第5話 桃猫に追い詰められた窮鼠。噛む度胸はございません

 このとき、俺が逃げた場所はどこか。答えを言ってしまえば校舎裏にある飼育小屋。

 この小屋については前にも軽く触れたけどウサギとニワトリを飼っててね。特に生徒間で当番を決めるでもなく日に一度こんじょう先生が様子を見て、掃除や餌やりをしてるみたい。

 小屋の横には飼育記録用のこれまた小さな小屋があって、一昔前にはよく使われてた公衆電話みたくなってるんだよね。

 公衆電話って言われても伝わらない人はいるかもだけど、うちの地元だとまだ残ってるんだよ。だから俺は知ってるわけ。

 ちなみにこっちの小屋には記入用の机というか台と、下には餌袋とレジャーシート。小屋の横にはホウキとちりとりがあるね。

 それで、俺は自主的に結構頻繁に来てるから飼育小屋の連中とは顔馴染み。

 餌やりや掃除もしてるし、それをノートに記入もしてるから俺は実質飼育委員と言っても良いんじゃなかろうか?

 でも別に成績とかに影響はない。別に良いけどさ。自主的ですから。

 まぁでもここを知ってて良かったと思ったよこのときはさ。

 だって普通ここに逃げ込んだら誰も気づかないからね。獣臭で誰も近づかないから。

 そう……思っていたんだけれど。そうそう上手くいかないのが人生ってやつだよね。



   ☆*☆*☆



「クルルルルルゥ~……クルルルルルゥ~……」

「くふっ。ふみゃぅ……ごろごろごろごろ……」

「…………」

「いや~。やっぱここは静かだねぇ~」

 ニワトリのいびきと猫の寝言はちょくちょく聞こえるけど、さっきのことを思えば平和平和。

 とはいえ、それはこいつらが寝てるからに他ならない。弁当広げた瞬間目をギラギラさせてたかってくるのは目に見えてる。

 ので。

「まずはこいつらの飯からだな」

 猫のは持ってきたカバンに入ってるからそれで良いとして。ニワトリとウサギたちの分は……。

「お、ちゃんと補充されてる。さすがこんじょう先生。しっかりしてるわ」

 たしか一昨日だっけかな? そんとき見たときにはほとんど切れてたけど。新品の餌袋がちゃんと追加されてる。

 じゃあそっち先にやってから~の前に今日餌やったかノートチェックしないと。

「えっと……今日は~…………まだか」

 ならこのまま餌やりしちゃって。俺も飯食って。余裕があったら軽く掃除でもしとくかな。

「じゃ、やりますかねぇ~」



「んなぁ! にゃにゃう!」

「にゃお~……」

「フカー!」

「ぅみゃみゃみゃみゃちゃみゃっ!」

「こらぁ~喧嘩すんな~。もう餌持ってきてやんないぞ~」

「「「…………」」」

「ったく」

 さっきまで昼寝ぶっこいてたくせに。飯前にするとこれだよもう。

 ウサギとニワトリたちはおとなしく食ってるってのに……。

「コケーコッコ!」

「コカココッ!」

「……!」

「……っ! …………!」

「…………」

 そーでもないか。あっちはあっちで時折蹴りあってる。

 ま、まぁ猫たちみたいに変に大騒ぎはしてないし許容範囲ってことで。

 少なくとも俺のほうには被害はこないし、奴らもケガするまでやりあったりしない。あくまで餌の取り合い程度だからね。

 てか、あいつらにかまけてないで俺も弁当食わないと。午後の授業に遅れちまう。

「さ~て。今日の中身はなんでしょね~」

 えっと~? ちくわときゅうりの七味マヨ和え。サラダチキン。チーズ肉団子。そして米。

 うん。大満足のラインナップ! 今日もウマい飯をありがとうかあちゃん!

 では、手を合わせまして。

「いただきま――」

「ずいぶんのんきじゃない」

「――――」

 ヒエッ!?

 背後から聞こえるこ、こ、この声は……!

「な、な、な、なんで、ここに……?」

 誰かそう呼んだか俺がそう呼んだ。桃色の悪魔! 丹夏さんじゃないですか!

「教室にいなかったから追ってきたのよ。手間どらせてくれちゃってこの先パイ野郎は」

「探した……ではなく?」

 先輩に対してお口が悪いのはもう最初からなんで置いとくとして、日本語的に当てがなきゃその表現はおかしい気がするんだけど……。

「ん」

「ん?」

 その手に持ってるのは……ハンカチ? って、それ!

「お、俺のハンカチですますやん」

「そうよ。これのにおいをたどったの。私、鼻も良いから」

「へ、へぇ~……」

 に、匂いッスか。そ、それはええっと……。なんとも反応に困ると言いますか……。変態チックだね?

