第6話 三度目の邂逅。二十四時間以内に起こって良いことじゃないと思うんだ

 あの後。俺は桃菓あいつと校内で会うことなく放課後を迎えられたわけなんだけれど。

 そのままなんやかんやで終われば人生これほど楽なことはない。

 だろう?

 えぇえぇ。ありましたとも。

 いっそホラーとも言える展開がさ。

 あのときは本当に怖かった。いやもう本当に怖かったなぁ~……。



   ☆*☆*☆



「…………」

 いない? いないな? よし。

「ふぅ~……」

 放課後すぐ急ぎつつも警戒して学校を出たわけだけど。

 どうやら功を奏してくれたみたい。丹夏さんに会わずにこれたからね。

 どうしても見つかりたくなくて挙動が変になったから周りの目は痛かったものの。安全無事でいられるならオッケーです。甘んじて受けますその羞恥。

 けどまだ安心はできない。しちゃいけない。学校からはかなり離れたけど、まだ家に着いてないもん。

 家に帰るまでが逃亡生活って誰かが言ってた気がしなくもないし。最後まで油断せずに行こうそうしよう。

 ……てか、ここまで来たら走って帰れば良くね?

 うん。そうするか。

 たまには運動もしないとだしと理由を付け足しつつ。さぁお家へ帰ろう!

 それで、明日からの対策を考えなくちゃね。風呂にでも入りながらさ。



「…………」

 そんなことを考えてるとは知らないし興味もないが、少女の視線は祝斗から外れない。

「……っ。急に走るなっつの……っ」

 気付かれないように。悟られないように。注意を払いながら走り出した祝斗の後を追っていく。

 バレないように。気取られないように。祝斗が家に辿り着くまで。

 いや、辿り着いても気付かれてはいけない。

 彼女にとって、そのあとが問題ほんばんなのだから。

(絶対誰かに言ってないか吐かせてやるんだから。それで、もし誰かに言ったりした日には――)

 自慢の腕力にモノを言わせてやる。そう意志を拳と共に固めながら後を追う。

 追って。隠れて。追い続けて。そしてようやく。

「ふぅ……ただいま~」

「あそこ……ね」

 ある家に入っていくのを確認して、帰路につく。



   ☆*☆*☆



 ね? 怖いでしょ?

 もちろんこのときの俺は知らなかったわけなんだけれど。

 あとで本人から聞き出して改めてゾッとしたって感じ。

 っと、そんなことよりもその問題ほんばんとやらを話せって?

 はいはい。そうせっかちしなさんな。すぐに続き話しますよーだ。 



   ☆*☆*☆



「ふぅ……」

 なんとか家まで無事に戻ってれた。

「ただいま~」

「おかえり。いつもより早いじゃん。なんかあったの?」

 母さんの出迎え。この日常が今は染みるね。

 どうかこの日常が崩れないことを祈るよ。

「なによ。黙っちゃって」

「あーいや、今日はそういう気分なだけだよ」

「そ、じゃあ部屋に戻って宿題でもやんな」

「残念ながら今日はありませ~ん」

「じゃ予習」

「…………」

「返事は?」

「……予習なんてしたら先生の仕事取っちゃうから。教える必要なくなったら先生の意味ないし。それに、ちょっと考えたいことあるからなしで」

「今日のおかず?」

「ちがわい! 思春期息子に嫌われるような言動は控えな!」

「はいはい」

 まったく。この母親は……。

 いつものことだから諦めるけどさ。

 とりあえず、家についてしばらく猶予もあるわけだし。荷物置いて、それから着替えて。んで……ちょっと寝てから考えよ。

 寝れたは寝れたけど、色々ありすぎて疲れたしね。十分二十分くらい寝たい。

 ってことで、おやすみ~。

「zzz」



「やっべ」

 とかやってたら二十二時回っちゃってるよ。

 もう。なんで母さんも父さんも起こしてくれな……あ、スマホに色々来てるわ。

 え~なになに?

 母さんは『いくら起こしても起きなかったから勝手に済ませといて。あ、お風呂には絶対入ってね。臭いから』って、失礼だな。臭いだなんて。思春期どころか人に言って良い言葉なのかそれ。

 で、父さんは『勝手にしろ』ってのは淡白過ぎるんよ。グレるぞ。しゃべるとうるさいクセに相変わらずこういうメッセージ系苦手なんだからもう。

「やれやれ」

 とにもかくにもお腹ぺっこぺこ。こりゃ成長期には辛いね。まずは飯食お飯――。


 ――コツン


「ん?」

 窓になんか……小石でもぶつかったのかな? でも台風どころか風が強いわけでもないし、不自然だよな。今の音。

 ……とりあえず電気つけよ。こ、怖いわけでなくね。お、起きたわけだから。

 夜中に変なこと起きて原因わからないままとか眠れなくなっちゃうし。念のため確認くらいしようかなーとかは思うけども。

 いやそもそもこんな時間まで寝てたらこのあと寝るの大変だけどさ。

 血糖値爆上げして無理矢理寝付くしかねぇよなこれ。

 ……アホなこと考えてないでさっさとしよ。

「ま、まったく。誰だよこんな時間にこんなイタズラ」

 これは別に誰に話しかけてるわけじゃない。ただの独り言。

 独り言でも口にしてないと怖いんだよ! あぁそうです本当は怖いです!

 ハッ!? これが後輩のパンツと同級生のブラを見た天罰!?

