第11話 初めての人助け
一日目、夜。
馬車が止まり、御者さんがここで野宿だと告げる。
逆方向から馬車が来たのが合図だったようだ。
その後は行先の違う乗合馬車に、個人や商会の馬車も続々到着。
こうやって複数の馬車がキャンプを張ることで、安全を確保する。
それぞれに護衛の冒険者や、私たちのような乗り合わせた冒険者もいる。
結果として二十人近くの冒険者がいるので、モンスターや野盗も下手に手出しができなくなるのだ。
冒険者が集まって、見張りの打ち合わせ。
もちろん私の【変質者】の説明も。
魔法は使えるけど属性がおかしくなるので、数で押すようにと。
マイコニド戦での状況も合わせて話せば、すぐに理解してもらえた。
同時に父親の情報も探るが、こちらは空振り。
商会の人たちも知らないとなれば、より西の大陸に渡ったという話の真実味が出てくる。
だけど当面はお財布の問題が付きまとう。
「船賃、ちょっとこれだけじゃなぁ……」
「緊急依頼の報酬ですか。いくら入っているんですか?」
「銀貨で百二十枚。商会の人に聞いたら、一人分にもならないって」
「稼がないとですね」
甘く見ていたつもりはないけれど、なかなか上手くはいかない。
ため息をついていると、ナナミがとある人物を目で追っていることに気づいた。
相手はごく普通の中年男性。
「あの人が何か?」
「注意したほうがいいです」
「そう言われても、理由がないと」
「邪の魔力が見えるんです。モンスターからならば分かるんですけど、人間からは見たことがありません」
邪の魔力とは、邪属性の事だろう。
この世界の属性は火・水・風・土と光・闇の基本六属性と、爆発・氷雪・雷撃・草木と聖・邪の相関六属性、そして説明の難解な無属性がある。
このうち闇属性と邪属性はモンスターのみが持ちうる属性で、人間で使える人はほぼいない。
それこそ邪神教徒や暗殺者など、人の道を外れた者たちにしかいないはず。
そんな邪属性の魔力を持つ人物がいる。
これは十分警戒するに足る。
冒険者のうち、雰囲気的に一番信頼のできそうな壮年の剣士さんに、周囲に気づかれないよう横に立って小声でそれを知らせる。
「あそこの男性、邪属性の使い手のようです」
「見た目では分からんが……しかし警戒するに越したことはないか。
すまんがここを頼む」
剣士さんは見張りを一旦私に任せて、他の冒険者の元へ。
最初に魔法使いに声をかけていたので、邪属性の確認をしたのだろう。
その後は冒険者たちへの周知とカムフラージュのため、キャンプをぐるりと一周して戻ってきた。
「私らの魔法使いにも確認が取れた。
王都方面に行く別のパーティーにも、協会への報告を頼んでおいた」
「分かりました。それから、今夜は私の仲間に監視させます。得意なんですよ」
「そうか。しかしこちらも警戒をしておく」
ナナミにも指示を出して、私は自分の配置へと戻る。
念のため不測の事態に備えておくけれど、何もないのが一番。
……と思っていたのだが、中々そうはうまくいかない。
見張り以外はすっかり寝入った真夜中、笛の音が聞こえた。
これは冒険者には必須の警笛で、普通に吹くだけでは大きな音は鳴らない。
しかし静かな深夜には、それだけで十分。
笛を鳴らした冒険者の元に向かうと、他にもう一人来ている。
二人の冒険者はどちらも男性で、笛を鳴らしたのは槍持ちの大男、フォローに来たのは短剣二丁持ちの機動型。
鳴らした冒険者が目線で場所を指示。
「……いますね」
「ああ。お嬢ちゃんは寝てる奴らを起こしてくれ」
「分かりました」
私が少し下がると、例の男性の監視をしていたナナミまで来てしまった。
眠っているのを確認したというが、これは少し過保護なのではないだろうか。
しかし来てしまったものは仕方がない。
ナナミには警戒を指示し、私は寝ている冒険者を起こす。
戦闘に入る前に、私とナナミを含めた即席七人パーティーが出来た。
『ナナミは相手が見えてる?』
心の中で確認すると頷き「ゴブリンが八匹」と、周囲にも聞こえる声で知らせてくれた。
モンスターなので夜目が利くのか、または魔力感知で見ているのか。
あっ、魔力感知だったら私にも分かる。
集中してみると、確かに私たち以外の魔力が九つ。
……九つ!?