 人間離れした嗅覚とか以前にまずそっちの感情が出ちゃったよ。

「……! ちょ、なんか変なこと考えてんでしょ!? あんたを探し出す以外の意味なんてないからね!?」

「それはわかってるけど、言葉にすることで逆にいかがわしさが出るっていうか……」

「……!? 違うったら違うぅぅぅぅう!」

 顔に出した俺も悪いとは思うけどさ? 自らそこを掘り下げるのもどうかと思うんだ? スルーで良かったんだよ。スルーで。

「と、とにかく! まずはこれ! 返す!」

「あ、それはどうも。どこに落ちてたの?」

「廊下。中休みのとき」

「あ~。なるほど」

 思い返すと。丹夏さんを見て、驚きのあまり落としてたような気がする。

 いや本当怖かったよ。当人目の前にいるし。トラウマが呼び起こされそう。

「わざわざありがとうございます。届けてもらっちゃって。それじゃ」

「別にいいのよ。じゃあ私はこれで――じゃない!」

 あ、流れで帰ってくれないかなって思ったけどダメか。きびす返したあたりでわんちゃんあるかって思ったけど。

 にしても。ふむふむ。なんかこの子思ったより……。

「私はあんたに用があるの――」


 ――ぐぎゅう~


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……なんか、言いなさいよ」

「あ、俺が?」

 こっちとしても言い訳待ちというか、リアクション待ちだったんだけども。

 ふむ。って~ことなら。そうだなぁ~。

「積もる話は置いといて、とりあえず昼飯食べる?」

「……………………うん」

「じゃあ、ここどうぞ」

「…………」

 顔真っ赤にして眉吊り上げて口はへの字だけど、素直に隣に座ってくれた。距離は拳五つ分は空いてるけど隣だからちょっと怖いな……。

 でも、ちゃんとレジャーシートに乗る前に靴脱いで揃えてるし。根は良い子かもしれないと思いつつあるのも事実。問題行動の多さと見た目が凄まじくインパクトあるのも事実だけど。

「その包み。弁当だよね?」

「……うん」

「じゃ、いただきます」

「……いただきます」

 すでに開いてるからなのか。こっちをチラチラ見ながら自分の弁当箱を開けて――あ、違う。中身ラインナップを見てたのか。

 そりゃ比べたくもなるよね。俺の一般的なサイズの弁当箱に比べて、丹夏さんの弁当箱が運動部の男子が持ってきそうなくらいデカいし。ピンクに猫のキャラが駆け回ったデザインに反したゴツさだわ。包んでた布も同じ猫で可愛いし。なんたるギャップよ。

 そんで蓋を開けて中身ですよ。

 から揚げ。衣にソースが染み込んだカツ。海老とウィンナーのミニ串。鮭の塩焼きに申し訳程度にひじき。

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。


 ゴッッッッッッツ!


 なんてたんぱく質の量。本当に運動部男子じゃん。いや運動部でも昼にそこまで食う奴いる?

 タケちゃんとかならまぁわかるよ。隙あらば食うし。あの腹だしガタイだし。

 でもパッと見身長150あるかどうかの女の子がこんなの弁当だったらそりゃ驚くって。

 いけない偏見だとは思いつつも驚いちゃうって。

「むぐむぐ……なに?」

「いや、なんでもないッス」

 いかん。目を合わせちゃダメだ。絡まれちゃう。すでに絡まれてるけど。これ以上神経逆撫でしたらどうなるかわかんない。

 そう。今はなんとか昼飯タイムに持ち込んで一時的に誤魔化してるに過ぎないんだよ。

 食べ終われば昨夜のパンツについて言及されて、きっちり半ケツを見てしまったことを吐かされて、その後ボッコボコにされてその辺に捨てられちゃう。そんな未来が見える。

 もちろん女の子のスカートの中身を見ちゃったのは有罪。ギルティ。

 けれど。それでも俺は生きていたいんだ。人間だもの。

 と、いうことで。どう打開しようかこの状況。

「フシャ! フシャシャ!」

「コケーコッコッコッ」

「…………」

 あ、これならわんちゃんあるのでは?

 単純な思い付きだけど、他に案も浮かばないし。やるしかない!

 そのためにまずは――。

「はぐはぐはぐはぐはぐ!」

 食うべし! 食うべし! 食うべし!

「ごちそうさま」

「は、はやっ!?」

「俺、早食いなんで」

「そ、そうなん……だ? じゃあ話の続き――」

「いや~そっちまだ全然手つけてないじゃん? しゃべりながら食べるのも体に毒だし、まずは食べてからのが良いってー」

「え、いや――」

「それに俺これから飼育小屋の掃除しなきゃだしー。話は落ち着いてからってことで」

「…………」

 俺の思い付いたこの場をやり過ごす方法。それは……。

 勢いで誤魔化す! なんとなく今は立て込んでます感で誤魔化す! そしてチャイムるのを待つ!

