第17話 二人目の仲間
戦闘が開始された。
まずはナナミが飛び出し、近場のオークを殴る。
思い切りのいい右パンチが、油断していた焦げ茶色のオークの顔面を捉え吹っ飛ばした。
ナナミは普段剣を使うのだけど、ああ見えて身体能力もかなり高い。
それでなければ空を飛べないというのもあるか。
広場のほぼ中央までオークが吹っ飛ばされたので、他の八匹も釣られて広場の中央へ。
狙ってやったのならば大したものだ。
『ナナミ、出来ればもう少し寄せて』
『そのつもりです』
自信あり気な様子。
そしてその言葉は嘘ではなかった。
オークの横を素早く飛び抜け、体術を使ってオークを移動させ、さらにわざと動きを止めて誘う。
見事引っかかったオークたちは、広場のほぼ中央で余裕を見せるナナミを、息を合わせて襲う。
しかしナナミは垂直に飛んでこれをあっさり回避。
最高のシチュエーションの完成だ。
「一斉攻撃!」
「モニー!!」
木陰に隠れていたミニドルイドたちが一斉に魔法攻撃を開始。
モンスターの魔法でも【変質者】の影響を受けて、魔法陣の色と属性が全く合わなくなる。
しかし三十以上のミニドルイドからの一斉攻撃となれば、それは些細な違いに過ぎない。
火の玉が、水球が、石つぶてが、風の刃が。
全方位からあらゆる属性の魔法が飛んできては、属性の反作用で予想だにしない爆発も起こる。
「うわ~、今までで一番派手だー」
「モニモニモニモニ!!」
ありったけをぶつけているミニドルイドたち。
あるいは鬱憤だろうか。
手加減などという言葉はひとつもなく、全員が全力で攻撃を繰り返す。
さすがにこれで生きていられるオークはいない。
あるいはドラゴンですらも音を上げるかもしれない。
「止め!」
「モニ!」
ピタリと魔法の乱射が止まる。
土煙と水蒸気が風の魔法で巻き上がり、視界が一気に開ける。
一瞬の静寂。
そこには何も残っておらず、魔力感知でも何も捉えられない。
「モ、モ……モニー!!」
リーダーの子が歓声を上げて広場へと飛び出せば、他の子たちも一斉に飛び出してモニモニ大合唱。
コロコロした小さな生物が飛んで跳ねてしている光景はとても微笑ましい。
それをなんとなく一歩引いて見ている私。隣にナナミも降りてきた。
私があの歓喜の輪に入れないのは、何もしていないという自覚があるからだ。
そんな私の顔を見て、何か言いたげなナナミ。
「テイマーは指示を出すのが仕事だって?」
「分かっているならいいです」
苦笑いを浮かべてしまう。
そんな私の心を知ってか知らずか、ミニドルイドたちが輪の中へと私を引っ張る。
暗い顔をしても仕方がない、私もこの雰囲気に呑まれよう。
改めてミニドルイドたちの歓迎を受けた。
木のウロにある彼らの家を見せてもらったり、彼らが普段食べている赤い木の実をもらったり。
狭いウロの中に、拾った枝で作った飾り棚や小さな丸太のイスがある光景は、私の心の奥深くに眠っていた乙女な部分を大いに刺激してくれた。
木の実はごく普通に見るものだったが、彼らなりのこだわりがあるようで、少々酸っぱいものが好みの様子。
逆にナナミは酸っぱいのが苦手な様子で、ミニドルイドとは分かり合えないと嘆いていた。
モンスターという括りさえなければ、彼らとはいい友好関係を結べるはず。
そう思うほど、彼らには知能も理性もある。
……いや、あるいは人間が気付いていないだけで、モンスターにもその二つが備わっているのかもしれない。
なにせテイマーですら、モンスターは倒すものというのが常識なのだから。
「それじゃあ私たちはそろそろ帰るよ」
「モニ? モニモニー」
「あはは、引き留めてくれるのはうれしいけど、そうもいかないからね」
「モニー……」
落ち込んじゃった。本当にすっかり人慣れしちゃって。
でもこれならば、チッツ村の人たちともいい関係を築けそうだ。
「でもマスター、村の方角が分からいですよ」
「あっ、そうだった。
君たちの中で一人、村まで案内してもらえるかな?」
「モニ! モニモ、モニモニ。モーニーモニモ!」
「えっと……」
彼らのうちの一匹が、ものすごくアピールしてくる。
確かリーダーの子だ。
つまり。
「約束は果たすっていうこと?
一方的な口約束なんだから、聞かなかったことにしても良かったんだよ?」
「モニッ!」
「そう、分かった。本当に律義だね。でもみんなはそれでいいの?」
そう聞くと群衆からさらに一匹出てきて、リーダーの子と手を合わせた。
それですべて分かった。
彼はもうリーダーの引継ぎを終えて、私たちについてくると決めているのだ。
ならば私がすべきは、その心意気を買うこと。
彼には改めてテイムの方法と、私とどういった関係になるのかを説明。
ナナミも加わってくれたので、これはとてもスムーズに済んだ。
そして不自由もあるこの契約を、彼はしっかりと理解して承諾。
精神を集中し、魔力操作を開始。
私の魔力は白。彼の魔力は南の海のような水色。
焦る必要がなく、また日々の訓練は欠かしていないので、ナナミの時よりも手早く色を合わせていける。
……調色は完璧だ。
「行くよ」
「モニ」
小さな彼を、私の魔力で包み込む。
優しく、しかし力強く。
手加減なんていらない。全力で行く。
「私たちと、一緒に行こう!」
最後の仕上げにと力を込める!