「ナナミ!」
瞬間、即座にナナミが反転し、私たちへと向けられた黒い邪属性魔法をガード。
「ナナミ、大丈夫?」
「この程度ならば痛くもかゆくもありません。正体、現しましたね」
私たちの前には、目を血走らせる先ほどの男性。
後ろにはゴブリンが八匹。
さらによく目を凝らすと、見張りの冒険者が倒れている様子も見える。
「やってくれたな、邪神教徒!」
「クククッ! 今更気づいても遅い!
さあ貴様らもゴブリンどもの餌になるがいい!」
男性冒険者の怒号に、高笑いを決める邪神教徒。
いつかは来ると思っていた対人戦闘が、こうも早く来るとは。
しかし周囲の激昂をよそに、私は至極冷静でいられた。
それは準備を怠らずにいて、かつナナミの実力を知っているからこそ。
『ナナミ、合図をしたらゴブリン掃除。手早くね』
頷くナナミを確認してから、私は懐に忍ばせておいた、とある道具を取り出す。
「顔を伏せて!」
そう叫び、私は手にした照明弾を邪神教徒へと発射した。
デリックさんたちの、冒険者ならばあるものは何でも使うという教えが早速役立ち、形勢はあっさりと私たちに傾く。
眩しさで目がくらんでいる邪神教徒に、こちらの大柄な男性冒険者三名がのしかかり一気に無力化。
一方ゴブリンたちも目をやられたようで、緑の光が動くたびに汚い断末魔を上げていった。
ゴブリンを討伐し、邪神教徒の捕縛に成功し、一般の人たちの無事を確認し、怪我をしていた見張り役の冒険者を魔法で回復させる。
怒涛の夜を越えて、ようやくキャンプは平静を取り戻した。
一方の私は、機転を利かせてキャンプを救った功労者として、全員から感謝の言葉をいただき、いつの間にか意識が飛んでいた。
回復魔法をこれでもかと使ったので、魔力切れを起こしたのだ。
おかげで気づいた時には馬車は出発しており、私は数十人に寝顔を晒した後だった。
「マスターは八面六臂の活躍でしたから」
「なんでそんな難しい言葉を知ってるのか分からないけど、活躍なら私よりナナミのほうがしてたじゃん」
「わたしはマスターの命令に従ったまでなので、それも含めてマスターの活躍ですよ」
少々納得がいかないものの、言いくるめられた。
さて現在は二日目の道中である。
私とナナミは功績から、夜の見張りが免除に。
代わりと言っては何だけど、馬車の休憩時にナナミを空に飛ばして、周辺警戒に当たらせている。
今までに問題は起きておらず、旅は平和なまま進んでいく。
しかし気を許すと何かが起こることもある。
休憩の途中で、周辺警戒をしていたナナミが下りてきた。
「少し街道を外れるんですけど、複数種類のモンスターを見つけました。
近くに冒険者の姿もあったんですけど、手負いのようでした。
お互いまだ気づいてない様子だったんですけど、どうしますか?」
「どうしますかって、助けるに決まってるよ。
モンスターと冒険者の数は?」
「モンスターが三匹、冒険者は二人です」
すぐさま護衛の冒険者に声をかけ、剣士を二人借りて現場へ。
周囲は背の高い草と木と岩で、見通しが非常に悪い。
再びナナミを空に上げて、上空から道案内を頼む。
そろそろという所で、こちら側の冒険者に止められ岩陰へ。
曰く、風向きから私たちの存在がモンスターに気付かれる可能性が高い。
見通しの悪さもあり、こちらに不利な状況にあるとのこと。
ならばナナミを有効利用する。
『ナナミ、モンスターと冒険者の位置関係を教えて』
「……ちょうど三角の位置関係みたいですね。
ナナミを囮にして、手負いの冒険者を回収して撤退しましょうか?」
「そうだね。それが一番無難だ」
