第14話 母の愛
憲兵団本部での仕事を終えて、ナナミと合流し病院へと向かう。
ナナミからはお留守番命令への不服を改めて聞かされたが、手に入れた情報を提示すればすぐにおとなしくなった。
実際、あそこにナナミがいたら副団長からあんな話は聞けなかっただろう。
病院に到着。
お花屋さんの仕事と並行して、冒険者二人と面会。
配達自体はナナミのおかげでかなり早く進んでいるので、のんびり話ができる余裕は十分にある。
二人とも同じ大部屋で、まだベッドの上だが顔色も良く元気そうだ。
「こんにちは。どんな塩梅ですか?」
「おお、あの時の。
俺らはどっちも、ひと月もすれば退院できるそうだ」
「医者には、今度からはヒーラーも連れて行けって怒られたよ」
「俺は葬儀屋を連れて行けって言われた……」
中々辛辣なお医者さんのようだ。
その後も二人の武勇伝を聞きつつ、私たちの旅の目的も話しつつ。
「そういえば、お二人はクイートの町には詳しいんですか?」
「二人ともここの出身だよ」
「幼馴染っていうか、腐れ縁ってやつだな」
私の周りは両親の関係でどうしても大人が多かったから、同世代の子供と遊んだ記憶はあまりない。
そういった意味では、ナナミが最初の同世代(見た目)かも。
しかしこれは僥倖。
「実は先日闇属性の人を見かけまして、その周辺で憲兵団の副団長さんの噂を聞いたんですよ」
「あ~、さっきも来てたな」
「げっ!」
「今はいないよ。娘さんと散歩に出てるから。
しっかし、そこに目を付けるとはなぁ」
「有名なんですか?」
「この町は所詮田舎だから、噂が回るのも早い。
でも悪い噂が付くような人じゃないのは町のみんなも分かってるから、噂を相手にしていないって感じだね」
「旦那さんに先立たれてから一人で娘さんを育てたうえに、副団長にまでなった人だからな」
これはもしや、私の推測は逆だったのかもしれない。
つまり副団長は評判通りの立派な人で、裏路地で聞いた話が間違っているか、何かしら尾ひれがついている可能性だ。
「んでもよ、憲兵団の給料で娘さんの治療費って払えるのかね?」
「ん? それってどういうことですか?」
「僕らも最初は憲兵団に入るつもりだったんだけど、その薄給さを見て冒険者に鞍替えしたんだよ」
「新入団員の給料がたったの銀貨百枚だもんな。普通の生活すらままならねーよ」
成人男性の一か月の生活費は、おおよそ銀貨百五十枚。
これには遊興費を含めていない。
なので普通の生活すらままならないというのは正しい。
だから犯罪組織からの裏金に手を出したのか?
娘さんを救うため?
「っと、噂をすれば」
先ほど花束を渡した女性が、女の子を車椅子に乗せて帰ってきた。
やはり彼女が副団長か。
と、あちらも私がいることに気づき、お互いに会釈。
ここはあくまでも偶然を装おう。
「先ほどはどうもです。
仕事のついでに知人を見舞いに来たんですけど、同じ病室だったんですね」
「ええ、本当に奇遇ですね。
メアリー、この人がさっき言ってたお姉ちゃんだよ」
「そうなんだ! お姉ちゃん、わたしの好きなお花を一杯ありがとう!」
「いえいえ~」
笑顔でそう答えるが、内心は複雑である。
年相応の笑顔、年相応の口調、そして年相応の身長。
十三歳にして捨て去った私の子供っぽい部分を、彼女はすべて持っている。
その彼女に、お姉ちゃんと言われてしまったのだ。
心で泣いておこう。
私の耳は完全に副団長とメアリーちゃんの会話に向いており、こちらの二人に対しては生返事になっている。
とはいえこちらの二人も事情を察して、相手をナナミに変更してくれている。
ナナミの人当たりの良さが発揮されているのだ。
「ねえお母さん、本当にお金大丈夫なの?
