下ろしもう一度、大事なことを言った。


そう、人間と二人きり。


言い換えれば、カナトと二人きりなのだ。


金髪の間から覗く、黄金の瞳が冷たかった。


確かに、家にトアとカナトしかいないのは、最悪の組み合わせに違いはなかった。


それぞれ出かけていきたいタイミングが重なったリオ、遥希、カナタに対して、トアは夜ご飯をつくるから残ると申し出た。


カナタが出かけるのであれば、彼にべったりな双子のカナトも間違いなく行くだろうという読みはどうやら盛大に外れ、心配した遠夜がついていってしまった。


寝起きの格好のまま、乱れ放題のほぼ白に近い金髪をぐしゃっと掴みカナトは乱暴に手に持っていたクッションをソファーに投げた。


「うわー、」


カナトは冷たい目をしたままつかつかと歩み寄って、続ける。


「僕、人間と同じ空間にいるとか無理だから。」


「そんな…。」


天使のような顔をして悪魔のようなことを言う。


「さーてと、お風呂はいろ~っと!なんでみんなして僕のこと置いて行っちゃうわけ?ひどくない?ていうかメイドなら起こせよーつかえないっ。」


「…ごめんなさい。」


カナトは美しい瞳を歪ませてトアを一瞥して、部屋を出て行く。


「あ、人間!お風呂覗き見すんなよ?」


かと思えば、わっと振り返って、毛を逆立てた猫のようにこっちを威嚇する。


「し、しませんよっ!わ、私の名前はトアです!」


「ふん、呼ばないよっ!」



-バタン



「はぁ…っーー!もう!さーお料理つくろっと!もう吸血鬼がひれ伏すくらい、おいっしいやつ作りますねっ!」


閉じたドアの向こうに向かって叫ぶ。


「せいぜい頑張ってねー。まー無理だね!」


なんだかんだご丁寧に返事が返ってくる。


トアは気を取りなおして、キッチンへと向かった。


それから少し経った時だった。



「…っ、うわぁぁぁああっ!」


2階の部屋から、絶叫が聞こえた。



「かっ、カナト君!?」


手を止め、とっさに天井を見上げる。


「今、確かに、カナト君の声が…」


呼吸を止めて耳を澄ます。静まり返る屋敷。


「うっ…あぁぁっ…」


また呻くような、悲鳴が聞こえた。


「カナトくんっ!?」


トアは心拍数が上昇するのを感じながら、リビングを飛び出した。


「カナトくんっ、どうしたんですかっ!?」


「う…っ…あぁぁ…や……や、め…!」


階段を駆け上がり、声を頼りに部屋の扉に駆け寄る。


何度も叩いても、ドアノブを押しても、内側から鍵がかけられ、扉が開く気配がしない。


「カナト君!?大丈夫ですか!?開けてください!!!」


「うっ…っ…!…あ”ぁぁっ…!!!」


カナトはそこに居るのに、返事がない。


部屋から断続的に聞こえる苦しそうな絶叫に、焦りは最高潮に達し、トアはどうしたらいいか考える間もなく、扉に体当たりした。


「カナト君!しっかりしてください!」


普段のカナトからは想像もできないような生々しい絶叫。


ぶつかってもぶつかっても、扉はびくともしない。


中から聞こえてくる声はだんだんと掠れ、弱々しくなっている。


「カナト君!今行きますからっ、しっかり!」


「……はぁ……っ……はぁっ…カナタ…だれ…か…」


声にはもうすでに力はなく、上の空で呟く声がする。


絶えず聞こえてくるのは流れ続けるシャワーの音。



「まさか…!カナト君!水に!?」


吸血鬼は、決して不死身じゃないとリオが言っていたことを思い出す。


それに連動して、初めて会った日、カナタが吸血鬼は水が弱点だと言っていた風景が頭に浮かぶ。


(危なくなったら、水の中に逃げろ)


グラスに入った水をゆっくりと持ち上げる腕。


(大量の水をかけられて、下手をすれば死んでいたんですよ)


遠夜の澄んだ声がこだまする。


-カナト君たちは水に長く当たれば死んでしまう。


「でも、どうして…!」


トアは息を切らしたまま、目の前の立派な金細工が施されているひと際大きな扉を見つめる。


この空き部屋は、通称「命の水」が出るシャワーがある部屋だ…。


みんな交代で毎晩ここのシャワールームを使っているはずだった。


この部屋の水だけは、安全なはずだった。


「カナトくんっ!水から離れてくださいっ!」


扉越しに叫ぶと、トアは無我夢中で右隣の部屋に飛び込んだ。


窓際まで駆け寄り、窓を開け放す。身を乗り出し下をのぞけば、


かなりの高さがある。それでも…


窓を伝えば隣の部屋に入れるかもしれない。


部屋にあった重たい花瓶を持ち上げ窓枠に置き、自分自身も窓枠に足をかけ一気に体を持ち上げる。


幸いにも窓は大きく、トアが窓枠に立ち上がっても頭が枠につかえることはない。


そのまま、左手で壁につかまり、右手に花瓶を持つ。

半分体を外に乗り出すようにして、振り子の原理を使い、大きく引いた後、カナトがいる部屋の窓ガラスに向かって、花瓶を投げた−



-バリィィン!!!!



もの凄い破壊音が鳴り、窓ガラスが飛び散った。


それはスローモーションのように花瓶の色ガラスと、窓のガラスがぶつかり合い、砕け、混ざり合う。


破片は様々な方向から力を加えられ、それらの幾つかは跳ね返り、こちらにも容赦なく降りかかった。


とっさに目を閉じ、降りかかる破片をやり過ごした。


頬や顔を庇った手に、熱い痛みを感じた。


それでも花瓶は窓を突き破り、空気を切り裂き、トアとカナトの世界を繋いだ。



降り注ぐ水の中、カナトの意識は薄れつつあった。


ガラス張りのシャワールームの中で、突然吹き出した水を止めることもできず、 扉を壊すこともできず、全身の痛みに耐えられずに崩れ落ちた。


腕や足に力が入らない。力も使えない。


ーこんな狭いガラスの箱に閉じ込められて、僕は死ぬの?


そして扉は何かの魔力で固く閉ざされ、開けることができない。


ーこんな小さな箱の中で僕はひとりで死ぬの?


悔しさと怒りが一度に押し寄せた。


「…かな………ちゃん……ごめん…ね…」


口から零れ落ちる謝罪の言葉は自分の無力さに対してで。双子の片割れであり、最愛の存在であるカナタに頼りきりの、小さい頃の自分と今の自分がどうしても重なってしまうから。


「……なかっ…た……」


歯を食いしばって痛みに耐える。


自然と言葉が口から零れた。


もう限界は近かった。


降り注ぐ水に混じって、頬を涙が伝った。


「…ぼくは…なに…も…… 」


何も、変わっていなかった−


嫌っていた人間の世界の中で、自分の殻に閉じ籠り、頑なにカナタ以外の他者を拒み続けた。


−そんな僕がガラスの中、ひとりで外を見つめながら、外に出たがりながら死ぬなんて、なんておかしな話なんだろう。


泣きながら皮肉な笑いが溢れた。


「…けど…やっぱ…死にたく…ない…な…」


悔しくて、虚しくて。カナトは力なく拳でガラスの扉を叩く。


生きることに執着したその目が、虚に変わりゆく。


諦めかけたその瞬間、シャワーの音に混じって、世界を壊す音が聞こえた。





つづく

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