 だったらせめてホラーチックな展開でやるのはやめてほしいかな!?

 あ、いや、でも。よく考えたらほら。聞き間違いかもしれない。寝起きだし。寝ぼけてたんだよきっと。性急だったね天罰とか思うの。

 だからやっぱ確認しなくても良いんじゃなかろうか。

 うん。そうだそうだ。それで良いじゃないか。

 窓になにかぶつかることもあるよ。カナブンとかぶつかったりさ。

 よし納得! さぁて、飯食って風呂入って寝よ――。


 ――コツン……コツン……


「うひゃぅ!?」

 お、追い討ち二発!

 びっくりしすぎて変な声でちゃった! はず! それ以上にこわっ!

 も、もうこれ言い訳できないぞ。これは怪奇現象。または人為的なモノ。

 ぅ、うぅ~……。なんなんだよもう……。せめて昼に起きろ。怖いだろバカ野郎ぉ~……。

 こ、怖いは怖いけど。でも、もう確認しなくちゃいけない状況になっちゃった。

 よ、よし。俺も男の子。やるときゃやるんでぃ。

 い、いく、いくぞ……っ。

「ど、どちらさまですか~……? あ、あれ?」

 電気もつけたから暗くて見えないってわけじゃないし。窓も開けて顔出してるんだけどいつもと変わらない……な?

 なんなら電気つけなくても夜目きくほうだし、誰かいたらわかるし。

 その上でなにもいないとなると、やっぱ虫でもぶつかったんだな。

「ふぅ……。よかった……」

 何事もなくて本当に良かった。

 あ~安心したら腹減った。飯食って、風呂入って寝よ――。

「み~つ~け~た~……!」

「ふひゃあ!?」

 ま、真上から声!? 誰!? なに!?

「と、のわっ!?」

 驚き過ぎて転んじゃった。ケツいてぇ。

 で、でも今はそれどこじゃないっ。

「ふ、不審者!? 幽霊!? 化物!」

「だ、れ、が、よ!」

 あれ? 聞き覚えのある声に猫のしっぽがチラリ。

 と、誰かあたりをつけようとする前にあっちはあっちで窓の上の部分をつかんでこっちに足を向けて……の、室内侵入グライダーはいけません!

 そんなので突っ込んでこられたら普通にヤバイから!

 あぁ、そうこうしてるうちにこっちに足が伸びて――にゃぁん。

「見え――がふっ!?」

 ぱ、パンツに気をとられてかわすどころか受け身すら取れなかった……。

 で、でもお腹にとんでもない勢いでぶつかってきた肉塊も今や柔肉。

 馬乗りにされてるもんだからダイレクトに感じてます。ありがとうございます。

 ……女の子に馬乗りされるって思春期男子の夢。それが今現実に。

 であれば、最早我が生涯に悔いはない。

 このまま気を失って俺はこの桃色の悪魔に殺されるのね。

 さぁ殺すといい俺も男だ覚悟を決め――。

「なに寝ようとしてんのよ」

「ぐえ」

 き、気を失いそうなところに胸ぐら掴んでグラグラしたらいかん。別の意味で気が遠くなるから!

「昼間は逃がしたけど、今度こそ捕まえたわよ」

「や、やっぱり丹夏さん……か。なんで俺の家が……?」

「放課後にあとをつけたのよ」

「ひっ。ストーカー……うえ」

「人聞き悪いこと言ってんじゃないわよ! そもそもあんたが――」

「ちょっと~! なにドタバタさわいでんの~?」

「「!!?」」

 か、母さん! って、こんな時間にこんなうるさかったらそうなるか。

 いや、でも良いぞ。このまま助けを呼べば俺はまだ死なずに済む!

「かあさ――」

「騒いだら殺す」

 ひえっ。本意気の殺意……! って、いだだだだだだっ。指! てか爪が食い込んでます! その上で皮膚に沈めていくのやめてください怖すぎるから!

 首絞めで死ぬ前にこれ頸動脈けいどうみゃくヤられちゃうやつだから!

「わ、わかった……な、なんとか言い訳するから……せめて手は……」

「…………」

 ほっ。間はあったけどそっちも見つかるのは嫌だもんな。おとなしく手を離してくれて良かったよ。

「祝斗~? 聞いてる~?」

「あ、ごめんごめん! 寝てたら急に後輩の女子から連絡あってさ! ガミガミうるさかったもんでビックリしちゃってこけちった! いやぁ~これ相手俺に気があるね!」

「……っ」

 こわいこわいこわいこわいこわい!

 眉間に亀裂が入ってます! 瞳孔がかっぴらいてます! 般若が大和撫子に見えてくるくらい今真ん前には羅刹がおられます!

「お、おさえておさえて……。ほら、調子いいこと言ったほうがね? ごまかしやすいから」

「あ、そ。寝言はいいけど静かにやりなさい」

「それはちょっとよくわからないけど気を付ける~! ……ほらね?」

「……あとで覚えてなさいよ」

 ナイスタイミングだよ母さん。お陰で今すぐの危機は去りました。元凶は未だ腹の上に鎮座してるけども。

 さて、とりあえず落ち着いて話をすることになりそうだけど。

 たぶん、こっからが本番だぞおい。

 ここが正念場。がんばれ俺。やれるぞ俺。

 では減刑交渉ネゴシエーション。れっつすたーと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る