第13話 ドライフラワー

 中心街にあるとは思えないほど暗く狭い裏路地。

 建物の裏口に木箱や樽もあるので、とてもプライベートな生活スペースなのは間違いない。

 ここでの戦闘は、剣では不可能だろう。

 となると相手は犯罪組織の暗殺者かもしれない。

 命あっての物種かも……。

 そんなことを思いながら進んだ先にあったのは、残念ながら壁。

 私たちが見たあの人影は、この路地のどこかで消えたのだ。

 あるいは私たちを消すために、わざと袋小路に誘ったか。


「ナナミ、いざとなったらあなただけでも逃げて、そして助けを呼んできて」

「その心配はいりませんよ」


 ナナミの余裕は、まだ敵が出てきてないからだろう。

 私が悪い方向に考えすぎなだけかもしれないけど。

 どちらにせよ目の前に壁があるという事実は変わらないので、引き返そう。

 そう思って振り返ると、足音が近づいてきた。二人分だ。

 剣を抜こうとするナナミを押さえつつ、積んである木箱の陰に隠れて様子をうかがう。


「ったく、しょっぱいシノギばっかりじゃねーか。どーなってんだ」

「憲兵団からの締め付けが厳しくなったって話っすからね。

 副団長への裏金、上が渋ってるって話もありますし」

「ああ、オレも聞いた。あおりを受けるのはオレら下っ端なんだっつーの」


 やってきた二人は私たちには気づくことなく、裏口から建物へと消えた。

 裏社会もなかなか大変なようだ。

 そんな感想を抱くが、会話の内容は見逃せないものだった。

 特に、憲兵団の副団長への裏金。

 これが本当ならば、国に通報すべき話だ。

 ただ、肝心の通報先こそが憲兵団なので、別の手段を考える必要がある。

 例えば……情報の早い商人に頼むか、あるいは冒険者協会を使うか。

 どちらにせよ、まずは安全にここから出ないと。


「ナナミ、上から周辺を監視して。

 私を追う人がいたら心の中でコンタクトしてみて」

「マスターがわたしに向けるテレパシーの逆をやるんですね」

「そういうこと。頼んだよ」


 頷き、ナナミは狭い路地を垂直に空へ。

 この遠隔コンタクトは、魔力を密に繋げられるテイマーだからこそ使える能力。

 欠点は、モンスターは人語を話せないので、詳細な報告が出来ないこと。

 だけど私たちにその欠点はない。

 大いに利用していかないと。


『マスター、聞こえますか?』

『大丈夫、聞こえてるよ』


 早速ナナミからの声が聞こえた。テストしたんだね。

 頭に響くという感じではなく、声が浮かんでくるというイメージだ。

 私もお返しして、慎重に裏路地からの脱出を開始。


『今のところ誰も来ていません』

『よしよし、順調』


 とはいえ私は自分の靴の音が反響するたび、縮み上がっているのだが。

 しかし……やはり勢いで飛び込むのは危険だ。

 人助けをするのならば、今後もこのような場面に出くわすだろう。

 その時私が私自身を守るためにも、とっさの時にも対処できるように、いつでも準備はしておこう。


 あんな裏路地を人が頻繁に通るはずもなく、無事に明るい大通りへと出られた。

 太陽って、いいね!

 ナナミにはこのまま上空からの監視を頼む。

 ゴールは冒険者協会。

 そう考えていたのだが、通り過ぎる冒険者の会話に、不穏な単語が混ざっていた。

 クズの協会長ギルマス

 いやいや、まさかそんな~。名前がクズさんなんでしょ~?

