第5話 忘れないで

―バーン!


その瞬間、ドアを鍵もろともをぶち壊して、カナタが部屋に飛び込んできた。


瞳孔が開いたアメジストは爛々と光り、部屋の中心にいる人物を素早く捉える。


「トアっ!大丈夫か!?」


「う、うん…!た、ただの事故だよ!それに今の悲鳴はこの人の…」


トアは呆気にとられつつもベッドの上で動揺しているその人を目で指した。赤くなった顔を隠すように、シーツを上まで引っ張り上げる。


「リオ…!?何してるお前っっ!!」


言うが早いかカナタが飛び掛かろうとしたところに、遠夜と遥希が入ってきて間一髪その肩を捕まえた。


「カナタ君待ってください…」


「トアの悲鳴じゃないことくらいはわかるけどさ…」


その瞬間声の主と目があったらしく、非常に気まずい沈黙ののち、刺さるような視線が注がれる。


声の主は腕に抱いた枕でなぜか上半身前面を隠し、シーツのドレープを全て綺麗に巻き取り、ベッドの背もたれに背中をつけて震えている。どうやらそれ以上下がることができなかったらしい。


「ちょっと!カナに乱暴しないでっ!」


最後にカナトが走ってきて、カナタの肩から、遠夜と遥希の腕を振り払った。


「ていうかなんで男のりーちゃんが悲鳴上げるわけ?」


そして、りーちゃん、と呼ばれたベッドの上の青年を見やる。


「まてまてまて!誤解だっ…!」


尚も慌てふためく彼の声に重なるように、今度は半分は悲鳴のようなトアの声が部屋に響く。


「わ、私が悪いんです…!ベッド勝手に使ってたからっ…!」


「トアさん、大丈夫、落ち着いてください。彼はリオです…出かけていたので、紹介できなかったのですが、」


言いかけた遠夜は上半身裸のリオをみるや否や、驚いて固まった。私たちの家族です、という言葉はどうやら飲み込まれてしまったようだった。


その視線に気づいたのか、リオは慌てて起き上がり、その辺に落ちていたシャツを羽織った。


「…と、遠夜、カナタ、誤解だ、誤解なんだ!お、お、俺は何も…これは、俺のベッド、で、俺は窓から帰ってきて、ベッドにダイブして、」


「トアちゃんを下敷きにしたっと」


遥希がニヤニヤしてすかさず揚げ足を取る。


「違う!」


「んじゃ、押し倒した~りーちゃん悪いオオカミだなぁ~」


カナトも面白そうに加勢する。


「だから違うって!」


「ほ、ほんとだよ、私は平気だから…」


とりあえず自分くらいは本当のことを言ってあげたほうがいいだろうと思い、小さな声になってしまったがトアはその青年に助け舟を出した。


「…無事ならいい。」


カナタがトアを見てほっとした様に息を吐く。


と同時にリオと呼ばれた赤髪の青年が悔しそうに叫んだ。


「おい、人間!何被害者みたいな顔してんだよ!被害者は俺だよ!」


「ご、ごめんなさい。」


トアが間髪を容れずに謝ると、


「あ、いや、謝られると…、俺が悪いのか…?」


「うん!お前が悪い!」


遥希の明るい一言がさらにリオを打ちのめした。


「ところでさぁ人間…。俺たちヴァンパイアなのになんでいんの?あぶねーだろふつうに。」


怪訝そうなリオの声が、決定的な問いを投げ掛けた。


ヴァンパイア、その名は普通に生きていれば誰もが一度は聞いたことがある言葉だった。


ドラマや映画の題材に取り扱われるくらいには有名な、吸血鬼と呼ばれる生き物。


人間の血を好み、夜の闇に紛れて獲物に近づき、その首筋から血を奪う。


もちろんそれは今日この時まで、架空の生き物であり、実在するはずもない存在だった。


しかし、トアの頭は妙に落ち着き、今日目にしたすべての出来事が、その単語に集約されていくのを感じていた。むしろそれ以外に説明がつかないことが、起こりすぎている。


「…。もしかしてみなさん、ヴァンパイア、なんですか…?」


「うわ~きたきたきた~!」


遥希が嬉しそうに目を輝かせ、遠夜が頭を抱え込み、カナトが驚いたようにカナタと顔を見合わせた。


「いえ、その…最初会ったときからずっと変だなって思ってました…でもそれなら納得です…」


瞳を揺らすことなく部屋を見渡すトアを見ていたリオは、彼女が嘘をついているわけでも、恐怖で混乱しているわけでもなく、ただ淡々と事実を受け入れていることに疑問を隠せない。