わたしだったら、全然我慢できるよ?」
「大丈夫、メアリーが心配することは何もないから」
唐突に聞こえた、重要な会話。
どうやらメアリーちゃんは近いうちに手術を受けるらしく、その手術費はメアリーちゃんも心配するほど高額な様子。
ここまで来れば答えは一つしかない。
そしてその答えは、おそらくメアリーちゃんにとっては許しがたいものだ。
「そろそろお母さん行くね」
「うん。お母さん、頑張って町の平和を守ってね」
もしも自分が副団長だったら、自責の念に押しつぶされるだろう。
だからこそ、今を逃すわけにはいかない。
「ナナミ、ここで待ってて」
「……ご武運を」
病院を出たところで、副団長を見つけた。
肩を落とし大きなため息をつく姿に、私は確信とともに、小さな使命感を抱いてしまう。
今止めなければ、副団長は堕ちてしまう。
それを救えるのは、私だけ。
傲慢な考えなのは百も承知。私のエゴなのも理解している。
だけど、近しい境遇を持つ子供として、見過ごすことは絶対に出来ない。
「副団長さん!」
「……なんですか?」
「お話があります。父親のいない子供としての、お話が」
振り向いた副団長さんは、堕ちる覚悟を決めてしまったように見える。
だけど、まだだ。
一旦病院近くの静かな公園へと移動。
ベンチに座り、ここからが私の勝負どころだと静かに気合を入れる。
「本当にそれでいいんですか? その覚悟に後悔はありませんか?」
「だからさっきから、何なんですか?」
「メアリーちゃんの手術費用を、犯罪組織からの裏金で賄おうとしている」
「……誰から聞いたんですか?」
「裏金のことは闇属性の男からです。当然面識はなくて盗み聞きですよ。
それがメアリーちゃんのためだと気づいたのは、ついさっきですけど」
大きくため息をつく副団長さん。
「さっきのお二人の会話ですけど、違和感がありましたよね。
普通の会話の中で、突然メアリーちゃんが手術費用の心配をした。
あれって多分、私に助けを求めたんだと思うんですよ」
「それは、メアリーは全てを知っていると?」
「子供って、親が思っている以上に、親のことを見ているんです。
十三歳の私が言うんだから間違いありません」
「じゅ……えっ?」
鉄板ネタではあるけれど、真剣な話の最中にそんなに驚かなくても、とは思う。
と、そこでナナミからコンタクト。
『マスター、メアリーちゃんからの伝言です。お母さんを止めて、とのことです』
言われずとも。
「副団長さん、今ならばまだ引き返せます。
メアリーちゃんに、立派な母親だと胸を張るチャンスがあります。
あなたほどの人望と能力があれば、黒いお金になんて手を染めずに、この困難を乗り越えられます。
……メアリーちゃんに、許してもらえます」
「許して……」
途端に、副団長さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
副団長さんは、メアリーちゃんが無事ならば自分の命すら投げ出す覚悟だったのだろう。
だけどそんな覚悟、娘が許すはずがない。
私だって母親がそんな覚悟を決めたら、感情を露わにしていたに決まっている。
だから、別の覚悟を提示する。
「憲兵団員の給料は国が定めているものですよね。
だけど聞いた限りでは、クイートの憲兵団は普通の生活も困難なほど薄給だ。
おかしいですよね。どこかで誰かが掠め取っているんじゃないですか?
