第6話 王都クロス

 キノコ退治から数日。

 私たちは、クロス王国の王都【クロス】に到着した。

 このクロスという名前は、千年以上の昔に、現在の王城がある地点に十字路があったことが由来。

 東西南北、四つの国へとつながる交通の要所だったこの場所には、自然と人が集まり町が出来た。

 そして町はいつしか国になり、今では過去存在した四つの国を統合し、大陸有数の国家へと成長した。

 成長……私も頑張らないと。色々と。


「ようやく城壁が見えた」


 王都クロスには複数の区画があり、また城壁の内と外で大きく二分されている。

 もっとも王城に近くて、教会や研究所などの重要な施設があったり、貴族が住んでいるのが上層区画。

 その下には貴族ではないけれども裕福な人が住む中層区画。

 商店が多く立ち並び、冒険者協会もあるのが商業区画。

 ここまでが城壁の内側。

 外側には一般人の住む下層区画、生産区画、農業区画など。

 私の卒業した魔術学校はなんと上層区画にあって、時折貴族がやってきては、未来の臣下や専属冒険者をスカウトしていた。

 私は当然のように歯牙にも掛けられなかったけど。


 そうそう、この数日でナナミもだいぶ人間の生活に慣れてきて、言葉も滑らかに喋れるようになった。

 あの拙い言葉遣いは、私が心を閉ざしていたせいなんだろうけど。

 それから性格も明確に表に出るようになった。

 ガーゴイルという物理的に硬いモンスターなので性格もお堅いのかと思いきや、明るく人当たりがよく、そしてよく笑う子だった。

 それでいて礼儀正しく、私には従順で、誰にでも敬語を使う。

 完璧じゃないかな?


「マスターマスター、大きな壁ですよ!