「普通驚くだろ…会ったことあんの?むしろほかのヴァンパイアとか何か得体のしれないものに」


「いえ、ないです…一度も…」


「ふぅ…だよな。」


首を小さく振るトアを確認するとリオは腹を括ったかのようにに大きく息を一つ吐くと、尚も驚いて固まったままの4人に向けてこう言った。


「というか正体見事にバレてるけど、なに?なんで人間が家にいて俺のベッドにいるの?」


被害者だということを強調するかのように、リオは助けを求め周りの面々の顔を順に見た。


「てゆかヴァンパイアって聞いたら普通逃げるよね?やっぱばっかだな~」


「あぁ…」


カナトが呆れたように言い放ち、ついでに放たれたひどい言葉に、カナタがこくり、と首を縦に振ってしまっていた。


「まじ?やっぱトアいいねっ!俺たちのこと怖くないんだ!?なんか嬉しいなっ!」


遥希が嬉しそうにカナタの肩を掴んで揺さぶる。


正体が分かった今でも、逃げなければという気持ちが湧き起こることはなかった。


「遠夜さん、もういいや、説明しちゃってくれます?どーせ記憶はいつでも飛ばせるんだし」


カナトは全てを遠夜に投げ、諦めたようにベッドに飛び乗る。


「こういうときだけ私を使うんですね…。ええと、私たちは、ヴァンパイア、で…」


「…で?で?」


遥希が、ただでさえ光を湛えるその美しい瞳をこれでもかというほどキラキラさせて遠夜を見ている。自己紹介という至極普通のイベントを楽しみにしてしまうほどに、人との関わりが希薄だったことを窺わせる。


「…以上です。」


しかし遠夜が少し間を置いて、自己紹介を強制終了させてしまい、目の前でソフトクリームを落とされた子供のように遥希は目を見開いた。


「な!わ!け!りーちゃん、これね、カナが町で会ってどーしてもその場で記憶を消したくないって駄々こねて連れてきちゃったんですっ、なんとかしてください…!早く追い出して!」


