第10話 惹き逢うチカラ

「うわ、人間って結構かしこいなぁ~これめっちゃ面白いよ!?」


「カナトくん…それって誉めてますか?」


「誉めてる誉めてる!ていうか人間!馴れ馴れしく名前呼ばないでよねっ。吸血鬼様とでもーあっ、カナ!だめっ!」


今朝は双子が珍しく早起きをして、トアが買ってきたテレビゲームで遊んでいる。しかし既にコントローラーが2個ほど大破して使えなくなっている。


1つカナトが振った拍子に吹っ飛んで、もう1つは負けたカナタが怒って握りつぶした。要は2個とも、双子が壊した。


「皆さんでやればいいと思って買って来たんですけど…。コントローラー多めに買ってきてみて正解でした。」


苦笑いを浮かべて、成り行きを見守っていたトアは、残り4つとなってしまったコントローラーの在庫を数えた。


「なんでゲームだったの?トアってゲーマー?」


リオが楽しむ双子を眺めながら問いかける。


「い、いえ、暇だから5万やるからなにか面白いものを買ってこいって、カナトくんが…。」


「あぁーそーいう。」


苦笑いが顔に張り付くリオ。対して、見向きもせずに画面にかじりつく双子。


「あたーっっく!でぇい!くらえ!」


「負けるかっ!」


周囲をを綺麗においてけぼりにしている双子は、仮想ワールドのなかで生き生きとはしゃいでいた。


「リオなんとかしろ!カナトが!邪魔してくる!」


珍しく興奮気味のカナタが画面に食いついたまま、ものすごい焦りの表情を浮かべている。


対してカナトは、ただ画面を見てゲームをしているだけで特別邪魔する様子は見受けられないが、


「カナト、大人げないぞ!」


「はっ、そんな証拠どこにもないじゃないですか」


カナトはにやーっと悪そうに笑うと、リオに向かって飛び切り可愛らしくウインクを飛ばした。


「こ、コイツ…。」


呆れるリオを飛び越えて、遠夜がトアにのんびりと話しかける。


「僕はぞんびを倒すげーむがやりたいです。トアさん次の買い出しのときは、お願いしますね。」


お人好しな笑みを浮かべて画面を眺めている。


「えー?遠夜が一緒に行って買ってくればいいじゃ」


その遥希の言葉を聞くや否や、遠夜は無言で、食べかけだったサンドイッチを遥希の口に詰め込んだ。


「僕は外に出たくありません。」


プイと顔を背け雑誌へと目を落としてしまう。


「皆さん、引籠ってちゃだめですよ!今度買いに行きましょう!」


トアが明るくそう提案すると、


「それは…。1ヶ月後でいいです。」


急に元気のなくなった遠夜は蚊の鳴くような声で答えた。

もちゃもちゃとサンドイッチを咀嚼して飲み込むと、遥希がどん!と遠夜の背中を叩く。


「んっ。そんなこと言わないの!トアーみんなをひっぱりだせぇ~!」


その衝撃の強さに、遠夜の髪の毛は後ろから前へと勢いよく逆立った。


「痛い…。」


「遥希さんとはあまり行きたくありません。」


トアが冗談ぽく肩をすくめて見せれば、遠夜がぷっと吹き出す。


「ええっ!なんで!?ねぇ、なんでなの!?」


涙目になる遥希を見てクスクス笑いあう。

今日はなんだか朝から騒がしく、楽しい時間が流れていた。


心なしか会話が多く、各々部屋に散っていくはずの時間帯になっても、リビングには笑い声が溢れていた。


「あ、俺、今から図書館行ってくるけど、行くヤツいる?」


しばらくゲームに気を取られていると、奥の自室から、リオがジャケットに着替えて現れた。対する4人はパジャマ同然の格好。


そして一番悪いのは誰も聞いてないことだった。


「あ、あの…」


その時、4人はロボットを駆り、戦場をかけぬけている真っ最中だった。


どんどんボタンを押す力が強くなっていて、コントローラーがいつ壊れるのか気が気じゃない。


「枢木遠夜、目標を撃破します。」


「枢木カナト、目標をボッコボコにします♪」


どうやらチームを組んでいるらしい2名が、コントローラーを構えて鋭い目で画面を睨む。


「や、遠夜、やめてよ!怖い!その冷静な声で言われると怖いから!」


泣きべそを書きながら画面に食いつきながら必死に叫ぶ遥希。


「負けねぇ。」


カナタは静かに闘志を燃やし、迎撃体制に入った。


息もつけない攻防が画面のなかで繰り広げられている。4人の目は一瞬たりとも画面から逸らされることはなく、言葉のみが交わされていた。


「え、これ俺無視されてんの?」


リオはぽかんとして、トアの方を見た。気まず過ぎて目を合わせることができない。


引きこもりの彼らにゲームを買い与えたのはまずかったのだろうか。


「すごい屈辱…」


画面を見つめるリオは顔こそ笑顔だが、プルプルと心なしか震えている。かける言葉もみつからない。


「あの、私暇です…よかったら一緒に連れていってもらえませんか?」


困ったように笑えば、リオは一瞬びっくりした表情を浮かべたが、


「よっしゃ。今日は俺がトアと町に出かけるからな!行きたいっていっても、連れていかねーよ。」