 この壁で人間は同族を選別しているんですね!」


 完璧じゃなかった。

 時折ブラックな発言が飛び出すのは、モンスターならではなのかも。


 乗合馬車は王都の入り口と、城門前で停車する。

 私たちは城門前で降りて、商業区画まで歩いて向かう。

 城門をくぐる際には、身分証の提示を求められる。

 冒険者ならば冒険者カードが身分証。

 ナナミは身分証がないけれど、私が保護者だから大丈夫なはず。

 もしも身分証も保護者もいない場合でも、城壁を超えるための用件があって、それがちゃんと確認できれば問題なし。

 当時の私は、魔術学校への入学申請書で通れたからね。


「えっ、十三歳?」

「あーはい。それとこの子の保護者です」

「……逆じゃないのか?」


 確かに見た目は逆だなと苦笑い。

 その後、少しだけ憲兵さんに事情を聞かれた。

 ナナミのことは、王都で冒険者登録する予定の友達だとごまかして通る。

 たぶん今後も同じような場面があるだろう。


 協会運営の安宿を取って、今日はゆっくり休む。

 明日からは本来の目的である、父親探しを本格化させる。

 私には父親の記憶がほとんどない。母親の口からも聞くことはあまりなかった。

 なのでまずは、情報を集めて父親の人物像を固めようと思う。

 そして足跡を辿り、三年以内に再会してみせる。


 デリックさんたちとはここまでの約束だったのだが、王都を出るまでは一緒に行動することになった。

 翌日の行動を話し合っている途中で、アリシアさんが唐突に私の手を握った。


「あーやっぱり。ルーネちゃん、装備はそのままで行くつもり?」

「まあ……今のところ不具合はないですから」


 私の装備は、よくある初心者冒険者装備。

 革の胸当てに革のグローブ、革のブーツ。

 唯一違うのは保温効果のあるローブを着ているところ。

 使い勝手に文句はないのだけど、アリシアさんから見ると違うらしい。


「革製品って基本的に男性用だから、女性が使うと大きいんだよ。

 ルーネちゃんのだって、ほら指の先が余ってる。

 それに歩く時かかとに隙間が出来ちゃってるでしょ。

 胸当ては……」

「なんですか?」

「いえ、なんでも。

 ともかく、もっと自分に合った装備を整えるべきだよ」


 解せない発言もあったけど、おおむね同意できる。

 だけど一番の問題はお金。

 手持ちは銀貨で百枚を超えたけど、全部揃えようとしたら絶対に足りない。

 かくなる上は……。




 翌日。

 さすがは冒険者協会クロス王国本部、建物が見上げるほど大きい。

 しかも同じ通りには酒場に宿屋、武具屋に道具屋なども並んでいる。

 そしてこの地区の中心的役割を果たしている協会では、支援の名目で中古装備の格安販売も行っている。

 これが私の狙い。

 だけどその前に。


「遅くなっちゃいましたけど、ヒナナミ遺跡の護衛依頼、達成しましたので報酬をお渡しします」

「そういえばあの依頼、遺跡での護衛だけだったな」


 結局ここまで頼りにさせてもらったけど、大正解だった。

 もしも遺跡で別れていたらと考えると、背筋が寒くなる。


 さて、手続きをして報酬を渡そう。

 報酬の支払い方法は主に三つ。

 まずは今回行う直接払い。

 護衛依頼のように、依頼者が冒険者と一緒に行動する場合に使われる。

 冒険者からしたら依頼者に何かあれば努力が無駄になるので、より気合を入れて依頼を遂行しようとする。

 おかげで安全性も高くなるので、護衛依頼は全て直接払いだ。

 次はもっとも一般的な、先払い。

 事前に依頼登録料として報酬の八割を協会に支払い、依頼達成後に残りの二割を支払うのだが、この際協会は登録料(八割のほう)から五パーセントを仲介料として受け取る。

 依頼の達成状況では報酬が増減するが、依頼者が内容に見合わない出し渋りをすれば、以降の依頼登録料に影響する。

 このため、よほどのことがない限りは満額が支払われると思っていい。

 そして最後は、供託金払い。

 簡単に言えば協会による報酬の立て替えで、失せ物の回収や、依頼者に報酬の支払い能力がない場合に使われる。

 失せ物の回収とはつまり亡骸や遺品の回収であり、その費用を家族に支払わせるのは悪魔の所業であるという理念から、協会が全額支払う。

 一方の依頼者に支払い能力がないというのは、例えば依頼者が子供だったり、命からがら逃げてきた場合など。

 こちらは後々請求書が届くので、タダで済んでラッキーとはならない。


「直接払いで、約束の銀貨三十枚です」

「律義だなー。まあ形式的にも受け取るけどな。

 んでだ、ついでにこの書類にサイン頼む」

「……新人冒険者のサポート完了申告?」

「協会では、ルーネちゃんみたいな新人を無駄死にさせないために、ベテランが同行して冒険のイロハを教えることが推奨されている。

 んで、ベテランから見て目をかけた新人が一人前になったと判断したら、この書類にサインしてもらう。

 あとはこの書類を協会に提出すれば、新人のサポートをしたベテランに褒賞金が出るっていう寸法だ」

「ああ、なるほど。もちろん喜んでサインさせていただきます」


 そういえばルタードの協会でも、ベテラン冒険者が新人を誘って依頼をこなしていた。

 私は新人教育いじめの一環かと思ってたんだけど、こんな制度があったのか。

 いつかは私も……とは思うけど、多分それは十年以上先の未来だ。


 デリックさんは褒賞金の受け取り待ち、他の四人とナナミとで上の階にある中古装備の販売コーナーへ。

