第15話 チッツ村の魔術師騒動
クイートの町、滞在予定最終日。
事の顛末を見届ける前に町を去るのは心苦しい。
しかし私たちには目的があり、それにはタイムリミットが存在している。
あのあと副団長さんにも話をしたのだが、引き締まった表情で心配はいらないと強く宣言してくれた。
さらにはリンジーパパさんが事の真相を知り、何かあれば住民が付いていると副団長さんを励ましていた。
副団長さんにはこれだけの仲間がいるのだから、何も不安はない。
それから念のため父のことも聞いたのだが、名前は知っているという程度で収穫無し。
あとはトラキへと向かうのみだ。
「それじゃあチェックアウトお願いします」
「はーい。ルーネさんだったらいつでもタダで宿泊していいですから、また戻ってきてくださいね」
「タダならば喜んで~」
リンジーさんと笑いあい、別れを惜しむ。
このあとは協会に寄って、フリーの冒険者と共にトラキ方面の馬車の護衛をしつつ、次の町【ヘロクセス】へと向かう予定。
ヘロクセスは王国第二の都市なので、色々な情報が得られるのではないかと期待している。
しかしその前に五日かけての山越えがあるので、私とナナミの二人だけでは危険が過ぎるのだ。
冒険者協会に到着し、まずは依頼書の確認。
相変わらず町内の簡単な依頼ばかりだが、乗合馬車の護衛依頼は恒常で出ているはず。
出ている、ハズ。
ハズ……なんだけど……?
「ナナミ、そっちは?」
「王都方面はありますが、トラキ方面は見つかりませんね」
「やっぱり?」
なんだろう、もしかして木札が切れているのかも。
そう思い受付に話を聞こうとしたところで、入り口のドアが勢いよく開かれ、息の上がっている十歳前後の少年が飛び込んできた。
少年は頭の上に獣の耳があるので亜人だ。
その少年と受付との会話を要約すると、こんな感じ。
少年曰く、村への街道にモンスターが出たので討伐依頼を出したい。でも村にはお金がないから供託金払いでお願いしたい。
街道にモンスターが出るため、村に来るはずの行商人が来られず、そのためお金を作ろうにもどうにも立ち行かなくなっている。
また食料も底をつき始めており、このままでは村が全滅してしまう。
なので街道のモンスターを討伐してもらえれば、その後に供託金はまとめて支払うつもり。
協会曰く、村は以前にも供託金払いで別の討伐依頼を出しており、そちらの供託金が支払われていない以上、今回の依頼は受理できない。
供託金の支払期日は延長できないため、最初の支払いに延滞料金が発生する。
その額は一日銀貨十枚。
少年、その額は支払えないと泣き崩れる。
周囲の冒険者たちは、協会の決めたことだからと静観の構え。
だけど私たちは、協会の不正を知ってしまっている。
そもそもの話、供託金払いに延滞料金が発生するだなんて聞いたことがない。
目の前の少年よりも小さな子供が依頼を出すことも珍しくないのに、そこに延滞料金なんてあったら一生支払い続けるはめになる。
しかもその額が完全にボッタクリ。
門前払いのための嘘だとしても質が悪いし、少年の絶望した表情は、この依頼が本当に村の危機なのだと強く訴えている。
『マスター』
分かってるって。
「ねえ君、その依頼私たちが受けるよ」
「グスッ。でも村にはお金がないし……」
「それは村の人と相談するから、今は気にしなくていいよ」
「……ありがとう、お姉ちゃんたち」
「私はルーネ、こっちはナナミ。それじゃあ早速向かおう」
少年を手を取り、村まで向かう手段を探す。
しかし幸運なことに少年は馬で来ており、村に出入りする顔見知りの商人に馬を預けているという。
少年と私が馬に跨り、ナナミは上空から追いかけてきてもらおう。
ナナミが空へと上がると、少年が子供らしく大興奮していた。
私もそういう感性を持ちたかったよ。
「ねえ君、細かい依頼内容を教えてくれる? あと君の名前も」
「僕はトシュ。村の名前はチッツで、五十人くらいの小さな村だよ。
村の近くの森には珍しい薬草が生えているんだけど、その森に住んでいるミニドルイドが街道で人を襲うようになったんだ」
相手はミニドルイドなのか。完全に魔術師タイプだ。
先にミニドルイドを説明しておく。
まずドルイドというのは、七転信教では幹部級の司祭のことを指す。
その幹部級司祭は、同時に宗教裁判の陪審員も兼ねている。
この陪審員として立つ時の正装が、顔が隠れるほどの長いフード付きの白いローブで、罪人が個人を特定できないようになっている。
そしてミニドルイドは、この長いローブ姿に似ているところから名前が来ている。
……名前を付けた時、本職のドルイドに怒られなかったのかな?