ムキになったのか、リオがあたかもふたりきりで行く予定だったかのように、笑顔で言い放った。


「…りーちゃんが…?」


カナトが無表情のまま、コントローラーの一時停止ボタンを押した。しばらく考え込む4人。


「リオ、ぞんびのゲーム、頼みました。」


遠夜はぱっと顔を上げ、さわやかに手を振った。


「僕たちお金ならあるし、もう全部買い占めちゃってもいいんじゃなーい?10年はいける!りーちゃん人間にあと50万くらい渡しといて!」


画面から目を離しさえしないカナト。


何やら細かい設定をいじっているようだ。


「じゃ、よっろしく~よっしゃ次は宇宙のステージにしよっ!」


あの優しい遥希がリオのことを見向きもしない。


「…じゃあな、頑張れよ。」


最後に、4人の総意を感じたらしいカナタが画面を見つめたまま、手を振った。


「なっ…!」


4人からのいってらっしゃいに代わる一言は、リオの戦意を喪失させるには十分だった。


お屋敷を出て、とぼとぼ歩きだしたリオをとりあえず追いかける。


「リオさん、元気、出してください…」


「…あの引き篭もり集団め…」


「き、きっとそのうち飽きますよ~」


「ま、いいよ。てか、この組み合わせ、初だね」


リオは照れたように小さく笑った。


「そ、そう言われてみると…!なんだか楽しみですね!リオさんは一番常識人って感じですもんね。人間の街にも慣れてそう。今日は私も無事ですみそうです!」


トアが無邪気に笑うと、


「そ、そうかな…。ま、そうだろうな。」


リオは複雑そうな表情を浮かべ、しばらく考えたのち頷いた。


いつもの道をしばらく歩いていけば、図書館が見えてきた。


古くて立派な建物は、近づくにつれて首が痛くなるほどの巨大さを誇る図書館だった。


今度こそきっと重要文化財か歴史的建造物に違いない。


敷地内には有名な彫刻家のオブジェや、噴水があり、春の日差しにきらめく水の周りで、子供達や犬が走り回って遊んでいた。


重たい扉を押し開けると、外気よりもひんやりとした空気に混じり、古い本の香りが漂ってくる。


壁に沿うように立っているのは、制服を纏ったガードマン。入り口には本を司る天使の石像が、来館者たちを見下ろすように立っている。


一歩中に足を踏み入れると、気が遠くなるくらい高い天井いっぱいに、本が所狭しと並んでいた。


入り口の広場から1階と2階の本棚が一度に見渡せるようになっているからだろうか、一面が本の壁に見える。


「俺さ、ここ好きなんだ。退屈しないし、」


リオは早速本を見ながら、言葉を続ける。


こつん、こつん。リオの靴が床を打つ音が、広いドーム型の天井に響いた。


「ほら、俺が一番街に来るでしょ?あれはだいたい仕事かここ。」


「なるほど…お仕事もしてるんですか?」


「ま、まぁ、暇つぶし程度に。ここの棚は全部読んだな。」


次いこ。と独り言を言ってリオは歩いて行った。


「ぜ、全部…。」


見上げれば、やはり首が痛くなるほどの本の壁。言葉通り行けば、この膨大な量の本を全て読み終えた、という事になる。


やっぱり人間とは生きる時間が違うのだと思い知らされる。


とりあえずトアは再び後をついていく。


「俺、第一印象悪かったでしょ、ほら出会いが最悪ってやつ。」


本を見ながら話を小声で話を続けるリオに突然先日の事件のような掠れた声で話しかけられたトアは、少し熱の上がった肌を無意識にパタパタと仰ぎながら、同じように本棚に視線を這わせる。


「ま…!まぁ、ちょっとだらしない感じでしたもんね。」


「いや、それはちょっとはっきり言いすぎ…。でもさ。」


お、これ面白そう!そう言ってリオは一冊の本を取り出した。


「俺は、トアが家に来てくれて良かったと思ってるけどな…今のところは。」


本に目を通しながら、リオは続ける。


綺麗な横顔にぱさりとかかった前髪を無意識に耳にかける仕草が、妙に色っぽかった。


吸血鬼の皆は、総じて少し、髪が伸びている。


「みんな、少しずつだけどなんか、変わってきたんだよな…。みんな人間より長く生きてんのに、たった数ヶ月でこんなに変わるなんてなんか恥ずかしい話だけどな…」


「リオさん…。」


リオは手に取った小説をパタンとたたみ、本棚へと戻した。


俺やっぱ恋愛小説苦手だー。そう愚痴をこぼしながら、恋愛小説コーナーを後にした。


「…、…俺も、変われてんのかな。」


リオは、一瞬切なそうに笑うと、んーと小声で伸びをしながら隣の棚へと歩いて行く。


すぐに周囲の風景に溶け込んでしまうので、見失わないよう慌てて探す。その後ろ姿は、周りの人間とまったくと言っていいほどに、なんら変わらない。


歳をとらずに流れゆく時代を生きるということは、一体どんな感覚なのだろう、とトアは想像できないくらい長い時に思いを馳せた。


大体のお屋敷の管理や、電気ガス水道に至るまで、人間の社会とのやり取り、外の世界とのやりとりをしているのはリオだった。人間の世界を近くに感じながら、リオは何を感じて生きてきたのだろう。