 ……ないか? ないなぁ~。


『ナナミ、行き先変更。このまま宿屋さんに戻るよ』

『分かりました。今のところ周囲に不審な影は見当たりません』


 了解。

 だけど私自身の安寧のためにも油断はできない。




 私の緊張が解けたのは、宿屋さんの小さなラウンジで、リンジーさんからホットミルクを頂いてから。

 ナナミの白ひげ姿に笑って、特大のため息をつく。

 だけど話はここからが本番。


「リンジーさん、この町の憲兵団と冒険者協会の評判はどんな感じですか?」

「うーん、憲兵団は正直酷いですね。税金泥棒ですよ、完全に。

 私が襲われた事件も、たぶん解決しないと思います。

 冒険者協会は……うちに泊まった冒険者さんたちの話を聞く限り、簡単な依頼しかないらしいんですけど、それ以上は分かりません」

「憲兵団は論外として、やっぱり協会も頼るのは不安があるなぁ」


 と、そこにリンジーパパさんもやってきた。


「憲兵団も昔はよかったんだ。

 だけど二代前の団長が急死してな、しばらく席が空いたんだが、その間に一気に弱体化しちまったんだよ。

 んでようやく来た先代団長は金にがめつい評判の悪い男で、今の団長は全くやる気がないと来た。

 はっきり言って、自警団でも組織したほうがまだマシってもんだよ」

「そんなに……。

 じゃあ副団長はどうなんですか?」

「ああ、彼女はしっかりしてるよ。

 やる気のない団長に代わって冒険者協会との仲を取り成したり、組織犯罪に対する対策もいろいろと講じている。

 次期団長は間違いないね」


 思わずナナミと顔を見合わせてしまった。

 裏路地で聞いた話とはまるで正反対。

 しかしどちらが正しいかは論ずるまでもない。

 そして副団長と冒険者協会は繋がっている。

 以上の点から、憲兵団も冒険者協会も信用できない。

 さてどうしたものか。


「ルーネさん、何かあったんですか?」

「うん、憲兵団に関する悪い噂を聞いちゃったもので。

 お二人の話を聞く限り、嘘とは思えないんですよね」

「あーあの。憲兵団が邪神教徒に武器の横流しをしてるっていう」

「あはは~」


 笑ってごまかす。

 いやいや、冗談じゃない。

 クイートは王都から三日離れているとはいえ、まだまだ王様の影響力が強い町。

 そんな町の憲兵団が、あろうことか邪神教徒とグル?

 だとすれば、それはもはや憲兵団の皮をかぶった国家転覆を企てるテロリストだ。


「パパさんは、この噂をどう見ていますか?」

「さすがにありえないね。あの副団長が見逃すはずがないさ」

「つまり副団長さんが黒幕ならば、完璧なテロ計画ということですね」

「それは……」


 この指摘はナナミから。

 パパさんは信じたくないというような表情でしばし考えた後、無言で厨房へ。

 リンジーさんも話が飛躍しすぎだろうと言って、ベッドメイクへと向かった。

 そんな二人と入れ替わるように、次はママさんが登場。


「旦那が珍しく難しい顔をしてたんですけど、何かあったんですか?」

「憲兵団が信用に欠けるという噂を耳にしまして」


 同じ話をママさんにも。


「なるほどね。その噂なら私も聞いたことがあります。

 副団長が黒幕という線は、さすがに考えませんでしたけど。

 だけど……」

「何か心当たりがあるんですか?」

「いえ、これも噂程度なんですけど、今の団長は副団長の傀儡状態らしいんですよ。

 だから黒幕という話も、無くはないなと」

「つまり団長と副団長との力関係は実は逆で、実権は副団長が握っていると」

「団長のやる気のなさも、それだったら納得できてしまうんですよ」


 一気に点と点が線で繋がってしまった。

 とはいえこれはあくまでも推測であり、証拠はひとつもない。

 そして私とナナミだけでこの件を解決するのは、いくらなんでも無理が過ぎる。

 せいぜい尻尾を掴んで、それを国に報告するくらい。

 果たしてそれができるのかと言えば、難しいだろう。

 偶然に副団長と犯罪組織との接触を捉えでもしない限りは。




 翌日。

 リンジー親子の宿屋さんでは、朝食が無料で付いてくる。

 いいサービスだ。

 だけど昼食と夕食は、当然自腹。

 宿泊代をタダにしてもらえた私たちでも、これは同じ。

 つまりお金を稼がないといけない。

 あの冒険者協会で。

 複雑な心境ではあるが、背に腹は変えられない。


 協会に到着。外観はごく普通だ。

 中は、受付の愛想が悪いのが目を引くけれど、他はごく普通。

 周りにいる冒険者たちも、特に荒れている様子はない。

 ただ、依頼書の内容が気になった。

 昨日リンジーさんから聞いた通り、ごく簡単な依頼しかない。

 薬草採取しかり、討伐しかり。

 邪推すると、冒険者が育って邪神教徒や犯罪組織と対立するのを抑制するため。

 考えすぎだろうけど。


 私たちが選んだ依頼は、お花屋さんの配達手伝い。

 お花屋さんのご主人が腰を痛めてしまったので、その代理というわけ。

 お店の名前が刺繍されたエプロンをして、荷車を引いて町中を配達する。

 道具屋でも配達の手伝いをしていた私にとっては慣れたものだ。

 それに遠い場所にはナナミに飛んでもらえばいい。

 空飛ぶお花屋さん……いいね、一儲けできそう。


「マスター、わたしにも拒否する意思はありますよ」

「おっと、バレたか。

 でも将来的には、ナナミ一人で依頼をこなせるくらいにはなってほしいな」

「それは頑張ります」


 今のはコンタクトではなくて私の顔でバレた。

 自分では守銭奴だとは思っていないが、その気があるのは自覚している。

 子供心に母親に負担をかけないようにとしてきた弊害だろうか。

 ……それでなくても顔でバレることが多いような?

