第9話 旅の支度
デリックさんたちと別れてから数日。
私たちはまだ王都で情報収集を続けている。
今までは父親の足跡を調べていたが、次の目的地が決まった今は、王都内での行動を調べている。
特に、両親の馴れ初め。
父と母は王都で出会い、スタンピード事件の後にルタードの町に来た。
これは最初から確定している。
しかしどうやって出会ったのか、何故二人でルタードの町に来たのかという部分は、私も知らないのだ。
そんな調査中、特に耳にするのがこのたぐいの話。
「また聞けちゃいましたね。暴漢から女性を助けたという話」
「うん。七人目。
ローガン・アルディーニはいったい何人の女性を助けているんだか」
最初のうちは感心していたが、ここまで続くと作為的なものを感じてしまう。
呆れ半分に歩いていると、アルディーニの冒険録を購入した本屋さんを見つけた。
そういえばこの本屋さんにはまだ聞き込みをしていない。
意外と縁があったりして。
店主は小さなメガネを鼻にかけた、品のよさそうなおじいさん。
「すみません、お話を伺いたいんですけど」
「ええ、かまいませんよ。どのようなお話でしょうか?」
「十五年前のスタンピードを収めた、アルディーニという人物に関する情報を調べているんですが、ご存じですか?」
「もちろん。アルディーニと言えばこの町の英雄的存在ですからね。
しかし私は実際にお会いしたことはありませんよ」
「じゃあスタンピード以外で、例えば誰かを助けたという話を聞いたことは?」
そう聞くと、おじいさんは読んでいた本を閉じ、じーっと私の顔を覗き込む。
私には身に覚えがないのだけど。
「……ふむ。
二十年ほど前の話ですが、私のところに若い女性が転がり込んできたことがありましてね、家出をしたが行く当てが無いというので、一時期匿っていました。
しばらくして王都での生活にも慣れた彼女は、花屋で働き始めまして。
それから何年か経ったころ、その花屋周辺で連続切り裂き魔事件がありましてね、注意を促してはいたのですが、残念ながら彼女がターゲットにされたのです」
「それを助けたのが、アルディーニ?」
「いかにも。
それ以来彼女はアルディーニとの交友を深めていきまして……」
「ま、待った!
もしかしてその女性って、エミーナって言いませんか?」
「やはりそうでしたか。よく似てらっしゃる」
見つけた!
本当に縁があった!
興奮を抑えつつ、おじいさんの覚えている限りの話を聞く。
そこで判明した当時の母親は、何か特殊な事情を抱えていると察するに余りあるものだった。
妙に常識に疎く、しかし所作はとてもきれいで品がいい。
何度か男性との言い合いをしている場面が目撃されている。
その男性は身なりがよく、何人かの部下を連れていた時もあった。
スタンピード後は、おじいさんにも行き先を告げずいなくなり、その後例の男性と思しき人物が本屋にも来たが、当然おじいさんは知らないと一蹴。
「それ以来エミーナの名前は聞かなかったのですが、まさか娘さんがやって来るとは驚きましたよ。
しかしその様子からして、エミーナは……」
「三年前に病で。とても良い母でした」
「そうでしたか……」
そしておじいさんは手を組んで、来世の幸せを願ってくれた。
おじいさんの話から、母親は良家の出で、父親が王都を去る際に同行したのだろう。
そして話の中に出てきた身なりのいい男性。
私はルタードでもその男性と母親が口論をしているのを見ている。
駆け落ち同然とは聞いていたが、まさか母親にもこのような背景があったとは。
旅の目的が増えた。
「マスター、ひとつ質問があるんですけど。七転信教とは何ですか?」
本屋さんを出て宿屋への帰り道、唐突にナナミから質問が来た。
「この世界で一番広まってる宗教。
生き物には転生する回数が決められていて、人の魂は七回転生したあと、神の御許へと送られる。
だから失敗してもめげずに頑張って、いつ御許に送られてもいいように、恥のない人生を送りましょう、っていう教えだね」
「じゃあモンスターは何回転生できるんですか?」
「いや、モンスターは……」
当人にこれを話すのは、気が引ける。
だけどナナミならば理解してくれる気がする。
「モンスターは転生の道を外れた魂だと言われてる。
だから冒険者たちは、モンスターを倒すことで魂を再び転生の道へと戻しているっていう解釈」
「なるほど、人間らしい自分勝手な考えですね」
「時々とんでもなく刺々しいなぁ」
そう言うとナナミは悪気なく笑う。
正直なところ、信徒である私もこの考えには賛同しかねる部分がある。
人間に都合の良すぎる解釈だからだ。
捻くれた考えで見れば、成立の順序が逆なのだろう。
モンスターの命を奪う、その免罪符にするために七転信教が作られたか、あるいは後から追加された。
そう考えるほうがはるかに自然なのだから。