たとえばやる気を見せない団長とか、その上にいる町長や侯爵貴族。
副団長さんが本当にすべき覚悟は、そういった不正を暴いて正すというものだと思いますよ」
声を押し殺し、止まらない涙を袖で拭いつつ、何度も頷く風団長さん。
まだすべての解決には遠いだろうけど、少なくともメアリーちゃんの依頼は達成できたかな。
「はい、ハンカチ。
まったく、副団長ともあろうお方が袖を濡らしちゃだめですよ」
「……すみません」
「謝る相手が違います。ほら、涙を止めて謝りに行きましょう」
そう促したが、副団長さんが涙を止めるには、だいぶ時間がかかった。
さらにはナナミがメアリーちゃんの乗る車椅子を押して病院の玄関で待っており、副団長さんはとても可愛らしくみっともない姿を、娘にしっかりと見られてしまうのだった。
翌日、副団長さんが宿屋さんに来た。
「あのあとメアリーにこっ酷く叱られました。『娘を悪夢に落とすのか!』って。
私は娘さえ無事ならばと考えていましたが、しかし娘から母親を奪ってしまいそうになっていた。
まったく、母親失格ですね」
「でも許してくれたんでしょう?」
「しっかり条件を付けられましたけどね。
……今日伺ったのは、その条件のことでご相談があるからです」
「町の腐敗を一掃、でしょうかね?」
昨日とは違う、諦めではなく困難に立ち向かう前の一息といった感じで、ため息をつく副団長さん。
私を巻き込んだのは、それだけ私に魅力があったからだと思おう。
「現団長は町長の親戚で、縁故採用で団長の座に着いた男なんです。
おかげでその座に足るほどの剣術も求心力も持たず、ただ暇を食いつぶすだけ。
そして町長は遠方の地方貴族を血縁に持つため、民衆を下に見ている節があり、さらに守銭奴の元団長は、その町長の推薦によって冒険者協会のギルマスの座に着いています」
「上が見事に繋がってるんだ。
……でも犯罪組織との繋がりは何なんですか?」
「二代前の団長の死因は公式には事故とされていますが、真実は毒殺されているんです。
毒殺を画策した犯人は分かっていませんが、毒薬を調達したのが件の犯罪組織。
戦争があった時代に憲兵団の装備が不足した際、その犯罪組織から武器を調達したというのが、最初の繋がりのようですね」
戦争があった時代とは、数百年前にここ南大陸の全土を巻き込んだ大戦争である【大陸戦争】のことだ。
今でもその遺構はあちこちに存在し、モンスターの巣窟と化している場所も多い。
ただしナナミを見つけたヒナナミ遺跡はさらに古い時代のものなので、これとは関係ない。
「私に対しては、あちらからの接触でした。
メアリーの件を知った組織が、私を駒に使うために接触を試みたのです」
「実際にはどうだったんですか?」
「目的を隠すこともしなかったので、最初は拒絶しました。
ですが一味との問答の最中に町長と団長、そして協会長の名前も挙がって、さらにはメアリーを人質にされては抵抗も出来ず……」
「全部繋がってるうえに、メアリーちゃんを人質にするなんて。ひどすぎる」
それから、邪神教徒との繋がりはきっぱりと否定された。
おそらくは犯罪組織の一味が憲兵に変装して邪神教徒と接触したところを見られ、尾ひれがついてそのような噂になったのだろう。
これで最悪のケースである、憲兵団がテロリストという可能性は消えた。
町の腐敗構造がおおよそ見えた。
まさか数百年前にまで繋がるとは思っていなかったけれど。
だけど、これだけの証言があれば十分。
早速だけど、私の持つ王国とのコネクションを使わせてもらう。
とはいえ私が直接そのコネクションを使うには、また王都へと戻らなければならない。
一応は急ぐ旅。出戻りは勘弁してもらいたい。
そう悩んでると、八人パーティーの冒険者が宿をチェックアウトしに来た。
リンジーママさんとの世間話に聞き耳を立ててみると、彼らはこれから商会の輸送隊と一緒に王都へと向かうという。
二十代前後の若い人たちだけど、装備の使い込み具合で一流の冒険者だと分かる。
……乗るか。
「すみません、王都まで向かうのでしたら、ひとつ頼まれていただけませんか?」
「ああ、行きがけだし構わないよ」
よし!
ママさんから便箋を分けていただいて、王都の
町長と憲兵団長、そして冒険者協会の協会長がグルになって不正を働き、かつ犯罪組織との繋がりもある。
それを副団長にも強要し、あろうことか娘を人質にしてきた。
これだけでも国が動くのには十分過ぎる。
しかしこういう時、識字率が高いクロス王国は強い。
もしも文字の読み書きが出来なかったら口伝になるけれど、それだと途中でニュアンスが変わってしまうかもしれない。
特に今回のような告発でそれが起こってしまうと、すべてが台無しになりかねない。
それに内容を冒険者の彼らには知られずに済む。
「この手紙を王都の協会長さんに渡してください。お願いします」
「確かに承ったよ。報告は?」
「協会長さんに渡れば何かしらリアクションがあるはずなので、それで十分です」
「分かった。それじゃあこの手紙は僕たち
さわやかな男性剣士に手紙を託す。
副団長にも了承を取り、これで事態は一気に動くはず。
ただ一つ残念なのは、私たちはその結末を見届けられないということだ。
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