第16話 モニモニ

 オーク討伐、並びにミニドルイドとの和解を目指し、森の中へと分け入る。

 村人が道を作ると言っていたのでどれほどの深い森かと思っていたが、木と木の間隔は狭いが、背の高い草がなくて意外と歩きやすい。

 他所にない特徴としては、小さな赤い木の実がよく落ちているのと、スベスベした黒い岩が所々にある。

 木の実はよく見る食用可能なものだが、もしも違っていたら大変なので絶対に触らない。


「ナナミ、これくらいだったら飛べる?」

「横に狭いのが難しいですけど、飛ぼうと思えば飛べるくらいですね」

「じゃあ無理はしないようにって命令しておく」

「あはは、分かりました」


 逆に言えば、いつかは無理をしろという命令も出すかもしれない。

 なるべくそうならないように立ち回らないと。


 森に入ってから、体感一時間ほど。

 魔力感知を使ってモンスターを探しているのだが、中々見つからない。

 というか自分の位置が分からない。

 方位磁石を持ってきているのだが、その針がグルングルンしているのだ。

 もうね、顔面蒼白。

 原因はおそらく所々に見るスベスベした黒い岩。

 この岩に方位磁石を近づけると、そちらへと針が動いてしまう。

 つまりこの岩は磁石だったのだ。


「方角を知ろうにも太陽が見えない。天気も考えて森に入るんだった……」

「曇りですもんね。幸い降りそうにはないですけど」

「ナナミ、あの雲より上に飛べる?」

「拒否します」


 即答!

 とはいえ、ナナミを飛ばして村の位置を知らせてもらえればどうにかなるかな。


 さらにしばらくさまよい続け、泣きそうになってきたころ。

 ナナミが無言で私の服を引っ張り、木の影へ。

 ほぼ同時に私も魔力感知でモンスターを発見。

 でも木々に阻まれているので、目視できるような状況ではない。


「良く気付いたね」

「声が聞こえたので」


 よく耳を澄ませてみると……ああ、なんか聞こえる。

 高い音でモニモニという何とも言えない声。

 オークの声ではないし、魔力感知では一匹だけしか見当たらない。

 正体は何者だろうか。


「ナナミ、私を抱えて飛べる?」

「空を飛ぶのはちょっと。でも軽く浮く程度ならば可能ですよ。足音を消したいんですよね」

「正解。じゃあちょっとお願いするよ」

「はい、お任せを」


 ナナミは私の腰に手をまわし、翼を少しだけ広げてふわりと浮かぶ。


『じゃあここからは全部コンタクトね』

『了解しました』


 少しずつ声のするほうへと近づく。

 そして私たちは、ついにその姿を捉えた。

 ミニと称するに十分すぎるほどの、私の腰くらいまでしかない背丈。

 黒く透き通った体は、卵のように丸っこくて浮遊している。

 その中央に淡く光る水色の明かりがあり、その明かりが顔のようだ。

 水色の部分がフィールドエフェクトの影響を受けていると考えると、あの個体は水属性だろうか。

 最大の特徴で名前の元となったドルイドのローブは、似ても似つかない赤黒いボロ布なのが残念。

 ともかく、あれがミニドルイドだ。


 と! ナナミが木に手をかけたところ枝が大きく揺れてしまった!

 急いで木の陰に隠れて息を殺す。

 ミニドルイドは私たちには気づかなかった様子。

 しかし音には気づいたようで、逃走と言うにはゆっくりだが移動を開始。


『ナナミ、追うよ。あと落ち込まなくていいからね』

『分かりました。移動します』


 いやね、声が落ち込んでいるのよ。

 まったく分かりやすい子なんだから。


 しばらくミニドルイドを追いかけていくと、魔力感知に大量のモンスターが引っかかった。

 もしや罠か?

 そう警戒したのだが、どうやら違う様子。

 森の中にぽっかり空いた小さな広場に、どうにか這い上がれそうなくらいの崖があり、屈まないと頭をぶつけそうな大きさの穴が開いている。

 その周囲には三十を超すミニドルイドがおり、モニモニと会話を繰り広げている。

 一見して平和なミニドルイドの集落だ。

 人を襲わなければ可愛いという感情も少しは湧いてくる光景だが、残念ながら彼らはモンスター。


 先ほど私たちが発見した個体が、集落の中央にいる個体と会話している。

 もしも中央の個体がリーダーだった場合、そして報告している個体が私たちに気づいていた場合、状況は非常に悪くなる。

 しかし私は、それ以上に気がかりなことがあってたまらない。


『倒しますか?』

『ダメ。だって……この中にテイム可能な個体がいるから』


 もしもその個体をテイムできれば、彼らを救う近道になりえる。

 何より彼らには自我があり、小さな社会生活を営めるほどの知能がある。 

 そして昨日トシュから聞いた話。

 ミニドルイドたちは、昔から村人を襲ったことがない。

 それはつまり、彼らには理性があるという証左だ。

 ……賭けてみよう。


「ま、マスター!?」


 彼ら、ミニドルイドへと歩みを進める。

 ナナミの声で彼らも私に気づき、中央の個体を残し一斉に崖の穴へと退避。

 しかし穴はそれほど大きくないようで、最後尾の個体が必死に前の個体を押している。

 きっと中はぎゅうぎゅう詰めなのだろう。


 中央の個体が、顔の前に魔法陣を展開。

 すぐさまナナミが剣を抜き私の半歩前へ。

 いきなり斬りかからないことに君の成長を感じられて、私はうれしいよ。

 そしてミニドルイドもいきなり攻撃を仕掛けてこない辺り、しっかり知能と理性が備わっているのだと分かる。

 さて、始めよう。


「街道で被害を出しているミニドルイドって、君たちだよね?」

「モニモニモ!!」


 ミニドルイドは魔法陣を光らせ威嚇。ナナミも魔石を光らせ威嚇。

 しかしたったこれだけで、本当に交渉が可能なのだと分かってしまった。

 そして魔力感知で見つけたテイム可能な個体が、彼だというのも判明。


「オークに集落を奪われたから、ここで仮の集落を作り、生きるために仕方がなく街道で人を襲った。

 そうでしょ?