その時、またもや白昼夢が見えてしまった。
空に巨大な塔が浮かび、その周囲にはさらに巨大な魔法陣。白衣の学者が街を闊歩し、その人々の頭には獣の耳。
これも何度か見たことのある夢の中の風景。
悪い予感が、【変質者】が大暴れするという最悪の予感が止まらない。
薄目を開ければ、やはり彼がまぶしく光り輝いている。
周囲のミニドルイドも阿鼻叫喚で、木のウロに頭から突っ込んでいる子もいる。
「なんか、ごめん……」
もはや諦めの極致。
心を無にして光が収まるのを待つのみ。
ものの数秒で光は彼の中へと吸い込まれ、その容姿を露わにした。
やはり人間の姿で。
背は元がミニだけに小さく、六~七歳程度か。
顔のつくりは中性的で、私が勝手に『彼』だと思っているから少年に見えるのだが、もしかしたら少女かもしれない。
いや、目線を下げれば確かに少女というか、女性だ。ちくしょうッ!
髪は魔力の影響が大きく出ているようで綺麗な水色、長さはミドル。前髪は一直線のパッツンで、金色のヘアピンを左右にしている。
そしてチッツ村の住人や白昼夢の中で見えた人たちと同じく、獣の耳が頭上にある亜人。種類は犬だろうか、大きくはないがピンと立っている。
目は、形はごく普通なのだが、左が緑に右が金色。そして銀縁のメガネ。
メガネのつるがあるので人間の耳もあると思うのだが、髪に隠れて詳細は不明。
笑えはノコギリのようなギザギザの歯が見える。
服装。
まず白衣のような白いローブ。フード付きで、小柄な体格なので裾が地面ギリギリで、袖から手が出ていない。
フードを目深にかぶれば、本来のドルイドに近い服装になる。
中は黒いワイシャツに赤いショートサイズのネクタイなのだが、今度はシャツの裾が思いっきり短く、へそ出し状態。
そこに黒い七分丈のパンツ、ブーツは茶色い革製。
そしてこれはナナミの影響なのだろうか、服装の随所に水色の差し色が入り発光している。
武器は魔法使いだからだろうか持っていない。あとで何か買い与えよう。
全体的には、少年にも見えるし少女にも見える顔立ちと、正しくドルイドに近いローブ、そして六大基本属性の色が全て入っているのが特徴的だ。
彼または彼女は、魔法で水を出しそれを鏡に見立てて自分の姿を確認中。
耳がよく動くのは、感情を表しているのだろうか?
だとすれば、少なくとも悪くは思っていない様子。
しかしこちらは困惑の真っただ中である。
「ふむふむ。
おっと
まだまだ至らぬ身じゃが、今後ともよろしくおねがい申し上げるのじゃ」
「う、うん。よろしく」
私は勝手に少年だと思っていたのだけど、声は完全に少女。そして口調は老人。
容姿の混雑ぶりも含めて、目が回りそうだ。
一方周囲で様子をうかがていたミニドルイドたちは、何の警戒もなく彼女の変化に歓喜している。
もしかして、私の【変質者】はモンスターには歓迎される特性なのか?
いや、確信が全く持てないのでこの線は捨てよう。
不死系や死霊系モンスターに懐かれるのも嫌だし。
「マスター、この子の名前はどうしますか?」
「名前、そうだなぁ……」
「すまんが儂は主様と契りを交わした時から、すでに己の名前を決めておるのじゃ。
とはいえそれを決めるのは主様であるからして、儂の意見は捨て置いてくれて一向にかまわんぞ」
「いや、むしろそのほうが助かる。私は名付けのセンスがないからね」
苦笑いしてしまう。
ナナミの時は本当に、私が私自身を見失っているという事実を突きつけられて、精神的にかなりキツかった。
でもおかげで少しは自分の感情を表に出せるようになったんだから、アリシアさんたちには感謝しないと。
ほんの少し前なのに遠い昔の話をしているような気持になってしまった。
改めて彼女からの希望を聞き入れ、命名を行う。
「それじゃあミニドルイド、あなたの名前はミド」
「うむ、儂の名はミド。主様の命を忠実に遂行すると誓おう」
こうして二人目のテイムモンスター、ミニドルイドのミドが加わった。
しかし名付けのセンスは私とそう変わらないのでは?
それはともかく。
ミドも周りのミニドルイドたちも、まるで王様が誕生したかのような喜びぶりだ。
「モニ―! モニー!」
「よせよせ、儂は王ではないぞ。言うなれば……法王なのじゃ!」
「モニモー!!」
間違ってなかったようだ。
それにしても、人間化しても彼らの言葉が分かるのだな。
そうミドに聞くと、家族関係にある同族だからこそだろうと。
ナナミも同意見で、同族ならば方言、別の種族ならばそもそもの言語が違うという感じだろうとのこと。
それならば安心。
ついでにミニドルイドの赤黒いローブの正体も聞くと、拾ってきた布に赤い実を擦り込んで着色したお手製で、時間が経つとくすんであの色にあるのだそう。
返り血かと思ったと冗談半分に言うと、私との約束はこれからもしっかり守っていくと、全員で頷いてくれた。
「マスター、そろそろ出発しないと村に着く前に日没します」
「うん、分かった。
ミド、きっとここのみんなとは今生の別れになる。ちゃんと挨拶をしてあげてね」
「そう……じゃな。
皆、名残惜しくはあるが、これが最後じゃ。達者で暮らせよ!」
「モニモー!!」
手を振りローブで涙をぬぐいながら別れを惜しむミニドルイドたち。
大丈夫、きっとこれからも平和に暮らせるはず。
そのために私がいるんだから。
最後の交渉に向けて、気合を入れなおす。
ミドの案内で森を抜け、無事チッツ村に到着したのは、日が落ち切る直前だった。
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