第10話 道を切り開く
大型モンスター集団の目撃情報で、トラキ方面への街道が閉鎖されてしまった。
馬車を護衛する予定だった冒険者に聞いたところ、他の町ではよくある話だが、王都周辺での緊急閉鎖は珍しいという。
ただ協会に緊急依頼が来ているはずなので、排除は今日中になされるだろうとの話だった。
次に兵士に話を聞くが、閉鎖命令以外の情報は彼らにも来ていない。
期限はあるけど、今のところ急ぐ旅ではないので、閉鎖が解除されるまで待ってもいい。
そう思いお財布と相談したところ、宿代が無いと首を横に振られてしまった。
「一日で終わる依頼で宿代を稼がないと」
「あるいは緊急依頼にわたしたちも参加して、早くモンスターを倒すかですね」
「あ~、その手があった」
ずっと守られる側だったので、守る側に回るという考えが抜け落ちていた。
そうと決まれば、先ほどの冒険者たちと一緒に冒険者協会へと向かう
協会内はざわざわと殺気立っていて、緊急依頼の件はすでに周知されている様子。
受付で緊急依頼の話を出すと、すぐさま木札を渡された。
恒常依頼で使う木札だが、緊急依頼の時にも使用する。
今回のような場合は、事務処理を後回しにして現場に急行するためだ。
そこへ豪胆を絵にかいたような
「国王陛下直々の緊急依頼だ。
トラキ方面の街道沿いでオーガ十数体が目撃された。これを迅速に排除せよとの仰せだ。
いいか貴様ら! 我ら王都クロスの目と鼻の先でのさばる下劣なならず者どもに、目にもの見せてやれ!」
「「「うおおお!!」」」
詰めかけた冒険者たちの咆哮に驚き、腰が抜けるかと思った。
横を見るとナナミも驚き顔で固まっていた。
ともかく、動かないと。
「ナナミ、空から先行して情報収集。戦闘はこっちの数が揃ってからね」
「は、はいっ、了解しました!」
協会を出てすぐさま空に上がるナナミ。私も追う。
周囲からは「あれは何?」という質問も来るが、魔法ですとだけ答えて走る。
途中後方から馬車がやってきて「乗れ!」と言われ飛び乗り、現場へと急ぐ。
現場に近づくと、すぐさまナナミが下りてきて馬車と並走。
「敵はオーガ十七体から、先ほど一体倒されて十六体です」
「多いけど、意外と行ける感じ?」
「そうですね。先遣隊がうまく同士討ちを誘っているので、行けると思います」
「分かった。ナナミ、戦闘開始」
「はい!」
一旦上昇して一気に飛んでいくナナミ。
そして周囲に変な目で見られる私は、早めに馬車を降りて後方待機。
決して視線に耐えられなくなったからではなく、あくまでヒーラーとしての役目を果たすのと、【変質者】の影響を考慮した結果だ。
オーガは暗い青緑の肌で、背伸びをしなくても二階の窓を覗けそうな大きさ。
そのオーガの集団を先輩冒険者たちが囲み、間を駆け抜けて同士討ちを狙いつつ、隙あらば足の腱を切ろうと剣を振る。
『ナナミ、一体狙ってるよ』
そう指示を飛ばすと、軽い身のこなしでオーガの掴み攻撃をかわし、うなじに一撃を加える。
他の冒険者とは違う、空からの攻撃。
おかげでオーガの攻撃目標が二分し、より隙が生じやすくなっている。
……私だって、眺めているだけじゃない。
そう息巻く私のもとに、殴り飛ばされ宙を舞った男性剣士がちょうど落ちてきた。
「いってー……」
「治療します。慈悲の光よ、この者の傷を癒したまえ。ヒール」
さすが私たち。
重い剣を木の枝のように振り回し、人の頭よりも高く跳べるだけあって、この程度ではかすり傷だ。
慣れている人は回復魔法でも短縮詠唱をするのだが、私はまだまだその域には達していない。
いや、そもそも短縮詠唱の趣意が”威力や効果が低下しても構わない場面で、最速で唱えるための技術”なので、回復魔法には向かないというのもあるのだが。
そんなことを思っている間に、私の担当する冒険者が次々と戦線復帰。
私も意外とやれるもんだ。
ちょっとだけ、自信がついた。
私たちの後に正規兵も到着。
オーガは未だ八体生存。
あとは数の暴力で押し切れそうだけど、逆に数が多すぎて身動きが取りづらいようにも見える。
だったら。
『ナナミ、一体引き付けて集団から引き離して』
「そうそう。上手い上手い」
わざと一体の目の前で止まり、つられたターゲットが集団から離れる。
そうすれば意図を理解した魔法使いがターゲットを集中攻撃。
ナナミもこの指示だけで十分に働いてくれる。
ただこう見ると、やはり私とナナミだけでは今後の戦力不足は明白だ。
特に中長距離の攻撃手段、つまり攻撃魔法使いが必要だろう。
オーガ討伐は正規兵の到着で一気に進み、無事一人の死者も出すことなく終了。
現在は協会で報酬の受け取り待ち。
私たちトラキ方面に向かう予定だった冒険者には、優先して報酬が支払われる。
しかし計算に手間取っているのか、それとも私たちが焦っているからなのか、時間が長く感じる。
すると、意外な人物に声をかけられた。
「そこの若い女二人組。ちょっと話がある。協会長室まで来い」
そう、まさかの
理由は察する。
なにせナナミがこれ以上ないほどに目立っていたのだ。
意を決して部屋にお邪魔し、言われるがままに来客用の椅子に座る。
シンプルに、緊張する。
「急ぎだろうにすまんな。
……よく化けたモンスターだ」
ナナミへと向けられた鋭い眼光。
嫌な汗が背中に走る。
当のナナミは、ガーゴイルだからか、まるで石のように固まっている。
こんなところで騒動は勘弁してもらいたい。
と思ったら、協会長さんは大笑い。
「はっはっはっ!
