第4話 襲撃の桃猫

「はぁ……染みる~……」

 俺を癒してくれるのは水道水だけ……。ソーセージエキスも流れ落ちてスッキリするし。なにより叩かれた手が冷えて気持ちいいわぁ~。

 本当。こういう時教室出たらすぐ水のみ場あるって良いよね。今は特にそれを実感できてる。

「ぺっぺ~っと……ん?」

 水気をペペっと払ってハンカチを取り出したところで悪寒が……。

 こう、視線を感じると言うか。なんだろ――。


 ――ハタ……


 おっとハンカチが落ちてしまったー。取らなきゃー。

 とか言ってらんない。

 だって目の前にはおっかない顔したがいるんだから。


 ――シュタンッ


「うっそぉ~……」

 一蹴りで天井まで手足と背中が届くってどんな身体能力してんの?

 よくあんな芸当できる人間から逃げれたな俺。

 ……本当に人間かあれ?

「みぃ~つぅ~けぇ~たぁ~」

「ひ……っ!」

 ぶるるっときたぁ! ぶるっとさぁ!

 って、ビビってる場合じゃないだろこれ。だってあの某蜘蛛男くもおとこだか忍者みたいな変則的なクラウチング的体勢取ってるってことは――。


 ――ダッ!


「そうくるよねぇ!?」

 斜め上から真っ直ぐぶっ飛んできた! 桃色の魚雷が! ミサイルが! ギュンッて!

 こうなったら人間取るべき行動は恐怖に呑まれて硬直するか、あるいは……エスケープ!

「退避ィィィイ!」

「うぉお!? なんだぁ!?」

「ノリちゃん教室に向かって跳び前転はやめな~?」

 奇跡的に教室に飛び込んで回避に成功。被弾免れる。

 しかし、驚異は背後におられます! 引き戸挟んでても開けっぱなら関係ないです!

「ちょっとつらかしてよ。えぇ~っと……先パァイ」

「「「…………」」」

 えっと……それは愛想笑い? それとも嗜虐的な笑み?

 そのどっちかで意味が大分変わるんだけどとりあえず手をゴキゴキ鳴らすのはやめてくれませんか? 怖いッス後ハァイ。

 怖すぎてうちのクラスメイト、誰一人としてズカズカ教室に入ってくる一年に文句言えてないよ。

 単純に有名人だから声失ってる可能性のが高いけども。だから俺が絡まれてても助けてくれないんだよなお前ら。自分まで目つけられたくないもんな!

「zzz」

 冬鐘あれは例外。

「ねぇ……無視?」

 あわわわわわわわ。近づいてくるぅってそりゃそうかってなかんじなもんなんだけどぉ。

 ど、どうしようどうしよう!? 教室に入っちゃったばかりにもう逃げ場がない。窓からつっても二階から飛び降りる度胸もないし。逃げなかったら逃げなかったでコスプレとパンツを見た報復が待ち受けてるし。

 ……これ、詰んだ?

「無視すん……んにゃ!?」

「おいおい。ここは二年の教室だぞ。もうすぐ次の授業なんだから。他のクラスの子は自分の教室へ戻りなさい」

「「「……!」」」

 あ、貴方は! こんじょう先生!

 こんじょうと呼ばれてるのに体育じゃなくて歴史のこん丈二じょうじ先生じゃないですか!

「ど、どこつかんでんのよ! は~な~せ~!」

「なんだい? 首根っこのが良いか? 一年生こねこ

 す、すごい。こんじょう先生、超がつくほどの猫背だけど片手で丹夏さんの襟つかんで持ち上げてる! 腰は大丈夫ですか!?

 丹夏さんも暴れてるけど全然意に介してない! 背骨は無事ですか!? ヘルニアとか爆発しませんか!?