 ようはその場その場のアドリブでどーにかこーにか頑張るってだけ。案とも策とも言えないねまったく。

 けど仕方ないよ。特別頭が良いわけじゃないんだからそんなパッとは思い付かないもん。

 それになにより、なんか最初の一発目は上手くいったみたいだし。丹夏さんこっちは見つつも黙って弁当食ってるもん。

 やっぱ、根は良い子かもしれない。

 できればその調子でたばかられていてください。

 ではお祈りしながら、清掃開始。



「……ごちそうさまでした」

 あ、思ったよりも早く食べ終わっちゃった。

 あの量を十分かそこらで平らげるってどうよ? ちゃんと噛んだ? 消化に悪くない? 俺が言えることじゃないけど。

「それじゃあ改めて、私はあんたに用があんのよ! ……うっぷ」

「食べ終わった直後で大声出すもんじゃないと思うよ?」

「う、うるさい……! 良いから面かしなさいよ」

「いやーちょっとまだ掃除が終わらなくて」

「そ、それでも話くらいできるでしょ! ぉぇ」

「言わんこっちゃないー。お茶でも飲んで落ち着きなよー。俺のカバンに水筒入ってるから飲んで良いよ」

「…………」

 よし。おえさに釣られてもう少しだけ時間稼げたぞ。

 問題はお茶を飲み終わってから……ってそうだ。

「俺もうすでに口つけてるけど気にしないよね?」

「ブゥーーーーーッ!?」

「ちょ!? なにしてんの!?」

「げほっ。げほおぇっほ……。な、なにしてんのはこっちの台詞よ! け、結構飲んじゃったじゃない!」

「結構なことじゃん! 吐く方が何倍も問題でしょ!? もったいない!」

「うるさい! そんなのささいなことよ! お、乙女に間接キスさせるほうが何倍もなーんばいも大問題よ! バカ!」

「おと……め?」

「どこに疑問持ってんのよっ」

 いやだって希代の問題児だし……。高一で地元シメてる人に乙女とか言われてもなぁ~。

 でもそっか。普通の女の子っぽい一面あるんだね。俺が別に気にしない人間だから気が回らなかった……おや? これはもしかして使えるのでは?

「……というか、お茶もらっといてさ。吐くってさ。もったいない以前に。乙女とやらに間接キス以前にどうなの?」

「な、なにがよ……」

「もらったもん吐くのも失礼だし、間接キスが嫌で吐くってさ。俺からすればすごい傷つくんだけど。善意のつもりであげたのにさ!」

「うっ!」

 お? なんかものすごい申し訳なさそうな顔になった。

 こ、これは……いけるんじゃあ~ないのぉ~?

「そ、それはその……えっと……う、う、う、うるさい! そもそもあんたが――」

「言い訳しないでよ! 傷ついてるのは俺なんだよ!?」

「ぁ、ぁぅ……」

 よしよし。気まずそうに目が泳ぎ始めた。このままいくぞ~。

「……もういいよ。もうすぐチャイム鳴るし、俺はもう行くから」

「あ、えっと、う、うん……」

 よし。なんとか勢いで押せた。あとは素早く掃除用具を片付けて荷物を回収して去るのみ。

「じゃ、そっちも遅れないようにしなよ」

「う、うん……………………うん? あれ?」

 あ。あまりにも動きがスムーズだったせいか違和感を持っちゃったかも。

 しかし、時すでに遅し。俺と君の距離はもうかなり離れてる。これなら追い付かれる前に逃げ切れるはず。

 てか、あの量食ってるしさっきえずいてたから走るのは厳しいと思うんだよね。

 つまり、もう俺の勝ち確!

「ねぇ、私まだ話が終わってな――」

「エスケープ!」

「あ!? ちょ、やっぱりあんたなんとも思ってなかったんでしょ!? こら! 逃げるなぁー! おっぷ……ま、待て――」


 ――キーンコーンカーンコーン


「あ、う、あぁ! もう!」

 ナイスタイミーン。

 えずきとチャイムが重なって諦めてくれたみたい。

 特に追いかけられることもなく校舎に入れたわ。

「ふぅ~……ぉぇ」

 これでようやっと一息つける。

 チャイムなる寸前いきなりダッシュしたのと若干あった緊張で俺もえずいてきたわ。丹夏さんからのもらいえずきの可能性もあるけど。

 なんにせよ、今はもう怖がることはないし、茶でも飲んで落ち着こ。

「んくんくんく……! あ~やっば夏は麦茶だわ」

 あんだけ吐かれたから残ってるか不安だったけど。ちゃんと残ってて良かった良かった。

 ついでに女の子との間接キスだもんねこれ。

 いやー昨日からやっぱついてるね俺!

 ……つまり、まだ安心できないってことだよな。

 だって丹夏さん、絶対まだ俺のこと狙ってるもんね。パンツだけじゃなく間接キスの件まで加わってさ。

 ハハハ……。放課後が怖いよ……。

 神様。罰はどんな形で終わってくれますかね?

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