第12話 闇と邪と悪
道中時間を食ってしまったので、クイートの町に着いたのは四日目の朝だった。
御者さんは遅れを謝っていたけれど、みんなその理由を知っているし、馬車が遅れるのは日常茶飯事なので、誰も責めることはしない。
件の二人は護衛の冒険者が協会に話をして、クイート内の病院に入院が決定。
邪神教徒の件も含め、みんなから改めて命の恩人だと感謝をされた。
なるほど、この多幸感は癖になる
お父さんが人助けの旅をしたくなるのも、少しは理解が出来た。
だからと言って、家族を蔑ろにしたのを許す気は微塵もないけれど。
さて、町に着いたらまずは宿屋さんを探す。
冒険者向けの宿を協会が運営している場合もあるが、ここクイートの冒険者協会では宿屋経営はしていない。
その代わり冒険者カードを見せれば、大抵の宿屋さんで割引してもらえるらしい。
船賃のことを考えれば節約したいが、いい宿屋さんは見つかるだろうか?
「素泊まりで銀貨三枚……無理っ!」
「わたしだったらその半額まで粘っちゃいますね」
「ほっほう、ナナミ君も金銭感覚がよく分かっているではないか」
「マスターの知識を借りただけですって」
「そっか。んーでも欲を言えば銀貨一枚銅貨二十枚くらいは粘りたいな」
ちなみにだが、半銅貨十枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚と同価値。
金貨百枚以上の支払いには大金貨というものが使われるが、私は一度も見たことがない。
しかしお母さんのお墓を作るには、この大金貨が三枚必要になる。
すごく高いように見えるかもしれないが、場所代や祈祷代などの維持管理費も含めた額なので、これでも安価なプランである。
中々私のお眼鏡に適う宿屋さんがなく、中心街から結構離れてしまった。
こういう場所は治安も良くない場合が多い。
ルタードでも近づかないようにしていた地域があったし。
と、突然ナナミが私を制止。
「暴漢がいます」
身構え、耳を澄ませる。
すると少し先の狭い路地から、女性の微かな悲鳴が聞こえた。
「ナナミ!」
待ってましたとばかりに路地に飛び込むナナミ。
後を追って私も駆けつける。
するとナナミが暴漢に剣を振り下ろさんとしており、思わず「ダメ!」と叫んでしまった。
暴漢は私たちに見られたことで逃走し、女性は服を破かれ乱暴された様子ではあるものの、大きな怪我は見られない。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「い、いえ。大丈夫です。殴られはしましたけど、それだけなので」
「そうですか、よかった。このままご自宅まで送ります」
私のローブを着せて、ハンカチで涙を拭いてあげる。
憲兵に報告すべきかとも思ったけれど、まずはこの女性を落ち着かせるべきだ。
なので女性を自宅まで送り、落ち着いたところで次を考えよう。
女性の自宅は現場から少し離れた場所にあり、なんと偶然にも宿屋さんだった。
入ると受付に私よりも小柄な女性がおり、被害女性の姿を見てすっ飛んできた。
「リンジ―! どうしたの!?」
「お使いの途中で襲われて、この方たちが助けてくれたの」
「まあまあ! 娘を助けていただいてありがとうございます!」
受付の女性は被害女性、リンジーさんの母親。
そして騒動を聞きつけて男性も飛んできた。父親だろう。
リンジーさんは父親を確認した途端、抑えていた恐怖が涙となって溢れ、父親に強く抱きついた。
……嫉妬はしないが、羨ましいとは思う。
おそらく旅を続ければ同様の光景を何度も見るのだろう。
そしてそのたびに羨ましいと思い、いざ父親と再会した時には、その思いを爆発させてみせる。
二人の憲兵も同席して事情聴取。
詳しく話を聞くと、リンジーさんは朝食に出すパンを買いに出かけたところで襲われたという。
襲ってきた相手に見覚えは無し。
抵抗した際に殴られ、さらには性的暴行を受けそうになったところでナナミが到着し、暴漢は逃走。
財布は奪われたが、軽い怪我だけで済んだのは、不幸中の幸いだろう。
そう憲兵は言うが、父親の目が怒りに燃えているところに一抹の不安がある。
憲兵もそれを感じ取ったのか、聴取が終わるとそそくさと帰った。
ようやくリンジーさんも落ち着きを取り戻し、一息ついたところで私たちにお礼をしたいとなった。
「実は今朝クイートに到着したばかりで、まだ宿屋さんを決めていないんです」
「おお! だったらうちに泊まりなさい。当然、お代は頂かないよ!」
「ありがとうございます! なんかねだったみたいですみません」
「はっはっはっ! 構わないさ。なんたって一人娘の命の恩人だ」
内心、リンジーさんの実家が宿屋だと知った時から狙っていました!