「首も! シャツも! どこも! つかむなぁ!」

「わかったわかった」

「ふぎゃ!? ちょ、ちょっと!」

 お、おぉう……。地元で恐れられてる桃色の悪魔(今つけた)の丹夏さんをいともあっさりと教室の外に放り出した……。

 先生たちも手を出せないくらいの不良って聞いてたけど、これは丹夏さんが噂に尾ひれをつけられてただけなのか。こんじょう先生がすごいだけか。

 ……後者だね。だって丹夏さんの運動神経のほどは昨夜と朝とさっきしか見てないけど、人間のモノじゃないもん。そんなのを軽くあしらうこんじょう先生が何者だよってなってるくらいだよ。

「そのまま戻りなさい」

「え、あ……まっ!」

 ピシャリと教室の引き戸を閉めたところで、教室に平和が訪れた。

「「「お、お~……」」」

 クラスから自然と拍手が起こる。俺含めて。

 というか俺だからこそだね。俺にとっては救世主だもん。

 だったらこの気持ち、伝えねばなるまいて。

「先生……ありがとう、あんたは俺にとってヒーローだ」

「わけのわからんこと言ってないで早く座りなさい」

「……うっす」

 冷たいッスね。っていうかなんのこっちゃですよね。さーせん。

 驚異も去り、比較的真面目なほうの生徒なのですぐ席に着くっすうっす。

「……ノリちゃんが元気なかった理由はなんとなくわかったけど、あとで詳しくね」

「まぁ……うん。余裕があれば」

「初めて近くで見たけど……すごかったな」

「リョーちゃんは俺の心配をしろ。泣くぞ」

 それとその手つきやめろ。おっぱいデカイのは誰でもわかるんだから。

「そこーくっちゃべってないで座れ~」

「は~い」

「じゃ、あとでな~」

「わかりま――」

「…………」

 またぶるるっと悪寒が走ったからなにかと思えば、引き戸についた窓からこっち見てるのがいるぅ~……。

 眉間にシワ寄せながら目はかっぴらいてて超怖ぇ~……!

「――――」

「ん?」

 なんか口パクパクさせて……えっとぉ?


 ――い、う、あ、う、い、あ。え、お


「???」

 ま、まったくわからん……。読唇術身に付けてないもので、すみません。

「~~~~!」

 ってのが伝わったらしく、また口パクパクしてる。遠目なら可愛いかもしれない。戦闘力が可愛くないけど。

 で、なになに?


 ――い、う、あ、う、い、あ。え、お


 うん。まったく同じ。全然わかんない!


 ――い、う、あ、う、い、あ。え、お!


 …………。

 ……………………。

 …………………………。

 あ、『昼休み待ってろ』ってこと?

 口の形的にたぶんそう。

 なるほどなるほど。ようやくわかった。

 で、えーっと……お断りしたいけどとりあえず意図は伝わったってことで頷いてはおこう。

「~♪」

 ……満足げだ。ってことは伝わってはいる様子。

 ただごめん。俺、その時間逃げるからね? だって来るのわかってんだもん。そりゃそうなるて。

「こらぁー。いつまでそこにいるんだ一年生こねこ。さっさと戻らんと間に合わなくなるぞぉ。それとも首引っ付かんで連れてってほしいのかー?」

「……!」

 鶴の一声。こんじょう先生が声かけたら桃色の悪魔が消えた! 悪霊退散!

 やっぱりこんじょう先生は俺の救世主!

「先生! やっぱあんたぁヒーローだ!」

「お前も早く座れ、それともお前も首掴んで運んだほうが良いか?」

「いえ、大丈夫です。自分で歩けるッス」

 助けてもらっただけでなくそんな手間までかけさせるわけにはいかないんで早急に戻ります。うっす。

「じゃあ全員座ったところで。ちょっと早いが、始めるぞ~」

「「「はーい」」」

 と、俺の救世主の授業が始まって早々に申し訳ないんだけど。俺はこのあと昼にやってくる桃色の悪魔からどう逃げようか考えさせてもらいます。

 ちゃんと受けたいのは山々なんだけどね。命懸かってるんで。仕方ないよね。

 う~ん。つってもどこに逃げよう? やっぱ人があんま来ないあそこしかない……かな?



 ――ガララッ! パシャン!


「って、いない!?」

 昼休み。勢いよく二年生じょうきゅうせいの教室へ入る一年生かきゅうせいが一人。

 音に驚きはしたものの、教室内にいる人間は一人を除いて来客があることはわかっていたのでそれ以上にリアクションは取ることはない。

 というより。取ろうものなら目をつけられかねないので、できるだけ取らないようにしてると言ったほうが正しいかもしれない。

「うる……っさ」

「あァん?」

 と、ここで例外の一人が反応してしまう。

 昼食のおにぎりを二、三個口に放り込んですぐにまたアイマスクをつけて眠ろうとしたところに闖入者ちんにゅうしゃがいたものだから寝付く寸前だったようで機嫌が悪い。

 そして闖入者のほうは最初から機嫌が悪く、目的の人物が見当たらずさらに悪化。

(((こ、これは……最強決定戦?)))