 だってあなたたち、今まで村人は一度も襲ったことがないんだよね?」

「モ……モニー!」


 だからなんだー! って感じかな。


「いい? よく聞いて、よく考えて判断して。

 あなたたちがもう人を襲わないと約束するのならば、そして君が私たちの仲間になると約束するのならば、あなたたちの居場所を奪ったオークたちを討伐する。

 あなたたちにもあるんでしょ? 罪悪感。

 じゃないと、討伐される危険を冒してまで荷物だけを奪うなんて面倒な真似はしないからね」

「モニ、モー……」


 うん、考えている。

 考えて、納得してもらわないと困る。

 じゃないと、強制ではいつか破綻する。

 とても長く、あるいは彼にしてみれば一瞬かもしれない時間が過ぎ、彼は魔法陣を消した。

 最後に私が手を差し伸べると彼も近づき、ヘラのように平たく小さな手を乗せる。


「交渉成立でいいんだよね?」

「モニ」

「うん、よかった。それじゃあ……あの子を助けてあげて」


 穴に入れない最後尾の個体が、絶叫して泣いているのだ。

 せっかくの緊迫感が吹き飛ぶし、可哀想すぎて私にも罪悪感が芽生えるよ。




 ミニドルイドたちも平静を取り戻し、おっかなびっくりに私たちと戯れてくれている。

 まさかこんな形でモンスターと最接近するとは、思いもしなかった。

 黒く透明な体はとても柔らかく、しかし水のように冷たい。

 一方あちらは人間の手の温かさに驚いている様子。

 お互い様というわけだ。

 ひとつ面白いのは、ナナミが彼ら以上にビクビクしているところ。


「おやおやナナミさーん、意外な一面が見られたねー」

「ち、違います。わたし魔法には弱いので、ミニドルイドは苦手な相手というか、天敵というか」

「だってさみんな。ナナミにくっ付いちゃえー」

「モニモニー」

「イヤアアアア!」


 まあ、私もくっ付いちゃうんですけどね。

 さてお互いの緊張がほぐれたところで、オーク討伐へと舵を切ろう。

 仲間となったリーダー君を手招き。

 ちなみに彼が人間化していないのには理由がある。

 本来のテイムは、魔力操作で私の魔力を彼の色に染め、そして注ぎ込む。

 この工程を行っていない現状は、言わば口約束をしたに過ぎない。

 オークを討伐して、改めて彼が納得してくれたならば、正式に契約を結ぶつもり。

 だけどナナミの例があるので、無理やりに従属させるというのは、私の中では避けたい選択肢なのだ。


「オークの居場所は分かってるんだよね?」

「モニッ」

「数は分かる?」


 周囲のミニドルイド九匹が整列。


「九匹ね。それって全部一か所に固まってるって考えていいんだよね?」

「モニッ」

「だったら……だったら、みんなにも手伝ってもらおうか」


 私に浮かんだ作戦は、包囲しての一斉攻撃。

 ミニドルイドが浮遊して足音がしないモンスターだからこそ可能な戦法だ。

 それに私たちだけではなく彼らも戦うほうがいいだろう。


「ナナミはどう思う?」

「そうですね、そのほうが彼らにの自信にもなるでしょう」


 モンスターに自信を付けさせていいのだろうか?

 とにかく、これで最終段階へと移れる。


 仮集落をみんなで出発してしばらく。

 オークに占領されているミニドルイドの集落まであと少しの場所まで来た。。

 彼らの話では、仮集落よりも大きな広場があり、木のウロを寝床にして生活していたようだ。

 ここで一旦止まり、全員に作戦を伝達する。

 私の提示した作戦はこうだ。

 まずナナミが単身で突っ込み、九匹のオークを広場の一か所に集める。

 オークが集まったところでナナミは空に退避。

 ここで私の合図で、広場を取り囲んでいたミニドルイドが一斉攻撃を開始。

 私の【変質者】の影響から、魔法の種類は問わない。

 とにかく数の暴力で押し切る。

 もしも取り逃したオークがいた場合は、ナナミが仕留める。

 私の仕事が合図だけなのは心苦しいけど、テイマーもヒーラーも自分では攻撃しないタイプの役職なので仕方がない。


「みんな、いいね?」

「モニ!」

「ナナミもいい?」

「腕が鳴ります」

「それじゃあ作戦開始。ミニドルイドは散開して広場を取り囲んで」


 一斉に散るミニドルイドたち。

 所々で一緒に行動をしている者もいるのがほほえましい。

 そして仲間入りしたリーダーの個体は、しっかり私たちのもとに残っている。

 これは私の勘なのだけど、この子は罪滅ぼしのつもりで頷いたのかもしれない。

 もしもそうだとしたら、なんと律義な性格なのだろうか。


「……モニ」

「準備出来たっぽいね。ナナミ、行ける?」

「いつでも」

「よし、それじゃあ戦闘開始。

 ミニドルイドの集落を奪ったオークたちを、彼らの手で一網打尽にしてやろう」

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