それから、確か使う魔法が生息地で異なるはず。
以前も話に出たフィールドエフェクトと同じだ。
幸いなのは、一番簡単な魔法くらいしか使えないということ。
しかし集団で行動する性質を持っているので、油断はできない。
「被害はいつくらいから?」
「一か月くらい前からかな。街道を通る人を襲って、その荷物を奪う感じ。
死んだ人はいないけど、行商人は命よりも荷物だからって、討伐されないと来ないって言ってる。
でもその少し前にはオークが村を襲ったことがあって、その時のお金がまだ払えてないんだ」
なるほどなるほど。
つまりこれって、討伐から漏れたオークが森に入ってミニドルイドの縄張りを荒らしたから、仕方なくミニドルイドが街道に進出してきたっていう構図なんじゃ?
ならば責任はオークを倒し損ねた冒険者と、依頼達成を承認したクイートの冒険者協会、そして総責任者である協会長にも及ぶことになる。
中々あくどい事をやっておりますねぇ!
「お、お姉ちゃん?」
「おっとごめん、溜まった鬱憤が溢れかけた」
とにかく、状況は掴めた。
人助けのし甲斐がありそうだ。
トシュの話では、馬で半日で村に着くという。
しかし二人乗り、かつ往復なのでそこまで無理はさせられないだろう。
時折休みながら村へと向かう街道を走る。
左手には森があり、右手には小川が流れている。
この地形ならば、森を追い出されたミニドルイドが行き場を失うのも仕方がない。
川沿いに元馬車だと思われる木片を見つけた。
警戒すべき区間に入ったのだ。ここからは止まれない。
「村に直接の被害は?」
「今のところないよ。森に入ってミニドルイドに襲われたって人もいない」
「村人だけで討伐しようとしたってこと?」
「ううん、昔からそうみたい」
昔からということは、ミニドルイドとしても村とは一線を引いていたのだろう。
しかしオークのせいで自らその線を越えざるを得なくなった。
……ミニドルイドも被害者なんだ。
テイマーとしては割り切れない気持ちが湧いてくる。
せめて両者の関係がこれ以上壊れないようにしないと。
街道で襲われることはなく、無事チッツ村に到着。
背後が森と川の、言わばどん詰まりに位置する小さな村だ。
丁度村の中心と思われる井戸の周りで、大人たちが侃々諤々の言い争い中。
みんな獣の耳があるので、ここは亜人の村のようだ。
ちなみに亜人はそれなりに珍しいが、例えると遠方の国の住人という程度なので、人買いに狙われるというような話はない。
私が馬から降りればナナミも降りてきて、それに気づいた村人たちが一斉に私を見やる。
しかし女子供じゃないかと文句が方々から聞こえており、中々に胸糞悪い。
そんな私たちのもとに、腰の曲がったおじいちゃんがやってきた。
「ワシらの依頼を受けてくださった冒険者様とお見受けいたします。
おっと、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。ワシがこの村の長を務めているガントという者です。
えー……失礼ながら、お二方だけなのでしょうか?」
「クイートの冒険者協会は、前回の供託金未払いを理由に依頼を不受理としました。
それを聞き泣き崩れる彼を見捨ててはおけなかったので、私たち二人だけでもと思ってやってきたんです。
歓迎はされていないようですけどね」
「い、いえいえ!
ワシらは田舎者ですゆえ、偏見の目で見てしまったのは確かではあります。
しかし決してお二人の善意を軽んじる気はございません」
本当かなぁ?