 片や学校では超有名な不良生徒丹夏桃菓。

 片や体育では運動能力の高さを評価され、さらに一部クラスでは祝斗に対して行われている数々の打撃の破壊力を目の当たりにされて恐れられている冬鐘沙幸。

 さらに言えば二人とも恐れ知らず。上級生相手でも恐れなければ不良相手だろうがビビらない。

 そんな二人が出会えば、有象無象は喧嘩バトルしかないと思うのは必然。

「あんた、この席のやつはどこよ?」

(((し、仕掛けたぁ……!)))

 先に声をかけたのは桃菓。それに対しての沙幸の反応だが、祝斗や教師以外に反応することは滅多にない彼女。ここで無視を決め込むこともあり得るがどうか?

「……は?」

(((しゃべったー!)))

 珍しく沙幸は誰かに対して返答。たった一文字でも彼女が言葉を返すという行為の希少性はこの場にいる全員がわかっている。故に、驚きもひとしお。

「だから、あんたの隣の席のやつはどこかって聞いてんの!」

「そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ。キンキン喧しいわね。目もチカチカするし――ん? あなたってもしかして……まぁ、良いわ。そういうこともあるんでしょう。……ふぁ~あ」

 何か個人的に桃菓に対して気づいたことがあるようだが、すぐに眠気が勝って来たので棚上げすることに。

 逆に桃菓のほうは癪に障った様子で沙幸に突っかかろうとする。

「だ、誰を見てたらチカチカするって……?」

「それで瀬和くんのことだっけ? 彼は昼休みに入ってすぐどっか行っちゃったわよ」

「ちょっと! 質問に答えなさいよ!」

「今答えたでしょ。一瞬も覚えてられないの? バカなの? ダチョウなの?」

「そ、そっちはわかったけど。二つ目のほうよ!」

「あなた見てたらチカチカするってほう? 言葉のままよ。はい終わり。瀬和くんもいないし他に用もない。さよなら。おやすみ。私は寝る」

「ちょ、ちょっと……」

「zzz」

「……ほ、本当に寝たの?」

「うんうん。寝た寝た」

「……なら、仕方ないわね」

(((いやいやいやいや。めっちゃ素直!)))

 声には出さないものの、沙幸以外の全員が内心でツッコんだことだろう。

 なにせ明らかに返事されてるのに信じてしまうんだから。

 テッテレー。これのお陰で桃菓への評価の怖さが下がり、可愛さが上がった。

「覚えときなさいよ! フン!」


 ――ピシャン!


「だからうるさいって……」

 勢い良く引き戸を閉め、どこかへ行く桃菓。

 それを一瞬アイマスクをズラして見送った沙幸は、すぐにつけ直して睡魔に身を任せる。

(覚えときなさい……ね。そうしたほうが良いかも)

 微睡みに沈む寸前抱いた予感は記憶の棚にしまい込み。面倒だから外れてほしいなどと考えていれば自然と意識は夢に融けていく。

 さて、教室を去った桃菓はというと。

「あぁーもう! したくなかったのに! スゥ~……ッ!」

 廊下を歩きながらハンカチを思いっきり嗅いでいた。

 先の襲撃で祝斗が落としたハンカチを。



   ☆*☆*☆



 俺の心のヒーロー――こん丈二じょうじ先生。

 担当は歴史で長年陽縁ヶ丘に勤めてるベテラン教師。たしか年齢はもうすぐ六十才だったかな? この年までずっとこの学校にいるらしい。

 あだ名はこんじょう先生とかニラ先生って呼ばれてるんだけど。こんじょうはまぁそのままで分かりやすいからいっか。

 で、なんでニラなのかは本人が一番好きな食材がニラらしいっていうのと、『今』に『ラ』が入ってて『二』をカタカナの『ニ』に見えるからニラ先生なんだってさ。

 よくできてんね。本当。

 あ、ちなみに後半自分のいない出来事をなんで知ってるかってーと。

 まぁ、普通に聞いたからだよ。後でね。

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