 もしかして私って、顔に出るタイプだったのか?


「思いっきり顔に出ていますよ」

「マジで!?」

「マジです」


 自分に対する認識を改める必要がありそうだ。

 などと世間話をしつつ配達を進める。

 次の配送先は――。


 それから二日。

 継続してお花屋さんの手伝いをこなしつつ、町の様子を観察。

 噂程度ならば耳に入るが、しかし決定的な証拠は未だつかめず。


「次の配達先は……おっと、憲兵団本部だ」

「敵の本拠地に乗り込むんですね。腕がなります」

「違うからね。あくまでも配達だからね」


 とはいえ千載一遇のチャンスなのも事実。

 あわよくば証拠となる話が飛び出してくれないかなと、期待してしまう。

 しかしここでナナミは目立ちすぎるので、一旦お留守番。

 ゴネていたけれど、こればかりは仕方がない。


 憲兵団本部は中心街の端にある

 三階建てで外観も凝っていて、玄関には大きなひさしもある。

 この造りから、元は高級ホテルだったのかもしれない。

 守衛さんに用件を話すと、すんなり中へと入れた。

 さてとバケツに花束を差して、屋内探索と洒落込もう。


 中に入ると正面に受付がある。

 普段の装備は魔法で仕舞っており、お店のエプロンを付けている私は顔パス。

 花屋のご主人ではないのに、それでいいのかな?

 いいのだろう。文句があるなら受付に言ってほしい。

 中は普通のオフィスに改装されていて、働いている人たちの雰囲気もごく普通。

 敵の本拠地というイメージがあったのだが、完全に肩透かしを食らっている。

 とはいえ、不正は見えないところにあるもの。

 にわか仕込みプラス数日で鍛えた腕でお花の手入れをしつつ、漏れ聞こえる会話にも注意を払う。

 ちなみにだが、ナナミのほうが筋がいいとはご主人の弁。ちくしょう!

 おっと、本音が漏れそうになったところで女性憲兵さんに声をかけられた。

 背の高くて綺麗な、しかし気の強そうな目の女性だ。


「すみません、花束を一つ見繕っていただけますか」

「はい、分かりました」


 ふふふ、私のセンスの見せ所だね!

 とはいえ、荷車から持ってきた花は八種類だけなので、色が被らないように六種類で花束を作る。

 そしてその間にも世間話で情報収集は欠かさない。


「どなたに差し上げるんですか?」

「娘です。生まれつき体が弱くて、今も入院中なんです」

「それは……娘さんは、良いお母さんを持ちましたね」

「いえそんな。褒められるようなことは何も。

 本当に、何もかも至らなくて……」


 いや、そうじゃない。


「自分語りになっちゃうんですけど、私は父親が小さいころに冒険に出てしまって、女手一つで育ったんです。

 だから母親の苦労する姿は何度も何度も見てきましたし、それでもここまで育ててくれた母親には感謝をしてもしきれません。

 きっとあなたの娘さんも、母親の苦労する姿に感謝を重ねているはずですよ」


 そう言って花束を渡すと、女性憲兵さんは目に涙を浮かべながら深々とお辞儀をして、足早に病院へと向かった。

 ……子供というのは、意外と見ているものなのだ。

 良くも悪くも。


 感傷に浸っている時間はないので、残りの花のお手入れも進めていく。

 大方の手入れを済ませ引き上げようとしたところで、憲兵同士の会話が耳に入る。


「副団長、また病院だって?」

「そう。娘さんのお見舞い」

「最近はほぼ毎日行ってるけど、そんなに体調が悪いのかな?」

「どっちかっていうと、副団長のほうが娘さんに癒されてるんだと思うね」

「ああ、それはある。あの団長の尻を叩かなきゃならないんだから、そりゃ気苦労も絶えないよ」

「だよな~」


 ふむ?

 つまり私が花束を見繕ったあの女性こそが副団長?

 犯罪組織から裏金をせびり取るような人物だとは到底思えなかった。

 何か事情が……娘さんの入院費か?

 病院には街道で助けた二人の冒険者が入院している。

 お見舞いがてら、探ってみよう。


 ちなみにだが、最後まで団長は見なかった。というかおそらく来ていなかった。

 憲兵たちの話から、ろくでもなく怠惰な人物だというのは分かったのだけど。

 それを思うと、副団長にも同情の念が湧いてしまうのだった。

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