カナト君が諦めたように、早口でことの成り行きを捲し立てる。


「な、なるほど…これはひでーな…。」


各々が好き勝手に発言し収拾のつかなくなった部屋を見回し、はぁとため息をついたリオは少し佇まいを直し、話し始めた。


「まずは、ごめん、人間。俺はリオ。さっきはその、本当に悪かった」


最後にリオは頭を下げてベッドのマットレスを見つめながらそう言った。


「い、いえ…!こちらこそ本当にベッドを勝手に使って、ごめんなさい。」


トアはベッドの上に正座して、リオに頭をさげた。


「いや、…俺も、おかしかったっつーか、その」


歯切れ悪く言葉を選ぶリオが言おうとしていることを汲み取り、トアの頬は急激に赤く染まる。自分が今しがた組み敷かれていたことを思い出さずにはいられなかった。


一方のリオは罰の悪そうに俯くだけで、それ以上そのことについては何も口にすることはなかった。


本来であれば、狩るものと狩られるもの。

あの瞬間はそういう構図であったはずだ。

しかし、蓋を開けてみればそんな生物的なやりとりはなく、確かに互いの感情を揺さぶったあの瞬間のできごとが二人の脳裏に焼き付いていた。


「ほ、ほら、どうせちゃんと自己紹介もされてないんだろ?」


ふうっと息を吐いて気を取り直したらしいリオは部屋を見回し、目を止めた。


「まず遠夜は俺たちの保護者的立ち位置で、最年長。その分ちょっと時間の流れがゆっくりかも」


「私の説明はそれだけですか…?」


不服そうに遠夜が言葉を返す。


「双子の金髪金眼の方。カナトは人間嫌いのひねくれた子犬。言うまでもないが性格が悪い。」


「そーですよー、人間大っ嫌いですが、何か?」


目を糸のように細くしてぶっきらぼうにカナトが答える。


「黒髪の方、カナタは無口だけど心優しい少年だよ。見た目は不良少年だけど」


「不良少年じゃない…」


睨むカナタをよそにリオは説明を続け、そして思い出したように最後に付け足した。


「あ…と、遥希はただの、ただの…引きこもり。しばらく屋敷からは出てないよな?」


「ちょ、リオ!」


各々からの反感を買いつつ、リオは端的にわかりやすく説明を続ける。


彼らは正真正銘の吸血鬼、–ヴァンパイア。

住む場所を点々としながら、ひっそりと暮らしている。


「ちなみに俺たち枢木家は、普段は人間の血は飲まない。」


リオは言い終えたあと、少し気まずそうに自身のロザリオに視線を落とした。まるで、ちゃんとそれがそこにあるのを確かめるように。


「普段は血は飲まない…」


トアは今しがた聞いた言葉を反芻した。


自分自身の先ほどの体験を思い出し、その言葉の矛盾を尋ねるべきか迷った。あれは普段ではなかったことになる。


「…じゃあ、普段は…何を食べているんですか?」


しかしその勇気はなく、代わりに別の質問をなげかける。


「フルーツが主食。他に人間が食べられるものはなんでも食べられる」


追求を逃れるように、リオが素早く答えた。


「フルーツ?草食なんですね。」


「え?草食じゃないよ?肉は普通に食べるよ?」


遥希が俺肉好きー!と明るく教えてくるが、そんなに鋭い犬歯を見せながら言われても、ただただ恐ろしいだけだった。


「でも…吸「血」鬼なのに血を飲まないなんて、やっぱり草食…ベジタリアンかヴィーガンってところでしょうか」


トアが考えながらそう口にすると、


「コウモリに例えると、チスイコウモリってのがいるけど、フルーツコウモリって種類もいんの。主食がフルーツなんだよ。」


再びリオが問いに答えた。


自分自身が命の危険を感じず、ここまでずるずると吸血鬼と関わってしまったのも、彼らが草食で血を好まない種族だったからなのではないか。


トアの思考は、いい言い訳を見つけたとばかりにその結論に飛びついた。


「それ〜、あんまり例えになってないですよ?こんな優秀な生き物をこーもりなんかと一緒にしないでくださいっ」


カナトがつまらなそうにぼそっとリオに反論する。


「なるほど…私が無事なのもそういうことなんですね」


かと思えば、その発言に気を悪くしたのか、


「あんたさーほんっとに頭のなかお花畑なんですねっ、そーゆー天然ぶったとこむかつく!」


ベーっと舌を突き出され、トアは黙るしかなかった。


「まぁそうとは言っても…早いとこ帰ったほうがいい。俺たち人間と関わりは持たない主義なんだ。」


リオが一瞬視線を落とし、冷たい目でこちらを見つめた。


「ここまで紹介させてもらってから言うのも可哀想だけど…もうすぐ忘れてもらわなきゃならない。ごめんな。」


そして立ち上がりベッドを回り込んで、こちらに一歩一歩近づいてくる。


トアは記憶を消すと何度も口にされていたことを思った。おそらく命まではとられないのだろう。


きっと記憶を消されて、また何事もなかったかのように日常を過ごす。


それを想像したところで、特に恐怖や抵抗は感じなかった。ただ、何もなかったことになり、いつもの毎日が戻るだけ。トアが記憶に執着を抱かないのは、施設に預けられる前の記憶がないせいだった。