モンスターを倒さないのは慈悲ではなく、相手の中にロックデロガという太っちょの石人間がおり、地形的にも武器的にも不利だから。
息を合わせて、作戦開始。
まずはナナミがモンスターにちょっかいを出して、こちらから引き離す。
これはうまくいった。
次に手負いの冒険者を探し出す。
モンスターに気付かれない程度の小声で声をかけると、手を振ってくれた。
位置的にもナナミの指示通り。
……だけど傷が結構深い。一人は足が折れているし、もう一人はわき腹に大きな打撲痕があり、ろっ骨が折れているようだ。
「これじゃあ動かせない。ここで回復魔法を使います。
慈悲の光よ、この者の傷を癒したまえ。ヒール」
回復魔法は、属性的には光や聖を示す。
そのため魔力に敏感なモンスターには気づかれやすいという欠点がある。
さらには初級魔法のヒールでは時間もかかる。
完治させるのは不可能とみて、痛みを和らげよう。
「……これくらいでどうですか?」
「ああ、骨は折れたままだが、痛みは引いた。そっちは?」
「同じく。これならどうにか」
足の折れている人は借りてきた二人の冒険者が支え、打撲痕の人は私が肩を貸す。
ナナミ、もう少し粘って。
背中に嫌な魔力を感じつつ、そう祈るように指示を飛ばした。
私たちが気を緩めることができたのは、馬車の姿が見えてから。
待機していた治療のできる人に負傷した二人を渡し、ナナミに帰還命令を出す。
ナナミは胸の魔石や装備の所々が緑色に輝くので、遠くからでもよく視認できる。
無事に帰ってきた、と思ったらそうでもない様子。
「モンスター三匹が諦めてくれなくて、こっちに向かっています」
「そう来るか。ロックデロガは一匹だけだよね?」
「はい、一匹です。ほかはアースビックスが二匹ですね」
アースビックスは翼の代わりに三本指の手が生えた鳥で、太いくちばしと手足の鋭い爪で攻撃してくる。
足は遅いが飛び跳ねての蹴り攻撃があるので、油断ならない相手。
他の冒険者に情報を共有すると、街道に居座られても困るので倒そうということになった。
人数は私たちも含めて八人、うち魔法使いは二人。
楽勝ムードではあるが、一般人もいる馬車には退避してもらい、戦闘開始。
とは言うもの、相手は三匹とも動きの遅いモンスター。
対してこちらは八人で、全員が戦闘準備を万全にしている。
まず一匹目のアースビックスが現れ、剣士が二人と重戦士で迎え撃つ。
もう一匹も現れたので、こちらはナナミと弓使いで迎撃。
特に重戦士のバトルアックスが一匹目をボコボコにしており、ロックデロガ出現前に一匹目が片付いてしまった。
「ロックデロガ、見えたぜ!」
「あたしらの魔法でタコ殴りにしてやるよ!」
魔法使い二人は顔が似ているので姉妹かもしれない。
事前に私の【変質者】を説明してあるので、二人はやはり魔法の連射を選択。
魔法攻撃が始まったころ、二匹目のアースビックスも倒され、全員がロックデロガを狙う。
【変質者】の影響で色とりどりの派手な戦闘となったが、最後は重戦士が兜割りで決めた。
「いやいやお見事。連携ばっちりでしたね」
「当たり前だぜ。なんたって俺たちは十年以上の付き合いだからな!」
御者の言葉に、リーダーと思われる剣士が胸を張る。
一方の私とナナミは特筆することなく終わってしまった。
助けた冒険者二人も馬車に乗り、このままクイートの町に向かうことに。
怪我の具合だが、私たちの回復魔法では足りなかったので、おそらくは入院することになるだろう。
とにもかくにも、死者が出なくて幸いだった。
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