いやーすまんすまん。お前さんをどうこうする気はないから安心してくれ。
それに用事があるのは、そちらのほうだ、ルーネ君。
俺の顔、覚えてないか?」
先ほど拝見しました。
いや、そういう意味ではないのは分かっている。
私が王都にいたのは学生時代だけ。
記憶を掘り返してみても、やはり協会長さんに見覚えはない。
「二年ほど前だったか、俺と君は王立研究所で会っている。
例の、魔法を変化させてしまう能力の実験で、被験者となったのが俺だ。
機密保持のためには、王国の協会長である俺しか適任がいなかったんだよ」
あの時は、突然王立研究所に呼ばれて実験に協力しろと言われた。
実験動物にされるのだと思い、恐怖で一杯になったのを思い出す。
そのせいもあってか、この豪胆な協会長のことは微塵も記憶にない。
「すみません、やっぱり覚えてないです」
「仕方がないさ。逆の立場だったら俺も覚えてないだろうからな。
ただ俺の中では、詠唱した魔法とは全く別の魔法が出てくるっていう体験を忘れるなんで無理な話でな、だから君の顔もよぉーく覚えてる。
本当に……こっちが泣きたくなるくらい顔面蒼白でな、年端も行かない娘を実験動物にしたのかって、所長室に怒鳴り込んだんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ俺の早とちりだったんだけどな!」
がははと笑う協会長さん。
「んで今日だ。
このクソ忙しい時期に街道の閉鎖だなんて面倒事が転がり込んできたと思ったら、一端の冒険者に成長したあの時の娘がいるじゃないか。
しかもその横には、風の魔力の中に微かに闇が混ざる奴がいる。
そこでピーンと来たわけだ。ありゃあ、あの娘の能力で変化したテイムモンスターだって。
正しかったろ?」
「はい、そうですね。ナナミはこう見えてガーゴイルです」
「ほぉーう、ガーゴイルがこうなるのか。驚きだな」
協会長さんがじっくりとナナミを観察。
ナナミは相変わらず石のように固まっている。
しかし部屋のドアがノックされたことで、時間切れ。
職員さんが私たちに報酬が用意できたと、呼びに来てくれたのだ。
「おっと、年寄りの長話に付き合わせてすまんな。
つまるところ、興味があったから声をかけたってだけだ。
それから今後何かあったら俺の名前【ヴァルテス・フューギャン】を出してくれて構わないぞ。顔見知りになったんだからな。
トラキまでは長旅になる。二人とも、気を付けて行けよ。
特にお前さん。しっかり主人を守ってやれよ」
「はい。当然です」
「よし、よく言った!」
どうやらナナミも気に入られたようだ。
協会長さんに挨拶をして、受付でずっしりと重い麻袋を受け取る。
街道の閉鎖も解かれたので、改めて乗合馬車のある馬留へ。
「おー! 入ってる入ってる!」
「これで野宿せずに済みそうですね」
「だね。
あ、そうだ。さっきは言いそびれちゃったこと。
ナナミ、いい働きだったよ」
「えへへ、褒められました~」
褒めるのもテイマーのお仕事ですから。
学者の中には、モンスターは心を持たないと断じる人もいる。
しかし現場にいるテイマーは全員、その考えを否定するだろう。
こんなにいい笑顔をするガーゴイルが心を持たないなど、誰がどう見てもあり得ないからだ。
あるいは当の学者ですらも、己の考えを曲げざるを得ないだろう。
三台の乗合馬車で隊列を作り出発。
次の町【クイート】までは三日かかるので、それまでこの車列は一蓮托生だ。
先ほどまで戦場だった場所では、兵士や学者が集まって何かをしている。
護衛の冒険者の話では、オーガが集団で現れた原因を調査しているという。
……まさか私じゃないよね?
という自意識過剰な冗談。
全くないとは言えないが、それだと今頃ルタードの町は廃墟のはず。
「ね?」
「……え?」
「あはは、なんでもない」
「え~? なんですか? 教えてくださいよー!」
すっかり油断しているナナミだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます