第7話 見える背中と見えない影

 装備を購入後デリックさんたちとは別れて、私は協会の冒険者たちに父親のことを聞いて回る。

 まずは私の知る限りの情報。

 名前はローガン。

 長身でウェーブのかかった赤い髪。

 剣士で、私が生まれる前は有名な冒険者だったらしい。

 本当かどうか分からない英雄譚を聞かされた記憶があるが、私が物心つく前の話なので、内容までは覚えていない。

 ルタードの町では、剣士らしく町周辺のモンスター退治を生業としていた。

 ……私が知っている情報は、これくらい。

 父親が冒険に出てからは、母親の性格にとげが出て、子供心に深く聞くのを避けていたためだ。

 その原因が父親にあるかは分からないが、そのころから我が家に身なりのいい訪問者が幾度もやってきては、母親の機嫌が悪くなっていたのを思い出す。

 正直なところ、抑圧はあった。

 だけど私が心を閉ざした直接の原因は、【変質者】と母親の死だ。


「マスター?」

「大丈夫。昔を思い出していただけ」


 心配そうに私の顔を覗き込むナナミ。

 私はそこまで苦い表情をしたのだろうか。

 ため息のような深呼吸をして、気持ちを切り替える。


 話を聞くのは、推定三十代以上の冒険者。

 理由は単純。父親が旅に出たのが十年前だから。

 ルタードの協会でも、手伝いの傍ら旅の冒険者に聞いていた。

 二年でおそらくは百人以上に聞いたが、返ってくる答えは「知らない」だけ。

 だけど王都の協会ならば人も多いから、可能性は上がるはず。

 道具屋の手伝いで得た人間観察能力を発揮して、まずは受付周辺にいる優しそうな人を選ぶ。


「すみません、お話いいですか?」

「ええ、いいですよ」

「私、人を探しているんです。

 ローガンという名前の男性で、三十代後半から四十代。

 背の高い剣士で、ウェーブのかかった赤い髪。

 十年くらい前に王都に来ているはずなんですけど」

「ローガン? うーん、聞いたことないなぁ」

「そうですか。お手間を取らせてすみません、ありがとうございました」


 さすがに一発で見つかるとは思っていない。

 この人に話を聞いた本当の狙いは、私が人を探しているというのを周囲にアピールすること。

 そうすれば、まだ聞いていない人でも自分の記憶を探り始める。

 二~三人聞いたところで周囲を見渡せば、目が合うだけで首を横に振ってくれる。

 ……横じゃダメなんだけど。

 結果から言うと、受付周辺にいた冒険者からの情報はゼロ。


 次に受付スペースの隣にある、依頼掲示板の並ぶ部屋へ。

 教室くらいの広さがあり、三列に並んだ掲示板や壁のいたるところにも、びっしりと依頼書が貼られている。

 この中から新人が自分に合う依頼を見つけるというのは、確かにゴブリン退治よりも難しそうだ。

 ここで私がターゲットにするのは、すでに依頼書を持っているか、受けようか悩んでいる人。

 眺めるように歩き回っている人は、その実集中している場合が多いので禁止。

 ……いい感じの人がいた。白服の魔女さん。


「すみません、お話聞いてもいいですか?」

「ええ、構わないわよ」


 途中省略。


「ローガン……知り合いにはいないわね。

 だけどウェーブのかかった赤い髪の剣士ならば、知っているわよ」

「本当ですか!?」

「あー、ごめんなさい。あなたの期待には沿えないと思うわ。

 十五年くらい前に、ここ王都クロスで大規模なスタンピードがあったの。

 その時に活躍したのが、赤髪の剣士【アルディーニ】でね、勲章の授与式当日に忽然と姿を消して、以来王国がずっと探し続けているのよ」


 気まずそうな魔女さんにお礼を言って、気持ちを切り替える。

 これは期待しすぎた私が悪い。

 だからナナミがオロオロする必要はないんだけどな。


 依頼書部屋での聞き込み、終わり。

 またもや成果なし。

 ただ、複数の人から【アルディーニ】の名前が出た。

 スタンピードを鎮め、王都クロスを守った英雄。

 勲章の授与式当日にいなくなったのも、名誉にこだわらない人物という評価へとつながっている様子。

 実際その場にいたという冒険者からも話が聞けたのだが、モンスターの群れをバッタバッタと切り伏せるというものではなく、火薬を使ってスタンピードを制御して、被害を最小限に抑えたというのが正しいようだ。

 そして外見は、私の知る父親にかなり近い。

 ……父親は事あるごとに自慢げに自分の英雄譚を語っていた。

 内容はもう覚えていないし、それが本人の話だという証拠もない。

 気にはなるけれども、結びつけるのは無理筋だろう。


 次は昼食も兼ねて、協会の隣にある酒場で聞き込み。

 デリックさんたちを見つけてしまったけれど、お昼だから不思議ではない。

 手招きされたし、追加注文してるけど、お昼だから不思議ではない。

 酒場なのにサンドイッチだけど、お昼だから不思議ではない。


「首尾は?」

「ないです。ほんの少しだけ疑わしき話はありましたけど」

「……【アルディーニ】か」

「気づいていたんですか?」

「いや、俺の中で思い当たるのがその名前ってだけだ」


 私は全く存じ上げないのだが、アルディーニという人は相当に有名な人物のようだ。

 詳しく聞けば、デリックさんたちにも面識はない。

 しかしあちこちの町で【アルディーニ】の活躍の痕跡が見受けられるという。

 弱きを助け、決して多くを語ることなく、名誉を得る前に旅立つ。

 その振る舞いから、彼に憧れて剣士を志す人もいるほど。


「ルーネちゃんの父親の特徴と、アルディーニの特徴は確かに合致する。

 背の高い剣士で、ウェーブのかかった赤い髪。

 有名な冒険者だったという話も、アルディーニだとすれば納得できる」

「……アルディーニの一番新しい話って、いつぐらいですか?」

「俺たちは専門家じゃないぞ。

 あくまでも漏れ聞こえた話ってだけだし、それに細かい年月までは覚えてないし、聞いてもいない」


 それはそうだ。

 私は父親の背中が見えたような気がして、少し焦っているようだ。

 あるいは父親が英雄アルディーニであることに期待しているのかも。

 私の記憶にある父親は、英雄と称されるような人物ではない。

 明るく仲間思いだが、しかし格好つけで家族を蔑ろにしがちな、二面性のある仕事人間だ。

 それが実は英雄だったのならば、私も少しは父親を自慢できるかもしれない。

 家族よりも冒険を選んだ父親を、少しは許せるかもしれない。


「……違う」


 意識せずにポロリと出た言葉に、自分自身がハッとした。

 違うんだ。

 私が焦っているのは、別の意味でだ。

 父親がそうであってほしいと自分自身に言い聞かせることで、本当の気持ちを仄暗い欲望で覆い隠し、嘘をついていたいんだ。

 父親を恨む気持ち。

 それを【変質者】の汚名を【英雄の娘】に書き換えたいという欲望で、早く覆ってしまいたいんだ。

 最低の願望だ……。


「マスター、ご飯の後、少し散歩しましょう」

「それって、気を使ってるの?」

「えへへ、かもしれません」


 私の焦りがナナミにも伝わったのか。

 確かに、まだ半日しか経っていないのに、私の精神は相当に疲れている。

 今日はもう考えるのをやめよう。

 そう思ったら、ようやくサンドイッチの味に意識が行くようになった。

 うん、まずい。

 挟んであるチーズのせいだろう。




 散歩中、本屋さんを見つけた。

 以前も説明したが、クロス王国は初級学校が無償なので識字率が高い。

 クラスメートは大陸中から集まっていて、地位や貧富の差も大きかった。

 平民を家畜と罵る貴族の息子もいたけれど、教師が全員王家に仕える上級貴族だと知るや大人しくなったっけ。

 そういった意味では、学校生活はとても平和だった。

 半年間は。


「ナナミも文字は読めるよね?」

「はい。マスターから賜った知識があるので、読みも書きも出来ます。

 ただ算術? あれはちょっと、石頭のわたしには難しいです」

「ほかの国なら中級以上だからね。仕方ないよ」


 地元では有名だという、立派な白髭のおじいちゃん生徒が、算術に苦しめられていたのを思い出す。

 たしかランバス王国から来たと言っていた。

 今後国外にも足を延ばすことになったら、訪ねてみてもいいかもしれない。


「やっぱりあった」

「アルディーニの冒険録、ですか」

「あれだけ名が知れてるんだったら、本になっていてもおかしくないと思ってね。

 って、何その顔?」

「なんでもないですよー」


 ふくれた。

 たぶん本当に楽しくお散歩するつもりだったのに、私の頭が切り替わってないことにご立腹なのだろう。

 これが本当にモンスターなのだろうかと、変質させてしまった自分ながらに疑問に思う反応である。

 さて本の内容はいかがなものかな。


「アルディーニという人物は、明朗快活にして勇猛果敢なる剣士である。

 時に弱き人を助け、時に強き魔獣に剣を向ける。

 しかし名前以外の自らを語ろうとはせず、賞賛や褒美を目的としない。

 英雄とはかくあるべしというものを体現する人物である」

「みんな似たようなことしか言ってませんね」

「それだけ立派な人物だったんでしょ」


 今までの自分だとは思えないほど、嫌味な感情の乗った声が出た。

 ……嫌だ。

 もしもこんな立派な人が私の父親で、周りからこれだけ賞賛されているのに、実際は家族を捨てて十年も音信不通でいられるようなクズなんだって考えてしまう、自分に染み付いた父親への恨みの感情が嫌だ。

 そしてそんな私の鬱積した恨みを、このアルディーニという人物ならば笑顔で包み込んでくれそうなのが嫌だ。

 求めても決してかなわず、気持ちを押し殺し続けてきた私の卑屈な努力を、認めてしまわれそうなのが嫌だ。

 父親面をされるのが嫌だ。

 それを謝られるのも嫌だ。

 だから、お願いだから、この人アルディーニは別人であってほしい。

 なのに……。


「ローガン・アルディーニ……」

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