 ひとつ懸念点があったのだけど、入り口にしっかり『遺品ではないのでご安心ください』と書いてあった。

 それから、有料だけど手直しもしてもらえる。

 売り場は思ったほど広くはなく、そして数は多いが種類分けが結構いい加減。

 そして私と同じ考えなのだろう、若い冒険者が多い。

 実はクラウスさんも初期装備を中古品で揃えたという。


「一杯あるけど、わたしには必要ないですね」

「ナナミのはデザイン的にもセットだからね。

 あ、でも私が思えば変質させられるかも」

「このままがいいです!」

「分かってるって」


 駄々をこねる表情に、思わず笑ってしまう。

 ナナミの服装は腰回りの露出があるので、最初はスカートくらい履かせたほうがいいかなと思っていた。

 けれど実際に空を飛んでいる様子を見ると、ヒラヒラした衣装だと木に引っかかったり戦闘時の邪魔になったりしそうに思える。

 なので本人が希望しない限りは、私から手を加えることはしない。


 ミリアムさんとアリシアさんに同行してもらい、品定め中。

 二人曰く、私はナイフだけではなく魔導士の杖も装備すべきだという。

 私の考えでは、杖の魔力強化が【変質者】に悪影響を与えかねないので、杖ではなくあえてナイフを装備している。

 だけど二人の考えは全くの逆。


「ルーネちゃんの魔力特性はかなり強力だから、魔力が低いままだといつ暴走するか分からない。

 だから少しでも制御するために、杖での魔力強化が有効なのよ」

「それにヒーラーとしても杖があるほうが魔法を使いやすいからね。

 装備による魔力の安定化って馬鹿にできないんだよ」

「……そうですね。ちょっと考えます」


 思えば私は【変質者】に気を取られてしまっていたけれど、一番重要なのはテイマー兼ヒーラーという自分の役職だ。

 ヒーラーならば魔力が低いのはよくない。安定性がないのもよくない。

 うん、杖買おう。ただ……いい値段してるんだよ。

 最低でも銀貨五枚は、今の私には中々なダメージ。

 さらに防具も買うとなると、お財布が風で空を舞っちゃうかも。


 杖は後に回して、防具を見ることにした。

 盾役がいれば最低限の防具で済むのだけど、ナナミにそれを求めるのは難しいと考えている。

 それにナナミの長所である機動性を奪ってしまうのはありえない。

 なので私には軽戦士並みの装備が必要になってくる。

 それでもナナミとの二人で戦闘を行う場合、私が枷になるのは間違いないので、何か方法を考えなければいけないだろう。


「ルーネちゃんの年齢で二人旅っていうのが、そもそも無理があるのよ」

「それ私も思う。せめてもう一人いれば、戦闘も楽になるんだけどね」

「もう一人……」


 今私の頭の中では、今後装備にかけていく費用と、もう一人仲間を増やした場合の生活費がしのぎを削っている。

 たった二年の商売人生活での悪影響、もとい金銭感覚がそうさせている。


「マスター、命は大切に、ですよ」

「命……お金で命は買えないか。よし、決めた!」


 ナナミの言葉が決め手。

 どちらかだけを取るのは、事前の準備を怠るのと同じだ。

 だったら財布には厳しいけれど、どちらもと欲張るのが正解だろう。

 先行投資だと思えばいいんだ。


 私のお眼鏡にかなった装備は、白鉄製の胸当て、小手、すね当ての三点セット。

 白鉄とは、私たちには一般的な鉱石であるスナルト鉱石と鉄の合金のこと。

 スナルト鉱石には魔力を安定させる効果があり、魔法を付与するのにも向いているので、白鉄製の防具は愛用者も多い。

 防具の内容はこう。

 胸当ては高さはないけど背中まで守られるタイプ。ちゃんと女性用なのに凹凸がないのは、きっと胸と背中とを間違えたんだろう。

 小手は手の甲と手首を守るタイプで、グローブは別売りだが、肘まである黒いインナータイプを新古品で発見。

 脛当ては足首からふくらはぎを覆う。ついでに新古品のブーツも購入。

 ちなみにローブ以外の元の革防具は、売却して銀貨四枚になった。

 そして先ほど悩んでいた杖も購入。

 マジックオーク製で、長さは私の胸くらいなので持ち歩きやすい。

 防具を買って金銭的に厳しいので、装飾は少なめの安さ重視だ。

 この装備一式、合計で銀貨九十七枚。大ダメージ! お財布が瀕死!

 とはいえ防具にはほとんど傷がなく杖も新品同様なので、そういった意味ではかなりのお買い得である。




「ようやく一丁前になったな。祝い金だ、受け取れ」


 受付で待っていたデリックさんから、突然銀貨の入った麻袋を渡された。

 一見して五十枚以上はある。

 いきなりのことで、思いっきりうろたえる私。


「こ、これ、何……えっ!?」

「受け取った褒賞金なんだけどな、大抵は新人と折半するもんなんだよ」

「でもそれだと労力に見合わないんじゃ?」

「なーに、きっちりポイントは入ってるから気にすんな」


 ポイントとは、依頼を達成するたびに溜まっていく評価点で、ポイントが多ければそれだけ信頼のおける冒険者だということになる。

 そして高額報酬が約束される国からの依頼を受けるには、このポイントが必須。

 なるほど、うまく出来ていると笑ってしまった。


 こうして紆余曲折ありながらも、私は装備を整え、金銭的にもある程度の余裕を持つことができた。

 さて、父親探しを本格化させよう。

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