大切な人との思い出や、忘れたくない宝物のような記憶なんて、トアには存在しない。


それを悲しく思ったり、寂しく思ったこともなかった。


胸にぽっかりと空く穴を抱えたまま、トアはトアという人格をしっかりと形成できずにここまでぎこちなく成長してしまったのだ。


しかし、無関心なトアを引き止めるように、カナタの悲しい表情が、突然トアの頭に浮かんだ。


『忘れるな』


そう言ってくれたカナタの真っ直ぐな瞳を思い出す。


「ほら~ね!だから言ったでしょ!というわけで今日はこの辺で~!綺麗さっぱり忘れて~僕たち−」


そうカナトが言いかけたとき、ずっと黙っていたカナタがついに口を開いた。


「もう、誰かの記憶から消えたくない…。」


カナタの絞り出したような切ない声が響いた瞬間、遠夜の瞳が大きく揺れた。


4人の視線が一気にカナタに向けられる。


「トア、俺たちは苦手なものがある。」


不意にカナタが真っ直ぐに手を伸ばし、枕元に置いてあった水の入ったグラスを持ち上げる。


「水だ。水は痛いし、ずっと触れてたら…死ぬ。」


その行動と発言に、空気が凍り付く。


「…トア、俺たちは水が弱点なんだ。だから、逃げるときは、水の中に逃げろ。」


カナタがグラスを持ち上げたまま、4人に向き直り、トアを庇うように手を広げた。


「カナタ…な、何を…?」


「カナタ、落ち着けって、…な?」


遠夜とリオが狼狽える。


「トアはきっと誰にも話さない。」


カナタは、トアを見ずに、それでも力強く、そう言った。グラスの中、揺らめく水に綺麗なアメジストの瞳が揺れる。


「もう2度と会わなくていい。約束する。だからせめて、このまま帰してやりたい。」


真っ直ぐに見つめ返すカナタの視線がカナトに刺さる。


「っカナのばかっ!なに人間ごときに教えてんの?そんなに、そんなに大事なの!?」


カナトが本気で怒りだし、今にも飛びかかりそうにトアに詰め寄るも、立ちはだかるカナタは微動だにしない。


尚も反論するカナトを制するように遠夜が言った。


「トアさんが、町でカナタくんを人間から庇ってくれたんですよ。大量の水をかけられてて、下手をしたら、死ぬところだったんです…。」


「カナを…!?カナが、死んでた…?う、嘘だっ…。人間が…命を…?だ、だって、死ぬことだって、今知ったって…!」


カナトは目を見開いてカナタとトアを交互に見る。


「だから、カナタ君は、その優しさを信じたんじゃないでしょうか…?」


遠夜は穏やかな表情でカナトを見つめている。


「僕は、信じたくない…!信じないよ?人間なんて、汚い生き物!」


カナトは冷たく言い放つと、カナタの手に持っているグラスを鋭く睨んだ。


その瞬間、甲高い音とともにグラスが壁に当たり、粉々に砕け散った。


「……!」


その一瞬の出来事に、理解がついていかず、ただただ飛び散った水を見つめる。


カナトは誰とも目を合わせず、部屋を出て行った。


「カナト…!」


遠夜の呼ぶ声も、固く閉ざされたドアにかき消され、その声が届くことはなかった。


「あいつ、根はいいやつなんだ。でも昔から人間が好きじゃなくてさ…。」


扉を見つめるリオの目は小さな弟でも見守っているかのように、優しかった。


「そうだったんだ…トア、ありがとうっ!俺たちの大切な家族を、守ってくれて。」


遥希がにこにこしながら、ベッドに腰かけ、握手するようにトアの手を握った。


「そんな命の恩人の記憶、消すのが俺たちのやり方なの…?リオ、遠夜?」


そして、振り返ると名を呼んだ二人に鋭い視線を向ける。


「私は…」


「でも、リスクが…」


名を呼ばれた二人は、罰の悪そうに俯いた。


「本当は無かったことになんてできない。そんな権利、俺たちにはない。」


「カナタ君…」


追い討ちをかけるようなカナタの一言がトアの胸に刺さった。それは二人も同じようだった。


無かったことになどできない。自分自身の過去を指していっているのではないと分かっていても、胸が苦しくなる。



「けど正体がバレるってことは、死に値する。ここにも住めなくなる。この子をこのまま家に帰すわけにはいかねぇよ…」