「あの人だかりが出来ている建物って、七転信教の建物ですよね?」
「うん、教会だね。
……あ、そっか。今日は礼拝の日だ。
十日に一度神様に祈りをささげる礼拝の日があって、さっきの理由から冒険者はみんな、なるべく欠かさず行ってるんだよ。
ついでに情報交換もできるからね」
「うーん、モンスターって歓迎されますかね?」
「ナナミだったらモンスターだって言わなければ誰も気に留めないよ」
意外だ。
宗教からは一番遠い場所にいるモンスターが、宗教に興味を示すとは。
ちなみにだが、私は信徒ではあるけれどそこまで
ルタードの町では礼拝にも参加していたけれど、それは母親に同行していただけ。
とはいえ情報収集には使えそうなので、急遽私たちも礼拝に参加。
七転信教のシンボルカラーが緑なので、教会も白壁に緑色の装飾。
窓にはステンドグラスが輝き、中央には緑色の絨毯が敷かれている。
礼拝の日らしく席はすべて埋まっており、立っている信徒も多い。
私たちは後から来たので、邪魔にならないように出入り口の横へ。
礼拝の内容は、司祭様からのお言葉と、小さなコップに入った一杯のお酒、そして一切れのパンを食べるというもの。
これは人間がまだ文明を持つ前の神話で、一人の行き倒れていた人間に神様がワインとパンを与えたという話からきている。
私はれっきとした未成年なので、お酒は飲まない。
「わたしは?」
「お酒はやめておくべきかな。パンは……大丈夫だとは思うけど、判断は任せるよ」
「分かりました。ではパンだけ頂きます」
シスターに目配せをするとパンを持ってきてくれた。
味気のない素朴なパンだ。
「これで、あとは?」
「司祭様の話が終われば解散だけど、大抵はお布施のあとに情報交換」
「神様もお金には勝てないんですね」
「ひどい言い方」
思わず笑ってしまい、周りの人に目線で注意をされてしまった。
そこのシスターさんも笑ってるんだけどなー。
さて、私たちが来たのはかなり終盤だったようで、暇を持て余す前に司祭様のお話が終わり、お布施の時間。
お財布に余裕がないから、今回は銀貨一枚をナナミと共有で。
さて情報収集を。
と思ったら、向こうから情報、もとい司祭様がやってきた。
司祭様は四十代くらいの男性で、薄赤色の髪がものすごく目立っている。
「君たちだよね、アルディーニの情報を欲しがっているのは」
「そうですけど、どうしてそれを?」
「ここは教会で、僕は司祭。町中の噂話の終着点なんだよ」
なるほど、納得。
今度からは情報収集に司祭様を頼ってみよう。
最後列の長椅子に座り、司祭様から話を伺う。
「そうか、お母さんの弔いのために父親を探す旅を。立派だね。
じゃあ僕が知る、一番最近の彼の話を授けよう。
彼が最後に目撃されたのは、なんと西の大陸だ」
「やっぱり。トラキで船に乗って、西の大陸に行ったんだ」
「そうかもしれないけれど、違うかもしれない。
あくまでも噂話だからね、本人だという確証はないよ。
だからまずはトラキに向かって、あちらでもう一度情報を収集すべきだろう。
人を探す時は、焦りが一番の大敵になる。一歩ずつ着実にね」
「そうですね。一歩ずつ……」
となると、やはりアルディーニのしてきたように。
「一歩ずつ、人を助けながら旅をしたいと思います」
「それはいい心がけだね。
さて、僕は行くよ。旅の安全と、そしてお父さんとの再会を祈っています」
「ありがとうございます、司祭様」
最後に司祭様は、横に立ち続けていたナナミを見てにっこり微笑み、教会の奥へと消えた。
「……司祭様、わたしがモンスターだって気づいていましたね」
「え、今のってそういうこと?」
ナナミは無言で頷き、まるで逃げ出すかのように、私を置いて教会の外へ。
分かる人には分かるのか。
今後教会に来る時は、一人のほうがいいだろう。
王都に来て十日。
旅の準備に丸一日をかけたので、懐は軽くなったけど準備は万端だ。
次の町【クイート】までは乗合馬車で移動し、そこで依頼を受けてお金を稼ぎつつ、人助けをしつつ、トラキを目指す。
「乗合馬車のチケット代、結構高いなぁ」
「クイートから先は歩きにしますか?」
「山越えがあるから、なるべくなら馬車を使いたいけど……クイートの依頼を見てから考えよう」
「はい、分かりました」
クイートの町までは乗合馬車で三日かかる。
道中は野宿だけど、他の冒険者さんたちが護衛してくれる。
私たちはしないのかって? 二人だけじゃ戦力不足だからね。
ともかく、あとは出発するだけだ。
……と思っていたんだけど。
「街道近くで大型モンスターの集団が確認された!
一時的にトラキ方面の街道を封鎖する!」
兵士が慌てた様子で街道の閉鎖を告知し、私たちの旅はさっそく躓くのだった。
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