屋敷の中での生活の仕方も、物のありかも、教えてくれたのはリオだったと思い出す。


お給料を払ってくれているのも、どうやら彼のようだ。


「みなさん、そんなに変わったって感じは、しませんけどね…?」


トアが問い掛けると、リオは肩を竦めて笑った。


「えぇ?まず会話が多くなったでしょ?それにカナタが笑うしー、遠夜がしゃべる、遥希が寂しくなさそう、カナトは、まぁ、相変わらずだけど…食事も割とみんなでするようになったし…」


俺は、時間の流れが早くなったかな。そう呟いてリオは苦笑いした。


「全部なんだか普通のことのような気がします…。」


トアが不思議そうに返せば、リオは遠くを見ながら答えた。


「そ。普通のことが、普通じゃない。俺たちはみんなそう。」


「普通じゃ…ない?」


「…話せば長くなるから、また今度な。」


そう言って綺麗に微笑まれる。


その微笑みに、小さく、それでも確かに、秘密を知られたくないという意思を感じてしまった。ズキンと胸が痛むけれど、身勝手な詮索はやめると心に誓ったのだ。


リオが近くの椅子に腰かける。歓談可能なエリアに入ったこともあり、リオの声は少しだけ大きくなった。


「トアは本読まねーの?」


「あ、あ…じゃあ私も本ちょっと見てきます!そこの机に持っていきますから、待っててください。」


リオの話を聞いていて、トアには不意に閃いたことがあった。



「『コウモリ大百科』・・・『吸血鬼伝説』、あと、何コレ『魔女になるために』え、なんの?ってか誰が何のために読む?『呪われた井戸…不死身の吸血鬼伝説…』ホラーじゃん。『バッドマン』もはやヒーロー。コウモリを飼おう!名水百選、緑黄色野菜の食べ方、果物のここがオイシイ!・・・・・・はぁ?・・・まだあるし。」


リオが、1つずつ本をつまみあげて、音読していく。対して、ちゃんと目当ての本が見つかり、満足げな笑みを浮かべるトア。


「私も、みなさんのこと、ちゃんと勉強しなきゃと思って!」


その満面の笑みを見て、顔をひきつらせているリオは続ける。


「あのなぁ…その心構えはいいけど、これ、みて?『コウモリを飼おう!』とかどう見てもおかしいでしょ?なに、俺らってコウモリなわけ?」


「い、いや、それは・・・なんか、参考になればと思って…。」


「やっぱり参考にしようとしてるわけだ。」


「まぁ、はい。」


睨みを効かせるリオ。笑顔でかわすトア。


「俺らはゾンビでもなければ、不死身でもねーの。弱点突かれれば簡単に死ぬし、基本的には人間よりちょっと身体能力が上ってくらいか。」


「あ、ではコウモリに変身は「できねぇよ。」…ですよね、よかったです。」


半ギレのリオは引きつった笑顔を顔に貼り付け、トアを小突いた。


「意味わかんねぇ。なんだよ『魔女になるために』って。どうみても幼稚園児向けだろ、これ。」


「細かいことは気にしないでください!ふふふ…」


「ふふふじゃねーよ。なんか遠夜に似てるな…いや、もとからそういうキャラだったのか、トアって。」


「あ、私は用事、済みましたけど…リオさんは?」


「聞いてねぇし。俺ももういいよ。帰ろっか。」



リオ呆れたように笑うと、本をカウンターへと運ぶために重ね始めた。


その時、トアの身長をはるかに超える本棚の一番上の段。


分厚くて、ごわごわした背表紙の小さな本が目に飛び込んできた。


その本は、まるで吸い寄せられるかのように、トアの目に映ったのだ。


「リオさん。あ、あれ・・・あれも借ります。待っててもらえますか?」


「あぁ…いいけど…」



―スルスル



トアは本棚用の梯子を引きずってきて、よじ登り始めた。


何の本かはわからない。でも手に取りたいと、不思議な衝動がトアを突き動かした。


「あぁ、気をつけてよ?トアって、ふらふらしてるし・・・」


「大丈夫です!よし、届きそう…」


本の背表紙にはうっすらと埃がついていて、文字が読めない。


たぶん埃がなくても、読むことはできないであろう、難しい異国の文字が書かれているようだった。


「よし…!」


手を伸ばして、本を掴んだ。


その刹那。


「うっ……!」


トアの体に衝撃が走った。とっさに目を閉じる。

脳に直接響くような、耳鳴りの音が響く。

目を開けると、本棚が歪み、左右に揺れていた。


「きゃぁぁぁ!」


「っ…!おい、トア!」


リオの声に我に返った時にはもう完全に体が傾いていた。


トアは高い梯子の上で、バランスを崩し、落ちた―


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