リオが頭を抱え、苦悩の表情でトアを見つめた。


遥希がそのとき、名案が浮かんだとばかりに、手をたたき突拍子もない声を出した。


「じゃあさ、帰せないなら、帰さなきゃいいんじゃない!?」


「はぁ…?それ犯罪だよ、遥希くん」


リオはもうだめだとばかりに頭を横に振る。


「トアちゃんさぁ、もしよかったら家に住まない?ほらなんだっけ、ご飯つくってくれる人、め……め…」


「まさかとは思うけど、メイド?俺たち本格的に犯罪者の仲間入りだよ遥希君?」


リオが軽蔑したような目で遥希を見つめる。


「あー!それそれ!ね、よくない?オレら水触れないしさ、メシだっていっつもてきとーだし…ぐすん。」


「バカ言うなよ…。ぐすんじゃねーよ…。」


リオは困ったように遠夜を見た。完全に思考が追いついていないのが視線の彷徨い方からも明らかだった。


その間にも目を輝かせた遥希にトアは問い詰められる。


「ねぇ、トアちゃん、バイトは!?」


「し、してますけど…週に5回、喫茶店で…。」


「おぉう!じゃあ料理は!?」


「あ、ある程度なら、作れますけど…」


「ペット飼ったことある!?」


「教会にいたとき、犬なら、お世話してましたけど…」


「家は?一緒に住んでる人とかいる!?」


「今は、喫茶店の二階に住み込みで…一階はお世話になっている老夫婦が…だからほぼ一人暮らしです、けど…」


矢継ぎ早に質問が繰り出され、戸惑いながらも答える。


「…!ハル兄…!」


そのとき、カナタが突然立ち上がった。


「カナタくん…?」


「トア、今日から枢木家のメイドになれ。」



一瞬の沈黙の後、遠夜、遥希、リオの絶叫が重なった。


「「「えぇぇぇぇ!!」」」


「え…!ちょ、ちょっと急じゃ…」


話の展開についていけず混乱するトアを宥めるように、カナタはその手を握った。


「記憶、消されずに済む。」


出会いの瞬間から変わることのない真っ直ぐな視線。澄んだアメジストが希望の光に揺れる。


「忘れなくて、いいの?」


トアがその視線に応えるように、顔を上げた。


「あぁ。それに水に逃げなくても」


続けてイタズラっぽくこそっと耳打ちされる。


「あ、うん、確かに」


うん、とカナタとトアが頷きあうと、


「おいそこ、危害加えねーよ逃げる前提で話すな」


リオが素早くカナタの言葉を訂正した。


「一番問題があるのは、私では?」


その横では、うなだれる遠夜の肩を抱いて、遥希が(とうてい慰めるつもりはなさそうだが)よしよしと、わざとらしく言った。


「遠夜はちょっとハードル高いよねぇ…どうする?カナタ君ねじ伏せる?」


遥希は、小さい子にそうするように、遠夜を覗き込み、勝ちしか見えない説得を楽しんでいる。


「そ、それは…カナタはなるべく自由にさせてあげたいんです…」


「だよねぇ、じゃ決まりだねっ、ショック療法的なものも案外いいかもよ?」


「うぅ…」


項垂れる遠夜を尻目に、遥希は朗らかに続ける。


「バイト内容は、掃除洗濯ごはん、身の回りのお世話と~、町への買い出し~もね?」


「買い出しも…?」


はっと顔を上げる遠夜。どうやら話がついたようだ。


その横で、カナタが、リオを呼びつけた。


「なぁ、リオ…。」


「いや、俺は、俺の意見としては、人間とは絶対に一緒に住めない…いくら草食でも…」


「トアのバイト代、お前なら払えるよな。」


「……………。」


睨み合うカナタとリオ。


「…とりあえず、いいですよ。バイトなんですよね?」


とりあえず頷くトア。

記憶が消されないのなら、その道があるのなら。そちらの道を選んでみたいという、小さな意思が芽生えていた。その小さな意志から始まる未来があるかもしれない。


「やったぁ~ラピスーラズリー!トアがー!いたっ!」


はしゃいで足をベッドの角にぶつけながら、遥希が部屋を飛び出して行く。


「て、手に負えねぇ…。」


それらを眺めて本日何度目かという深いため息をつくリオだった。





つづく






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