でもどうせだから、犯人逮捕まで手伝えたらなと思う。
さすがに素人の私では難しいか。
ところで先ほどからナナミのご機嫌が斜めなのだが。
理由は言わずとも分かっているので、部屋に入ってから話そう。
見た感じ、部屋はどれも同じ作り。ベッドが二つと棚と机。
机の上にはきれいなオレンジの花が添えられており、手入れが行き届いているのがよく分かる。
さてと。ベッドに座ってナナミに目線をやると、プイっと顔を背けられた。
「ナナミさ~ん、獲物をみすみす見逃したのが不満だーって、顔に書いてあるよー?」
「……違います」
図星なのに頬を膨らませて否定するなんて、可愛いところがあるじゃないか。
妹がいたらこんな気持ちなのかもしれない。
だがナナミはあくまでもモンスターなので、人間社会に馴染むためには言い聞かせなければいけない話がある。
「モンスターの世界は弱肉強食がすべてだけど、人間社会には規律や法律がある。
もしもあそこでナナミが犯人の首をはねていたら、ナナミは処分されて、その責任は私が負うことになる。
つまりは、どうなると思う?」
「……旅ができなくなります」
「うん、そういうこと」
本当はもっと複雑だけど、ナナミには一番シンプルな理由をぶつける。
ナナミは私に従順だし、頭もいい。
だから、これだけでも十分な効果があるのだ。
とはいえ、このまま放置をするのも主人としてよろしくない。
いいところは褒めるのだ。
「暴漢を察知してすぐに報告したのはよかったよ。
あとは自分で考えて動けるようになれば、私も安心できるかな。
……って、何そのニヤケ顔」
「い、いえ」
さっきまであんなに頬を膨らませていたのに。
さてはナナミ、チョロいな?
クイートの町には五日ほど滞在する予定。
その間は冒険者らしく、依頼を遂行するつもり。
だけどまずは町を散策して、あわよくばおいしい食べ物など旅の醍醐味を見つけたい。
そう思って中心街を散策していたところ、おいしそうな串焼きの露店を見つけた。
串焼き一本銅貨三枚はかなりお手ごろ。
一人三本購入し、近くの広場で休憩。
「甘辛いタレが美味しい~!」
「癖になる美味しさですね。あと十本は食べられます」
「あはは、食べすぎだよ。夜入らなくなっちゃう」
ナナミは私よりも背が低くて、胸はあるが全体的にはスマートな体型、かつボディスーツ。
食べ過ぎたらすぐ体型に現れるだろう。
そう警告すると、最後の一口を私に差し出してきたので、無慈悲にもお断りしておいた。
「マスター、唐突になんですけど、質問いいですか?」
「唐突にどうぞ」
「先日邪神教徒を捕まえたじゃないですか。
そこで思ったんですけど、人間の信奉する神様とは何者で、邪神とは何なんですか?」
「意外な質問が来たなぁ。王都でも思ったけど、宗教に興味あるの?」
「いえ、まったく」
即答!
「ただ人間を学ぶ以上、避けては通れないと思いましたので」
「あながち間違いじゃないね」
ナナミなりに人間社会に馴染もうとしている。
その一端に宗教の知識が必要だったということか。
「まず、七転信教の神様は一人だけで、だから名前がない。
神話とか聖書では【名もなき主神】って言われているけど、神様って言うだけで通じちゃうからね。
それと礼拝の時も話したけど、神様は文明の無かった時代に、行き倒れていた人間にパンとワインを与えた。これが人間が文明を持つきっかけと言われている。
つまり【名もなき主神】は、人間よりもはるかに上位の存在ってことだね」
「人間にこんなにおいしい食文明を与えた人ですからね」
「現金だなぁ。
次に邪神だけど、邪神は神話の時代に名もなき主神と覇を競ったとされる存在。
邪神とは言われるけど、その正体は悪魔とも人間とも言われていて、本当のところは分かっていない。
そして邪神の血肉から生まれたのがモンスターだと言われている。
だから邪神教徒は、モンスターにしか扱えないはずの闇や邪の属性を使える」
「それだと、モンスターが元は人間だったという可能性がありませんか?
だからマスターの能力で、わたしは人間の姿に戻った」
「さすがに荒唐無稽だよ。
だいたい、私はナナミしかテイムしてないんだから」
何度テイムしても全員が人の姿になる、というのならば一考の余地はある。
けれど現状では試行回数が少なすぎて答えを出す段階ではない。
だったら偶然と切り捨てるほうが、はるかに現実的だ。
っと、話が終わったところでナナミが目線で私に合図を送ってきた。
その目線の先を追うと、人が暗い裏路地に消えていく瞬間を目撃。
「例の犯人?」
「いえ、別人です。しかし今の人も邪の魔力を持っていました」
「邪神教徒……ルタードでも時々問題起こしてたなぁ。
ナナミが気になるのならば、ちょっと追ってみる?」
「はい。なんとくなく嫌な感じがするので」
「それを先に言って」
残りの串焼きをお腹に放り込み、邪神教徒を追う。
無理そうならば憲兵に報告をして、残りは丸投げするけど。
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