疑っていても仕方がないので、話を進める。
私たちが要求した報酬は、森で採れるという珍しい薬草を二十束。
ヘロクセスで売って大儲けするんだ―。
結構な量だけど、村が滅亡するよりはいいでしょ。
今から森に入るわけにはいかないので、本日は村で一泊。
トシュのご両親が泊めてくれるとのこと。
井戸の周囲に集まっていた人たちにはいい印象を受けなかった。
一方トシュのご両親は私たちを大歓迎。
その代わりにトシュがめちゃくちゃに叱られているのだけど。
ご両親から色々と話が聞けた。
最初の依頼であるオーク討伐に来た冒険者は筋骨隆々の荒っぽい者たち。
あまりに早い依頼完了報告に、村人が討伐したオークの確認を求めると、自分たちを信用できないのかと激怒して、村人の要求を無視して帰ってしまった。
またその後に森の中でオークを見たという村人もおり、再度の確認をクイートの冒険者協会に求めていた。
供託金を支払っていないのはこの件で協会と揉めていたためで、決して支払う気が無いというわけではない。
しかし村人たちは冒険者と協会の両方に不信感を覚えてしまい、今回の依頼を出すべきか散々揉めていたのだという。
そんな大人の葛藤に呆れたトシュは、周囲の制止も聞かずに馬を駆ってクイートの冒険者協会に乗り込んだ。
その結果が私たちと出会い、結果的に村の功労者となりそうなのだから、あそこまで叱らなくてもとは思うのだけど。
「最初に目撃されたオークの数と、ミニドルイドの数は分かりますか?」
「オークの目撃情報は多くはありませんが……あ、これはギャグではなく。
改めまして、オークの数は七~八体ですが、さらに多くいる可能性もあります。
それとミニドルイドは元々人に姿を見せないタイプなので正確な数は分からないのですが、街道を襲うのは十匹くらいだと思います」
「多く見積もってもオークのほうが数自体は少ないと。
……だったら狙うはオークだ」
ナナミと目を合わせて頷く。
私たちのターゲットは、街道を襲うミニドルイドではなく、前任の冒険者が討ち漏らしたオーク。
あとは実際に森に入ってから。
臨機応変、あるいは出たとこ勝負。
今できることは、せいぜいよく眠って体調を整えるくらい。
「お姉ちゃんたちごめん。うちお客さん用の寝具が一組しかないんだ」
「気にしないでいいよ。ナナミはいつも座りながら寝るから」
「……体壊さない?」
私も最初は同じ感想を持っていた。
今はない。
それだけナナミに信頼を置いているという意味で、だけど。
翌朝。外が何やら騒がしい。
確認のため外に出てみると、若い男性たちがそれぞれ手にクワやカマなどの武器になりそうな農具を持って、森に入ろうとしていた。
もしやあの農具でオークに対抗する気か?
気は確かか?
とにかく急いで彼らを止めて話を聞く。
「あんたらか。すまねぇな、昨日はオレらも冷静じゃなかった。
んでな、頭を冷やしてから改めて話し合ったんだ。
ここはオレらの村で、オレらが守らにゃならねぇ。けどモンスターと戦える力がないのも事実だ。
だからせめてあんたらの邪魔にならんように、森の中に道を作っておこうと思ったんだよ」
「薬草さ採るっていう約束もあんべよ?
ありゃーこの村にとっても重要な収入源だかんな、道さこしらえるんはオレらにとっても悪くねぇのよ」
つまり昨日の態度を反省して、せめて私たちの役に立つように、そして村の将来のためにも、森の中に道を作ろうとしていたと。
他の村人の表情を見る限り、この話に嘘はない。
だけど森の中でオークに襲われたら、あるいはオークが再び村を襲うような事態になれば、振り出し以上に悪化してしまう。
そう村人を諭していると、村長さんもやってきて男衆を叱り、解散を指示。
ダメ押しに私から再度の警告を行い、ようやく血気盛んな男衆が大人しくなった。
気持ちは嬉しい。
しかし世の中にはありがた迷惑という言葉もある。
ようやく理解してくれた男衆は、所在なさげに我が家へと帰って行った。
さて、ここからが私たちの本番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます